会談の階段 3
ティトーヴァは、魔物たちの反応を窺っていた。
5匹いるが、表情がわかるのは、人の姿に似た1匹だけだ。
頭に角がある。
使者として送り出した中間種は、この種族との間にできた者だったのだろう。
あとの4匹は、いかにも「魔物」だ。
2匹が雄、あとの2匹が雌、だろうか。
大きさや、体つきから、なんとなく、それがわかる。
だが、あくまでも「なんとなく」程度だった。
(雌のほうが動揺するかと思ったのだがな)
イスの上に、どっかりと四つ脚で座っている狼のような魔物が左端にいる。
隣に、角の生えたもの。
右端に、半透明で揺れている魔物がいて、これは雄だか雌だか、不明だ。
その横にいるのも、木の枝を組み合わせたような魔物で、雌雄が不明確。
髪と思しきものが肩のあたりで揺れていることや、ほっそりした身体つきから、おそらく雌なのだろうと思っている。
そして、真ん中にいるのが「例の魔物」の系統だ。
緑の鱗を見れば、あれと同じだとわかる。
金ではなく黄色ではあるが、縦長の瞳孔にも見覚えがあった。
とはいえ、あの魔物は、姿を現わさずにいる。
(おそらく奴と一緒にいるのだろう。あの魔物は、奴に使役されている)
フィッツは、カサンドラと別の場所にいるらしい。
そちらに、あの魔物もいるはずだ。
開発施設でのこともあったので、フィッツと魔物は、姿を隠している。
ゼノクルを殺したのだから、顔を出せるはずがない。
交渉が決裂する。
それを、フィッツも見越して、ここには来なかったのだ。
確かに、それは正解だ、と思う。
フィッツを見れば、セウテルは冷静ではいられない。
もちろんティトーヴァも、即座に攻撃を仕掛けたはずだ。
(こいつらは、果たして奴に知恵をつけられただけか、それとも……)
後ろにフィッツがいるのではないかと、ティトーヴァは怪しんでいる。
通信機の声質は、いくらでも変えられた。
実際に話しているのがフィッツでもおかしくはない。
ただ、話しぶりがフィッツとは異なり、淡々とした調子ではないのだ。
人の話しかたでは、些細なところに特徴が出る。
間の取りかたや、ちょっとした抑揚、発音、それに言葉選び。
そうしたことに、感情が乗ってくる。
子供の頃から刷り込まれた「癖」は、簡単に変えられるものではない。
「成体が23匹、その小さいのが107匹だ」
角のある魔物の顔が、わずかにしかめられた。
やはり「子」に対しては、未練があるのだ。
魔物には感情がある。
ティトーヴァは、帝国の「黒い歴史」から、それを学んでいた。
労働力として、アトゥリノ人に魔物を攫わせていた頃のことだ。
1対1では、到底、敵わない魔物を、アトゥリノ人は、比較的、容易に奴隷化していた。
その理由が、人で言うところの「人質」だとされている。
魔物は、同胞意識が強く、とくに「子」を盾にすると、大人しくなるらしい。
少し「子」を痛めつけるだけで、なんでも言うことを聞くようになると、文献に記されていた。
(人であれば、卑怯だと思ったかもしれん。だが、相手は魔物だからな。子などと言っても、害獣に過ぎんのだ。成体になるまで生かしておくことすら忌まわしい)
ティトーヴァは、ロキティスの罪を知ってから、アルフォンソに命じて、アトゥリノ中を捜索させている。
ロキティスの作った中間種が残っているかもしれず、それが害になると考えた。
しかし、結果は、予想を越え、純血種までもが見つかったのだ。
アトゥリノの端、帝国から遠い地に、ロキティスは領地を持っていた。
そこには50匹ほどの中間種がいたが、それは想定内。
想定外だったのは、地下に、純血種がいたことだ。
檻に入れられ「飼育」されていた。
ティトーヴァは、自ら確認しに行っている。
成体23匹のうち、ほとんどが老いているようだった。
死にかけているものもいた。
その成体を使って繁殖させたのか、そこには「子」もいたのだ。
驚いたのは、その数だった。
(子であっても、魔物は武器になる。ロキティスは、もとより狂人だったのだ)
あれらが帝国本土に放たれていたらと思うと、ゾッとする。
市街地が、魔物に攻撃され、民たちは殺されていたかもしれない。
ティトーヴァの地位が、今ほど安定していない時期に、それをやられていれば、責任を問われるだけではすまなかった。
ティトーヴァは、知らずにいる。
魔物にも「教育」が必要だということを、知らなかった。
生まれながらに魔力を持っていても、無自覚に使えるのは限られたものだけだ。
親と引き離されて「飼育」されていた魔物の子に、魔力攻撃などできはしない。
人間が、親から言葉を教わるように、魔物も育つ「過程」というものがある。
だが、そうしたことをティトーヴァは知らないのだ。
知らないまま、自分の考えを「事実」と誤認している。
「そいつらの命の保証はしてやろう」
「それだけでは足りん」
魔物の声に、怒りが滲んでいた。
フィッツなら平然としていたに違いない。
どうやら、後ろにフィッツはいないようだと判断する。
「ならば、交渉は終わりか? こちらの譲歩は、ここまでだ」
「交渉決裂でもかまわんぞ。可哀想だとは思うが、しかたない。人の国で産まれたもののために、国を危険に晒すことはできん」
「見捨てるというのだな?」
「代わりに、お前たちの国の者の命で、つり合いをとる」
ティトーヴァの眉が、ぴくっと動いた。
もとより「命の保証」だけで、魔物たちが納得するとは思っていない。
出方をうかがうために、相手にとって低い条件を提示したのだ。
なので、動揺せずにいる。
「では、お前たちが襲った帝国本土の施設を、こいつらの居住地としてやる。壁に近い場所にあるから声くらいは聞こえるさ。なんなら、1ヶ月ごとに映像を渡してやってもかまわんぞ。今よりは快適に過ごせるようにもしてやる」
今度は、大盤振る舞いをした。
最初が最低限のことだったので、かなりの譲歩だと受け止められるはずだ。
それなら、さっきより、ずいぶんマシだと、心が動くだろう。
と、思ったのだが。
魔物たちは、表情を変えない。
角のある魔物も、無表情に戻っていた。
すぐに食いついてくると考えていただけに、訝しく思う。
(どうした? なにを考えている……?)
フィッツに、どんな知恵を授けられたのか。
それがわからない。
だとしても、ここにフィッツはいないのだ。
魔物が、感情を抑えて判断できるはずがなかった。
「好条件だとは思っていないようだな」
「まったく足りん」
「なんだと?」
「足りない、と言っている」
「交渉を蹴る気か?」
「この程度であれば、蹴ってもかまわん」
ティトーヴァは、少し苛立つ。
どういうつもりなのか、理解できなかったのだ。
魔物も犠牲を増やすことは望んでいない。
次に仕掛けて来る時は、前回のように上手くはいかないともわかっているだろう。
あたり前だが、こちらも対抗手段を取る。
(長期戦になれば、こちらが不利だと見越して、足元を見ているのか?)
それは有り得る。
戦争には、莫大な費用がかかるのだ。
人員にも装備にも、兵站にも金はかかる。
長期的に維持するとなれば、税を引き上げなければならない。
その上で、魔物に対する技術の開発も進める必要があった。
「長期戦になって困るのは、帝国だけではないぞ」
聖魔避けとして、中間種が使えるのはわかっている。
戦力にはしないが、中間種を連れ、魔物の国を攻めることは不可能ではない。
小規模なものになりはしても、嫌がらせ程度の攻撃はできる。
「お前たちは、信用できん」
その言葉に、ティトーヴァは、ハッと笑った。
交渉の場に姿を現わしておいて、今さら、と思う。
信用できないのであれば、はなから交渉になど応じなければ良かったのだ。
しかし、なにかがおかしい、とも感じる。
(なんだ……なにを待っている……?)
魔物たちは、席を立とうとはしていない。
今にも交渉を蹴りそうなことばかり言いつつ、冷静さを保っている。
条件が「足らない」のであれば、席を立っていたはずだ。
なにか時間稼ぎをしている気がした。
「腹の探り合いをするのはやめだ」
ティトーヴァは、すぐに考えを切り替える。
どうにもおかしい。
その原因がわからないまま話していても、時間の無駄だ。
「お前たちは、なにを待っている?」
「もう、そこまで来ている」
「なにがだ?」
自分たちを襲う気だとは思っていなかった。
魔物を信用しているわけではない。
ある意味では、フィッツの能力を信用している。
フィッツが知恵を授けたのであれば、自分とやりあうことを勧めはしないはずだ。
ティトーヴァ1人でも、ここに来ている魔物全員を殺すことはできる。
「お前たちが信用ならない、という理由がだ」
意味がわからずにいるティトーヴァの耳に、外のざわめきが伝わって来た。
外から親衛隊の騎士が駆けこんで来た。
「陛下! 魔物が……ひ、人を連れてまいりました!」
「人だと?」
パッと、魔物たちのほうに視線を向ける。
真ん中にいた魔物が冷たい口調で言った。
「夕べ、我らの領地が襲われたのだ」




