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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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回帰を望んだところとて 2

 ベンジャミンの体を「借りて」から、半年が経とうとしている。

 体に入ったあと、しばらくは意識のない振りを続けていたので、皇帝との面会は少しあとになったが、それでも5ヶ月は経った。

 体も、かなり馴染んている。

 ベンジャミンに馴染んでいるかはともかく。

 

「あまり、お加減がよろしくないようですね、陛下」

「まぁな……」

 

 サレス邸の大ホールだ。

 大きなガラスドアから中庭が見えている。

 昼間なので、燦燦と光が射していた。

 外は、きっと暑いに違いない。

 

 なにしろ夏真っ盛り。

 

 室内にいても、ジッジッという蝉の声が聞こえてくる。

 温度調整されていて涼しいはずなのに、その「音」のせいで暑苦しく感じた。

 大きなホールに、皇帝と2人、向き合ってソファに座っている。

 それも、暑苦しさの原因かもしれない。

 

 ゼノクルと違い、ベンジャミンは「きちんと」している。

 ラフロの言ったように「窮屈」だった。

 だが、娯楽のためだ、しかたない。

 今日あたり、楽しいことが起きそうだ、との予感もある。

 

「まだ、あの男を追っておられるのですか?」

「身元はな、わかったのだ」

 

 それは、初耳だ。

 カサンドラを殺そうとした男を、皇帝は粘り強く追っていた。

 時間がかかったのは、限られた人員の中で情報を秘匿しながら追跡していたからだろう。

 身元が判明したという話を「ベンジャミン」にさえ、今まで黙っていたほどだ。

 よほど注意深く動いていたに違いない。

 

「それなら、背後関係も判明したのですね」

「いいや、ベンジー。空振りだ」

「空振り? 男の身元から、なにもわからなかったのですか?」

「ずいぶんと手回しのいい奴だったらしい」

「……関係者が殺されていた、ということでしょうか?」

 

 皇帝が、憂鬱そうにうなずく。

 やけに元気がないと思ったら、そういうことか、と思った。

 

(アルフォンソの奴、なかなかやるじゃねぇか。皇帝を駆けずり回らせておいて、手ぶらで帰すなんざ、誰でもできることじゃねえ。あいつ、頭良かったんだな)

 

 自分の前では、馬鹿みたいだけれど。

 

 それはともかく、皇帝はゼノクルの死以来の傷心のようだ。

 友としては、慰めておかなければならない。

 心にもないことを言うのには、慣れている。

 クヴァットは、皇帝の望む言葉を口にした。

 

「使者からカサンドラ王女様の無事は確認できているのです。そう気を落とされることはありませんよ」

 

 先月だったか、魔物の国に、再び使者を出している。

 その話も、直接、皇帝から聞いていた。

 おそらく、その時には、男の身元は判明していたのではないか。

 クヴァットは、そう推測している。

 

 だが、使者を送り、カサンドラの無事が確認できたとの話はしても、男のことについて、皇帝は、なにも話していない。

 話したかったのかもしれないが、皇帝の私室以外は信用できないのだ。

 どこでどう盗み聞かれているかわからないので、話さなかったのだろう。

 

「そうだな。それが、せめてもの救いだ。せっかく手がかりをつかんだというのに振り出しに戻ってしまったと思うと、気が滅入る」

「これから、どうされるのですか?」

「しばらく様子見するしかない。ほかに手がないか、考えることにする」

「ご無事であれば、いずれカサンドラ王女様は戻られますよ。防御障壁を抜けて、魔物の国に行ったのは、カサンドラ王女様のご意思ではないのですから」

「わかっている。カサンドラは、フィッツに(さら)われたのだ」

「こちらの態勢が整った際には、陛下自ら、迎えに行かれませんとね」

 

 友の言葉に、皇帝が小さく笑ってうなずいた。

 少しは気分が良くなったようだ。

 それを見て、クヴァットも、気分が良くなる。

 

 皇帝には、ぜひ魔物の国を攻め滅ぼしてもらいたいのだ。

 あの国にある壁を造る装置さえ壊せれば、聖魔の遊び場が復活する。

 ほかの聖魔たちには、せいぜい感謝してもらわなければならない。

 シャノンのために、オレンジを持って来させたいし。

 

「最近は、アルフォンソと会えているか?」

「はい。陛下のお口添えがあったと、お聞きしております」

「そうか。それなら、俺も安心だ。ベンジー、すまんな。まだ執務が残っていて、ゆっくりもしておれん」

「こちらこそ、お忙しいところ、いつも足を運んでいただいて恐縮しております。あまり、ご無理されませんよう」

 

 皇帝が立ち上がるのを見て、クヴァットも立ち上がった。

 わざとらしく足を引きずってみせる。

 こうすると、皇帝は「見送り」を断ってくれるのだ。

 

「ああ、見送りはいい。俺に気遣いは無用だ」

「ありがとうございます、陛下」

 

 頭を深々と下げる。

 いつも通り、皇帝が「ベンジャミン」の肩を叩いた。

 顔を上げ、皇帝を視線だけで見送る。

 姿が見えなくなると、すぐにソファに座り直した。

 

(カサンドラ王女様が、お戻りになることはねぇだろうがな)

 

 皇帝の執着心は、クヴァットの役に立つ。

 だから、カサンドラが中間種だと話してはいないし、ベンジャミンが、ほとんど死人になった理由も伏せていた。

 人と魔物の関係を「ややこしく」するためだ。

 

 アルフォンソは、カサンドラを殺さない。

 それは、わかっている。

 ベンジャミンの弟は、ある意味、ゼノクルよりも歪んでいるのだ。

 兄への従属心が酷過ぎる。

 話すほどに、セウテルの持つ「兄弟愛」とは、異種のものを感じていた。

 

「兄上、さきほど皇帝陛下がいらしていたようですね」

「公爵から小言を言われなかったか? 一応、声くらいかけるべきだぞ」

「申し訳ありません、兄上」

 

 言いながら、そそくさとソファに座ってくる。

 さっきまで皇帝が座っていたというのに、まるで気にしていない。

 やけに嬉しそうな顔をしていた。

 

「陛下は気落ちされていてな」

「ああ、あの魔物を襲撃した男の身元の、その先が潰えてしまったからですね」

「お前……なぜ、それを知っている?」

 

 知っていて当然なのだが、あえて驚いてみせる。

 ベンジャミンは弟のしていることを、知らないことになっているので。

 

「ちょっと小耳に挟んだだけですよ。帝国騎士団の情報網だって、捨てたものではないのです。親衛隊だけが情報を牛耳っているわけではありません」

「そのようなことを言うな、アル。お前は、陛下にお仕えしている身だろう」

「もちろんですとも、兄上。ですが、あの男がアトゥリノ兵の身内だったことを、陛下は、兄上に話されましたか?」

「いや……聞いていない。だが、話す必要はないさ。私は部外者なのだから」

「部外者などと仰らないでください。兄上は、私の兄上ではないですか。秘すべきこともありますが、この程度であれば、お話しても差し支えないですよ」

 

 アルフォンソは、目をキラキラさせ、話したそうにしている。

 特段、聞かなくてもわかっていたが、気色の悪過ぎる弟につきあうことにした。

 なにかひとつくらいは面白い話が聞けるかもしれない、と思ったのだ。

 

「アトゥリノ兵の身内ということは、首謀者もアトゥリノ人だろうか?」

「いえ、あの男は帝国本土にいた者です。ご存知でしょうが、帝国には未登録者が大勢いますからね。そもそも、父親がアトゥリノ兵だったたけで、母親は、帝国の裏街で娼婦をしていた女でしたし」

 

 アルフォンソは、いい人選をした、と言える。

 帝国民は産まれた直後に医療施設で、その存在を登録され、その後は、死ぬまで監視室で管理される。

 が、医療施設で出産をしない場合、未登録者となることがあった。

 多くは裏街で暮らしており、巡回している騎士に見つかれば捕らえられるため、隠れ暮らしているのだ。

 

 つまり、遺体があっても、どこの誰だかわからない。

 

(皇帝が、身元の特定に苦労してたからな。たいてい、そんなこったろうと思ってたっての。そんくらいじゃ、俺は褒めちゃやらねぇぞ)

 

 クヴァットは、あえて落胆をした様子を見せた。

 内容に対してなのか、弟に対してなのか、判然としない様子で、だ。

 案の定、アルフォンソが、そわそわし始める。

 

「結局、なにもわからなかったということじゃないか……役に立たないな……」

 

 最後は、ぽそっと付け加えた。

 いよいよ、アルフォンソは落ち着かなくなり、今にも(ひざまず)いてきそうなくらい腰を浮かせている。

 

「兄上、男の身内も関係者も、全員、死んでおりまして……」

 

 いや、お前が殺した、いや、殺させたんだろ。

 

 言いたくなるのを我慢した。

 クヴァットは予想がついているが「ベンジャミン」は、なにも知らないのだ。

 

「そうか……それにしても、そこまでして、カサンドラ王女様を殺す気だろうか。復讐したくなる気持ちはわからなくはないが……」

「殺したりはしないと思いますよ」

「しかし、実際に、襲われたと聞いているぞ?」

「それは、その……おそらく、下準備に過ぎないと申しましょうか……」

「下準備? いったい、なんの下準備をしていたという? 殺すつもりもないのに襲撃して、なんになる?」

 

 言っていて、ふと思い立った。

 クヴァットは、カサンドラ襲撃については、交渉を引っ掻き回せればいい程度に考えていた。

 だが、アルフォンソは、違ったのだ。

 

(こいつぁ、存外、使える駒だったみてぇだぜ)

 

 アルフォンソが目の前にいなければ、ククっと嗤っていたに違いない。

 聖者や魔人は、それぞれの摂理の中で、人間を弄ぶ。

 大勢の人間が死ぬことになっても、なんとも思わない。

 関心欲と娯楽欲は、聖魔の本能と言えるものだからだ。

 

「兄上?」

「下準備の先には、なにが待っているんだ、アル?」

 

 クヴァットは、ベンジャミンの顔で、アルフォンソに微笑んでみせる。

 気色の悪い弟は、はにかみながら言った。

 

「復讐の結実。どかーん、ですよ、兄上」

 

 長く忘れていたけれど、思い出している。

 人の中には、聖魔よりも、ずっとずっと残忍な者がいるのだ。


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