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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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各々の基準 3

 フィッツの「呼び出し」の件について、鎌をかけてやろうと思っていた。

 だが、その必要はなかったらしい。

 皇太子は、小屋に入って来るなり、辺りを見回したのだ。

 分かり易過ぎる。

 

「フィッツなら、いないよ? なんとかっていう騎士団の隊長に呼び出されてる。あ、セウテルじゃないほうね」

「ルディカーンか」

「そう、その人。なんで呼び出されたのかは知らないけど」

 

 皇太子は、いつものごとく許可も取らず、ソファに座った。

 ひとつしかないので、必然的にカサンドラの隣になるのだ。

 寄り添って座りたくないという意思表示のため、大袈裟に距離を取る。

 これも、毎日のことになっており、もはや慣れた。

 

 けれど、今日はベンジャミンを伴っていない。

 気づいてはいたが、理由は訊かずにいる。

 いてもいなくても、彼女にとっては関係ないからだ。

 どうせ皇太子の(そば)に控えているだけなのだし。

 

「おそらく戦車試合の件だろう。ベンジーも、その件の打ち合わせに出ている」

 

 一瞬、言葉を失いかける。

 それは、2人の「逃亡計画」に関わっているからだ。

 まさかバレているのではと、皇太子の顔色を窺った。

 しかし、これといって変化はない。

 

(前と違って表情はあるけど読みづらい。変なところで笑ったりするし、なに考えてるのか、いまいちはっきりしないんだよなぁ)

 

 思いつつ、何気なさそうに「ふぅん」とだけ答えておく。

 危ない橋は渡らないに限るのだ。

 過剰に食いつけば、なにかあると疑われる。

 

「そう言えば、お前を誘ったことはなかったな……」

 

 なにやら気落ちした様子で、皇太子がポツリと言った。

 前に言った「無関心」との言葉を気にしているのかもしれない。

 

「別に今年も……」

 

 誘わなくていい、と言おうとする。

 誘われても困るからだ。

 が、しかし。

 

「いや、今年は一緒に観戦する。周囲にも、俺の妃がお前だと、知らしめておけるからな」

「いいよ、知らしめなくて。まだ決まってな……」

「俺は、決めている」

 

 こうしたやりとりも、めずらしくなくなっていた。

 ほとほと、うんざりする。

 皇太子は、どうしてもカサンドラを妃として迎え入れたいようだ。

 いくら「予定は未定」だと言っても、頑として聞き入れない。

 

 もう決めた、変更はない、必ず妃にする。

 

 この3点セットの繰り返し。

 タチが悪いのは「皇命」と言わなくなったことだ。

 すなわち「決めた」のは皇帝ではなく、皇太子自身となっている。

 嫌な感じだ、と顔をしかめたくなった。

 

 ただ命令に従っただけであれば、そこに本人の意思はない。

 もとより不本意だったのなら、婚約の解消も見込める。

 解消しなかったとしても、逃げたカサンドラを追いかけてまで皇太子妃にしようとはしなかっただろう。

 

 今は、地の果てまで追いかけられそうな気がする。

 

「戦車試合が、どういうものかも知らないのに、観戦して楽しいのかなぁ」

「戦車試合といっても、実際に戦車を使いはしない。ホバーレと呼ばれる円筒型で、動力付きの乗り物があってな。それに乗って競技場を回るだけだ」

「試合ってことは、操縦の腕を競う競技?」

「そうだ。操縦者の腕と能力が問われる」

 

 腕と能力は同じ意味ではないのか。

 あえて、2つを並べて言ったことに、なにか意味がありそうだ。

 あまり良い意味ではない気もする。

 その件でフィッツが呼び出されているかもしれないとなると、訊かずにはいられなかった。

 

「能力って?」

「攻撃や防御ができない者は生き残れん」

「は……? 競技なんじゃないの?」

「競技だが、それぞれの国の威信がかかっているのだぞ。上位に入るために、皆、必死になる。対戦相手を蹴落とすのは、至極、当然の発想だ」

 

 皇太子の台詞に、ぎゅっと手を握り締める。

 試合といえども、単純な競技ではないと察した。

 ある種の殺し合いだ。

 各国の威信がかかっているということは、戦争にも等しい。

 

「それで、なんでフィッツが呼ばれるわけ? フィッツは、私の従僕だよ? そのホバーレとかいう乗り物の操縦士じゃない」

「理由は、俺かもしれんな」

「どういうこと?」

「ルディカーンはアトゥリノ出身だ」

 

 それは、フィッツにも聞いている。

 まさか、との思いに、ハッとなった。

 

「私に対する嫌がらせか」

「俺がディオンヌを遠ざけたために、アトゥリノが気分を害しているのだろうさ。直接、お前に手出しができないと見て、嫌がらせをする気だ」

 

 平然と、嫌なことを言う皇太子をにらみつける。

 平手打ちでもかましてやりたいところだが、この皇太子はおかしな「癖」があるので、やめておいた。

 自虐趣味なのではないかと思えるほど、彼女が冷たく接すればするほど近づいて来ようとする。

 

 ()(ぱた)いて、ますます気に入られたら最悪だ。

 

 皇太子が少し身を乗り出して来る。

 気づいて、体を引いた。

 顔を覗き込まれ、そっぽを向く。

 皇太子とは見つめ合って話をするなんて関係ではない。

 おかしな雰囲気を作られても迷惑だ。

 

 彼女は恋愛に関心がなかったものの、好意を持たれることがなくはなかった。

 だが、そのこと自体、重荷だったし、迷惑だとしか感じられずにいる。

 自然「おかしな雰囲気」を作らせないように先手を打つようになっていた。

 皇太子からの好意など煩わしいだけなので、いっそう素気無(すげな)い態度にもなる。


「あの従僕が心配か?」

「心配なんかしてない」

 

 フィッツは「なんでもできる」のだから、心配することなどない。

 ただ、殺し合いの場に、フィッツが引きずり出されるのが嫌なだけだった。

 彼女の言った「殺さない手加減」を、フィッツは律儀に守るだろうし。

 

(でも、フィッツが殺されるよりはいい……のかな)

 

 最も身近と言えるフィッツが殺されるのを、黙って見過ごすことはできない。

 そして、簡単な回避策を彼女は持っているのだ。

 

 相手を殺してでも生き残れ。

 

 そう言えば事足りる。

 厳重警備の皇宮内を自由に闊歩できるフィッツが負けるなど有り得なかった。

 ラーザの技術を駆使すれば、優勝すらできるに違いない。

 気になるのは、その過程で死人が出るかもしれない、という部分なのだ。

 

「あの男のことを心配していないのなら、なにを気にしている?」

「戦車試合って、要は疑似戦争みたいなものだよね」

「そういう面もある」

 

 皇太子は、感情の揺らぎも見せず、あっさりと認める。

 今後、帝国の皇帝になる男だ。

 確固とした「理念」のようなものがあるのだろう。

 

「帝国の名の元にあっても、ほかの国より優位に立ちたいとの考えを、どこの国も捨てられずにいる。この程度の力の誇示を許すことで、表立った争いを()けられるのなら、そのほうがいいのだ」

 

 皇太子の言うことは、理解できる。

 理解した上で「嫌な話だ」と思っていた。

 結局のところ、より多くの犠牲を出さないために、小さな犠牲には目をつむる、ということなのだ。

 

「でも、皇族や貴族の偉い人たちは、自分たちは参加せずに高みの見物を決め込むわけでしょ? 気楽でいいよね。命懸けなのは、下っ端だけでさ」

「それが、彼らの役割だ。彼らなりの誇りもある」

 

 彼女は、あえて反論しないことにする。

 言っても、皇太子には理解できっこない。

 ここでは、人の命は等価ではないのだ。

 身分によって、明確な線引きがなされている。

 

 皇太子の言葉は、所詮、綺麗事に過ぎない。

 誇りなんかのために、命を落とすなんて馬鹿馬鹿しい。

 

 彼女は、そう思ってしまうが、皇太子は違うはずだ。

 フィッツやベンジャミン、セウテルだって、違う考えを持っているだろう。

 それぞれに、自分なりの基準で正しさを測っている。

 だから、理解し合えないことがあるのは、あたり前なのだ。

 

「カサンドラ。俺は、自分の手で人を殺したことがない。ゆえに、その罪の重さも、罪と感じるかどうかもわからん。だが、犠牲の上に成り立つ平和もあるのだ」

 

 皇太子の言葉に、彼女は薄く笑う。

 皇太子に対する忌避(きひ)感が募っていた。

 

 たとえ、どれほど皇太子が変わったとしても。

 それが、良い方向に向かっていると思えても。

 

 捻じ曲げられた道を進んだ結果でしかないのだ。


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