表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
281/300

人であり人でなし 1

 

「どのツラ下げて、ここに来られたわけ?」

 

 カサンドラの声は低く、冷たい。

 無関心などという生易しいものではなかった。

 無表情を通り越し、感情の欠落したような瞳で、ティトーヴァを見ている。

 

 正直、すぐに会わせてもらえるとは思っていなかった。

 だが、どうしても、直接、カサンドラと会う必要があったのだ。

 そのため、ティトーヴァは、中間種を連れ、1人で魔物の国に来ている。

 帝国内での動きは、セウテルに命じていた。

 

 当然だが、セウテルは反対したが「皇命」だと押し切っている。

 そうまでして、ティトーヴァは、1人で来なければならなかった。

 理由は、カサンドラにある。

 どうしても、直接、会う必要があったのだ。

 

 しかし、意外なほど、あっさりとカサンドラとの会見は許された。

 最初に使者を送った地で、待たされたのは半日程度。

 今は、大きな木のうろのような場所にいる。

 おそらく「家」なのだろう。

 

 ティトーヴァは、帝国の領土から出たことがない。

 交渉の時も、壁から十キロ離れただけだ。

 魔物の国に入ったのではなかった。

 なので、実際には、どんな暮らしぶりなのかは知らずにいる。

 

 室内と言えるのかはともかく、中は、狭い。

 ティトーヴァの私室にある書斎ほどの広さもなかった。

 もちろん皇宮の、しかも皇帝の私室と比較するほうがおかしいのだ。

 とはいえ、ティトーヴァが皇宮以外で知っているのも「屋敷」くらいだった。

 民の家になど入ったことがない。

 ましてや、ここは「魔物の住処」なのだ。

 

 ティトーヴァは、両手首を、縄のようなものでグルグル巻きにされている。

 その上で、床に(ひざまず)かされていた。

 抵抗しようと思えばできたが、していない。

 カサンドラと話すことを優先させたのだ。

 

「あんた、自分の国の者が、なにしたか知ってるんだよね?」

 

 周りは、魔物に取り囲まれている。

 ジュポナに現れた、あの魔物もいた。

 ほかには、狼のようなもの、角のあるもの、木を彫刻したようなものたちだ。

 ひどく殺気立っている。

 いつ殺されてもおかしくない状況だ。

 そのくらいは、たとえ相手が魔物でも感じ取れた。

 

「魔物を絶滅させるって言ってたらしいけど、停戦中だってこともおかまいなしなわけ? あんたの言う約束って、なんなの?」

 

 ティトーヴァは、混乱している。

 カサンドラの近くに、あの従僕がいないのも、気になった。

 フィッツが、こういう状況の中、彼女の(そば)を離れるのは不自然だ。

 そして、カサンドラの話の意味も掴み損なっている。

 

 いくつかの国内での段取りをして、帝国を出たのは5日前。

 ホバーレは使っていない。

 体力には自信があったが、炎天下の元、歩き続けるのは困難だった。

 最も気温の高い時間帯は、日陰で過ごさざるを得ず、距離を風げなかったのだ。

 

 おまけに、途中、魔獣の群れに襲われている。

 ティトーヴァが、ファツデという特殊な武器の使い手でなければ死んでいた。

 案内役の中間種も戦い慣れていて、少しは役に立ったけれど。

 

 そういう、あれこれがあり、結局、5日もかかってしまっている。

 中間種だけであれば、7日もあれば往復できていた。

 その中間種は、ティトーヴァとは少し離れた場所で、魔物に体を掴まれている。

 縛られていないだけ、ティトーヴァよりマシな待遇だ。

 

「待て、カサンドラ。お前は、聖魔に操られている。先に……」

「馬鹿じゃない? ここに、これだけ魔物がいるのに、聖魔の入って来られる余地なんかない。あんただって、聖魔()けに中間種を使ってるくせに」

「し、しかし……この魔物たちは、あの従僕に使役されて……」

「フィッツは、そんなことしないし、そんな力ないよ。そもそも、人にそんな力があるんなら、魔物を使って聖魔から身を守れてたんじゃないの?」

 

 ティトーヴァは、ようやく自分の中の「矛盾」に気づく。

 確かに、その通りだ、と思った。

 カサンドラのことに目がくらみ、ロキティスの言葉を信じた時から矛盾が生じていたのだが、気づいていなかったのだ。

 

 カサンドラが自らの意思で、ティトーヴァの元を去ったとは思いたくなくて。

 

 ロキティスの話を、ほとんど受け入れた。

 ティトーヴァ自身のした選択だ。

 言い訳にもならないのだが、それでも、あの時から、ティトーヴァの判断は狂い始めている。

 そのことに、本人も気づかずにいた。

 

「カサンドラ……俺は、5日前に帝都を出た。その後……なにがあったのか知らんのだ……停戦中だと思えばこそ、ここに来た」

 

 セウテルを説得する時にも言っている。

 現状、魔物の国とは停戦中なので、殺されることはない、と。

 

「そうでなければ、殺されるとわかっていて、ここに来るはずがない」

 

 ほかの魔物はともかく「あの魔物」は、人の言葉を解しているらしい。

 カサンドラを見て、なにか言っている。

 

(へ、陛下……あの魔物は……陛下の話を聞いても……)

 

 通信機を通じ、小声で聞こえてきた声が途切れ、バンッという音がした。

 ティトーヴァが腰を浮かせる。

 殴られたのか、床に倒れている「(つの)」のある中間種。

 

「ティティっ!」

 

 ティティというのは、ティトーヴァの子供の頃の愛称だった。

 だが、今は、案内役の中間種を、そう呼んでいる。

 与えられた名は「エイティ」だと言っていたが、それは番号だ。

 そのまま呼んでも差し支えはなかったのだが、響きが似ていたので、なんとなく「ティティ」と呼ぶようになっていた。

 

「なに? 中間種は人じゃないんでしょ? あんたが絶滅させたい種のひとつだと思うけど? 情でもわいた?」

 

 カサンドラの声は、信じられないほど辛辣だ。

 凍りつくような冷たさで、感情を切り捨てている。

 冷酷、とも言える口調だった。

 皇宮にいた頃とは、まるで違う。

 

 彼女は、無関心さでティトーヴァを突き放してはいた。

 軽くあしらわれていたのも知っている。

 けれど、冷酷さを感じたことはない。

 なにが、それほど彼女を変えたのか。

 

「カサンドラ……俺は停戦協定を破った覚えはない」

「大勢、死んだんだよ?」

「どういうことだ……お前が狙われたのでは……」

 

 言いかけてやめる。

 現実に、目の前にカサンドラがいた。

 カサンドラは無事だったのだ。

 

「お前が、狙われると思っていた……だが、違ったのだな」

「フィッツは、あんたが頭いいって言ってたけど、私は違うと思う。あんたは……自分の足元も見えてない馬鹿だ」

 

 罵る声さえ冷たい。

 それほど「大勢が死んだ」のだろう。

 中には、カサンドラと親しくしていた魔物もいたかもしれない。

 魔物たちは、彼女を守るようにして囲んでいる。

 カサンドラが聖魔に操られていないのなら、ここにいるのは彼女の意思だ。

 きっと魔物たちと共存している。

 

「首謀者は……アルフォンソ・ルティエだった」

「知ってる。あんたがやらせたわけ?」

「違う! 俺は……アルフォンソが、お前を狙っていると分かって、それを伝えに来たのだ。遅きに失したようだがな」

 

 カサンドラたちは、アルフォンソの存在を知らないと思っていた。

 顔も姿も、帝国騎士団の隊長を務めていることも、その人格もだ。

 使者を通じて話すのは危険に過ぎた。

 秘匿回線も信用ならなくなっていたからだ。

 使者が途中で殺されることも有り得た。

 

 それに、もっと重要な話がある。

 これだけは、カサンドラと、直接、話さなければならなかった。

 セウテルにも、実際のところは話していない。

 自分でも信じられないような内容だ。

 

「ベンジー……ベンジャミン・サレスは……ベンジーではない」

 

 初めて、カサンドラの表情が変わる。

 おそらく、なにを言っているのか、わからないのだろう。

 

「少なくとも、俺の知る……俺の友であったベンジーではないのだ」

 

 半年前、ベンジャミンが目を覚ました時には思いもしなかった。

 素直に、友が目覚めたと喜んでいる。

 だが、次第に違和感をいだき始めたのだ。

 

「我ながら、おかしなことを言っていると思っている。ただ……アルフォンソが、あの銃撃に関与していたことは突き止めた。だとしたら、理由はなんだ? なにがアルフォンソに、そうさせたのか。兄の復讐としか考えられん。しかし、ベンジーなら、それに気づかないはずはない。気づけば、許すはずがない」

「だから、ベンジーじゃないって?」

 

 ティトーヴァは、首を横に振った。

 信じられないことであっても、確信している。

 今のベンジャミン・サレスは幼い頃からともに過ごしてきたベンジーではない。

 

「まず、言葉遣いだ。ベンジーは律儀な男でな。俺が皇太子になってからは、臣下としての態度を崩さずにいた。絶対に、わかりました、などとは言わんのだ」

 

 言葉遣いや、言葉の選びかたには「癖」が出る。

 側近になって以来、ベンジャミンは「かしこまりました」と言葉を改めていた。

 もちろん、それだけではない。

 目覚めてからのベンジャミンも、ティトーヴァへと寄り添うようなことを言いはするが、なぜか「心」が感じられなかった。

 

「確信したのは、5日前だ。お前に、危害を加えられる前に、アルフォンソを捕縛するよう、セウテルに命じた。その前に、ベンジーに会いに行った。最後の頼みの綱……といったところだ。確信したくなかったからな。それで俺は……嘘をついたのだ、ベンジーに。だが……」

「ベンジーは、見破れなかったんだね」

「そうだ。その上……寝たきりであったはずのベンジーが、知っているはずのないことを口にした」

 

 『防御障壁を抜けて魔物の国に行ったのは、カサンドラ王女様のご意思ではないのですから』

 

 それはロキティスが言った台詞であり、当時、すでにベンジャミンは寝たきりになっていた。

 ティトーヴァは、カサンドラが魔物の国にいることは話していたが、ロキティスが、なにを言ったかまでは、話していない。

 

「カサンドラ……あの日、ベンジーに、なにがあったのだ?」

 

 それを、どうしてもカサンドラに訊かねばならなかった。

 そのために、ティトーヴァは護衛もつけず、ここまで来たのだ。

 

 あの日に起きたこと、その「事実」は、彼女しか、知らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おや、もう気づいてたんですか。 混乱してるだの言ってもそれぞれの人との接し方も知らん人がなりすましとか無理あるよなー身近でよくみてる人がやるならともかく、と思ったのに、当たり障りない接し方で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ