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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
278/300

看過の界線 2

 しゃり。

 しゃりしゃりしゃり。

 

「うまいか?」

「はい、ご主人様、おいしい、です」

 

 クヴァットは、シャノンの頭を撫でる。

 弟の頭とは違い、撫でることに抵抗感がない。

 非常に気分が良かった。

 

(ったくよ、皇帝も、よけいな真似しやがる)

 

 とはいえ、気に入らない事態も起きている。

 皇帝が、公爵に圧力をかけたせいで、アルフォンソのサレス邸への出入りが自由になってしまった。

 あの気色の悪過ぎる弟に、しばしば訪ねて来られて迷惑している。

 

「この時期は、オレンジがねぇんだとさ。まぁ、リンゴも悪かねぇだろ」

「どっちも、おいしい、ので」

 

 しゃりしゃりと、シャノンがリンゴを齧っていた。

 食べるのに夢中な姿を、クヴァットは、じっと見ている。

 半年前よりは、マシだが、まだ痩せっぽち。

 

 サレス邸に戻ってから、シャノンを部屋に隠していた。

 使用人が出入りするくらいであれば、問題はなかったのだ。

 シャノンは、身を潜めるのに長けている。

 なので、この部屋で1日を過ごせていれば「痩せる」なんてことにはならない。


 クヴァットには、アルフォンソが秘密裡に中間種を隠し持っていたことくらい、わかっていた。

 なにしろ、クヴァットは鼻が利く。

 そして、獣くさいのが大嫌いなのだ。

 

 弟が気色の悪過ぎることにも苛々していたが、獣くささにも苛立っていた。

 魔人は「娯楽」に手を抜かない。

 だとしても、どちらも我慢しなければならなくなるなんて、予想外。

 ほどというものがある。

 

「来るたび獣くせえんだからな。自分でも、よく(くび)り殺さなかったって思うぜ」

「け、獣くさ、い……」

「お前じゃねぇよ。あの気色の悪過ぎる弟のことだ」

「前の人より、気持ち、悪いです、か?」

「段違いにな。だいたいセウテルは獣くさくはねえ」

 

 寝室にいようが、どこにいようが、アルフォンソは平気で入って来る。

 声をかけないことも、少なくなかった。

 長く会えずにいたからなのか、兄弟とはそういうものだと思っているのか。

 いずれにしても、アルフォンソは「兄」との距離感が、わかっていない。

 まだしもセウテルは「わきまえて」いた。

 

 いつ弟が姿を現わすかわからないので、シャノンは、昼間、外に出している。

 夜にだけ、こうして呼び寄せているのだ。

 ここは2階だが、中間種のシャノンにとっては、簡単に出入りできた。

 窓さえ開けておけばいい。

 

 だが、食事は1日1食しか「まとも」に食べさせられないのだ。

 ベンジャミンは病み上がりで、2食分も用意させることはできずにいる。

 クヴァットは、それほど食事が必要ではないので、それはどうでもいい。

 自分のものを、シャノンに食べさせればいいだけだった。

 

 とはいえ、朝と昼は、部屋に置いておけないので、食事も与えられない。

 結果、ちゃんとした食事は、夜だけ、ということになる。

 外では、相変わらず缶詰生活だ。

 そんな調子なので、痩せっぽちから、抜け出せていない。

 

「あいつにだけは見つかるなよ、シャノン」

「はい、ご主人様……気持ちの悪い人は、嫌ですから」

 

 あの従属心の強い弟のことを考え、クヴァットは目を細める。

 見つかれば、シャノンをいたぶり尽くすだろう。

 アルフォンソは、稀に見る「残忍性」も併せ持っていた。

 兄に従属する他者を許すとは思えない。

 

「駒としちゃ、いいんだけどよ」

 

 従順で素直で、さらには、馬鹿だ。

 頭はいいのだが、知恵が働く、ということに過ぎない。

 ロキティスだって、頭は良かった。

 方向性は違うが、アルフォンソも似たようなものだ。

 

 皇帝やフィッツとは、頭の出来が違う。

 もちろんクヴァットとも。

 

「にしても、しぶとい姫様だ」

「生きて、ます?」

「そうなんだよ、生きてるぜ、あの小娘」

 

 クヴァットは、ラフロと感情を共有している。

 それは、3百年ほど前、この世界に生じた時から、そうだった。

 互いに、情報交換や近況報告のような、やりとりはしない。

 単に、感覚が伝わってくるだけのことだ。

 

 ラフロは、こちらの状況を「視て」いるのだろうが、それをクヴァットに、教えたりはしないし、クヴァットも聞かずにいる。

 1度だけ聖魔の国に戻り、カサンドラの姿を見たことはあった。

 幕間、というところだ。

 だが、普段は、そんなことはしない。

 舞台を見る前に、結果が見えてしまったらつまらなくなるので。

 

 それでも、ラフロの感情から、自然とわかることもある。

 ラフロのカサンドラに対する「関心」は薄れていなかった。

 むしろ、カサンドラがどうするのかに「関心欲」を刺激されているようだ。

 すなわち、カサンドラは生きている、ということになる。

 

「ラフロにも感謝してもらわねぇとな」

 

 言いはするが、そんなことは思ってもいない。

 ラフロとクヴァットの間には、なにもないのだ。

 相方ではあれど、人の言う「兄弟」や「身内」「家族」という感覚はなかった。

 クヴァットもラフロに治してもらったりしていたが、感謝なんてしていない。

 

「あの人が生きて、いるから……?」

「そういうこっちゃねぇんだが、お前には、難しくてわかんねぇさ。ほら、リンゴ食ってろ。あ、俺にも、ひとつ寄越せ」

 

 皮が剥かれ8等分されたリンゴを手で掴み、シャノンがクヴァットの口元に運ぶ。

 同じように、シャリシャリしながら、思い返していた。

 口元が、自然に、にやにやする。

 

「楽しい、ですか?」

「楽しいぜ。俺としちゃ、時間かけるつもりでいたがよ。こういう展開もいい」

 

 アルフォンソの仕組んだ銃撃は、まさに「下準備」だった。

 詳細は、訊かなくても想像がついている。

 

 あの銃撃があったため、人間側は交渉で「不利」になった。

 あわや交渉決裂か、というほどの事態にしてしまったのは人間側。

 だから、交渉を成立させるためには譲歩するしかなかった。

 多大な犠牲と莫大な資金をかける覚悟で、交渉を蹴ることはできただろう。

 しかし、見込みがあるなら、やはり停戦が望ましかったのだ。

 

「魔物のガキの解放くらいならな。帝国にとっちゃ、まだ譲歩できる範囲だ」

 

 成体は押さえているし、どの道、子供は、足手まといになりはすれ「戦力」にはならない。

 飼い続けるにも費用がかかる。

 もちろん、切り札として持っておきたかったという心理は当然だ。

 

「時間稼ぎのほうが優先度は高ぇだろ。先を見て行動するのが、皇帝ってもんだ」

 

 あんな雑な攻撃が、奴らに通用するはずがない。

 カサンドラを殺すよう命じられていたとしても、殺せたはずもなかった。

 

「ンなこたぁ、あいつもわかってた。わかってたから、雑に仕掛けたんだろうぜ」

「失敗、なのに……?」

「そこは関係ねぇのさ。交渉を不利にするってのが、あいつの目的だったわけだ。ていうか、ま、不利になったあとのことが目的、って言うべきかもしれねぇな」

 

 シャノンは、首をかしげつつも、リンゴをシャリシャリ。

 聞いてはいるが、意味はわかっていない。

 クヴァットは、シャノンの、従順で狡猾さのないところが気に入っている。

 シャノンには、アルフォンソの意図も残忍性も、まったく理解できていないのだ。

 裏読みも先読みもできないので、まさしく「きょとん」という感じ。

 

「お前は、俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ」

「はい、ご主人様」

 

 たとえ、わけがわかっていなくても、理解できなくても、シャノンが自分の言うことだけを聞く、とわかっている。

 クヴァットにとって、最高の玩具なのだ、シャノンは。

 

「あの銃撃は、下準備。要は、魔物側が、子を返せって言い易くして、皇帝にも、それを断れないようにしたってことさ」

 

 アルフォンソは、歪んでいた。

 (うと)まれ続けていたゼノクルよりもロキティスよりも、だ。

 ベンジャミンに手を伸ばしてもらえるまで、どれほど過酷な環境で生きてきたかが察せられる。

 クヴァットはベンジャミンではないので、アルフォンソに同情はしないけれど、それはともかく。

 

 だからこそ、アルフォンソは、カサンドラを殺さない。

 

 ベンジャミンを、ほとんど死人にした者に自らと同じ気持ちを味合わせることにしたのだ。

 だから、カサンドラではなく、カサンドラの「周り」を狙った。

 大事なものたちを喪い、カサンドラが「壊れる」ことを期待したかもしれない。

 

 殺してしまったら、それで終わりだ。

 それ以上に苦しむことはない。

 

 アルフォンソは、カサンドラに自ら「死にたい」と思わせるほどの復讐をした。

 さすが気色の悪過ぎる弟だ、と思う。

 兄の復讐のためなら、残虐性を抑えようともしない。

 

 アルフォンソは、魔物の国に、子を「返却」させるため、下手な銃撃をさせた。

 子を魔物の国に送ることが、目的達成の鍵だったのだ。

 

「爆発物付きのガキだとも知らずによ。しかも、ちょうど懐いた頃に、起動させるなんざ、なかなかどうして、手が込んでるじゃねぇか」

 

 首をかしげている、シャノンの頭を、クヴァットは撫でる。

 にっと口元に笑みを浮かべて言った。

 

「またまた、お姫様の大事なものは、砕け散ってしまったのでした。おしまい」

 

 それから、シャノンを片腕で抱き上げ、窓を開ける。

 赤い月を見て、魔物の国に降ったであろう血の雨を思った。

 

(せいぜい後悔しろてろや、小娘)


 誰かを傷つけたら、やり返されてもしかたない。

 殺したら、殺される。

 そういうものだと、カサンドラは言った。

 

(そうさ、お前が、アトゥリノ兵の身内の恨みをかった。だから、銃撃は起きた。お前が、ベンジャミン・サレスを壊したから、アルフォンソ・ルティエの恨みをかった。そんだけの話だろ、なぁ、小娘)

 

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