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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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多くを望んだところとて 2

 

「申し訳ありません、姫様。目的は5位以内でしたが、優勝してしまいました」

 

 フィッツが、深々と頭を下げる。

 ここは、皇宮内の控室だ。

 試合が終わったあとで、いったん小屋に戻ろうとしたのだが、皇太子に、強引に連れて来られた。

 とはいえ、祝宴には出る予定にしていたので、嫌々ながらも応じたのだ。

 

 皇太子と2人で会っていた部屋より狭かったものの、小屋よりは広い。

 装飾品がむやみに多く、ごちゃごちゃした印象がある。

 ただ、ソファだけは気に入った。

 ふんわりとしたクッションに、埋もれて座るのが心地よかったのだ。

 

 部屋には、フィッツと2人。

 あとで、着替えを手伝いに、メイドが来るらしい。

 大層なドレスを着せられると困るので、不要だと言ったのだが、公の場だからと却下された。

 

「まったくだよ。手加減してって言ったじゃん」

 

 フィッツはソファには座らず、彼女の前に立っている。

 両手を後ろにして、背筋をピンと伸ばしていた。

 謝罪を口にしながらも、表情はいつもと同じ。

 だからといって、悪いと思っていないわけではないのだろうけれども。

 

「しました」

「だよね。それは、わかってんだよ、わかってんのさ。手加減にも限度があるっていうか……いうか……だいぶ頑張って手加減した?」

「あれ以上、どう手加減すればいいのかというほどには、頑張りました」

「でも、優勝しちゃった?」

「はい」

 

 しかたない。

 フィッツと彼らでは、力の差が有り過ぎたのだ。

 いくらフィッツが手を抜いても、縮められる能力差には限界がある。

 平たく言ってしまえば、相手が「弱過ぎた」のだ。

 

「ま、フィッツは無事だったし、あの落ちた人も助かったしさ。良かったよ。そういえば、あの操縦者の人って女の人だったね。紹介の時、名を聞き逃してた」

「ジュポナ国アイシャ・バレスタンと呼ばれていました」

「ジュポナって、アトゥリノの統治下にある国でしょ?」

 

 アイシャは、アトゥリノ陣営の「捨て駒」だった。

 自国の者を、そんなふうに差し出さなければならないほど、アトゥリノの機嫌を取らなければならない立場なのだろう。

 属国の中にも序列はある。

 ジュポナは、従属というより「隷属」に近しい状態のようだ。

 

「本来、ジュポナは位置的にリュドサイオが統治権を主張できる国だったのですが、アトゥリノ側が交渉の末、統治権を持ちました」

「なにが目的? 資源が豊富だったとか?」

「ある意味では、そうですね」

「リュドサイオが、たいして欲しがらない物ってことだよね。だったら、動力石の鉱山ではないよなぁ。宝石とか金鉱だったとしても、手放す理由にはならないか。アトゥリノほど財に固執してなくたって、お金は必要だし……」

 

 そこまで考えて、ぴたっと思考が「嫌な場所」で止まる。

 財になる「材」は多種多様。

 原材料的なものばかりではない。

 フィッツが明言を()けたことからも、うかがい知れた。

 

「アトゥリノは、人材が欲しかったんだね」

「ルディカーンの髪には、そうした意味もあります」

「母親がジュポナの人?」

「いえ、父親です。参加者の控室で、リュドサイオの者が言っていました」

 

 アトゥリノが欲しがったのは、ある一定の役割を担う「人材」だ。

 フィッツの話からすると、男女の区別はないらしい。

 あの落ちた操縦者の外見は、よく見えなかったが、おそらく美麗なのだろう。

 

「褐色の肌に、赤色の髪、琥珀色の瞳が、アトゥリノの者には魅力的に映るのだと聞いたことがあります」

「拒否権はないんでしょ?」

「建前上はありますが、事実上ないも同じですよ」

 

 人には欲というものがある。

 飢えていれば食欲が、腹が満たされていれば快楽に伴う欲が生じる。

 快楽といっても、短絡的に性と結びつくものだけではない。

 感情を満たすものすべてが快楽と成りうる。

 

 たとえば、子に良い服を着せることができたとか、誰かに復讐できたとか。

 

 人の持つ、喜怒哀楽の中に「快楽」はあると言えた。

 だから、当然に個人差はあるのだが、結局のところ、行きつく先は「生」だ。

 生きていればこそ、なのだから。

 

 けれど、彼女は、彼女自身の「生」に執着していない。

 そのため、欲も薄かった。

 

 腹は減るが、美味しさを追求したりはしないし、良い服を着たいとも思わない。

 宝飾品にも豪華な部屋にも興味はなかった。

 性的な事柄も、どうでもいい。

 子が欲しいと感じたこともない。

 

 彼女と世界は、ひどく遠かった。

 

 いつからかは、わからない。

 気づいた時には「そう」だった。

 感情は希薄で、いつも掴みそこなってしまう。

 幼い頃は繰り返し、自分や他人の感情を掴もうと努力していたが、今となっては諦めている。

 

 自分は、人として性根が悪いのだ、と。

 

 それが、ジュポナの人々の生き延びる道なら関わる必要はないと、割り切る。

 嫌な話だとは思うが、彼女は「救いの手」なんて持ってはいないのだ。

 カサンドラ自身、似たところはある。

 勝手に皇宮に連れて来られ、否応なく皇太子の婚約者にさせられてしまった。

 

 だが、ジュポナの人々と違うのは、土地や人に縛られていないことだ。

 国を捨てることに、なんの躊躇(ためら)いもない。

 自分のせいで、誰かが罰せられたり、殺されたりする心配もない。

 

「このまま、逃げちゃおうか」

「いえ、この付近には、騎士が大勢います。祝宴が始まってからのほうが、危険は少ないでしょう」


 少しばかり心配になる。

 自分よりフィッツのほうが注目を浴び、身動きが取れなくなるのではないか。

 皇太子は、あの「光」について、なにやら考え込んでいたし。

 

「あいつから、あれこれ聞かれるかもしれないよ」

「私が、銃を無力化した方法ですね」

 

 フィッツは、事も無げに言う。

 フィッツにとっては「なにほどのこともない」のだ、と思った。

 なにしろ、これ以上できないというくらい「手加減」した結果が、あれなのだ。

 

「みんな、手を振り回してたけど、なにしたのさ」

「帝国の銃は、主に動力溶液をエネルギーとしています。その熱を放出させたのち拡散させました。帝国では動力溶液は熱エネルギーの媒体だと思われがちですが、原料である動力石は、真逆の働きもするものです」

「熱を発生させたり、冷たくしたりできるってこと?」

 

 その技術を応用したものを、フィッツは使ったということのようだ。

 加熱しておいてから、冷やす。

 拡散というのは、熱が冷やされ、蒸発したのを意味するのだろう。

 原理はわからないが、なんとなくイメージはついた。

 

「でもさぁ、それって逆に危ないんじゃない? 熱い鉄板の上に水を落としたら、パチッてなるじゃん」

「直接、動力溶液にふれなければ問題はありませんし、銃そのものが、密閉された容器とは違い……」

「あ、うん。大丈夫だってことは、わかった」


 好奇心から聞いてみたが、詳細を聞いても間違いなく理解不能。

 説明してもらうのも悪いので、詳しくは訊かないことにした。 

 

「つまり、急に銃が熱くなり始めたから、慌てて捨てようとしたんだね」

「ですが、ホバーレの上で短距離銃を扱う時は、手首に固定しているので、すぐに手放すことはできなかったと思いますよ」

「あ。もしかして、拡散してなかったら、銃が暴発してた?」

「いえ、爆発して大破していたでしょうね。銃の種類にもよりますが、被害が最も小さい場合を想定しても、体の右半分は吹き飛んでいたはずです。ああ、左利きの者の場合は、左半分となりますが」

「そこは、いいよ。体の半分が吹っ飛んでたってことだけで、あの4人が死んでたのは、わかるからさ」

 

 フィッツの話を聞いて、多少、気分が良くなる。

 やはりフィッツは律儀に「殺さない程度」を守ったのだ。

 言葉通り「これ以上ないくらいの手加減」を頑張った。

 殺してしまったほうが、手っ取り早かっただろうに。

 

「最後は、ベンジーとの一騎打ちになっちゃったね」

「あの人が優勝すべきでした。私は、交戦する気などありませんでしたから。ですが、手強い相手であれば、逃げるほうが危険ですので、交戦せざるを得なかったのです」

「じゃあ、ルディカーンも強かったの? 応戦してたけど」

「いえ、ほかの4人が邪魔だっただけです。あの男と、あの人を比較すること自体が失礼でしょうね」

 

 ふぅん、と思う。

 フィッツは、見た目に猛々しいルディカーンより、ベンジャミンを脅威としているらしい。

 参加者の中で、最も手強いと判断していたようだ。

 フィッツが、人のことをあれこれ言うのはめずらしい、と思った時。

 

「メイドが来ました」

 

 扉が叩かれるより先に、フィッツが教えてくれる。

 直後、コンコンという音がした。

 フィッツは従僕らしく、扉を開く。

 3人のメイドが立っていたが、見たことのない顔だ。

 ディオンヌ付きのメイドは呼ばれなかったらしい。

 

「それでは、姫様。のちほど」

 

 フィッツが恭しく会釈をしてから、部屋を出る。

 その姿を見つつ、思った。

 

(フィッツ、まさか、あの格好で祝宴に出る気……? 半袖シャツで……?)


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