いくつも道があったとて 2
いつもの建屋には、多くの魔物の子たちがいる。
当然、全員は収容できない。
ここにいるのは、各種族あわせて30ほど。
ほか、8つの家に分かれて、食事をしていた。
「キャスの言うた通りであったの」
子供たちは、一緒に檻に入れられていたものと離れるのを、嫌がったのだ。
魔物を敵とは思っていなくても、見知らぬ場所に連れて来られている。
怖がるのが当然だろう。
なので、種族は様々だったが、みんな、小さな体を寄せ合っていた。
「仲のいい子もいたと思いますし……引き離されたら、なにをされるかわからないって、不安になったんでしょうね」
「ダイスは、本当にわかっておらぬようだったな」
キャスは、苦笑いをする。
ダイスからすると、おかしなことでもなんでもない。
同じ種族のルーポの子と遊んでやろうとしたのだと、わかっている。
が、隣にいたイホラの子と引き離されかかって怖くなったのだろう、その子に大泣きされたのだ。
(ものすごく狼狽えてたよなぁ、ダイス……子煩悩らしいから、ショックって感じだったっけ。キサラにも、滅茶苦茶、叱られてたし……)
踏んだり蹴ったり、というところだろうか。
しょんぼりと、尾を下げ、耳もくたっとなっていた。
子供たちが食事中、ダイスは建屋のすみで体を丸め、じっとしていたのだ。
かなり、しょげていたらしい。
が、それも、しばらくの間だけだ。
食事のあと、1頭のガリダの、比較的、大きな子が、ダイスに近づいた。
一緒にいたルーポの子と、似ていたからかもしれない。
恐る恐るといった様子で、ダイスの毛にさわり始めたのだ。
ダイスは、それでも、じっとしていた。
驚かせたり、怖がらせたりするのを心配したのだろう。
ところが、なのだ。
(魔物の子は魔物ってことか。とくにルーポの子は、ルーポっぽいね)
大きな体を伸ばし、横になっているダイスの背に、魔物の子たちが乗っていた。
耳や尾を、引っ張られたりもしている。
前脚には、ガリダやコルコがじゃれついていた。
その体を、軽くコロコロと転がしてやり、笑わせている。
「いい光景だねえ」
「ダイスにも使い道があったということぞ」
「キャスもザイードも……オレを助ける気はなさそうだな……」
「助ける? なにを言うか。お前は、子と遊ぶのが好きであろう?」
「そりゃそうだけど……こんなに多くちゃ、身動きできねぇだろ」
「しなければよい」
フ…と、ダイスが遠くを見るような目で、天井を見上げた。
なにかを思い描いているようだ。
と言っても、だいたい察している。
ダイスにじゃれついているのは、ルーポ4頭、コルコ2体、ガリダ3頭、イホラ3葉だった。
ダイスは体が大きいので、幼い子に乗られても平気そうだ。
日常的に遊んでやっているに違いない。
じゃれつく子を前脚で転がすのが、手もとい脚慣れている。
「キサラと、あと5頭くらいは子を成したいと思うておるぞ、あれは」
「そういう顔をしてますね」
「オレは耳がいいってのを、忘れんなよ?」
「悪口は言うておらぬ」
「ダイスとキサラの仲は良好なんだなぁって話ですよ」
キャスは、子供たちに「遊ばれている」ダイスを見て笑う。
同じ建屋にいたノノマやシュザも、子供たちの相手をしていた。
ノノマの周りには、女の子が集まっているようだ。
緑の長い髪を見て、目を輝かせている。
「いろんな種族がいますけど、仲良くできそうで、良かったです」
「そうだの。幼子と言えど、魔物の子ぞ。教わらずとも共存を知っておる」
魔物は、自然の摂理で生きていた。
檻の中でも、ほかの種族の子たちと、共存していたのだろう。
体を寄せ合い、助け合って、命を繋いできたのだ。
「しばらく様子見をするといたそう。体が弱っておる子もおるのでな。具合が良うなるまで、ここにおればよい」
「当分、ガリダは賑やかになりそうですね」
「ダイスがおれば、いつだって騒がしきことになる」
「聞こえてるって言ってんだろ」
「悪口は言うておらぬ」
ほかのルーポたちも、種族に関係なく、子供たちの相手をしているだろう。
コルコやイホラたちも、面倒を見ているはずだ。
8つに家には、それぞの種族の「大人」たちがいる。
昨日から、ガリダにやってきて、食事や寝床などの準備をしていた。
しばらく遊んで気がすんだのか、子供たちが、少しずつ眠そうにし始める。
最初にいだいていた恐怖心はなくなったようだ。
ここが安心できる場所だと、無意識に感じているのかもしれない。
人の国で産まれたとしても、彼らの故郷は、魔物の国なのだ。
「あっという間に、静かになっちゃった」
「子とは、そういうものぞ」
「子もいねぇくせに、よく言うぜ」
「いつも、お前の子の相手をさせられておるのでな」
ルーポは、とにかく好奇心旺盛だった。
知らないものに興味を示すし、あまり警戒心が強いほうではない。
ザイードにも、恐れることなく纏わりついているのだろう。
そんなことで怒るザイードでもないし。
キャスは、寝床に寝かされてる子供たちを見ていく。
数としては、ルーポが多いようだった。
体の小さい子も多い。
ガリダは、大きいほうだ。
「この子たちは、いくつくらいなんですか?」
「そうさな。ガリダとイホラの子は20~30歳というところだの。コルコは少し上で、40前後か。ルーポは幼子が多い。ほとんど10~15くらいと思うが……」
ザイードの言葉の続きには予想がつく。
栄養失調で、本来の歳よりも体が小さいのかもしれない、ということ。
けれど、違う可能性もあった。
ルーポのほとんどは、ロキティスが「繫殖」させた可能性が高い。
ガリダやイホラ、コルコの子供は、ロキティスが生まれる前、もしくは幼児期に、産まれている。
地下に閉じ込められたままだったとしても、その頃は、なんとか細々と暮らせていたのだろう。
そういう中で、彼らは産まれたのだ。
対して、ルーポは、幼過ぎる。
ロキティスが、純血種の魔物を見つけ「繫殖」させたのだろう。
時期と年齢を考えれば、そう推測できた。
(ガリダとイホラは、人間の歳で言うと4歳~6歳。コルコは8歳。ルーポは……まだ2歳から3歳くらいなんだ……)
成長速度はゆっくりだが、人間の幼児に比べれば、しっかりはしている。
だとしても、幼い子であることに変わりはない。
あんな地下で、檻の中に閉じ込められ、どれほど怖かったか。
「ロキティスの奴……こっちで裁いてもいいくらいだったよ……」
「だがな、それでも子らは生きておる。こうして帰って来たのだ」
つぶやいた独り言に、返事がされる。
ザイードだった。
キャスは、並んで眠っている子供たちを見つめる。
「そう、ですね。悪いことは忘れて、これから楽しい記憶を作ってほしいです」
彼らは、まだまだゆっくりと、時間をかけて成長していくのだ。
長い時間「子供」でいられる。
その間に、嫌な記憶は消してしまえばいい。
きっと、そうなる。
「キャスよ、少し良いか?」
ザイードに促され、建屋の外に出た。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、静まり返っている。
ほかの8つの家にいた子供も眠ったのだろう。
少し歩いて、建屋の裏に出た。
「そなたの同胞を後回しにしたこと、申し訳なく思うておる。真に、すまぬ」
ザイードが大きな体を折り曲げ、頭を下げている。
ラーザの民を心配していない、とは言えなかった。
アイシャのこともあるし、いつ帝国がラーザの民を盾にとってくるかしれない。
後回しにするのを承諾した罪悪感もかかえている。
「……けど……あの子たちを見てると……やっぱり最善だったんだって思えます。条件を下げて、半分でも残すことになってたら、後悔したはずなので」
魔物の子たちは、安心して眠りについていた。
ラーザの民にも、いずれ、そんな日がくる。
そう信じていた。
『今回は諦めるという話に過ぎません。数年の内には、手を打ちます。必ず』
フィッツが言ったのだから、間違いない。
数年というのが気がかりだが、なにもせずにいるわけではないのだ。
魔物たちだって、未だ同胞を人の国に残している。
まずは子供が先。
聞いた時には動揺したが、今は違う。
その判断は、正しかった。
確信を持って、言える。
どれほど後ろめたくはあっても、キャスは知っていた。
命には、優先順位がつけられる。
ただし、諦めるつもりはない。
時間は、帝国だけのものではなかった。
こちらにとっても時間は必要だ。
ラーザの民の生き残る道を、必ず見つける。
「あれ……そう言えば、フィッツは? 姿が見えないけど……」
「あやつなれば、洞に行くと言うておったな」
「なにしに?」
「備えのために、色々と作業をしておるようだ。粉を作ったりしておるらしい」
「フィッツは抜かりがないからなぁ。備えにも手をかけるし」
「そうだの。あやつが満足する備えとなると、気が遠うなる」
今、フィッツは、1年後、2年後の備えをしているのだろうか。
備えを万全にしておくのは悪いことではない。
だが、フィッツのそれは、誰も必要としていない備えになることもある。
まるで、誰も使わず放置されている楽器の手入れをしているみたいに。
フィッツの備えは、時折、キャスをとても寂しい気持ちにさせるのだ。




