看過の界線 3
ザイードは、黙っている。
あれから5日。
フィッツは、まだ目を覚ましていない。
キャスは、フィッツの傍にいる。
ザイードが、そうするようにと言ったのだ。
キャスの瞳には、悲しみと後悔が見えた。
己に、責任を問うている。
なので、フィッツの看病をするように言ったのだ。
領地のことは自分がしなければならないことだ、と。
「……ルーポに被害は、なかった」
「コルコもだ……」
「……こちらも……」
湿地帯の奥。
今日は、あの洞に長たちが集まっている。
ザイードの家の近くは、滅茶苦茶になっていた。
いつも集まっていた建屋も、その中のひとつだ。
取り戻した子らは、別々に引き取られていたが、その半数で爆発は起きている。
一緒にいたもの、近くにいたものは、怪我をしたり、死んだりした。
重篤でないものに限っては、ファニが癒したため、命は落としていない。
だが、番を喪ったものも、多くいる。
周りの空気が重い。
ダイスもアヴィオもナニャも、そしてミネリネも、ザイードを案じていた。
それは気づいている。
けれど、なかなか言葉が出てこないのだ。
いつも通り、とはいかない。
ザイードが長になってから、こういう形で子が犠牲になるのは初めてだった。
かつて、人が襲来していた際にはあったのかもしれないが、2百年もの間、平穏無事に暮らしてきたのだ。
どうしても、感情が抑制できずにいる。
(……まだ……3桁にもなっておらぬのに……)
自分より先に、ラシッドは逝ってしまった。
口が達者で、遊び好きで、だが、心根の優しい弟。
物を運べないファニの代わりに領地巡りをしていたのは、ザイードのためだったと、知っている。
元々、領地に物を運び、交換したりしていたのは、ヨアナだ。
人との戦で、ヨアナは命を落としている。
ヨアナがシャノンによけいなことを言わなければ、人の国に向かったザイードとキャスは危険な目に合わなかったかもしれない。
だが、ザイードは、それを自分の責任だと感じていた。
自分が、もっとちゃんとヨアナの話を聞いていればよかった。
そう思い、ヨアナの死にも責任を感じていたのだ。
そんな兄に、ラシッドは気づいていた。
だから、ヨアナの代わりをかって出ていたのだろう。
(お前に会うことは、もうないのだな……ラシッド……もう、会えぬのだ……)
ラシッドが産まれた時のことを覚えている。
ひどく小さくて、爪もふにゃふにゃで、ちゃんと育つのかと心配した。
60歳近くも違う、歳の離れた弟だ。
ラシッドが産まれたのは、ザイードが今のラシッドと同じ歳の、87歳。
『人で換算すると、ザイードが30くらいで、ラシッドが18ってとこですね』
いつだったか、キャスが言っていた。
ひと回り違う、というのが、どういう意味かわからなかったが、歳が離れているから、可愛いのだろうと笑われたのだ。
確かに、どんなことを言われても、ザイードは、ラシッドが可愛かった。
病や怪我をしないよう気をつけるように言っていたし、見守ってきてもいる。
それ以外で、歳若い弟が死ぬなど考えたことがなかった。
(しかし……身内を喪うたのは、余だけではないのだ)
領地内の火を消し、家の下敷きになっているものたちを助けて、怪我をしているものを、ひとところに集めた。
ファニに、癒せるだけは癒してもらっている。
それでも、体の損傷は、ファニでは治せない。
あまりに酷かったものは、次々と死んでいった。
吹き飛んだ家々。
そこいら中に、飛び散った血肉。
遺体の残骸。
ガリダの領地のあちこちが、そんな状態になっていた。
ザイードは、生き残ったガリダのものを宥め、落ち着かせるため、1日中、歩き回ったのだ。
そして、深夜、あの沼に戻った。
ラシッド、シュザ、ノノマを拾うためだ。
子の近くにいたからだろう。
顔の判別ができたのは、ノノマだけだった。
体も、比較的「残って」いた。
ノノマは身を守るすべに長けていたからかもしれない。
鱗も、ほかのガリダより硬かった。
「ザイード」
声に、顔を上げる。
気づかないうちに、下を向いていたようだ。
長たちが、ザイードを見ている。
口を開いたのは、ダイスだった。
「国自体が狙われたってことじゃねぇのか?」
種族の中で、ガリダだけが被害にあっている。
魔物の国を対象とするなら、ほかの種族も同様のことが起きる可能性があった。
ダイスは、それを心配している。
取り返したルーポの子を、3頭、ダイスは引き取っているのだ。
「お前たちの心配はわかるが……起きるなら同時に起きておろう」
「まぁ……それは、そうかもしれねぇけど……」
「余が思うに、ほかの子らは大事ない。ガリダである必要もあり、具合も良かったということなのだ」
「こんな時に悪い……もうちょっとわかるように話してくれ」
ふう…と、ザイードは大きく息を吐く。
ダイスも訊かずにすむのなら、訊いてはいない。
ガリダの惨事を見て、心配せずにいられないのもわかる。
己の身内にも同じことが起きたら、と思うのは当然だ。
「狙われたのは、余とキャスであろうな。余の姿を見ておれば、ガリダが同種だとわかろう。ゆえにガリダである必要があったのだ。その上、ガリダの子は、ほかの種族と違うて、体が大きい。年上のコルコの子よりも、だ」
ザイードは、再び、息を吐く。
ザイード自身、感情の抑制が難しかった。
話している間にも、悲しみと怒りがわき上がってくる。
だが、それを必死で抑えこんでいた。
「皆も知っておるだろうが、機械というものは、それなりの大きさがある。それを腹に入れるとなれば、子も大きくなければならん」
敵にとっては、具合がよかったのだ。
ガリダの子は大きく、爆発物を仕掛け易かった。
そもそも、ガリダを狙うつもりだったので、なおさら都合も良かった。
だから、ほかの種族の子は「大事ない」と、ザイードは言っている。
「ルーポの子は小さいゆえ、爆発物を腹に入れるなぞ、まず無理ぞ」
コルコやイホラにしても、同じことが言えた。
この2種族は、胃袋が小さい。
ルーポは成長すれば大きくなるが、そもそも小さな子ばかりだった。
もしガリダの子が、もっと小さかったら、別の方法を取っていたかもしれない。
子を使おうなどとはしなかったかもしれない。
「……適しておったのだ……目的も手段も……」
ザイードは、また下を向く。
多くのガリダが死んだ。
2百年かけて、ようやく元に戻りつつあった数が、再び大きく減った。
老体たちが、なぜ人の話をしたがらないのか、わかった気がする。
(……人とは……かように残酷な生き物か……良き者もおる。我らと、共存できる者もおるではないか……なにゆえ……かようなことをする者がおるのだ……)
キャスはともかく、フィッツは人間だ。
キャスの同胞だからかもしれないが、それでもフィッツは、魔物を見下したりはしなかった。
自らと同じ立場で、いつも会話をしていたと、知っている。
なのに、なぜ人という「種族」は、全員が、そういうふうになれないのか。
ザイードには、それがわからなかった。
フィッツのような者、ザイードに頭を下げたキャスの同胞。
そういう者たちがいたので、少しばかりの期待があった気がする。
どこかで、戦が終われば「共存」できるのではないか、と。
しかし、その気持ちは失われていた。
もう人という種族に期待はかけられない。
ごく少数の「例外」がいるだけなのだ。
魔物を「生き物」として、対等に扱う人間は。
「……そうか。わかった」
ダイスが、納得したようだ。
不安は残っているだろうが、しばらくすれば落ち着くに違いない。
少なくとも、ガリダよりは安全だろう。
ガリダには、まだ半数の「子」が残されている。
だからといって、取り返した子らを放り出せるはずがない。
引き取ったガリダたちも承諾しないはずだ。
ガリダは、身内を見捨てたりはしない種族なのだから。
「これから、どうする?」
ナニャに訊かれても、ザイードは首を横に振った。
まだなにも考えていない。
考えられずにいる。
「だが、お前とキャスが狙われているのだろう? 大丈夫なのか?」
アヴィオに訊かれた。
けれど、それも、わからない。
今回のことで終わるのかどうか。
次があるかもしれないし、ないかもしれない。
自分は、フィッツのように、先まで見据えることはできないのだ。
わからないことには答えられなかった。
ザイードは黙っている。
重苦しい沈黙が流れた。
それでも、誰も席を立たない。
(皆……悼んでおるのだ……ガリダの死を……子らの死を……)
ザイードは腕組みをしたまま、目を伏せる。
ラシッドの自分をからかう時の顔が、見えた。




