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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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悠々の季節 1

 魔物の国に使者を送ってから、7日後。

 ティトーヴァは、使者が戻ったとの報告を受けた。

 ホバーレが使えれば、もっと速く往復できたかもしれない。

 だが、乗り物は魔物を警戒させる。

 

 徒歩となると、行って帰るだけでも時間がかかった。

 それは、わかっていたのだが、待たされるのは苦痛に感じる。

 皇太子だった頃は、自ら動けていたからだ。

 皇帝になり、できることも増えたが、できないことも増えている。

 

「陛下、ご報告をいたします」

 

 セウテルが、ティトーヴァの私室にある机の上に書類を置いた。

 同じものを持ち、机の前に、セウテルは立っている。

 私室には、セウテルしかいない。

 皇帝の私室だ。

 

 情報が漏れる可能性を考え、執務室でのやりとりは()けた。

 調査も、親衛隊直属の情報特活室のみに任せている。

 正直、あまり信用できるものがいない。

 未だ、ティトーヴァは人材不足に悩まされていた。

 

「銃は帝国製のもので間違いございませんでした」

「長距離の狙撃用だな」

「仰る通りにございます。通し番号が削り取られており、所有者は不明です」

「その程度のことはするだろう。それで?」

 

 銃には、それぞれ通し番号がつけられている。

 銃身に、邪魔にならないほど小さな装置が埋め込まれているのだ。

 その装置と監視室は繋がっており、所有の管理がされていた。

 譲渡の際には手続きが必要で、所有者以外は使用できない仕組みだ。

 

 皇宮に出入りする際にも「危険物」として把握され、許可がなければ、持ち込むことはできない。

 これは、属国も含め、帝国全土で定められている。

 叛逆や暗殺を未然に防ぐためであり、どんな高位貴族だろうが例外はなかった。

 

「分解したところ、手が加えられておりました」

「独自の動力源を使っていたのだろ?」

 

 所有者しか使えないことには、理由がある。

 引き金にかける指を個別認識した装置が、動力源を解放するのだ。

 しかも、体温や脈拍も計測されるため、死人の指を使うことはできない。

 それらを踏まえれば、必然的に結果が見える。

 

「動力、それ自体があれば、銃は使えるのだからな」

 

 思いつつ、別の光景が頭をよぎった。

 そんなことをしなくても、他者の銃を使える者を、ティトーヴァは知っている。

 監視室も、個別認識装置もおかまいなしな男。

 

 フィッツだ。

 

 とはいえ、フィッツがカサンドラを狙うわけがない。

 理由がない。

 なにか殺す理由があったとしても、手間をかける理由がないのだ。

 フィッツであれば、簡単に殺せる。

 むしろ、銃など使わなかっただろう。

 

(奴と同等な能力を持つ者がいるとは思えん。もし、いたのなら、今まで姿を見せなかったことに、説明がつけられんからな。カサンドラを殺すには、彼女が帝国にいたほうが、やり易かったはずだ。とくに皇宮にいた頃は……)

 

 ちくっと、胸が痛んだ。

 あのボロ小屋を思い出していた。

 ほんの束の間だったが、カサンドラとの幸せな時間を過ごした場所だ。

 こんなに豪奢な部屋にいるというのに、あのボロ小屋が懐かしくなる。

 

「その動力源のことなのですが、材質からしますと、アトゥリノ産の物と判明しております。威力は低く、銃も手が加えられたことで、精度も低下しておりました」

 

 セウテルの声に、ティトーヴァは散漫になっていた集中力を、かき集めた。

 カサンドラを守るためにも、あの男の後ろにいる者を突き止める必要がある。

 皇宮にいた頃は、守ってやれなかったのだ。

 遠く魔物の国にいようと、カサンドラの殺害は阻止しなければならない。

 

「しかし、奴はアトゥリノ人ではなかった。そもそも、アトゥリノ人なら、あんな無謀な真似はしない。どれだけ金を積まれようが断るだろう。命に代わる財はないと考える。まぁ、ロキティスのような狂人なら別だが」

「金がかかるという理由で、銃より剣を主要武器としているほどですし、帝国騎士でもなければ、銃の知識自体、乏しいでしょう」

「アトゥリノ兵で、長距離の狙撃ができるような者はいない」

 

 元帝国騎士団隊長を務めていたルディカーン・ホルトレも、得意としていたのは大剣であり、銃の腕は、そこそこだった。

 帝国の騎士団に所属していても、そんな調子だったのだから、アトゥリノ本国にいる騎士たちの意識もわかろうというものだ。

 

(その分、アトゥリノは暗殺に長けていた。暗殺ならは銃より剣、いや、ナイフのほうが使い勝手がいいし、奴らが最も得意だったのは毒だ)

 

 あの男は、毒で殺されている。

 が、銃を使ってもいる。

 アトゥリノが関わっているようでいて、不自然さも否めない。

 確かなのは、実行犯がアトゥリノ人ではない、ということくらいだ。

 

「ほかに、わかったことは?」

「装填数は、20発のはずですが、2発が残っておりました。形状に歪みがあり、弾詰まりを起こしたと考えられます」

「無理に手を加えたせいだな。改造したのが、あの男であれ別のものであれ、銃の仕組みを熟知した者ではなさそうだ」

 

 ティトーヴァは、テーブルの上の報告書を手に取る。

 セウテルの説明した内容と同じだが、詳細も記されていた。

 読めば読むほど、理解し難くなる。

 

「中間種の数は合っているのだろ?」

「ルティエ卿の報告と、こちらで確認した数に不整合はございませんでした」

「ということは、あの50匹以外にも潜んでいたことになる」

「アトゥリノの領地は広いですし、見た目では、地下があると判断できない箇所も多くございますから、そのどこかに隠れていたのかもしれません」

「またアトゥリノか……どうも引っ掛かる」

 

 アトゥリノに罪を押し付けたいのであれば、実行犯をアトゥリノ人にすべきだ。

 アトゥリノで飼育されていた中間種、アトゥリノ製の動力源。

 毒で実行犯を殺したことも、アトゥリノらしくはある。

 だが、そうしたものを使いながら、肝心な実行犯は「アトゥリノ人」ではない。

 杜撰(ずさん)に過ぎて、罪を着せるなどできるわけがなかった。

 

 ティトーヴァは、机を、とんとんと指で叩く。

 なぜ、こんなに「不自然」なのか。

 

「恐れながら、陛下、ひとつ、お訊きしてよろしいでしょうか」

「かまわん。話せ」

「陛下が、カサンドラ王女様が狙われておられるとする根拠にございます」

「簡単なことだ。交渉の決裂が目的であれは、陣の設営をしていた魔物たちを撃ち殺せばすむ。俺も危なかっただろうが、交渉決裂となれば、どうせ危険は()けられなかったはずだ。魔物を殺したかったのであれば、もっと近場で実行している」

 

 あの銃撃は、交渉とは、ほとんど関係がない。

 主要な魔物が国を出はらっているのは都合がいい、と思っただけだろう。

 そして、魔物ならどいつでもよかった、というのなら、遠出をする必要はない。

 映像を見た限り、銃撃が起きたのは、森林帯だ。

 

 人も、魔物の国を、まったく知らないわけではない。

 壁がなかった頃に作られた簡易の地図はある。

 沼地や、林、岩場、それに森林。

 その森林帯は、人の国から最も遠い場所に位置していた。

 

「交渉日は警戒して、カサンドラを避難させていると考えたのさ。なるべく遠くに避難させるのは、一般的な、常套手段ではある。奴を知らなければ、そう思ったとしてもしかたがない」

「ですが、カサンドラ王女様を殺すことに、どういう意味があるのでしょうか? 現状、帝国にはいらっしゃらないかたにございます」

「それでも、俺が、彼女にこだわっているのは周知の事実だ。殺したがる者がいたとしても不思議はないだろう……父上の所業も記憶に新しい」

「皇后陛下の席に、どなたを座らせるかは、周囲の者にとっては重要な案件に成り得ます。前皇后陛下のこともございますから、殺しておかなければ安心できないと思っている者もいるかもしれませんね」

 

 フェリシア・ヴェスキルは、十数年も姿を隠し、だが、帝国内で暮らしていた。

 見つけた途端、父キリヴァン・ヴァルキアは、皇后としたのだ。

 ティトーヴァの母は、死ぬまで側室だった。

 ティトーヴァが同じことをしないとは限らない。

 本人ですら、それを否定できずにいる。

 もっとも、ティトーヴァは、現時点で側室も娶る気はないが、それはともかく。

 

「理由が利害であれ、恨みであれ、カサンドラは狙われている」

 

 自分の言葉に、ティトーヴァは、ふと思考を止める。

 (まりつごと)の上で、カサンドラが狙われることは、大いに有り得た。

 けれど、それは「利害」の問題だ。

 なぜ、自分は「恨み」という言葉を使ったのか。

 

(恨まれるとするなら、俺が彼女に惚れて、ディオンヌを退(しりぞ)けたことくらいか……だが、ディオンヌは、自らの罪によって裁かれたようなものだ。実際に手を下したわけでもないのだから、恨むなど筋違いではないか)

 

 しかし、ディオンヌの死以外で、カサンドラが恨まれる理由はなかった。

 もちろん、人は「逆恨み」というものをする。

 実際に手をくだしていなくても、関わりが薄くても、恨まれることはあるのだ。

 

「アトゥリノ……」

 

 ティトーヴァは、つぶやく。

 後ろで操っているのが誰かはわからない。

 政の利害で動いている者かもしれない。

 だが、実行犯を特定することはできそうだった。

 

「セウテル、目覚めていないアトゥリノ兵の身内を調べろ。全員だ。どんな遠縁も隣近所に住んでいた者も、関わりのあった者を1人残らず」

「かしこまりました。直ちに調査を行います」

 

 幸い、ベンジャミンは目覚めることができている。

 対して、アトゥリノ兵で目覚めた者は、誰もいない。

 ティトーヴァは、フィッツの攻撃だと思っているが、一緒にカサンドラがいたのなら「逆恨み」をされている可能性はある。

 

 ティトーヴァは、フィッツを許していなかった。

 親しい者の、あんな姿を見れば、誰だって相手を憎む。

 その矛先が正しく向かないこともあるだろう。

 フィッツを狙うより、カサンドラを殺すほうが容易い。

 そして、フィッツには、大きな打撃を与えられる。

 

(奴は、ゼノクルを殺し、カサンドラを危険に(さら)している……)

 

 フィッツがカサンドラに忠実だったのは、ティトーヴァも認めていた。

 危険についても分かっているに違いない。

 なのに、なぜカサンドラを離さずにいるのか。

 

(お前の(そば)にいないほうが、カサンドラのためだ)

 

 開発施設で、ティトーヴァは、フィッツを殺せなかった。

 ゼノクルの死に、愕然となっていたせいだ。

 風は止み、魔物は天井付近にいたのだから、ファツデで攻撃できた。

 なのに、動けずにいた。

 

(フィッツ……やはり危険な男だ。彼女を守るためにも、次こそ奴を始末する)


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