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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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悠々の季節 4

 ザイードと似た風貌のガリダが、ひょこひょこと歩いて来る。

 弟のラシッドだ。

 そう言えば「実物」は、当分、見ていなかったと思う。

 交渉日に、代理を務めている姿は、映像で見ていた。

 フィッツと直接「繋がって」いたガリダが、ラシッドだ。

 

「久しぶりに見る顔という顔をしておるなぁ」

「今までなにをしておったのだ? 用がすんだら、さっさと帰って来ぬか」

「兄上、私は、もう大人なれば」

「まだ3桁にもなっておらぬであろうが」

「3桁になっても、弟は弟と言うのが兄上ぞ」

 

 ラシッドは、相変わらず口が減らない。

 けれど、言い返されても、ザイードは笑っている。

 弟のことを可愛がっているのだ。

 ザイードとは、父親が違うため、風貌は似ているが、瞳孔が銀色をしている。

 ラシッドの父親は、ルーポ族だと聞いていた。

 

「長く姿を見なかったけど、なにしてたの?」

「聞いておらぬのか、キャス?」

「聞いてないって、なにを?」

 

 訊き返すと、ラシッドが顔をしかめる。

 わざとらしさに、吹き出しそうになった。

 近くで子供と遊んでいるノノマが、呆れ顔をしている。

 ラシッドは、口の減らない、お調子者なのだ。

 

「フィッツの奴め。私の手柄を、横取りしておるのだな」

「フィッツは、手柄になんか興味ないよ」

 

 本気ではないとわかっているので、笑いながら言う。

 フィッツが手柄を欲しがるような情緒をもっていれば、キャスも隠し事を減らすことができるのだけれども。

 

「しかし、フィッツは、魔物使いが荒うてな。私は、あっちやこっちと領地を走り回っておった。実際に走ったのは、従兄弟のチチェだがの」

「走り回ってたって、なんでまた」

「ファニは言付けするにはいいが、物は運べぬだろ」

「ああ、それで」

 

 うなずいている時、ふと、ザイードの瞳孔が少し狭まったのが見えた。

 なにかを思い出しているような感じだ。

 

「それはそうと、領地を回っておって、私も思うたことがある」

 

 ラシッドが話題を変えるように、言う。

 ザイードの表情に気づいたのは、キャスだけではなかったらしい。

 話題の転換に、気遣いのようなものがあった。

 

「子がほしくなったのだ」

「え? まだ独り身がいいって、前は言ってなかったっけ?」

「大きな心変わりぞ、キャス。皆が子の相手をしておって、私も、それなりに手を貸しておるうちに、己の子がほしいと思うてな」

「子が子を育てられるわけがなかろう」

「兄上は、引っ込んでおれ。求愛もできぬものに、意見されとうない」

「お前とて、誰に求愛するという? 遊んでばかりおったではないか」

 

 ぴしゃり、ぴしゃりと、兄弟で言い合っている。

 仮に、ラシッドが先に(つがい)を持ったら、ザイードは「先を越された」ことになるのだろうか。

 その辺りの、魔物の「機微」はよくわからないが、それはともかく。

 

「何頭か、思い描いておる」

「何頭かって……そういうもんなんですか、ザイード?」

 

 目を細くして、ザイードを見た。

 ザイードが、大きく首を横に振る。

 

「そ、そのようなわけがあるまい! 求愛する相手は1人、いや、1頭と決まっておる! ラシッドが、不埒な考えを持っておるだけぞ!」

「おかしいですよねえ。ラシッドは、お父さんがルーポでしょ? ルーポは決めた相手にしか求愛しないって、ダイスが言ってましたよ? 相手が、ほかに番を持つまでは諦めないって」

「それは、ダイスが……ダイスがイカれておるのだ! ルーポにとて、複数に求愛するものもおる!」

「ルーポにとて? とてってことは、ガリダにもいるってことですね」

 

 うっと、ザイードが、言葉を詰まらせた。

 どうやら求愛熱心なものと、数撃てば当たる派に分かれるようだ。

 ダイスは前者、ラシッドは後者。

 ザイードは、どうだかわからない。

 というより、ザイードが求愛する姿を思い浮かべられない。

 

「まぁ、求愛される側に選択権があるみたいなので、いいんですけどね」

 

 帝国のように、勝手に「婚約者」を決められたりしないのがいい、と思えた。

 求愛するのも、それに応じるかも、自由意志による。

 断れないとか、否応なく、といった事態にはならないと聞いていた。

 

「私は、ダイスほどイカれておらぬので」

「これ、ラシッド!」

「兄上が言うたのでは? 私も、そう思うておりますれば」

 

 本当に、ラシッドは口が減らない。

 ああ言えば、こう言う、といったタイプだ。

 なるほどガリダとルーポの血が混じっていると、納得した。

 ガリダの少し理屈っぽいところと、ルーポの気楽さの両方を感じる。

 

(変な言葉を覚えさせちゃったな。流行らないといいけど)

 

 思っているうちにも、ラシッドが、ひょこひょこと歩き出した。

 キャスには、ひょこひょことしか見えないのだが、ラシッドは「格好をつけて」いるらしい。

 

「なぁ、ノノマ、子は好きか?」

「好きにござりまする。可愛らしくてなりませぬ」

 

 まさか、と思う。

 ザイードも、口を、ぱかりと開いていた。

 止めるべきなのか否か。

 こういうことは、お互いの自由意志なので。

 

「なれば、私と番にならぬか?」

「な、なにを言うておるのですか……っ!」

「お前に言うてはおらぬだろ、シュザ。私は、ノノマに求愛しておるのだ」

「さようなこと、今まで……」

「気が変わったゆえ、お前は、口を挟むな」

 

 シュザは、あの「真っ青」と思われる顔をしている。

 狼狽(うろた)えて、尾が左右上下に大きく揺れていた。

 ノノマは、その様子を、じっと見つめている。

 が、シュザと目があった途端、プイッとした。

 

「……シュザ……はっきりしないなぁ、もう……」

「ガリダの男は、大半が臆病なのだ……」

「ダイスみたいに、ガッて行けばいいのに」

 

 ほかの種族の子供たちもガリダであずかっていた間、各種族の大人たちも出入りしていたのだが、中でも、キサラはよく来ていた。

 ルーポの子が多く、しかも、幼い子ばかりだったからだろう。

 その時に、訊いてみたことがある。

 

 なぜ586回も断ったのか。

 

 話を聞いてから、ずっと不思議だった。

 今のダイスとキサラを見ていると、とてもそんなふうには見えないからだ。

 

(キサラも頑張ったんだよなぁ。ノノマも根競べって言ってたけどさ)

 

 キサラは「根負け」した。

 ダイスの粘り勝ちだ。

 とはいえ、キサラはダイスを嫌いだったのではない。

 逆だった。

 

(ダイスってモテてたんだ……ルーポの女の子たちは、みんな、ダイスを狙ってたっぽいこと、キサラ、言ってたもななぁ)

 

 キサラは、灰色の毛や、長過ぎる尾を気にしている。

 外見に自信がないらしい。

 なので、ダイスとは釣り合わない、もっと相応しい相手がいると、そう思って、ずっと断り続けていたのだという。

 

(でも、キサラは頭もいいし、しっかりしてるし、ダイスにピッタリじゃん)

 

 ダイスは、勘がいい。

 見る目もあった。

 明確にではなくても、キサラの内心も、察していたのではないかと思う。

 それに引きかえ、シュザは鈍感だ。

 

「私も子がほしいのだ、ノノマ。可愛がれる自信もある。私とお前なら、さぞかし可愛らしい子がなせよう。さようなわけで、ノノマ、私と番にならぬか?」

「突然の話にござりまするゆえ、少々、時間を……」

 

 ノノマの返事に、シュザが、ますます狼狽え始めた。

 ひどくオロオロして、ノノマの周りを歩き回っている。

 なんともはや、気の毒というか、非常に微妙な眺めだ。

 

「そっかあ! ノノマに、番ができるのかあ! ノノマは、人気あるからなあ! みんな、がっかりするだろうなあ!」

 

 わざと大声で言う。

 隣で、ザイードが、ビクッと体を震わせたほどだった。

 

「落胆するものが多くても、私は気にせぬさ。恨まれてもかまわぬしなぁ」

 

 ん?と、思う。

 ラシッドが、口元を小さく緩めていた。

 そういうことか、と思う。

 

 ラシッドは、ガリダの中で起きていることなら、なんでも知っていると豪語していたのだ。

 ノノマとシュザの関係を知らないはずがなかった。

 

「む、無理にございます、ラシッド様!」

「なにが、無理なのだ。お前は関りなかろうが、シュザ」

「か、関わり、関わりございます!」

「どういう関りがあるという? お前とノノマは近くで育っただけぞ?」

「ち、ちが……っ……ちが……っ……」

「違わぬ。お前は、ほかの女を知らぬゆえ、ノノマを(そば)に置きたいだけなれば」

「さようなことはござりませぬっ!!」

 

 びょんっと、シュザの尾が真上に立つ。

 かなり怒っているようだ。

 ザイードの視線に、キャスは肩をすくめてみせる。

 ノノマのために、ここは仲裁せずにおこう、と決めた。

 

「私とて、ほかの女と、手を繋いだことくらいあります!」

 

 え?と、思う。

 今、それを言ってしまうのか、シュザ……と。

 

「ですが、私はノノ……っ……?!」

 

 バチーンッ!と、シュザが、ノノマの尾で弾き飛ばされた。

 ザイードが深く溜め息をつく。

 ラシッドも、こっちを見て、どうしようもない、とばかりに首を傾けていた。

 ノノマは怒って歩き出し、その背をヨタヨタしながらシュザが追って行く。

 

「そりゃあ、駄目だよ、シュザ……せっかくお膳立てしたのに台無しだね……」

 

 あとで、ノノマの様子を見に行こうと、キャスも溜め息をついた。


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