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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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振り返らず振り向かず 3

 カサンドラと手を繋いでいる。

 なぜ「手を繋いで」と言われたのか、理由はわからない。

 だが、カサンドラが望むことに、ほとんどの場合、フィッツは従うのだ。

 カサンドラの命が懸かっているとなれば、話は別だが、それはともかく。

 

「ん? なんか気になることでもある?」

 

 カサンドラは、とても聡い。

 とくに、人の感情に敏感だった。

 彼女自身は、あまり感情を見せずにいる。

 もとより、フィッツは人の感情に対しての理解が乏しい。

 なので、よけいに「感情を把握する」力を、不思議なもののように感じる。

 

「皇太子の動きを把握できていないのが、気になっています」

「皇帝と謁見中でしょ」

「その状況が見聞きできないので、気になっています」

「へえ。フィッツにもできないことがあるんだね」

「ありますね」

 

 カサンドラの手を引き、狭い通路を歩く。

 少し(せわ)しなくなっていたカサンドラの呼吸も、今は安定していた。

 暗視はできても、外とは違う。

 代り映えのしない景色と、狭い通路を歩いていれば、閉塞感を覚えるものだ。

 

「でもさ、前に私が皇帝と謁見してたのは、見てたじゃん」

「あれは目視です」

「あの時、近くにいたのかぁ。屋根裏に潜んでたとか?」

「姫様、皇宮に屋根裏はありませんよ。私は隣接した宮のバルコニーにいました」

 

 同じ室内にいての目視とは違い、情報としては不足があったが、皇帝の寝室には入れなかったので、しかたない。

 最低限の情報で肯とした。

 

「皇帝の私室は、目視でないと見られないんだ」

「監視室の仕組みとは、別の技術が使われているのは、あの部屋だけです」

「皇帝の部屋だもんなぁ。厳しくなるのもわかるよ」

「厳しいというより、無差別と言ったほうがいいかもしれません」

「無差別?」

 

 360度の視界は、ここにはない。

 フィッツが360度の視界を駆使できるのは、仕掛けた装置によって情報を得られる場所だ。

 それも、ある一定の距離があると、情報を受け取ることができなくなる。

 現状、フィッツは、皇宮内を「見る」ことはできない。

 

 この通路に初めて来たわけではないが、視聴覚用の装置は設置していなかった。

 長距離になるため、設置するには、たびたび来なければならなくなる。

 なにが作用して、監視室や騎士に気づかれるかわからないのだ。

 だから、偵察は、1度きりとしておいた。

 

 結果、後ろにいるカサンドラの表情が見えない。

 

 今のフィッツが頼れるのは、自分の「目」と「耳」、体に(ほどこ)された技術と訓練や経験によって身についている、瞬時に発揮できる判断能力。

 広い範囲での情報収集ができないので、せめて、集中力を高めておく。

 

「監視室は帝国で最新とされる設備ですが、扱う情報量が多いため、取捨の選別をしています。たとえば、入宮時に判別されるのは、どこの誰かということと、禁止されている装備品を身に着けていないかどうかといったことになります」

「危険人物かどうか判断してるんだね」

「はい。ただし、どこの誰なのかが明確で、登録されている禁止装備品を身に着けていなければ、出入りが許されることにもなります」

 

 皇宮に出入りする者は大勢いる。

 使用人に客、騎士や商人と、様々だ。

 全員を、事細かに監視し続けるのは、到底、不可能だった。

 膨大な情報量になる。

 

「つまり、安全な人だって認識されれば、追跡されないってことかな」

「位置情報は、常に把握されていますが、個人の動向までは見張っていませんね」

「どこにいるかはわかっても、その人が居眠りしてるかまではわからない?」

「その通りです」

 

 会話しながらも、フィッツは周囲に注意をはらっていた。

 隠し通路の入り口には、閉める際に「細工」を施してある。

 再び、開けば、フィッツには、それがわかるのだ。

 壊すことも可能だったが、壊すと「誰かが使った」と、即座に露見する。

 そのため、あえて壊さず、開閉がわかるようにだけしておいた。

 

「それで? 皇帝の部屋は、個人を見張るような監視がされてるの?」

「いいえ、個人の識別さえしないのが厄介なのです」

「誰なのかも把握しないってこと?」

「皇帝の部屋の監視技術は旧式でした。新しいものより単純で、情報処理に制限はあるものの、その代わり、選別もしません」

 

 単純なものほど、厄介なものはない。

 実のところ、ラーザの技術には、単純なものが多いのだ。

 帝国は、ラーザの技術の良いとこ取りをしたつもりで、複雑化させてしまった。

 ただの移動技術に過ぎなかったラポイックを、戦闘用にするため耐久性を高めたことで、愚鈍な乗り物になってしまったように。

 

 それが当たり前になってしまえば、古い技術は見直されなくなる。

 帝国は、長年かけて、わざわざ「使えない」ものを開発してきたのだ。

 少なくとも、フィッツは、そう思っていた。

 

「たとえば、魚を捕る時、ザルを使えば水切りもでき、不要な砂利なども入ることはないでしょう。ですが、バケツを使えば、魚も水も砂利も入りますよね。目的が魚を捕ることだとしても、おかまいなしです」

「無差別って、そういうことかぁ」

「中にいるのが誰だろうが、皇帝以外の者といった認識しかしないのですよ。その上で、皇帝以外の者すべてを把握してきます。安全か危険かの判別さえしません。基準はひとつ。皇帝の許可を得ているかどうか、だけなのです」

 

 許可を得ていない者が入室すれば、たちどころにセウテルに通知される。

 それが誰であろうが、危険かどうかなど関係ない。

 セウテルは、常に皇帝の(そば)にいるため、あっという間にセウテル率いる親衛隊が室内に飛び込んでくるはずだ。

 しかも、扉や窓に錠がかかり、セウテル以外、開けなくなってしまう。

 

「入れないね」

「入れませんね」

 

 そろそろ通路の半分ほどまで歩いて来た。

 フィッツは、肩越しに振り向いて、カサンドラの表情を確認する。

 外に出られるのが嬉しいのだろうか。

 ごくわずか、彼女は口元を緩めていた。

 

「お疲れでしょう、姫様。少し休憩しますか?」

「しない。誰が追いかけてくるか、わからないからね」

 

 カサンドラは「誰が」と言ったけれど、皇太子のことだとわかる。

 その感覚は、フィッツにも理解できた。

 最近の皇太子は、以前とは別人だ。

 始終、カサンドラにまとわりついてくる。

 

 あれほど無関心だったのに、なにが皇太子を変えたのか。

 

 フィッツの知る限り、皇太子はカサンドラに無関心を通していた。

 月に1度おざなりの「顔合わせ」をしていただけで、彼女自身に興味を持ってはいなかったのだ。

 あのボロ小屋で暮らしていたことに気づかずにいられたくらいには、間違いなくカサンドラを遠ざけていた。

 意図的に。

 

 さりとて。

 

 皇太子が豹変しても関係ないと思っている。

 今後、皇太子はカサンドラを大事にしたかもしれないし、愛したかもしれない。

 好意をいだいた上での婚姻となっていたかもしれない。

 皇太子が、カサンドラに無関心でいられなくなっているのは、誰の目にも明らかなのだ。

 フィッツとて、そのくらいの「機微」は、さすがにわかる。

 だが、関係ない。

 

(姫様は、皇宮を離れたがっている)

 

 大事なのは、カサンドラの意思だけだ。

 彼女は「皇太子と婚姻する気はない」と明言してもいたし。

 

「出口まで、あと少しです。追っ手は来ていません」

 

 皇帝との話が長引いているのかもしれない。

 仮に、皇太子がカサンドラの不在に気づいても、簡単には探せないだろう。

 フィッツは、一定周期で、番号の「付け替え」を行っている。

 監視室を逆手にとって、目くらましを仕掛けるようにしておいたのだ。

 

 皇宮内に、カサンドラはいる。

 だが、同時に、皇宮のどこにもカサンドラはいない。

 

「私たちって、お尋ね者になるのかな?」

「どうでしょう。明確な理由はありませんが、口実ならいくらでもつけられるので逃亡者扱いされる可能性はありますね」

 

 きゅ…と、カサンドラが、フィッツの手を握りしめてきた。

 なぜか表情を確認したくなる。

 いつもは視聴覚情報によって、どこを見ていても、どこにいようと、カサンドラの表情まで把握できていたからかもしれない。

 近くにいるのに、見えない部分があることに落ち着かない気分になる。

 

「そうそう、フィッツ。あれ、ちゃんと置いてきた?」

「置いてまいりました。なにも問題はありせん」

 

 カサンドラは、振り向いたフィッツに、にっこりした。

 置き去りにされる心配がなくなったからか、役に立つと言ってもらえたからか。

 ともかく、カサンドラの笑みに、フィッツも満ち足りた気分になる。

 

「フィッツがいてくれて良かった」

 

 胸の奥が熱くなるのを感じた。

 こんな感覚は初めてだが、心地いい。

 

「恐れ入ります」

 

 カサンドラの手を、フィッツは無意識に握り返す。

 仕えるべき「主」からの最高の賛辞に、心が高揚していた。


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