表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
267/300

いくつも道があったとて 3

 ティトーヴァは、心底、頭にきている。

 たった1人の男のせいで、交渉が台無しになったからだ。

 頭を下げることになったのは、気にしていない。

 だが、条件を「吹っかけられた」ことは、腹に据えかねている。

 

 せっかくの切り札が、ほとんど失われたと言えた。

 魔物が、成体より子を優先するのは、わかりきっていたのだ。

 解放する気など、さらさらなかった。

 命の保証をし、様子を見せてやるだけでも、交渉の条件としては十分だったと、考えている。

 

 なのに。

 

 思い出しただけで、はらわたが煮えくり返った。

 ティトーヴァは、せめてもと、時間稼ぎを優先するほかなくなったのだ。

 魔物に交渉を蹴らせないため、想定以上の譲歩をしている。

 それが、腹立たしくてならない。

 

「その男は、どうやって近衛騎士の服を調達したのでしょうか」

「それが、わからんのだ、ベンジー」

 

 ティトーヴァは、サレス公爵家で療養中の、ベンジャミンの元を訪れている。

 交渉に出かけている間に、ベンジャミンは医療管理室を出ていた。

 歩けるようになったので、家のほうが療養し易いとの理由からだ。

 どこまで回復できるかはわからないが、努力するつもりだと、言われている。

 

 ベンジャミンは、私室のベッドに横になっていた。

 立ち上がろうとしたのを、ティトーヴァが止めたのだ。

 代わりに、上半身を起こし、ティトーヴァと話している。

 ティトーヴァは、使用人が持って来た、不必要に豪奢なイスに座っていた。

 

 ベンジャミンに無理をさせる気はない。

 だが、戻って来てほしいとの気持ちが消せずにいた。

 セウテルの立場も慮らなくてはならないので、側近にすることはできなくても、専任の護衛として側に置くことはできる。

 

 今しがた、どうにも怒りが抑えきれず、ベンジャミンに内心を吐露した。

 それだけでも、ティトーヴァは落ち着きを取り戻せるのだ。

 セウテルとの距離も縮まってはいる。

 だが、やはり付き合いの長いベンジャミン以上の相手はいなかった。

 

「その男は、帝国に着いて間もなく死んだ」

「死んだ? 自害したのですか?」

「いや……おそらく毒だと思う」

「調べさせても、わからなかったという……?」

 

 ティトーヴァは、憂鬱になりながら、うなずく。

 そう、あの男は死んでしまった。

 なので、事の全容が、明らかにできないのだ。

 騎士服の調達先さえ探し出せていない。

 

「しかし、なぜ毒だとわかったのですか?」

「気づいたら死んでいた。見張りの騎士は、眠っていると思っていたらしい」

「では、自然死ということもありえるでしょう?」

「遺体を見分したところ、体に異変が、まったく見られなかったのだ」

「そういう死にかたもあると、聞いたことがあります。体に不調のなかった者が、突然、死んでいたと……それとも異なるのでしょうか」

 

 ティトーヴァも、散々に調べさせた。

 交渉については、秘匿中の秘匿事項だ。

 誰でもが知っていたわけではない。

 そして、近衛騎士隊に与えられる服のこともある。

 あの男だけで成せたとは、とても思えなかった。

 

「遺体には、1箇所、不審な点があった」

 

 後ろで操っていた者がいると、ティトーヴァは確信している。

 そのため、遺体も徹底して調査させた。

 繰り返し、同じ報告しか上がって来ないことに苛立ち、最後には、ティトーヴァ自身が見分しに行ったのだ。

 

「遺体検案室の奴らを、全員、罰しようかと思ったぞ」

「陛下、彼らは、一般的な遺体しか見分したことがないのです。通り一遍のことをしただけで、役目を果たしたと思っていたのでしょう」

「それが不愉快なのだ。素人の俺が気づくようなことに、なぜ気づかんのだ」

 

 ベンジャミンが、小さく笑った。

 まだ弱々しい雰囲気はあるが、表情があることに安心する。

 (まばた)きもせずベッドに横になっていた姿を見てきたせいだ。

 あの時から比べると、ずっと良くなっている。

 

「陛下は、なんでもよく気づかれるではないですか。比較するのは酷ですよ」

「そうかもしれない。まぁ、そういうわけで、遺体に、小さな赤い点があるのを、俺は見つけた。調べさせたら、発疹のようなものだとわかってな」

「発疹、ですか?」

「体質に合わないものを食べた時などに出るらしい」

「帝国に帰る前に食べたものが原因だったのなら、交渉の場に赴いた騎士の中に、首謀者もしくは手先がいたことになります」

 

 ベンジャミンが、そう考えるのもわかる。

 引き渡されてからは、帝国側が、最低限の食べ物と水を与えていたからだ。

 食事など与える必要はないと言う者もいたが、生かすことを優先させた。

 

「陛下、魔物の国で、おかしなものを口にしたということは……」

 

 ティトーヴァは、首を横に振る。

 同じ理由で、騎士たちの疑いが晴れていた。

 というのも、その男が最後に食事をしたのは、交渉日の3日も前。

 引き渡された時、男は(から)の水筒を持っていたので、魔物の国では、水も口にしていなかったとわかる。

 

「つまり……なにもわからん、ということだ、ベンジー」

 

 実のところ、この結果には、腹立ちとともに、かなり落胆していた。

 その男は、絶対に誰かに操られていたのだ。

 金で雇われていた可能性もある。

 にもかかわらず、髪の毛の先ほどの手かがりもない。

 

「身元も不明なのですか?」

「わかるようなものを、なにも持っていなかったからな。いや……待て……」

 

 ベンジャミンと話していて、情報の整理がついた。

 それにより、思い出したことがあったのだ。

 

「これだから、お前と話すのは、有意義なのさ」

「どういう意味でしょう? 私は、なにもしていませんよ?」

「俺にとっては違う。お前がいてくれるだけで、気が楽になり、それが良いほうに向かう。早速、動かなければならん」

 

 ティトーヴァは、立ち上がり、ベンジャミンの肩に手を置く。

 緑色の瞳に、笑いかけた。

 

「養生しろと言いながら、お前に頼ってばかりですまんな」

「まだ、私が役に立てるのであれば、なんなりと」

「ベンジー……すぐでなくてもいい。だが……必ず戻って来い」

「……陛下……感謝いたします……」

「感謝などいらん。お前は、俺の、たった1人の友なのだ」

 

 いつも、ベンジャミンだけが、ティトーヴァの心に寄り添ってくれた。

 父から母のしたことを聞かされ、カサンドラに去られ、絶望していた時は、本意でないと言いつつ、ティトーヴァを鼓舞してくれている。

 その上、ティトーヴァのカサンドラへの想いを汲み、1人でラーザに向かった。

 帝位を継ぐことに専念できるように、との思いを残して。

 

「いつまでも、待っているからな、ベンジー」

「わかりました、陛下。早く戻れるように努力しますよ」

 

 うなずいて、肩から手を離す。

 また来ると言い、ベンジャミンの私室を出た。

 すぐにセウテルと連絡を取る。

 もちろんサレス邸の別部屋にいるので合流はすぐできるのだが、一刻も早く手を打ちたかったのだ。

 

「魔物の国に使者を出せ。すぐにだ」

「かしこまりました。中間種の管理は、主にルティエ卿がしておりますので、彼に連絡を……」

「親衛隊でなんとかならんのか?」

「可能ですが……」

「このことはアルフォンソには話すな。ただでさえベンジーと会えていないのだ。帝国から出れば、よけいにサレスから遠ざけられてしまうだろ」

 

 近いうちに、サレス公爵家に圧力をかけるつもりでいた。

 アルフォンソが、再三、訪問を申し入れているにもかかわらず、いっこうに承諾してもらえずにいるらしい。

 アルフォンソの出自と、サレスの醜聞など、2人には関係ないことだ。

 弟が兄に会うのに、どんな許可が必要か、と思う。

 

「かしこまりました。話を聞けばルティエ卿も気が引けるでしょうし、この件は、親衛隊のみで動きます」

「そうしろ」

 

 別部屋から出て来たセウテルと合流し、サレス邸を出た。

 ティトーヴァが思い出したのは、最も基本的なことだ。

 

 男は、魔物の国を襲った。

 

 交渉の場で、魔物が狙撃されている映像を、ティトーヴァは目にしている。

 炎により魔物は身を守っていたので、傷ひとつ負ってはいない。

 それでも、攻撃は攻撃だ。

 あまりに当然に過ぎて、頭から抜け落ちていた。

 

「施設について、変更されることがおありでしょうか?」

 

 魔物の出した2つ目の条件。

 そのために、ラーザのあった辺りに、魔物の居住施設を作る予定にしている。

 簡易なものでもかまわないと言われていた。

 

 立派な施設より速度重視ということだろう。

 なにしろ、設置までの期限は、1ヶ月。

 堅固な施設を作ることは、とても無理だ。

 監視をしにくくする目的もあるに違いない。

 

「いや、建設は予定通り進めろ。それとは別件だ」

 

 男を操っていた者の手がかりを掴む。

 それが、今回の使者の目的だった。

 魔物側がどう判断するかはわからないが、断る理由もないはずだ。

 交渉を決裂させたかもしれない者の調査なのだから。

 

「中間種と親衛隊の騎士何名かを、魔物の国に向かわせます」

「いや……中間種だけを送れ」

「かしこまりました」

 

 人間がついて行けば警戒される。

 最初の使者と同じく、中間種だけのほうが受け入れられ易い。

 

(魔物は、中間種を同胞とは見做(みな)していない。だが、殺しもしない)

 

 そして、魔物の国に(とど)まれない以上、中間種は帝国に帰るしかなかった。

 最初の使者は、死にそうになりながらも、帝国に戻ったのだ。

 聖魔()けになると判断できたため、とりあえず生かしている。

 今度は必ず帰って来させなければならないので、食料を渡すように指示しておくことにした。

 

「とにかく急げ。秘匿通信装置をつけるのを忘れるなよ」

 

 セウテルが忘れるはずはなかったが、念押しをしておく。

 とにかく気がせいていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ