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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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吹けば飛ぶで良しとす 3

 ティトーヴァは、私室にセウテル・リュドサイオを招いている。

 3日ほど前、カサンドラとした約束を果たすためだ。

 

「今日は、陛下のことで呼んだのではない」

 

 来客用の部屋には、ティトーヴァとセウテル、ベンジャミンの3人がいる。

 メイドや護衛騎士たちは下がらせていた。

 広い部屋には、大きなテーブルと複数のイスが並んでいる。

 

 だが、イスに座っているのは、ティトーヴァとセウテルの2人。

 ベンジャミンは、ティトーヴァの後ろに控えて立っていた。

 四隅に装飾の(ほどこ)されているテーブルにも、お茶は2セットのみ置かれている。

 カップが空になったり、冷めたりした場合には、ベンジャミンが淹れ直すのだけれども、本人が飲み物を口にすることはない。

 

「まぁ、どうせ訊いても答えられんだろうしな」

「恐縮にございます、殿下」

 

 悪いとも思っていないくせに、セウテルが頭を下げる。

 こうした態度を、少し前までは不快に感じていた。

 皇帝は最高権力者だが、ティトーヴァは、その息子であり、皇太子だ。

 なのに、謁見を拒んでいる理由さえ教えてもらえないのが不愉快だった。

 

 けれど、今は気にならない。

 理由は簡単だ。

 謁見を叶えたい理由はなくなっている。

 どうしても、とは思わなくなった。

 

 今のティトーヴァは、カサンドラとの婚姻を望んでいる。

 

 皇命であろうが、関係ない。

 よって、皇帝を説得する必要も、皇命を覆す理由もない。

 なにかあれば、お呼びがかかるだろう、くらいに思えるようになっていた。

 そういう意味でも、カサンドラはティトーヴァの心に影響を与えている。

 

「本日、リュドサイオ卿を呼んだのは、戦車試合のことで話があるからだ」

 

 戦車試合まで、あと半月もない。

 早々に手を打っておかなければ、下のほうにまで、伝達がいきとどかない恐れがあった。

 

 カサンドラはセウテルが参加すると思っていたが、それは違う。

 セウテルには、皇帝の警護という役割があるのだ。

 実際に参加するのは、セウテルの配下の者、および、リュドサイオの下についている国の代表たちだった。

 

 直轄国の下についている国々は「属国」との扱いとされている。

 アトゥリノは4、リュドサイオは3、デルーニャは2つの属国を従えていた。

 どこも直轄国と隣接した国々であり、征服戦争に抵抗を示した国でもある。

 いくつかの国は連合し、ヴァルキアスに反撃したのだ。


 それらの国々は、現在、ばらけさせられ、直轄国に統治権を握られていた。

 ほかの国より優遇を受けるためには、ご機嫌を取るしかない状況だ。

 そのひとつとして、戦車試合は自国の存在を主張する機会と捉えられている。

 参加者が命懸けで上位を狙うのは、そうした政治的要素が強い。

 

「カサンドラの従僕が、デルーニャの代表として参加するのは知っているな?」

 

 皇宮内で起きていることを、セウテルが知らないはずがなかった。

 監視室からのものも含め、膨大な情報を選別しているのは、セウテル率いる皇帝直属の親衛隊なのだ。

 帝国の政務部署である情報管理室は、情報の共有を嫌うが、親衛隊内にある機密統制部隊には逆らえない。

 

「デルーニャから通知が来ておりましたが、なにか問題でも?」

「なぜ今年に限って、デルーニャは一介の従僕に重要な役割を担わせたと思う?」

 

 セウテルの水色の瞳が、ティトーヴァを見つめてくる。

 しばし黙って、その目を見返した。

 セウテルが、軽く息を吐く。

 

「殿下も想像がついておられるのでしょう」

「財のアトゥリノ、忠のリュドサイオ。日和見のデルーニャ、だからな」

「仰る通り、アトゥリノからの要請に、デルーニャが日和ったのだと思います」

 

 デルーニャは日和見主義なのだ。

 序列3位との弱い立場を、徹底して利用している。

 表向きは「中立」などとのたまわっているが、要は、勝ち馬にしか乗らないとの立場を取っているだけだった。

 

「カサンドラは、デルーニャの国王の養女、すなわちデルーニャの王女だ。本来、デルーニャは、彼女の側に立つべきだと思わんか?」

「お言葉ですが、殿下。カサンドラ王女様は皇帝陛下のお血筋ではございません。アトゥリノに反発してまで守るべき対象ではないと、デルーニャ側が判断しても、しかたがないことです」

 

 カサンドラは、フェリシアの娘ではあるが、連れ子だ。

 皇后としてフェリシアは尊重されても、カサンドラは違う。

 皇帝と血の繋がりがない、ただの平民出の娘という認識は改まらない。

 少し前まではティトーヴァ自身も同じ認識だったし、セウテルは今もって認識を変えていないだろう。

 考えた時、ふと思った。

 

(父上は、彼女が、どういう扱いを受けているか知っていた……だが、なにもせずにいたのか……なぜだ?)

 

 ベンジャミンが知っている程度のことをセウテルが知らなかったとは思えない。

 セウテルの知っていることを、父が知らずにいたなどとは有り得なかった。

 が、なにも手を打とうとはせず、放置していたのだ。

 

 ティトーヴァが知らずにいたのは、そのせいもある。

 カサンドラに無関心だった上に、周囲に動きがなかった。

 無関心さが薄まらなければ、ずっと気づかずにいたに違いない。

 

「殿下は、あの従僕が参加することに反対されておられるのですか?」

 

 セウテルの言葉に、ハッとなる。

 ひとまず、今の疑問については先送りにすることにした。

 謁見が叶わない今は、いくら考えたところで、父の真意はわからないのだ。

 

「反対はしておらん。しかし、リュドサイオに要請したいことはある」

「あの従僕に手を出すな、ということでしょうか?」

「そうだ。デルーニャが、あの男のために動くことはない。リュドサイオまでも、アトゥリノに追随する必要はなかろう」

「しかし、競技の上では、なにが起きるかわかりません。我が国にも我が国の威信というものがあります」

 

 あの従僕が、ルディカーンを「蹴飛ばした」ことも、セウテルは知っている。

 自国の脅威となる存在であれば無視できない、と言いたいのだ。

 

「カサンドラは、皇命による俺の婚約者だぞ。あの男が、カサンドラの従僕として仕えるのを許したのも陛下だ」

 

 セウテルの皇帝に対する忠義心を揺さぶる。

 しかし、セウテルの表情に変化はない。

 

「むろん、私は陛下の命に従う者ですから、カサンドラ王女様が殿下のご婚約者であることは、尊重しております。ですが、私は、こうも思っております。陛下は、彼女を皇太子妃にせよ、とは仰っておられません」

 

 婚約はしていても、皇太子妃となるかどうかは別の話だ。

 必ずしも皇太子妃となることが確約されているわけではない。

 側室となる場合もあれば、婚約者のまま捨て置かれることもあるのだから。

 

「つまり、お前は皇太子妃……今後、皇后となるかどうかもわからない女のためにリュドサイオが、力を貸す必要はないと考えているのだな」

「危険は()けておきたい、というだけのことです」

 

 ティトーヴァは、イスの上で足を組みかえる。

 この流れは、予測通りだった。

 皇命は絶対的なものであっても、カサンドラ個人に対する忠はない。

 しかも、父はカサンドラを放置している。

 フェリシアに向けていたほどの情をかけてはいないと、セウテルは判断しているだろう。

 

「ならば、俺が、ディオンヌと婚姻するよりしかたない。ディオンヌを皇太子妃とすれば、彼女への嫌がらせもおさまるからな」

 

 ぴくりと、セウテルの眉が動く。

 ティトーヴァとディオンヌの婚姻は、リュドサイオにとって望ましくはない。

 アトゥリノとの力の均衡が保てなくなる。

 ティトーヴァが皇帝となった際、リュドサイオは、彼に仕えることになるのだ。

 だが、その隣にはアトゥリノの王女がいる。

 

 それは、リュドサイオが完全にアトゥリノの下につくことを意味していた。

 

 もちろん、ディオンヌとの婚姻なんて、ちらとも考えていない。

 単なる駆け引きだ。

 

「俺は、カサンドラを気に入っている。彼女に害がおよぶのを防げるのであれば、ディオンヌとの婚姻も(やぶさ)かではない。なにも皇太子妃だからといって寵愛する必要はないからな」

 

 側室として迎え入れたカサンドラを、寵愛すればいいと言外に示唆する。

 ここのところ、ティトーヴァが、連日、カサンドラの元を訪れているのは周知の事実となっていた。

 カサンドラに関心があるのは、セウテルも疑わないはずだ。

 なにしろ「カサンドラに惹かれている」のは、事実なのだし。

 

「殿下の、お考えは理解いたしました。どうぞアトゥリノの王女との婚姻を進めることのなきよう、お取り計らいください」

「それは、お前の出方次第だ、セウテル」

 

 セウテルが黙って、うなずく。

 決まりだ。

 

(約束は守ったぞ、カサンドラ)


 ティトーヴァは、これで少しでもカサンドラの心象が良くなればと、心の中で、期待していた。


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