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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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取引の俗解 4

 ティトーヴァは、うとうとしていた。

 片付けることが多過ぎて、最近、ほとんど眠っていない。

 なにしろ「人材」が不足している。

 信用できる者がいなくて、困っていた。

 

 信頼していた相手が、知らないうちに「魔人」になっていたのだ。

 気づきはしたものの、その衝撃が忘れられずにいる。

 誰も彼もが怪しい、とまでは思っていない。

 ひとまずセウテルのことは信用していた。

 

 距離が近くなったのは皇帝になってからだが、つきあいは長い。

 体が乗っ取られていれば、気づくはずだ。

 だが、セウテルに違和感はいだかずにいる。

 周りにいる全員を疑うわけにもいかないので、自分の感覚を信じることにした。

 

 うとうとしていたティトーヴァの耳に、遠くから声が聞こえてくる。

 眠りながらも、顔をしかめた。

 これが、なにかを知っていたからだ。

 

 嫌な、夢。

 

 しばらく見なくなっていたのに、と心の隅で思う。

 この夢を見るくらいなら眠らないほうがマシだった。

 夢に引き込まれていくと、いつも、なにもかもを思い出す。

 起きれば忘れているのだろうけれども、見ている間が嫌なのだ。

 

 耐えきれない苦痛に襲われる。

 

 同じ場面、同じ台詞。

 毎回、自分で自分を見ながら「間違っている」と思っていた。

 変えられるものなら変えたかったのだ。

 なのに、筋書は、いつも同じ。

 

 『陛下! 私は、陛下を裏切ったことなどございません!』

 

 知っている。

 カサンドラは、自分を裏切ってなどいない。

 ティトーヴァの両親に、カサンドラは振り回されたたけだった。

 そして、ディオンヌに陥れられたのだ。

 

 『私の心を、ご存知でしょう、陛下!』

 

 知っていればよかった、と思う。

 初めて皇宮に来た頃から、カサンドラを知ろうとすればよかったと悔いていた。

 自分は、カサンドラのことも、気持ちも、なにも知らなかったのだ。

 

 『陛下、信じてください! 私が陛下を裏切るなど有り得ません!』

 

 今なら信じられる。

 もし、カサンドラが自分に好意を寄せてくれていたのなら、裏切るはずはない。

 自分が見たいものしか見ずにいたせいで「事実」に気づかなかった。

 今さら過ぎて呆れはするが、魔物の国に行って、初めて知ったのだ。

 

 自分で「事実」を確認することが、いかに重要か。

 

 信じたくない「事実」でも、突きつけられれば認めざるを得なくなる。

 皇宮では、誰もティトーヴァに「事実」を突きつけようとはしなかった。

 外の世界を知らず、狭い世界の中だけで、自分の思いたい「真実」を、「事実」だと誤認し続けてきたのだ。

 

 見たくないものから目をそらし、認めたくないものを認めず。

 

 帝国では、それが許されていた。

 許される立場だったからだ。

 魔物の国で知ったのは、自分がいかに狭い世界で生きて来たか、だった。

 

 『そんな……陛下! 陛下もご存知のはずです! 私には……っ……』

 

 悲痛な声に、ティトーヴァは、バッと目を覚ました。

 夢の途中で目が覚めたのは、初めてのことだ。

 そのため、すべてを覚えている。

 全身が冷や汗に濡れていた。

 

「夢……夢、だと思っていた……夢だと……」

 

 冷や汗の滲んだ額を手で押さえる。

 夢だと思いたい。

 なのに、それが「事実」だと、理解している。

 

 『人間で言えば、まだ4,5歳の子供だったんだよ?』

 

 カサンドラは、聖者との中間種だった。

 思えば、あの頭痛を感じた時からだったのだ。

 ある言葉に、敏感になっている。

 胸が痛むようにもなった。

 

 そのカサンドラを生き戻させたものが、消えてしまったことを、ティトーヴァは知らなかったが、漠然と納得している。

 あれは夢ではなかったのだ、と。

 

「そうか……俺が……俺は……」

 

 それが子供でも、魔物が殺されたところで、なんとも思わなかったはずだ。

 なのに、魔物であっても、子供が殺されたということに、胸が痛んだ。

 その意味に気づく。

 子を喪った魔物の感情に、自分を重ねていたのだ、と。

 

 涙が、ティトーヴァの頬を伝い落ちる。

 

 額から、勝手に手が口元に移っていた。

 小さく声がもれる。

 ひどく苦しかった。

 室内に、ティトーヴァの嗚咽が響く。

 

「へ、陛、下……?」

 

 ティティの声だ。

 あれから、ここに置いている。

 どこかにあずけるにしても、あずけ先が思い浮かばなかった。

 中間種をまともに扱うところなど、現状、帝国内にはない。

 

「俺は……俺は……自分の妻と子を……自分の手で……」

 

 きりきりと、奥歯が軋む。

 取り返しがつかないことをした。

 聖者の力で、カサンドラは生き返ったのかもしれない。

 時間を巻き戻したのかもしれない。

 

 それでも、2人の子は産まれてこられなかった。

 どちらの道にも、どこにも、存在しないのだ。

 

「俺が、殺した……我が子を……俺が……俺が、殺したのだ……」

 

 なにをどうしたって、取り戻せないものがある。

 自分の愚かさが、我が子を「産まれてこなかった子」にしてしまった。

 少しでも違った判断をしていれば、この腕に抱けていたはずの子だ。

 自分が間違えたのだ、選択を。

 

「……陛下は……命を奪ったのかも、しれませんが……救った命も、あります」

 

 たとえ、そうだとしても、最も大事にしなければならない命を自分の手で絶った「事実」は変わらない。

 贖罪すらもできなくなっている。

 カサンドラは生き返ったが、ティトーヴァとは結ばれなかったのだから。

 

「あの人が、捕まらなかったら……私は……処分されるばす、でした……」

「…………処分……」

 

 魔物に対して言う「処分」は、人に対するそれとは違う。

 ティトーヴァは顔を上げ、ティティに視線を向けた。

 2人しかいないので、ティティ本来の姿が見える。

 角があり、銀の瞳に赤い瞳孔。

 

「……それに……陛下が…………」

「……なんだ……言ってみろ」

「陛下が……お気持ちを変えていなければ……私は……やっぱり……処分されて、いた、と思います」

 

 ティトーヴァは、その言葉を否定できなかった。

 今となっては、ティティを「処分」しようとは思っていない。

 だが、ほんの少し前までは、魔物を絶滅させ、中間種も「処分」しようと考えていたからだ。

 

「……もう……そのようなことはしない……」

 

 爆発物を仕掛けられ、死んでしまった魔物の子たち。

 その親は、どれほど嘆いているか。

 自らの手で殺していないだけ気が楽だろう、などとは、とても思えない。

 

 同じなのだ。

 

 カサンドラに言われた言葉が、心にしみこんでいく。

 ティトーヴァは、小さく呻いた。

 もっと早く考えを変えていれば、もしかすると、魔物とだって、共存できたかもしれない、と思う。

 

 けれど、もう遅い。

 犠牲を出してしまったあとでは、どんな言い訳も通用しないのだ。

 ティトーヴァ自身、自分を許せずにいる。

 我が子を殺した自分のことを。

 

「……私は、死にたいとは思っていなくて……陛下も、そうだ……と仰いました」

 

 魔物の国からの帰り、野宿をした時のことだ。

 ティトーヴァは、小さくうなずく。

 

 死にたいと思って産まれてくるものなどいない。

 

 それを忘れないようにすると決めた。

 いつも心に(とど)めて、覚えておくのだ。

 再び、間違った選択をしないために。

 

「すぐには……無理だろうが……俺が皇帝であるうちに、中間種が認められる世を作ってやる。それまでは、名目ではない、きちんとした保護をしよう」

 

 今の帝国では、かなり難しい。

 ティトーヴァも自分が魔物や中間種を、どう認識していたのか、わかっている。

 たちまち改めるのは、困難なのだ。

 だからと言って、誰しもに「取り返しのつかない」過ちをして気づくべきだとは言えない。

 

 そんなことは、自分だけで十分だ、と思う。

 その「取り返しのつかない」過ちを、できる限り減らしていくことくらいしか、できることもない。

 自分に「なにかできる」などとは思わないほうがいいのだ。

 代わりに「なにができるのか」と考えるのが、自分の役割なのかもしれない。

 

 権力には責任が伴う。

 

 もっともっと、今まで以上に先を見据えて、ひとつひとつ丁寧に選択をしていかなければならない、と感じた。

 なにをしても贖罪にはならない。

 だが、この先、産まれてくる多くの子供たちに、より良い国を残したかった。

 

「教育も、変えねばならん」

 

 まだ真っ白な画用紙を黒く染めるのではなく、美しい絵が描けると教えるのだ。

 共存はできなくても、魔物を見下(みくだ)したり、敵視したりすることはないのだと。

 

「ティティ、俺には、人望というものがなくてな。面倒をかけることになるだろうが、お前、俺の侍女になってくれ。いや、なってくれないか? 断られても、殺したりはしないから、気楽に返事をしろ。いや、してくれ」

 

 いきなりは難しくても、少しずつ、変えていこう、と思う。

 そのためには、まずは自分から、だ。

 心の傷みは、きっと残り続け、癒えることはない。

 それでも、ようやくティトーヴァの額を濡らしていた冷たい汗は止まっていた。


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