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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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最悪の始まり 2

 フィッツからの報告に、キャスは溜め息をついた。

 作戦を聞いた時には実感がなかったからだ。

 

「そこまでするとはね……ほんっと、呆れる……」

「ルーポが襲われたのでござりまするね」

「では、フィッツ様の言われていたことが……」

「実際に起きたみたい」

 

 ここは、あの装置のある洞だった。

 動力石のある広い場所に、ゴザのようなものを広げ、その上に座っている。

 キャスと、ノノマ、それにシュザだ。

 湿地帯には、ガリダとコルコが、バラけながら警護に当たってくれていた。

 

(ロキティスはともかく……ベンジーの弟には恨まれてもしかたない……それはそうだとしてもさ。子供を使うなんて有り得なくない?)

 

 仮に、最悪の事態となるのなら、キャスは命を狙われる。

 狙って来るのは、セウテルかベンジャミンの弟だと、フィッツは予測していた。

 兄弟仲がいいかどうかは不明だとしても、ほかに候補はいない。

 恨みという意味では、アトゥリノ兵の家族がいるが、皇帝との関係が遠過ぎる。

 

 そして、危険を冒してでも実行できる能力が必要だった。

 条件にあてはまるのは、2人だけ。

 だが、セウテルはティトーヴァの護衛だ。

 交渉日前後に、陣から離れるとは考えにくい。

 

 そうなると、ベンジャミンの弟が、キャスを殺しに来る。

 ベンジャミンの弟は、アルフォンソ・ルティエというのだそうだ。

 そのアルフォンソが来るとしても、戦力不足は否めない。

 補うため、使えるものは使ってくるだろうと、言われていた。

 

 中間種は当然として、純血種の魔物を囮とするかもしれないという予測。

 その予測は「現実」になっている。

 使われたのは、ルーポの子供だったようだ。

 

「ロキティスの奴……本当に最低な奴だよ……」

 

 第1印象からして悪かった。

 そして、ラーザの民を「聖魔避け」にするような非道な奴だとも知った。

 だが、さらにロキティスの罪は大きい。

 非道というより、最早、外道だ。

 

 ロキティスが魔物の国に攻めて来ようとしていたのは、キャスも気づいていた。

 事実、キャスのことを名目にして、皇帝を動かしている。

 その目的は、魔物を攫うことにあった。

 ロキティスにとって、魔物は「財」だったのだ。

 奴隷としてだったり実験に使ったり、様々な「財」に置き換えられる宝の元。

 

(中間種も、そのひとつ……だけど、中間種は、純血種の魔物が少なくなると作れなくなる。たぶん、血が薄くなり過ぎるんだろうな)

 

 だから、ロキティスは、純血種の魔物を必要としていた。

 しかも「大人の」魔物だ。

 繁殖に適した魔物がいるのなら、危険を冒して魔物の国を攻めることはない。

 おそらく、純血種同士でも「繫殖」はさせたのだろう。

 

 ただし、魔物は成長速度が遅い。

 

 80歳を越えなければ「大人」とは見なされないほどだ。

 繁殖可能なほど成長する前に、ロキティスの寿命が尽きる。

 要は、間に合わなかったし、待てなかった。

 そして、純血種の「大人」の魔物は、減り続けたに違いない。

 

 なにしろ壁ができる前に囚われていた魔物たちだ。

 いくら長生きとはいえ、壁ができてからでさえ2百年は経っている。

 攫われた当時、大人だったのなら、3百歳近いものが多かっただろう。

 しかも、劣悪な環境での暮らしでは、寿命が縮められていた可能性は高い。

 

(純血種同士でも子供を作ったけど、成長が遅くて間に合わず……純血種の大人は減り続けて……このままじゃ中間種が作れなくなるって思ったわけだ)

 

 結果、帝国には純血種の「子供」の魔物が残された。

 ティトーヴァが、それを知っているかはともかく。

 

「今はまだ、我らの同胞を救うことはできぬのでござりまするね……」

 

 ノノマが、心配そうに目を伏せた。

 隣で、シュザも表情を曇らせている。

 人型なので、表情が見分け易い。

 同時に、尾も、ゆらゆらと揺れているので、いっそう不安が伝わってくる。

 

「すぐには無理かもしれないけど……停戦中に、こっちも、なにか手を考える」

「子だけでも返してはもらえぬのでしょうか?」

「シュザ、人間はさ、魔物に対して、大人とか子供とか区別してないんだよ」

 

 今回、ルーポでは、中間種を殺した。

 いくぶんかは魔物の血が入っていても「同胞」とはしていない。

 ロキティスに作られ、人の手先にされただけの存在だ。

 可哀想だとの思いはある。

 

 だが、敵とも味方ともわからないものを、野放しにはしておけなかった。

 シャノンのこともある。

 肩入れしたあとで裏切られれば、国全体が危機に瀕するのだ。

 思い入れがないうちに片をつけるというのが、長たちの出した結論だった。

 

 そこに、キャスもフィッツも、口は挟んでいない。

 中間種は、それぞれの種族の血の流れをくんでいる。

 どうするかの判断は、魔物たちがすべきだった。

 

 対して、純血種の子は、どうなのか。

 

 フィッツは、ロキティスが中間種とは違う扱いをしていたはずだと言った。

 思い出して、ちょっぴり気分がへこむ。

 

 『人には、牧畜という文化があります。ロキティスにとって、魔物は家畜に過ぎなかったでしょう。中間種のように、配下として使う気がなければ教育する必要がありません。衛生管理などはしていたかもしれませんが』

 

 確かに、人間は、牛や豚、鶏などを家畜とし、飼育する。

 キャスだって、その恩恵を受けていたのだから、その文化を否定はできない。

 それでも、ロキティスのしたことを認めることもできずにいた。

 ロキティスのそれは「生きるため」ではないからだ。

 

(魔物の子たちが、家畜扱いされてたっていうのは、許せないけど……中間種たちみたいに、洗脳されずにすんだのは良かったのかもしれないんだよね)

 

 中間種は、人として育てられている。

 シャノンが普通に人の言葉を話していたことからも、それはうかがえた。

 だからこそ、危うい。

 長たちも、それを懸念しての決断だったはずだ。

 

「真に、人というのは残酷な生き物にございます」

「シュザ……!」

「いいんだよ、ノノマ。私も、そう思う」

「ですが、キャス様やフィッツ様は、違うではござりませぬか。我らの味方をし、助けてくださりまする。悪いのは……人ではなく、帝国にござりまする。ルーポの1頭だけでも救えたことを肯とせねば」

 

 言いながら、ノノマは、シュザを尾で叩いている。

 シュザも叩かれながら、しゅんとしていた。

 が、気持ちはわかるのだ。

 子供を囮に使われたのが、やはり堪えている。

 

「私を殺したいなら、私を、直接、狙えばいいのにさ」

「それは……無理というものです、キャス様」

「ザイード様とフィッツ様がおられますゆえ」

「まぁ……そうだねぇ……あの組み合わせは手強そうだもんね」

 

 お互いに不利なところを補い、戦いを有利なほうへと持ち込めそうだと思った。

 まったく似ていないのに、どこか似ている気がしなくもない。

 無表情なのに優しいところとか、手があたたかいところとか。

 

「姫様、陣の設営が終わりました。予定通り、明日、交渉となります」

「今日のことは? あいつに話すの?」

「もちろんです。予定通りに行きましたから、交渉も有利に進められますよ」

「予定通りなのか」

「はい。想定外と言えば、思ったより、中間種が少なかったという程度です」

「多ければ、20人くらい来そうだって言ってたよね?」

「ロキティス・アトゥリノが連れて来た数よりは多いと思っていましたが、実際は5人でした。もしかすると、大半が、すでに殺されているのかもしれません」

 

 それは、大いに有り得る。

 帝国では、魔力のあるものは排除されていた。

 だから、ロキティスは汚れ仕事に中間種を使っていたのだ。

 中間種は純血種とは違い、監視室に引っ掛からない。

 

 けれど、ティトーヴァは、中間種の存在を知った。

 魔力を持っており、外見からは魔物の血が混じっていることが明白な中間種を、ティトーヴァが認めることはないだろう。

 使者に使った中間種への扱いを見てもわかる。

 

 あの使者は、イホラで10日ほど過ごしたのち、魔物の国を出された。

 無関心ながらも衣食をまともに与えていたからか、使者は帝国に帰さないでくれと、イホラたちに必死に訴えたそうだ。

 とはいえ、さすがに、それはできない。

 長たちの決断はくだされていた。

 

(アヴィオが、1番、しんどかっただろうな。作られたとはいえ……)

 

 使者は、コルコとの中間種であり、アヴィオからすれば同じ血を継ぐものだ。

 それでも、アヴィオは決断に従ったと聞いている。

 例外を作れば、なし崩しになると思ったのかもしれない。

 どの種族にも、中間種はいるのだから。

 

「まぁ、多いより少ないほうがいいよ」

「そうですね。散らばってしまうと面倒ですから」

 

 キャスは、そういう意味で言ったのではなかったが、否定はせずにおく。

 魔物であれ、人であれ、感情の機微をフィッツに求めるのは酷なことだ。

 

 魔物は同胞を殺さない。

 わずかであっても同じ流れをくむ血が混じっている中間種を殺すのは、簡単ではないだろう、と思う。

 だから、少ないほうがいいのだ。

 

「それはそうと、ガリダは大丈夫そう?」

「ミネリネさんからの連絡だと、中間種が入り込んだのは、ルーポだけでした」

 

 魔物の国の外側に円を描くようにして、ファニの領地があった。

 ファニは、常に、領地を周回しており、踏み込んできたものを認識する。

 元々、周回中のファニは具現化していないし、作戦的にも姿を見せずにいたので映像などはない。

 ルーポの領地内にいたミネリネが、ほかのファニとの感覚共有を使い「敵襲」をフィッツに伝えることになっていたのだ。

 

「撃ってきたのは、1人だけ? アルフォンソ?」

「アルフォンソ・ルティエかは不明ですが、1人だけでした」

「それでも、交渉に使えるの?」

「十分ですよ、姫様。人間側が仕掛けて来たことさえ明確にできればいいので」

 

 停戦の交渉を前に、人が魔物を襲った。

 こちらに被害はなかったわけだが「どういうつもりか」と責めることはできる。

 襲撃を知らずにいるティトーヴァは、さぞ驚くだろうし、憤るに違いない。

 人間側が不利になるのは確実なのだ。

 

「明日が本番ですので、今夜は、ゆっくりお休みください」

「わかった。フィッツもね」

 

 言ったものの、フィッツもザイードも寝ずの番をすると、わかっていた。


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