表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
270/300

悠々の季節 2

 

「あれを渡さずとも、よかったのではないか?」

「ええ、まぁ……」

「ん? なに? どういうこと?」

 

 キャスは、自分の正面にいるザイードと、隣にいるフィッツを交互に見る。

 昼食後、ザイードの部屋に集まっていた。

 ノノマは、子供たちの世話をしに行っている。

 このメンバーになるのは、久しぶりな気がした。

 

「銃のことだよね?」

 

 腕組みをしたザイードが、黙ってうなずく。

 瞳孔にも尾にも動きがないので、感情が掴めなかった。

 フィッツは、言うまでもなく無表情で、なにを考えているのか、わからない。

 にしても、フィッツの歯切れの悪さが気にかかる。

 

「渡さないほうがよかったって、どうしてですか?」

「なにも必ず渡すと約束したわけでなし。必ず見つかるとも限らぬではないか」

「それは、そうですけど……現に、見つけてたんですから、犯人を見つけてくれるって言うなら、渡して良かったんじゃないです?」

「そなたを狙う者なれば、こちらで始末すればよい」

 

 いやにザイードが頑固だ。

 フィッツが使者に銃を渡したことに、納得がいっていないらしい。

 実を言うと、銃は使者が来る前から発見していたのだという。

 たびたび洞に行っていたのは、銃を調べていたことも理由だったそうだ。

 

(分解して、また元通りに組み立ててたって言ってたっけ)

 

 交渉日2日目の夜、フィッツは、ルーポの1頭に頼み、ガリダの、男を捕まえた辺りから、銃撃を受けたルーポ領地まで銃を探しに行った。

 そして、ルーポの領地近くで、銃を発見。

 持ち戻り、洞で調べていたというわけだ。

 

「あの男は気づいておらぬし、知らぬのであろう」

「現状は」

「なればこそ、無用であったのではないか?」

「どちらが危険か、という話です」

 

 わかるように話してくれませんかね?

 

 キャスは、そう言いたくなって、口をとがせらせた。

 ザイードもフィッツも、互いにわかっているようだが、キャスには意味不明。

 意見に食い違いがあるのはわかるが、その意見が、なにかがわからずにいる。

 しかし、ザイードとフィッツの間に、ピリついた気配があって、口を挟むのが、なんだか(はばから)れるのだ。

 

(なんだろ……ザイードも、怒ってるって感じじゃないんだけどさ……フィッツのことを信じてるはずだし……逆に、フィッツは、なんかおかしい)

 

 フィッツは、だいたい淡々としているが、時々は、緊張感を漂わせたりもする。

 無表情だし、口調も単調で、感情を露わにしたりしない。

 だが、こんなふうに「ピリついた」空気を醸す姿は、見たことがなかった。

 歯切れの悪いフィッツも、だ。

 

 恋愛話になった際、歯切れが悪くなることはあった。

 だが、今のフィッツは、その時とは違う。

 ティニカのフィッツに、恋愛的な要素なんてあるわけがない。

 だいたい、そんな雰囲気でもない。

 

「こちらで片をつけるべきであったな」

「向こうの状況を知る必要がありました」

「それは、さように大きなことか? むしろ、危険を手繰ることになろうぞ」

「その危険を知るためにしたことです」

 

 もう無理だ、と思った。

 ここにいるのに、いないように扱われるのも不愉快だ。

 なにより、ちゃんと理解して話を聞いておきたい。

 

「さっきから、私だけ話が見えてないんですけど? ちゃんと筋道を立てて話してくれないかな、とりあえず、フィッツ」

 

 フィッツが、キャスのほうに、薄金色の瞳を向ける。

 とくに、表情に変わりはない。

 が、ピリついた空気を醸すのはやめていた。

 肌感で、その程度はわかる。

 

 キャスは、けして「無神経」ではない。

 人と関わらずにいるのだって、難しいのだ。

 単純に、無視すればいい、とはならないので。

 

「まず銃のことですが、帝国製の銃は、誰でもが使えるわけではありません。個体識別がされますから、基本的には所有者のみにしか扱えないのです。私は、それを改変できるので、使えますが」

「ああ、あの、なりすましだね」

 

 こくり、とフィッツがうなずく。

 皇宮を逃げる時に、使った手だった。

 そこにいるのにいない、いないのに、いる。

 フィッツは上手く情報を改変し、別人に「なりすまし」て、監視室を欺いた。

 

「あの銃は、その個体を識別する装置が、破損させられていました。通常では使えない状態です。ですが、動力源を別のものと差し替えることで、使用可能になっていたのですよ。ただ、かなり改造は雑で、銃弾にも歪みがあり、2発の残弾がありました。弾詰まりを起こしたのでしょう」

「つまり、改造の知識はあっても、専門家がしたんじゃないってこと?」

「その通りです、姫様」

 

 キャスは、ちょっと不自然に感じた。

 なぜベンジャミンの弟は、そんな「不出来」な実行犯に任せたのか。

 それほど恨みが強かったわけではないのだろうか。

 それ以前に、実行犯は、銃が「不出来」だったのを知っていたのか。

 

 自分なら、そんな危険な銃は使いたくない。

 弾詰まりを起こすということは、想定した弾数で撃てなくなる。

 替えの弾倉を持っていたとしても、取り替えている間に捕まるかもしれないのだ。

 一応、銃の撃ちかたを習っているので、前よりは知識がある。

 もともと銃は危険なものだとの意識も手伝い、なおさら嫌だな、と思った。

 

「要は、アルフォンソ・ルティエは、あの男を捨て駒にした、ということです」

「捕まろうが死のうが、かまわないって思ってたの?」

「そうです。それよりは身元が特定されないことが重要だったのでしょう」

「まぁ、それはね。わかるよ。バレたら捕まるからね」

 

 自分の手を汚さずに事をすませようと考えるのなら、当然に思える。

 犯人がアリバイ工作をしたり、トリックを仕掛けたりするのと同じ心理だろう。

 捕まらないため、犯人だと知られないための措置だ。

 

「次に、姫様……ティトーヴァ・ヴァルキアが、姫様の命を心配されていたのを、覚えていますよね」

 

 覚えているか、とか、忘れていませんか、ではなく、断定してきたのがフィッツらしい。

 とはいえ、(ほが)らかに、うなずくことはできない。

 むすっとした顔で、うなずいた。

 

「奴は、そなたが、聖者との中間種であることも、人を壊す力を持っておることも知らぬのだ。気づいてもおらぬ」

「ああ、はい……はい……? そうなんでしょうか?」

「あの者は、聖魔も魔物も絶滅させると言うておるのだ。中間種も、人とは思うておらぬ。今は使い道があるゆえ、生かしておるに過ぎぬ」

 

 だから、中間種だと分かれば、命を助けようなどとはしない。

 ザイードは、そう言いたいのだろう。

 

「でも、人として知り合ってますし……」

 

 口幅(くちはば)ったくて、自分では言いにくかった。

 だが、ティトーヴァの自分に対する「好感度」が高いのは知っている。

 自信過剰なのかもしれないが、仮に知られても殺そうとはしないのではないかと思っていた。

 

「そなたは聖者との中間種ぞ? そなたに好意をいだいたは、精神を操られた結果ゆえだと思うに決まっておろう。なれば、あの男はどうするか」

「殺そうと、しますか……」

「いえ、姫様。憎悪感情と執着心が掛け合わさって、むしろ、殺そうとはしないと思います。死ぬまで幽閉、というところですね」

 

 ザイードは不快そうに、フィッツは淡々と、キャスの暗澹たる未来を語る。

 キャス自身、ティトーヴァなら思いかねないし、やりかねない、と思った。

 なにしろ、自らの「真実」しか見ないような奴なのだ。

 その認識の上では「事実」など軽く無視される。

 

「未だに、そなたを案じているのは、魔人から話を聞いておらぬということだ」

「そうですね。私は、ゼノクルに力を使いましたし、魔人なら魔力も見えたはず」

「なぜ話さなかったのかは不明ですが、なにぶん魔人のすることですから」

「確かに……皇帝のことを陰で笑ってたかった、とかじゃない?」

 

 ゼノクルは、戦争でさえ「娯楽」として楽しんでいた。

 自らの「駒」たちが右往左往するのを見るのが好きなのだろう。

 キャスたちの理解できない言動をしても、なんら不思議ではない。

 

「では、姫様。なぜアルフォンソ・ルティエは知っているのでしょうね」

「知ってるって、なにを?」

「姫様がベンジャミン・サレスを壊したことを、です」

「あ…………」

 

 キャスは言葉を失う。

 あの時、周りに意識を保っていた者はいなかった。

 大勢のアトゥリノ兵は、全員、倒れていた。

 そして、ベンジャミン・サレスも。

 

 あの場には、ほかに誰もいなかったのだ。

 

 だから、ティトーヴァは知らずにいる。

 魔人もキャスの力の話をしていないようなので、ベンジャミンを壊したのは、おそらくフィッツだと思っているはずだ。

 

 キャスは、当然だが、自分がベンジャミンを壊したと知っている。

 なので、弟のアルフォンソに恨まれるのもしかたないと思っていた。

 そのせいで気づかなかったのだ。

 皇帝も知らないことを、アルフォンソが知っているわけがない、と。

 

「でも、フィッツは……」

「最悪となる可能性の話ですよ、姫様。魔人は皇帝には話さなかった。ですが、誰にも話していないとは限らない。では、誰に話すか。姫様を狙うのであれば候補は絞られてきます。そう考えれば、魔人がアルフォンソ・ルティエに話している、と仮定するのが“最悪”だったのです」

「ゆえに、銃を皇帝に渡さぬほうがよかったのだ」

 

 話が最初に戻った。

 

「あの男なれば、いずれ、その者に辿り着くぞ」

「かもしれません」

「いや、お前とて楽観しておらぬはずだ」

「犯人がアルフォンソだってわかったら、私が、ベンジーを壊したってこととか、あいつにバレるって話?」

 

 ザイードが、やはり不快そうに、うなずく。

 フィッツは、黙っていた。

 ということは、フィッツも、その可能性を見過ごしているわけではない。

 わかっていたが、銃を渡したのだ。

 

「あの銃から、そこまで辿り着くには時間がかかります。その間に、こちらが先に動けるようにしておきたかったのです」

 

 フィッツの言葉に、ザイードはうなずかずにいる。

 まだ納得はしていないらしかった。

 キャスは別のことが気になっている。

 

(先に動くって、どういうこと?)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ