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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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残像の切端 1

 真っ暗だ。

 けれど、気分はいい。

 

「やっぱり外の空気は新鮮だなぁ」

「通路も酸素濃度は20%強でしたから、ここと変わりはないですよ」

「そうじゃなくてさぁ。気分の問題なんだよ」

 

 濃度が同じでも、新鮮なのだ。

 外気というだけで、爽やかさが感じられる。

 呼吸に支障はなくても、狭っ苦しい通路に「爽やかさ」はない。

 

「深呼吸もできたことだし、さっさと帝国から出ようか」

「その前に、こちらに着替えてください。森で、その服装は目立ちます」

 

 カサンドラは、未だ白が基調の厨房メイドの格好をしている。

 枯れ葉だらけの森では、目立つのもうなずけた。

 フィッツの差し出してきた服を手に取る。

 そこで、しばし待った。

 

「どうしました? 街で一般的な平民の服ですが、着方がご不明ですか?」

 

 着方はわかる。

 ドレスなどより、よほど簡単だ。

 ワンピース型をしており、胸元の編み上げ紐で肩幅を微調整できるようになっている。

 

 さっきは、フィッツも着替えていたし、皇宮内だったので気にならなかった。

 だが、外ではどうなのだろうと思う。

 通路を歩いている間、時々、フィッツは振り返っていたのだ。

 おそらく「いつものように」は、見えていないのだろう。

 

「後ろを向いてても、私のことが見える?」

「いいえ、姫様。ここには視聴覚情報用の装置がありませんので、ほとんど目視に頼っています」

「てことは、これからは目視できないものは見えないんだね」

「そうなります」

 

 フィッツは「ほとんど」と言ったので、多少は離れても見聞きできるのだろう。

 皇帝の私室を「目視」していた際は隣の宮のバルコニーにいたらしいが、会話を聞きとっていた。

 どのくらいまでが目視可能な範囲かはともかく、視力がいいのは間違いない。

 それでも、装置なしだと、後ろまで見えるわけではないのだ。

 

(目に映ってないと見えないのか。まぁ、それが普通だけどさ)

 

 フィッツの姿があってもなくても、常に見られている。

 だから「どうせ見ている」と、フィッツの視線を意識せずにいられた。

 

 すべてを見られているのなら、なにも見られていないのと同じ。

 

 そう割り切れていたからだ。

 トイレや浴室、寝室に、フィッツが現れたことはない。

 見られてはいたのだろうが、視線も感じなかった。

 

 が、しかし。

 

 今、フィッツは目の前に立っている。

 彼女のほうを、じっと見ている。

 フィッツはすでに着替えており、視線は外れそうにない。

 

(いや、まぁ、わかるよ、うん。警戒してるっていうのはさ)

 

 わかるのだけれど、どうしても視線が気になってしまう。

 ディオンヌたちの前で着替えていたのとは、状況が異なる。

 フィッツを男性として意識しているのでなくとも、生物学的な性別の違いは否定できない。

 そして、彼女は、異性を目の前に、堂々と着替えをするような暮らしには慣れていなかった。

 

「姫様」

 

 なかなか着替えようとしないのを、不審に思ったのだろうか。

 フィッツが、少し近づいて来る。

 暗視が効いているため、フィッツの無表情が、はっきりと見えた。

 

「やはり、ご心配ですか?」

「え? いや、別に心配はしてない」

 

 フィッツは、カサンドラから「危険」を排除しておきたいだけなのだ。

 常時、見ていたのだって、それ以外に理由はないと知っている。

 下心など、フィッツに限って、あるわけがない。

 なので、そうした心配はしていなかった。

 

「姫様がどこにおられようと視聴覚情報が得られるようにしたいのですが、あれは限られた場所でしか機能しません」

「うん? まぁ、そうだろうね」

 

 その装置とフィッツが繋がっていたから、皇宮内のあらゆる場所で、見聞きすることができていたのだ。

 装置自体がない場所で能力が発揮できないのは当然だった。

 そのくらいは、技術や機械に詳しくない彼女にもわかる。

 ただ、その説明を、今、フィッツがしている意味がわからない。

 

「ですから、今後は、姫様のお(そば)を片時も離れないようにいたします」

「ん?」

「目視さえできていれば、何事かあっても対処できます。ご安心ください」

 

 そうだ、と思った。

 フィッツは、少々、頭のイカレた男なのだ。

 彼女が「なにを」気にしているのかなんて気づくはずがない。

 四六時中「見守られている」状況ではなくなったことで、不安になっていると、勘違いしている。

 

 違う、そうじゃない。

 

 言いたくなるが、いつものごとく、やめておいた。

 フィッツに言っても、しかたがない。

 これは、フィッツの問題ではなく、彼女の問題なのだ。

 フィッツの使命は、なにも変わっていないのだから。

 

「わかった」

 

 こくり。

 

 フィッツは、大真面目な顔でうなずく。

 これがフィッツなのだと、諦めた。

 

(もう、いいや。今さら恥ずかしいって言うのも恥ずかしい)

 

 全裸を見られるのが恥ずかしいから後ろを向いてくれ。

 

 そう言って、フィッツに「きょとん」とされるほうが恥ずかしい気がする。

 そして、フィッツは「なんで?」みたいな雰囲気を醸すに決まっているのだ。

 間違いなく。

 

 厨房メイド服は、上下に分かれていて、ワンピース型の肌着が着られなかった。

 が、ドレスの下には、そういう肌着しか着ていなかった。

 結果、彼女は、現在、肌着も下着も身に着けていない。

 服を脱ぐ、イコール全裸、なのだ。

 

 フィッツの、少し、そわそわした気配を感じる。

 これも「下心」では有り得ないと、わかっていた。

 自らの用意した平民服の着方を、カサンドラが知らないのでは、との危惧が捨てきれずにいる。

 断られたものの、やはり手伝うべきではないかと、迷っている。

 それで、そわそわしているだけなのだ。

 

(フィッツに性別なんて意味ないか)

 

 この体は、フィッツにとっては「カサンドラ」という名の(あるじ)に過ぎない。

 女だの、男だのという区別はないのだろう。

 フィッツに、一般的な「常識」を求めても無駄なのだ。

 だいたい時間をかけている場合でもない。

 

 彼女は、身に着けていた服を、パパッと脱ぐ。

 冬場の冷たい外気に、体が震えた。

 フィッツの視線と寒さに、自然と体が素早く動く。

 肌着を身に着け、ワンピースを頭からかぶった。

 

「さ、寒っ……」

「こちらのコートを着てください」

 

 フィッツが、すかさず近づいて来て、コートを着るのを手伝う。

 袖を通した途端、体が、ほんわりと暖かくなった。

 コートという以上の機能を持っていそうだ。

 軽いのに、ぬくぬく。

 

「なんか仕掛けがあるコート?」

「体を温め、同時に保温し、体温を下げない防寒機能を持たせてあります」

「うん。あったかいね……って、フィッツは着ないの?」

「私は、自分で調節できますから、不要ですよ」

 

 それで、いつも半袖シャツなのか、と納得する。

 見ているほうが寒いのだが、そこまで「小言」を言うのもどうかと思った。

 フィッツなりの理屈があって、半袖にこだわっているのかもしれないし。

 

(でも、やっぱり目に寒い。私が気になる)

 

 自分だけ、ぬくぬくしているような、変な罪悪感がある。

 もちろんフィッツが言うのだから、本当に寒くはないはずだ。

 頭では理解しているのだが、どうにも居心地が悪い。

 なんだかフィッツを虐げている気分になる。

 

「本当に、なにも着るものない?」

「なくはありませんが……特に必要ではありません」

「いや、私が気になるんだよ。冬場に半袖ってさぁ」

「それはいけませんね。気がつかず、申し訳ありません」

「謝ることじゃないけど、とりあえず、なんか羽織って」

「わかりました」

 

 フィッツが、袋から取り出した茶色の上着を羽織った。

 カサンドラの着ている「コート」に比べると、かなり薄い。

 上着というか、上っ張りというか。

 防寒用には感じられない代物だとは言える。

 とはいえ、半袖シャツよりはマシだ。

 

 そもそも、フィッツにとって、たいして服に意味はないのかもしれない。

 彼女も、それほど服にこだわりはないほうだ。

 だが、新しく買った服に袖を通す時には、少しだけ気分が良くなったりはする。

 おそらく、そういう感覚も、フィッツにはない。

 防寒などの「機能性」は気にかけているのだろうけれども。

 

「フィッツは、全裸になっても平気?」

「平気ですよ。寒暖への対処は万全です」

「そっか……平気なのか……」

「今度、時間がある時に、お見せしましょうか? 表面的には変わりませんが」

「いや、いい……そういうんじゃないから」

 

 脱力しながら、そう答える。

 フィッツを前に「羞恥心」をいだくほうが、おかしいのだ、と改めて思った。


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