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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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事実の是正 1

 フィッツは、広い祝宴会場の隅にいた。

 黒のタキシードに身を包んでいる。

 メイドらが着替えを手伝うと言ったが、軽くあしらい、追い払った。

 フィッツの体には、ラーザのあらゆる技術が(ほどこ)されている。

 パッと見でわかるようなものではないが、危険は()けておきたかったのだ。

 

「主役が、このような片隅においでとは思いませんでした」

 

 片手にロックグラスを持ったベンジャミンが近づいていることには気づいていたが、フィッツは放っていた。

 ワイングラスとは違い、背が低く口の広いグラスに、薄茶の液体が入っている。

 蒸留酒だ。

 

 フィッツも同じものを手にしている。

 形だけで、飲みはしない。

 もっとも、飲んだところで酔いはしないのだが、それはともかく。

 

「紹介にはあずかりましたので、お気遣いなく」

 

 試合の優勝者として名を呼ばれ、褒賞の話について皇太子から話があった。

 会場内に拍手は上がったものの、それっきりになっている。

 誰もフィッツに声をかけてこようとはしなかった。

 ありがたいことに。

 

「しかし……本日は、見事なお手並みでした」

 

 フィッツは、皇太子とダンスをしているカサンドラに視線を向けている。

 が、ベンジャミンの表情も、ちゃんと見えていた。

 なにか思案深げな顔つきだ。

 今までとは異なり、言葉遣いも丁寧になっている。

 

「カサンドラ王女様から、あなたが、私を褒めていたとお聞きいたしました」

 

 フィッツとしては、事実を述べたに過ぎなかった。

 なので、褒めた覚えはないが、カサンドラが言ったというのだから褒めたことになるのかもしれない。

 

「ベンジーさん」

「え……あ、ああ、はい。なんでしょう?」

「正直に言うと、あなたのことは()けるつもりでした。あの中で手強かったのは、あなただけでしたからね」

「そう仰っていたたけるのは光栄ですが……」

 

 ベンジャミンは気まずそうに、苦笑いを浮かべている。

 一騎打ちでの負けを気にしているらしい。

 とはいえ、ルディカーンなどとは比較するほうが失礼だと言ったのも、フィッツからすれば「真実」なのだ。

 

「なぜ、あんなことをしたのですか?」

「あなたが、私を()けようとしていたからです」

「皇太子殿下に叱られませんでしたか?」

「まぁ、少し……小言をいただきました」

 

 フィッツは、ほんのわずか皇太子への考えを「修正」する。

 皇太子は、きちんと状況の把握ができていたのだ。

 勝機は、一瞬の判断で決定づけられる。

 戦場で、あんなことをすれば命を落とす。

 

 勝つか、負けるか。

 生か、死か。

 

 危機が勝機となるように、勝機もまた危機と成り得るのだ。

 判断ミスは致命的な被害をもたらすと、常に意識しておく必要がある。

 どこの国にもあるスポーツというものでは、よく「逆転勝利」について語られているが、フィッツは「逆転勝利」などないと思っていた。

 それは、勝ちを意識しての自滅に過ぎない。

 

 たった1度の判断ミスから総崩れを起こす。

 

 よくある話だ。

 勝てていたのにと悔やんだところで、取り返しはつかない。

 

「ベンジーさん、武器に頼り過ぎると早死にしますよ」

 

 会話をしつつも、フィッツは片時もカサンドラから目を離していない。

 もちろん、目を離していても見えるし、聞こえるのだが、目視できる時は目視も活用する。

 それこそ「視聴覚情報」に頼っていると、いつカサンドラを見失うかしれない。

 

「ですが、あの場合、ほかに方法があったでしょうか」

「短距離銃にこだわる必要はなかったでしょう」

「そうは仰いますが、中距離で狙うには距離が中途半端でした。それを見積もって距離を取っていたのでは?」

「当然ですよ。だから、あなたも距離を詰めて、短距離銃で片をつけようとした。しかし、私なら、あんな真似はしません」

 

 ベンジャミンが、体ごとフィッツのほうに向いたのがわかる。

 フィッツは、なにもベンジャミンに戦法の指南をしようとしているのではない。

 黙っていると、ほかの者たちから奇異に見られてしまう。

 その結果、沈黙が注目を呼ぶことになりかねないのだ。

 だから、ベンジャミンに不自然に思われない話題を提供していた。

 

「それでは、あなたなら、どうしていましたか?」

「距離は縮めず、中距離銃で地面を撃ちましたね」

「地面を……なるほど……相手を特定の位置に誘導するという……」

「それもありますが、目的は違います」

「どういうことでしょうか?」

 

 フィッツは気にしていない、というよりも、気づいていないが、ベンジャミンが食い気味に体を乗り出している。

 そのベンジャミンを、フィッツはチラとも見ない。

 

「敵の速度を下げさせるのが目的です。ホバーレは、たかだか10センチ程度しか浮くことができません。障害物があれば、それだけで進路が妨害されてしまうので速度を落として()けようとします」

「そうですね。ですから、相手を誘導することが可能だと考えたのですが」

 

 こくり。

 

 うなずきはしても、それが正解だとは言わない。

 誘導が最終目的ではないからだ。

 

「ベンジーさん、さっきも言いましたが、あなたは短距離銃にこだわり過ぎです。自分の腕を過信するのは愚かなことです」

「しかし、誘導さえできれば……」

「相手が馬鹿だといいですね。誘導されていることにも気づかないくらい」

 

 言ってから、ルディカーンあたりなら、気づかないかもしれないと思った。

 世の中には、そういう「馬鹿」も大勢いる。

 だとしても、同じくらい「馬鹿」ではない者もいるのだ。

 

「ならば……あなたなら、どうすると仰るのです?」

「そのまま狙います。持っているのでしょう?」

 

 視聴覚情報からベンジャミンの、ハッとした表情が見えた。

 グラスを握る手にも力が入っている。

 

「……持っています……」

「だと思いました。敵の速度が落ちている間に、追撃弾へと装填し直すことくらいできたのではないですか? あなたなら」

 

 追撃弾は、その名の通り、敵を追い、確実に着弾する。

 ただし、着弾箇所を指定する必要もあるので、そのための時間が必要だった。

 ならば、最初から追撃弾を装填しておけばいいかと言えば、そうはならない。

 密集している状態だと、着弾箇所の指定が難しいのだ。

 単騎同士の場合より時間がかかり、通常弾とは違い、適当に撃つといったこともできない。

 

「地面への連射は、単なる囮です。誘導されてもされなくても、進行方向の推測がし易くなりますし、敵を捕捉しながら装填し直す時間も稼げますからね」

 

 近距離銃にこだわり、接近戦を挑んできたのが、そもそもの間違いなのだ。

 中途半端な距離を利用して、中距離での利を活かすべきだった。

 もし、ベンジャミンが中距離での戦いを選んでいたら、すぐに決着がつくようなことにはならなかっただろう。

 

「もし……私がそうしていたら……」

「私は剣でホバーレを浮かせ、障害物を無視して前進したでしょう。賭けにはなりますが、やらないよりは生存率が上がります」

 

 そういう状況になっていれば、勝機はベンジャミンに傾いていた。

 ベンジャミンは、その時こそ短距離銃を使えば良かったのだ。

 障害物を越えられたとしても、フィッツには接近戦しか手がない。

 とはいえ、銃と剣では、圧倒的に分が悪かった。

 

 ホバーレに身を潜め、残り50メートルを無事に走行し切れたかどうか。

 予測値としての確率は、3割を切る。

 

「動力部分を撃ち抜かれれば、走行不能で棄権。もしくは、私自身が被弾していた可能性もありましたね」

 

 ちょうど音楽が止まり、ダンスをしていた人々が互いに挨拶を交わしていた。

 しばしの間のあと、ベンジャミンが大きく息を吐き出す。

 

「ありがとうございました。大変、参考になりました。次は、あなたに勝てるよう戦略を練っておくことにいたします」

 

 初めて、カサンドラから視線を外し、フィッツはベンジャミンに顔を向ける。

 その手を取り、自分のグラスを渡した。

 

「同じ手を私は2度は使いません。あなたが、そうであるように」

 

 言い残し、スッとベンジャミンから離れる。

 カサンドラが皇太子に連れられて、移動していくのが見えていた。

 視聴覚情報で追えてはいるが、それだけでは足りない。

 今日は、大事な「目的」がある。

 失敗は許されないのだ。

 

「また相手をしてください、フィッツ殿」

 

 ベンジャミンに声をかけられたが、返事はしない。

 フィッツにもベンジャミンにも「またの機会」などないほうがいいからだ。


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