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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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吹けば飛ぶで良しとす 1

 フィッツは、訓練場に足を運んでいた。

 皇宮に行くと、近衛騎士に、ここへ行くよう指示されたのだ。

 皇宮も、その敷地内も、隈なく調査済み。

 案内はなかったが、迷いはしない。

 

「おう、来たか、従僕」

 

 赤褐色の目立つ髪色に、濃い青色の瞳した男が剣を肩に、フィッツを見ている。

 ほかの者たちが青色の騎士服を着ている中、1人だけ赤を身に着けていた。

 

 ルディカーン・ホルトレ。

 

 吊り上がった目に、はっきりとした眉、大きな口から出る声は、同じく大きい。

 肩にした剣は長く、重量がありそうだ。

 それに見合った腕力と握力を持っているに違いない。

 体重は、自分より重いと、フィッツは頭の中で、ルディカーンを分析する。

 

(皇太子は183、あの側近は180。私は184。奴は186だな。長剣が好みらしい体格をしている。だが、あの重量ではな。さほど動きは速くない)

 

 あらかじめ、ある程度の情報は持っていた。

 だが、近場からの分析では、さらに詳細なことがわかる。

 と言っても、まだ十メートルほどの距離があるのだが、それはともかく。

 

「こっちに来い!」

 

 呼ばれて、フィッツは、スタスタと歩き出した。

 訓練場は広く、ほとんど正方形に近い。

 その真ん中に、ルディカーンがいる。

 周囲は、数百人の騎士で囲まれていた。

 

 顔は、ルディカーンに向けていても、フィッツには360度の視界があった。

 訓練場も、例外なく、視聴覚情報用の装置を設置している。

 いつ、どこで、なにがあるかわからないからだ。

 

 端のほうに、数台のホバーレが置かれていると、気づいている。

 それで、わかった。

 自分が呼ばれたのは「戦車試合」に関係している。

 訓練と称して、痛めつけようと考えているのかもしれない。

 

「お前が、あの女の犬か」

 

 ルディカーンが、じろじろとフィッツを眺め回す。

 周りの騎士たちは、薄ら笑いを浮かべていた。

 1人1人、どんな表情かまで、フィッツには認識できる。

 端のほうには、アトゥリノの属国の国章をつけた騎士たちもいた。

 アトゥリノ直属の騎士とは違い、笑うでもなく、黙って様子を窺っている。

 

「そんなひょろい体で、なにができるんだ? お得意は、料理と夜の世話か?」

 

 フィッツは、返事をせず、黙っていた。

 ルディカーンは、アトゥリノ出身で、王族の血が入っている。

 アトゥリノ国王の叔母の息子だからだ。

 アトゥリノでの身分は、侯爵となっている。

 

 とはいえ、だから黙っているのではない。

 単に、ルディカーンには興味がなかった。

 すでに分析は終わっていたので。

 

「ご用件は、なんですか?」

 

 フィッツの視聴覚は、カサンドラのためにあるのだ。

 今も、情報の切り替えをしながら、皇太子と2人きりで話しているのを、見聞きしている。

 そちらに集中したかったし、早く切り上げて帰りたかった。

 ベンジャミンがいないので、皇太子のために、カサンドラがお茶を淹れることになるかもしれないのだ。

 

(姫様が、皇太子に手間をかけるとは思えないが、万が一ということもある)

 

 ルディカーンの意図は、だいたいわかった。

 こちらを挑発して、怒らせたいのだろう。

 闘いに持ち込む理由をほしがっている。

 フィッツはカサンドラの従僕であり、ルディカーンの部下ではない。

 皇命のこともあるので、さすがに口実もなく、斬りかかることはできないのだ。

 

(いずれにせよ、相手をさせるつもりだろうな)

 

 そのための、ホバーレだと察している。

 戦車試合用の乗り物として、ホバーレは使われていた。

 どうやら、操縦者となり、戦車試合に参加しなければならないらしい。

 カサンドラの言ったように、すでに目をつけられていたのだ。

 

 戦車試合は、競技とするには野蛮に過ぎる。

 他国を退(しりぞ)けるためなら、なんでもするし、これといって規制もなかった。

 操縦者は、必ず、狙われる。

 ホバーレは戦争の道具であり、攻防用の技術も組み込まれていた。

 

 そして、それぞれの国が、たいていは「改造」を行っている。

 強力な武器を搭載していることも、めずらしくはない。

 死人が出るのは、想定済みなのだ。

 

 さりとて。

 

 フィッツの心には、不安も心配もない。

 あるとすれば、現在、カサンドラが皇太子と2人きりになっている事態だ。

 カサンドラは能力を使わないと決めている。

 皇太子に力づくで押さえつけられたら、抵抗しきれない。

 

「用件は簡単だ。今年の戦車試合には、お前も出場してもらう。デルーニャの代表としてな。あの女は、デルーニャの王女サマだろう、一応。その女に、可愛がってもらってるんだ。せいぜい頑張りな」

 

 周囲から、笑い声があがっていた。

 耳障りな情報は必要ないので、無視する。

 

 早くカサンドラの元に帰りたい。

 

 それしか考えていなかった。

 ルディカーンは、フィッツを侮辱しているつもりらしい。

 けれど、フィッツは侮辱されているとも感じていないのだ。

 必要な情報しか記憶には残さずにいる。

 

「わかりました。それでは、これで失礼します」

 

 用件は聞いた。

 ここに(とど)まる理由はないと、フィッツは体を返しかける。

 

「おい、待てよ。ホバーレの練習をしなくてもいいのか? そのために、せっかくここに呼んでやったんだぜ?」

「必要ありません」

「乗ったことがあるのか?」

「経験はないですが、乗れば、だいたいのことはわかります」

 

 ルディカーンも含め、誰も知らないのだろう。

 ホバーレの前身は、ラーザが作ったラポイックという乗り物だった。

 元々は、運搬作業を楽にするために開発されている。

 ホバーレとは比べものにならないくらい性能がいい。

 

 フィッツは、カサンドラに仕えるようになる前に、あらゆるラーザの技術を叩きこまれていた。

 慣れない者だと振り落とされてしまうほど素早い動きをするラポイックも、軽々と操ることができる。

 だから、性能の劣るホバーレに乗れないはずがない。

 

 視界の端にあったホバーレは見るからに不格好で、鈍重そうだ。

 むやみに戦闘用に改造を繰り返した結果、元の性能を失ったのだろう。

 素早い動きこそが、乗り物での戦闘では必要とされるのに。

 

「それでは」

 

 今度こそ帰ろうとしたのだが。

 

「乗れば、だいたいわかる、ねえ。そりゃあ、いい。あの女にも乗ってるんだろ? どんな具合か教えろよ。殿下が入り浸りになっちまうほどだ。よほどアレの具合がいいとみえる。俺も乗ってみたいぜ」

 

 フィッツは、無表情で、ルディカーンを見つめた。

 ふと、カサンドラの言葉が頭に浮かぶ。

 

 『いいよ、やっちゃいな』

 

 瞬間、体が動いた。

 意識する間もない。

 

 ドガッ!!

 

 わざとルディカーンの間合いの外にいたが、距離は2メートルほどだった。

 その間合いを素早く詰めて、横蹴りを食らわせたのだ。

 ルディカーンの体が、横に吹っ飛ぶ。

 訓練場の土の上に、ルディカーンが転がっていた。

 

 ひゅっと軽く飛ぶ。

 一瞬で、ルディカーンの横に着地した。

 剣を持った右手を足で踏みつける。

 ルディカーンが驚いた顔をして、フィッツを見ていた。

 

 その青い目を、冷たい瞳で見下ろす。

 周囲が、しんと静まり返っていた。

 たかが従僕に、帝国の騎士団隊長がやられたのだ。

 誰も口を開く者はいなかった。

 

 フィッツは、手を踏んでいないほうの足で、ルディカーンの顎を蹴り上げる。

 わずかな呻き声とともに、血が飛び散った。

 その中には白いものも混じっている。

 奥歯でも折れたのだろう。

 

 首の骨を折ってやろうか。

 

 思ったが、カサンドラから「手加減」するように言われていたのを思い出した。

 殺すのは駄目だとも言われている。

 だが、もう少し痛めつけるべきか、ちょっとだけ迷った。

 

(いや、こいつにかまっている場合ではないか)

 

 早く帰らなければ、カサンドラに「お茶を淹れさせる」ことになりかねない。

 そうなってから帰っても意味がないのだ。

 役立たずだと思われる。

 

 パッと、フィッツは、ルディカーンから離れた。

 来た時と同じく、スタスタと歩き出しても、引き()める者はいない。

 訓練場から出る頃になって、ようやくフィッツは思い至る。

 

(そうか……あの感覚が、嫌だ、ということだったのだな)

 

 感覚的には、けして心地のいいものではなかった。

 なのに、ほんのわずか気持ちが高揚している。

 カサンドラの言葉を理解できたことが、フィッツは、嬉しかったのだ。


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