表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
40/300

結果の是非 4

 フィッツの乗っていたホバーレが、急停止した。

 と思ったら、速度を上げて後退する。

 ホバーレ自体は前を向いているのに、進行方向は逆。

 砂煙を上げ、逆走して行く。

 

 フィッツより後ろにいたホバーレの間を抜け、落ちた操縦者に近づいていた。

 その動きに、周囲の操縦者たちは、虚を突かれたのかもしれない。

 なにも仕掛けては来ず、フィッツを追い抜いて行く。

 

「奴は、なにをしている。このままでは、自分の身も危うくなるぞ」

 

 皇太子が顔をしかめ、そう言った。

 そして、レーンを指さす。

 示されたほうへと視線を向け、息をのんだ。

 

 落ちた操縦者とフィッツしか見ておらず、わからずにいたが、先頭にいた操縦者が、レーンを回り、2人に近づいている。

 フィッツは後退したため、周回遅れになっているのだ。

 先頭は、アトゥリノのルディカーンだった。

 

「この間、奴に蹴り飛ばされた返礼をする気だな」

 

 言われなくても、気づいている。

 ルディカーンは、腰に下げていた剣を抜いていた。

 その周りにいたアトゥリノ勢には銃を手にしている者もいる。

 フィッツは周回遅れになっていて、自軍の勝利とは関係ないはずだ。

 蹴落とす必要はないのに、報復目的で攻撃しようとしている。

 

「フィッツは、大丈夫だよ」

 

 視線を、フィッツに戻した。

 フィッツは、落ちた操縦者へと体をかしがせ、ひょいっと片腕で引き上げる。

 小柄だったのが幸いだ。

 1人用のホバーレらしかったが、なんとか2人で乗れている。

 

「大丈夫ではないだろう。取り囲まれるぞ」

「大丈夫なんだよ」

 

 フィッツの使命は「カサンドラを守り、世話をすること」なのだ。

 使命を果たせなくなるようなことを、フィッツはしない。

 いかにカサンドラの命令であろうと、従わないと知っている。

 彼女に、絶対服従するわけではなかった。

 フィッツは、いつだって「使命」を優先する。

 

 だから、大丈夫なのだ。

 

 勝算がなければ、カサンドラの呼びかけも無視して、試合を続行しただろう。

 応えたということは、自らの命に危険がおよぶことはないと判断したからだ。

 カサンドラ以外の者のために命を懸けるような真似を、フィッツはしない。

 

「2人も乗っていれば速度が上げられなくて当然だ。見ろ、追いつかれた」

 

 確かに、フィッツのホバーレは、大幅に速度を落としている。

 左横に並んできたルディカーンが、剣を振り上げた。

 同時に右横と後ろも、アトゥリノ勢に囲まれる。

 4人が銃を抜いていた。

 

(なに? 今、なんか……)

 

 フィッツの手が、わずかに動いた気がする。

 けれど、速過ぎて、よく見えなかった。

 おまけに、フィッツの体には、あの小柄な操縦者がしがみついている。

 落ちたショックからなのか、足に力が入らないらしい。

 

「なぜ()けんのだ!」

 

 皇太子が、いささか慌てたように声を荒げた。

 ルディカーンの剣が、フィッツの首にとどきかけている。

 

 きらん。

 

 なにかが光った。

 同時に、ぶんっと、フィッツのホバーレが右旋回する。

 盛大に上がった砂煙の中、フィッツが、ルディカーンの手首を掴んでいるのが、一瞬、見えた。

 

 遠心力はそのままに、フィッツはホバーレごとルディカーンを右へと引き回す。

 そういえば、銃を持った奴らはどうなったのかと、視線をあちこち向けてみた。

 4人とも、なぜか銃を手放そうとしている。

 手を上下に振り、必死の形相だ。

 

 が、銃を手放すまでもなかった。

 フィッツに振り回されたルディカーンのホバーレが、右のホバーレにぶつかる。

 そのぶつかった2台が、後ろにいた2人にぶつかった。

 ガシャンともグシャンともつかない大きな音が、競技場内に響く。

 

 もうもうと砂煙が勢いを増していた。

 後ろから追走していた、ほかの操縦者は転がっているルディカーンたちを()け、なんとか走行を続けている。

 とはいえ、砂煙のせいで、互いに軽い衝突を繰り返し、速度低下は否めない。

 

「ほらね」

「さっきの光……なにか銃に作用したようだったが……」

 

 皇太子が首をひねっていた。

 試合よりも、光のことに意識が向いているようだ。

 

(まずいのかな? あれって、たぶんラーザの技術だよね。あとから、あれはなんだったかって聞かれると……まぁ、もう関係ないか。どうせ逃げるんだし)

 

 アトゥリノ陣営は総崩れ。

 優勝の望みは、もはや、ない。

 リュドサイオとベンジャミン+デルーニャ勢の戦いになる。

 フィッツは周回遅れだし。

 

「この分だと、ベンジーが優勝するんじゃない?」

「ん? いや、どうかな。見てみろ」

 

 視線を彷徨わせた先で、フィッツが、拾った操縦者を、ぽいっと、レーンの外に放り投げていた。

 怪我はしていなさそうだったけれども。

 

 実に、フィッツらしい「無関心」ぶりだ。

 

 死なせなければ十分、くらいに思っているに違いない。

 すでに、あの操縦者のことなど頭から消しているのだろう。

 1人に戻ったフィッツのホバーレが、速度を上げる。

 

「でも、まだ半周以上、差があるじゃん。追いつけないと思うけどなぁ」

 

 正直、勝敗には興味がなかった。

 人死にが出ず、フィッツが無事であれば、上出来なのだ。

 もとより、フィッツには「優勝しなくていい」と言ってある。

 フィッツだって優勝を目指してはいないはずだ。

 

 たぶん。

 

 にしては、速度が上がっている気がしなくもない。

 あれあれと思う間に、リュドサイオの後続に追いつく。

 リュドサイオの陣営は、手出しするなと言われているからか、フィッツと距離を取ろうと左右に展開。

 

 その間を擦り抜けて行くフィッツ。

 しかし、ただ擦り抜けただけではなかった。

 

「あれは、ルディカーンの剣か。本当に奪うとは」

 

 フィッツは奪った剣を有効活用している。

 ホバーレの仕組みも把握しているらしく、なにやら剣でリュドサイオのホバーレに傷をつけていた。

 攻撃するというよりは、まさに「傷」をつけているだけのように見えたのだ。

 

「いかんな。これでリュドサイオは脱ら……」

 

 皇太子が言い終える前に「傷つけられた」ホバーレが着地する。

 ホバーレは、浮き上がって移動するタイプの乗り物だ。

 地面に降りてしまったら、身動きが取れない。

 

「フィッツ、なにしたんだろう」

「簡単だが難しいことだ。かなりの腕がいる」

「わかるように説明してくれない?」

 

 皇太子は腕組みをし、フィッツの動きを見ていた。

 残りは、ベンジャミンたちだけだ。

 自らの最側近を心配しているのか、帝国の威信を心配しているのかはともかく、試合の行方に集中している。

 

「ホバーレの動力は2つあってな。ひとつは、当然、推進用だ。前後左右の動きを制御している。もうひとつが、ホバーレの底にある浮上用だ。地面に高速の気流を送りながら、圧力をかけている。そこを、奴は破損させた。簡単に言えば、圧力がかけられんようにしたのさ」

「空気が抜けちゃった、みたいな感じ?」

「厳密に言えば違うが、似たようなものだ」

 

 原理まで詳しく知る必要はないが、リュドサイオが動けなくなったのは確かだ。

 それにしても、と不思議に思う。

 

「今まで、誰もやらなかったの? かなり致命的な欠点だし、この方法なら、人が死ぬような攻撃しなくても、相手を蹴落とせるよね?」

「無茶を言うな。自分も動いているのだぞ? 動力部を損傷させること自体、簡単ではない。それを、ホバーレがバランスを崩さず落ちるよう的確に剣で突くなど、通常、考えられん。そもそも、できる者がいないから、考慮されておらんのだ」

 

 渋い顔で言いつつも、皇太子は、視線をレーンから外さない。

 ベンジャミンについていた、デルーニャの2人が旋回してフィッツの前を塞ぐ。

 その様子に、呆れてしまった。

 どうこう言っても、フィッツは「デルーニャ代表」として参加しているのだ。

 

 自国の威信はどこに行った。

 

 そう言いたくなる。

 だが、フィッツは気にしていないのだろうから、彼女も気にしないことにした。

 前を塞がれても、のらりくらりしているフィッツに笑いたくなってもいたし。


(これで4位は確定かぁ。そのくらいが、ちょうどいいかもね)

 

 優勝しようとすればできなくもなさそうだが、注目を浴び過ぎるのも危険だ。

 確か、5位までに入賞すれば、このあとの祝宴に招かれるという話だった。

 それなら、4位が確定している現状、無理をする必要はない。

 ともあれ、人が死ぬような事態を目の前で繰り広げられずにすんだことに、彼女はホッとする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ