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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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多くを望んだところとて 1

 あの光は、なんだったのか。

 

 ティトーヴァは気にしている。

 アトゥリノの4人が銃を扱えなくなったのは、あの光のせいに違いない。

 だとすれば、あれは未知の技術だということも有り得るのだ。

 もちろん、帝国の技術を改変したものという可能性もある。

 似たような能力を持つ装備がないわけではない。

 

(しかし、帝国のものは、単に銃の動きを制限するだけだ。動力源に影響を与えることはできない)

 

 フィッツの使った「光」には、その能力がある。

 だから、操縦者たちは銃を手放そうと必死になったのだろう。

 銃の動力が制御できなくなったのではないかと、ティトーヴァは考えている。

 

 帝国の銃は、長距離狙撃用、中長距離用、短距離用の3種類。

 それぞれに特徴はあるが、動力源は、すべて同じだ。

 帝国全土の鉱山から採掘可能な動力石を加工して作られている。

 動力石は、ホバーレなどにも使用されており、様々な用途を持っていた。

 

 石といっても、そのまま使うわけではなく、なにかしら加工を必要とする。

 銃の場合は、粉末を溶液にしたものが使われていた。

 熱エネルギーへの変換効率がいいからだ。

 引き金を引くと、即座に熱が伝わり、銃弾の底にある薬剤が発火する。

 そこに圧力が加わり、発射される仕組みだった。

 

 自動で相手を捉える照準機能がついているが、短距離銃の精度は低い。

 近くにいる者を銃撃するのだから精度が高くても良さそうなものだが、むしろ、精度よりも、速度重視となっている。

 これは、近いからこそなのだ。

 

 近距離であれば、相手だって狙われているのはわかる。

 逃げたり()けたりされるのに、精度にこだわってはいられない。

 発射速度が落ちれば、反撃を食らうことになりかねないというのもある。

 結果、超遠距離狙撃銃が、最も精度が高いのだが、それはともかく。

 

(おそらく、動力暴走が起きると感じたのだろうが……暴走は起きていない)

 

 仮に、動力溶液が熱暴走を起こしていたら、銃が爆発している。

 操縦者の体半分くらいは吹き飛んでいたに違いない。

 しかし、競技場内で、そうした爆発は起きていなかった。

 考えられるとすれば、動力溶液を一気に過熱させて、放出されたエネルギーを、一瞬で消し去った、という可能性だ。

 

 とはいえ、そんな技術は聞いたことがない。

 

 ティトーヴァは、ベンジャミンの後方に迫っているフィッツを見つめる。

 片手には、まだルディカーンの剣を握っていた。

 

「ベンジーは、どうすると思う?」

 

 カサンドラに聞かれ、ティトーヴァは少しだけ考える。

 フィッツは、デルーニャの2人に妨害をされていた。

 だが、ティトーヴァには、フィッツが遊んでいるように見える。

 (かわ)せるのに、わざと躱さず、あえて悠々と走行しているというような。

 

 残り1周。

 この状態を維持すれば、ベンジャミンが優勝するだろう。

 フィッツも、おそらく、それを狙っている。

 だから、デルーニャの2人を、相手にせずにいるのだ。

 

「ベンジーは、あれでなかなか自尊心の高い男でな。みっともない勝ちかたをするくらいなら、負けを選ぶさ」

「なにそれ。勝てるなら、勝っておけばいいのに」

「それが、誇りというものだ。挑みもせず、与えられた勝利を受け取ることは、恥となる。ベンジーは、負けず嫌いだしな」

「負けず嫌いなのに、負けを選ぶなんて変な人だなぁ」

 

 負けず嫌いだからこそ、勝負から逃げたくはないのだ。

 カサンドラにはわからないかもしれないが、ベンジャミンなりの矜持がある。

 だから、不利であっても、負けるとわかっていても、挑まずにはいられない。

 

 思った通り、ベンジャミンが、残り半周というところで、手を振った。

 戸惑ったような動きをしつつも、デルーニャの2人が、左右に、はけていく。

 これで邪魔は入らない。

 

 一騎打ちだ。

 

 場内が、大きくざわめいている。

 戦車試合の歴史の中でも、こういう展開はなかったからだろう。

 それなりに白熱していたし、人が死ぬこともあった。

 だが、今日は誰も死んでいないのに、残ったのは、たった2人。

 

 しかも、勝利間違いなしのベンジャミンから戦いを挑んでいる。

 優勝を目的とするのなら、無意味な戦いだ。

 

「あとで、ベンジーには小言を言わねばならん」

「そうしなよ。わざわざ戦うなんて馬鹿みたい」

 

 カサンドラの「馬鹿みたい」とは、意味が違うが、愚かなのは間違いない。

 戦場で、多勢に無勢は当たり前。

 いちいち一騎打ちなどしていては、あたら優秀な部下を失うことになる。

 ベンジャミンの矜持を押し通していいのは、競技場の中だけだ。

 

「フィッツの横に並んだ」

 

 ベンジャミンは、銃を装備している。

 中長距離用のものだが、部品を外せば短距離用になる特殊な銃だった。

 ただ、素早く部品を外せなければ、自らの身を危うくするだけの代物でもある。

 実用向きではないため、大量生産はされていない。

 今のところ、ベンジャミン専用と言っても差し支えない武器だ。

 

「負けだな」

「え……?」

 

 ティトーヴァは、溜め息をついた。

 横に並んだのは一瞬で、フィッツは大きく後退している。

 

 そして。

 

 ぶんっという風を切る音が聞こえたような気がした。

 フィッツが、持っていた剣を、ベンジャミンのホバーレに向かって投げたのだ。

 正確に言うと、ホバーレと地面との間だったけれども。

 

「あ……あ~あ~」

 

 ベンジャミンのホバーレの下に潜り込むようにして、剣が地面に突き刺さる。

 それが梃子の役割となり、ホバーレの後ろが大きく持ち上げられていた。

 当然に、前部分が地面に激突する。

 反動で、ベンジャミンはホバーレから投げ出されていた。

 

 その横を、無表情にフィッツが通り抜ける。

 投げ出されたベンジャミンは、くるっと体を前転させ、地面に降り立った。

 怪我はないだろうが、自尊心は、さぞ傷ついているはずだ。

 両手を握りしめ、フィッツの背中を見送っている。

 

「……やっちゃったなぁ、フィッツ……だいたいさ、ベンジーも悪いよ。あんな、挑発するようなことするからさあ」

「そうだな」

 

 レーンを最初に周回し終えたのは、フィッツだった。

 後から、のろのろとデルーニャの2人が到着する。

 ベンジャミンを気にしていたのだろうが、無駄だ。

 乗っていたホバーレは地面に頭を突っ込んでいて、使い物にならないのだから。

 

(彼女の護衛としては、あれほど頼りになる者はいない。だが、危険な男だ)

 

 ティトーヴァは、フィッツへの認識を改めた。

 フィッツは、単なる平民ではない。

 未知の技術を操り、戦うことにおいても手馴れている。

 相当な手練れだ。

 

 視線の先で、フィッツが、ホバーレを降りた。

 スタスタと、こちらに向かって歩いて来る。

 場内は、予想もしていなかった結果に静まり返っていた。

 それでも、視線が集まっているのがわかる。

 

 フィッツは、片膝をつき、胸に手を当て、カサンドラに恭しく頭を下げた。

 あたかも「勝利を捧げる」と言わんばかりに。

 

 ティトーヴァは、すくっと立ち上がる。

 頭を下げているフィッツに、拍手を送った。

 

「見事な勝利であった。今年の勝者は、デルーニャ代表フィッツ、お前だ」

 

 隣でカサンドラも立ち上がり、ぺちぺちと小さな拍手をする。

 あまり喜んではいないようだ。

 が、突然、周囲から拍手と歓声が沸き起こった。

 主に、デルーニャの観覧席のほうからだ。

 

「うわぁ……今さら味方面だよ……」

「そう言ってやるな。デルーニャの日和見は、生き残るための手段だ。アトゥリノとリュドサイオとの板挟みで悩ましいことが多いからな」

「それでも、この手のひら返しは、かなり気持ち悪い」

「俺にとっては喜ばしいことだ」

 

 カサンドラが、不審そうに眉をひそめる。

 帝国の代表であるベンジャミンが負けたのに、喜ばしいと言ったのが、腑に落ちなかったのだろう。

 

「これで、デルーニャは、お前を皇太子妃として認める。アトゥリノにつくより、有利だと、考えを変えるだろう」

 

 そして、皇命がある以上、リュドサイオは、カサンドラを認めないわけにはいかない。

 帝国の2つの勢力が、カサンドラの味方につくことになる。

 アトゥリノも、今まで以上に手を出しにくくなったはずだ。

 

「お前が、名実ともに、俺の妃となる日も遠くない」

 

 ティトーヴァは、そう言って、カサンドラに微笑んでみせた。


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