表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
263/300

会談の階段 3

 ティトーヴァは、魔物たちの反応を窺っていた。

 5匹いるが、表情がわかるのは、人の姿に似た1匹だけだ。

 頭に(つの)がある。

 使者として送り出した中間種は、この種族との間にできた者だったのだろう。

 

 あとの4匹は、いかにも「魔物」だ。

 2匹が雄、あとの2匹が雌、だろうか。

 大きさや、体つきから、なんとなく、それがわかる。

 だが、あくまでも「なんとなく」程度だった。

 

(雌のほうが動揺するかと思ったのだがな)

 

 イスの上に、どっかりと四つ脚で座っている狼のような魔物が左端にいる。

 隣に、角の生えたもの。

 右端に、半透明で揺れている魔物がいて、これは雄だか雌だか、不明だ。

 その横にいるのも、木の枝を組み合わせたような魔物で、雌雄が不明確。

 髪と(おぼ)しきものが肩のあたりで揺れていることや、ほっそりした身体つきから、おそらく雌なのだろうと思っている。

 

 そして、真ん中にいるのが「例の魔物」の系統だ。

 緑の鱗を見れば、あれと同じだとわかる。

 金ではなく黄色ではあるが、縦長の瞳孔にも見覚えがあった。

 とはいえ、あの魔物は、姿を現わさずにいる。

 

(おそらく奴と一緒にいるのだろう。あの魔物は、奴に使役されている)

 

 フィッツは、カサンドラと別の場所にいるらしい。

 そちらに、あの魔物もいるはずだ。

 開発施設でのこともあったので、フィッツと魔物は、姿を隠している。

 ゼノクルを殺したのだから、顔を出せるはずがない。

 

 交渉が決裂する。

 

 それを、フィッツも見越して、ここには来なかったのだ。

 確かに、それは正解だ、と思う。

 フィッツを見れば、セウテルは冷静ではいられない。

 もちろんティトーヴァも、即座に攻撃を仕掛けたはずだ。

 

(こいつらは、果たして奴に知恵をつけられただけか、それとも……)

 

 後ろにフィッツがいるのではないかと、ティトーヴァは怪しんでいる。

 通信機の声質は、いくらでも変えられた。

 実際に話しているのがフィッツでもおかしくはない。

 ただ、話しぶりがフィッツとは異なり、淡々とした調子ではないのだ。

 

 人の話しかたでは、些細なところに特徴が出る。

 間の取りかたや、ちょっとした抑揚、発音、それに言葉選び。

 そうしたことに、感情が乗ってくる。

 子供の頃から刷り込まれた「癖」は、簡単に変えられるものではない。

 

「成体が23匹、その小さいのが107匹だ」

 

 角のある魔物の顔が、わずかにしかめられた。

 やはり「子」に対しては、未練があるのだ。

 魔物には感情がある。

 ティトーヴァは、帝国の「黒い歴史」から、それを学んでいた。

 

 労働力として、アトゥリノ人に魔物を(さら)わせていた頃のことだ。

 1対1では、到底、敵わない魔物を、アトゥリノ人は、比較的、容易に奴隷化していた。

 その理由が、人で言うところの「人質」だとされている。

 

 魔物は、同胞意識が強く、とくに「子」を盾にすると、大人しくなるらしい。

 少し「子」を痛めつけるだけで、なんでも言うことを聞くようになると、文献に記されていた。

 

(人であれば、卑怯だと思ったかもしれん。だが、相手は魔物だからな。子などと言っても、害獣に過ぎんのだ。成体になるまで生かしておくことすら忌まわしい)

 

 ティトーヴァは、ロキティスの罪を知ってから、アルフォンソに命じて、アトゥリノ中を捜索させている。

 ロキティスの作った中間種が残っているかもしれず、それが害になると考えた。

 しかし、結果は、予想を越え、純血種までもが見つかったのだ。

 

 アトゥリノの端、帝国から遠い地に、ロキティスは領地を持っていた。

 そこには50匹ほどの中間種がいたが、それは想定内。

 想定外だったのは、地下に、純血種がいたことだ。

 檻に入れられ「飼育」されていた。

 

 ティトーヴァは、自ら確認しに行っている。

 成体23匹のうち、ほとんどが老いているようだった。

 死にかけているものもいた。

 その成体を使って繁殖させたのか、そこには「子」もいたのだ。

 驚いたのは、その数だった。

 

(子であっても、魔物は武器になる。ロキティスは、もとより狂人だったのだ)

 

 あれらが帝国本土に放たれていたらと思うと、ゾッとする。

 市街地が、魔物に攻撃され、民たちは殺されていたかもしれない。

 ティトーヴァの地位が、今ほど安定していない時期に、それをやられていれば、責任を問われるだけではすまなかった。

 

 ティトーヴァは、知らずにいる。

 魔物にも「教育」が必要だということを、知らなかった。

 生まれながらに魔力を持っていても、無自覚に使えるのは限られたものだけだ。

 親と引き離されて「飼育」されていた魔物の子に、魔力攻撃などできはしない。

 

 人間が、親から言葉を教わるように、魔物も育つ「過程」というものがある。

 だが、そうしたことをティトーヴァは知らないのだ。

 知らないまま、自分の考えを「事実」と誤認している。

 

「そいつらの命の保証はしてやろう」

「それだけでは足りん」

 

 魔物の声に、怒りが滲んでいた。

 フィッツなら平然としていたに違いない。

 どうやら、後ろにフィッツはいないようだと判断する。

 

「ならば、交渉は終わりか? こちらの譲歩は、ここまでだ」

「交渉決裂でもかまわんぞ。可哀想だとは思うが、しかたない。人の国で産まれたもののために、国を危険に(さら)すことはできん」

「見捨てるというのだな?」

「代わりに、お前たちの国の者の命で、つり合いをとる」

 

 ティトーヴァの眉が、ぴくっと動いた。

 もとより「命の保証」だけで、魔物たちが納得するとは思っていない。

 出方をうかがうために、相手にとって低い条件を提示したのだ。

 なので、動揺せずにいる。

 

「では、お前たちが襲った帝国本土の施設を、こいつらの居住地としてやる。壁に近い場所にあるから声くらいは聞こえるさ。なんなら、1ヶ月ごとに映像を渡してやってもかまわんぞ。今よりは快適に過ごせるようにもしてやる」

 

 今度は、大盤振る舞いをした。

 最初が最低限のことだったので、かなりの譲歩だと受け止められるはずだ。

 それなら、さっきより、ずいぶんマシだと、心が動くだろう。

 と、思ったのだが。

 

 魔物たちは、表情を変えない。

 角のある魔物も、無表情に戻っていた。

 すぐに食いついてくると考えていただけに、(いぶか)しく思う。

 

(どうした? なにを考えている……?)

 

 フィッツに、どんな知恵を授けられたのか。

 それがわからない。

 だとしても、ここにフィッツはいないのだ。

 魔物が、感情を抑えて判断できるはずがなかった。

 

「好条件だとは思っていないようだな」

「まったく足りん」

「なんだと?」

「足りない、と言っている」

「交渉を蹴る気か?」

「この程度であれば、蹴ってもかまわん」

 

 ティトーヴァは、少し苛立つ。

 どういうつもりなのか、理解できなかったのだ。

 魔物も犠牲を増やすことは望んでいない。

 次に仕掛けて来る時は、前回のように上手くはいかないともわかっているだろう。

 あたり前だが、こちらも対抗手段を取る。

 

(長期戦になれば、こちらが不利だと見越して、足元を見ているのか?)

 

 それは有り得る。

 戦争には、莫大な費用がかかるのだ。

 人員にも装備にも、兵站にも金はかかる。

 長期的に維持するとなれば、税を引き上げなければならない。

 その上で、魔物に対する技術の開発も進める必要があった。

 

「長期戦になって困るのは、帝国だけではないぞ」

 

 聖魔()けとして、中間種が使えるのはわかっている。

 戦力にはしないが、中間種を連れ、魔物の国を攻めることは不可能ではない。

 小規模なものになりはしても、嫌がらせ程度の攻撃はできる。

 

「お前たちは、信用できん」

 

 その言葉に、ティトーヴァは、ハッと笑った。

 交渉の場に姿を現わしておいて、今さら、と思う。

 信用できないのであれば、はなから交渉になど応じなければ良かったのだ。

 しかし、なにかがおかしい、とも感じる。

 

(なんだ……なにを待っている……?)

 

 魔物たちは、席を立とうとはしていない。

 今にも交渉を蹴りそうなことばかり言いつつ、冷静さを保っている。

 条件が「足らない」のであれば、席を立っていたはずだ。

 なにか時間稼ぎをしている気がした。

 

「腹の探り合いをするのはやめだ」

 

 ティトーヴァは、すぐに考えを切り替える。

 どうにもおかしい。

 その原因がわからないまま話していても、時間の無駄だ。

 

「お前たちは、なにを待っている?」

「もう、そこまで来ている」

「なにがだ?」

 

 自分たちを襲う気だとは思っていなかった。

 魔物を信用しているわけではない。

 ある意味では、フィッツの能力を信用している。

 フィッツが知恵を授けたのであれば、自分とやりあうことを勧めはしないはずだ。

 ティトーヴァ1人でも、ここに来ている魔物全員を殺すことはできる。

 

「お前たちが信用ならない、という理由がだ」

 

 意味がわからずにいるティトーヴァの耳に、外のざわめきが伝わって来た。

 外から親衛隊の騎士が駆けこんで来た。

 

「陛下! 魔物が……ひ、人を連れてまいりました!」

「人だと?」

 

 パッと、魔物たちのほうに視線を向ける。

 真ん中にいた魔物が冷たい口調で言った。

 

「夕べ、我らの領地が襲われたのだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ