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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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既知の信頼 4

 ザイードにも、話しておくべきだろうと、キャスは思った。

 部屋に戻ったものの、眠れる気もしなかったのだ。

 自分の判断が間違っていたとは思わない。

 フィッツは、事態が、より「最悪」になったと考えている。

 ならば、話したのは間違ってはいない。

 

 とはいえ、間違っていないから正しい、とはならないのだ。

 間違っていなくても、正しさとは結びつかないこともある。

 

「フィッツに話してきました」

「あやつが死んだ話をか?」

「はい……フィッツの計算が狂うかもしれないと思って」

 

 事実、計算を狂わせていた。

 危うく、また足を引っ張るところだったのだ。

 それだけは回避できたのではなかろうか。

 情報が揃っていれば、フィッツは正しい結果が弾ける。

 

「そなたは、ずいぶんと苦しかったろう」

「あ、いえ……あの……」

 

 ザイードの気遣いはありがたい。

 けれど、慰められたくて来たのではなかった。

 ただでさえフィッツに甘やかされている。

 

 黙っていたことで、無駄な手間をかけたのだから、叱責されて当然だ。

 なのに、やはりフィッツはキャスを責めなかった。

 礼まで言われてしまい、いたたまれない気分になっている。

 ザイードにまで優しくされると、後ろめたさに潰されかねない。

 

 フィッツの計算違いは、ガリダを危うくするも同然なのだ。

 フィッツ自身もだが、周りも、フィッツが正しい方向に導けると信じているから決められたほうに向かって走る。

 ガリダだけではなく、ほかの(おさ)たち、その種族の民たち。

 みんな、いつしかフィッツを信頼していた。

 

「私の勝手で……みんなを危険に(さら)していました。すみません」

「キャスよ」

 

 詫びのため、下げていた頭を上げる。

 ザイードの金色の瞳孔に変化はない。

 口調も落ち着いている。

 フィッツの淡々としたものとは違い、深みがあって穏やかさがあった。

 

「我らは魔物なのだ」

「はい……」

「常に言うておるがな。魔物は自然の(ことわり)で生きておる」

「なるようになる、ですか?」

「誰がなにをした、なにがどう起きたなぞと原因になることはあろう。だが、行きつく先は同じぞ。なるべくしてなった、というだけに過ぎぬ」

 

 キャスが黙っていようと話そうと、関係ない。

 ザイードは、そう言っているのだ。

 

「むろん、そなたが話したことで、あやつは策を変えような。それが良い目となるかもしれぬ。通る道によって見える景色が違うのは道理。しかし、行きつく先は、変わらぬのだ」

「でも、良い結果が出るほうがいいですよね。フィッツの策が上手くいかなくて、犠牲が出たりしたら……」

 

 ぽんっと、頭に手を置かれる。

 ザイードが、少しだけ瞳孔を狭めていた。

 

「そなたは、あやつを信じておらぬのか?」

「信じてます。信じてますけど……私のせいで正しい結果が出せなかったかもしれないし……間違った計算の上に、正しい結果は乗らないじゃないですか」

 

 ザイードは、キャスの頭から手を離し、笑う。

 声に出してはいないが、にっこりしているように見えた。

 

「そなたより、余のほうが、あやつを信じておるようだ」

「どうしてそうなるんですか? 私だって、信じてますよ」

「より良き策を取れるのは、あやつにとっては近道ができるくらいのものぞ」

「近道?」

「仮に、当初、決めておった策でしくじりかければ、あやつはすぐに道を変える。迂回したり、遠回りしたりすることにはなろうが、気にはすまい」

 

 言われて、フィッツが「抜かりない」ことを思い出す。

 キャスが、そう言うたびに「想定内」だと、フィッツは言っていた。

 

「責を負い過ぎるなと言うたであろう、キャス」

「話さなくても、フィッツなら、なんとかしたってことですか?」

「なんとでもした、いや、どうとでもする。あやつは、そういう者であろう」

「でも、それじゃフィッツだけが大変……」

 

 言いかけてやめる。

 それが、フィッツの「存在意義」なのだ。

 フィッツは、少しも大変などとは思っていない。

 いや、思わない。

 

 むしろ、必要ないだとか、頼らないようにするだとか言われることを嫌う。

 フィッツの「使命」を否定しているも同然だからだ。

 初めて聞いた時には、極端だと思って呆れたけれども。

 

(自由イコール死ね、だもんね、ティニカのフィッツにとっては)

 

 フィッツには、すべきことはあっても、したいことがない。

 すべきことを取り上げられたら、生きる意味がなくなるのだ。

 

 誰もが「したいこと」があり、けれど、したいことができないから、したくないことでも「すべきこと」としてやっていると、元の世界の彼女は考えていた。

 誰でも「意思」を持っていて、だから、思う通りにならないことに悩んだり、苦しんだりするのだと、そう思っていた。

 

 けれど。

 

 フィッツには、そのあたり前にあるはずの「したいこと」や「意思」がない。

 フィッツにあるのは「すべきこと」と「ティニカの教え」だけだった。

 だから「自由イコール死」になる。

 フィッツにとっては、いらないと放り出されるようなものだ。

 

「そうでした。フィッツがいれば、大丈夫」

「そうだの。あやつなれば、なにが起きても対処できる」

 

 フィッツの死を経験するまで、キャスは、そう思ってきた。

 フィッツがいれば大丈夫、なんとかしてくれる。

 それを疑ったことはない。

 無条件に信じていられた。

 

「あやつのことは、余が守る」

「ザイード……」

「必ずとは言えぬが、できうる限り力を尽くすゆえ、そう心配いたすな」

 

 ザイードなら、フィッツと一緒に戦える。

 自分が近くにいて足手まといになるより、ずっと安心だ。

 

「2度目はない。そうであろう、キャス」

 

 ザイードの言葉にうなずく。

 さすがに2度目は勘弁してもらいたい。

 それでも、フィッツを無条件で信じていられた自分に戻りたかった。

 

 あの夏の日。

 フィッツは、最後まで「生きる」ための選択をしていたのだ。

 使命のために命を賭したのではない。

 生き残ろうと足掻いていた。

 

「フィッツは、自分も生き残ることを考えてますよね」

「そなたの望みなれば、当然であろうよ」

 

 張り詰めていた気持ちが、和らいでいる。

 2人で過ごした日々を忘れることはできない。

 だが、今は2人だけではないことに安心している。

 少なくとも、一緒に戦ってくれるものたちがいるのだ。

 

(人と関わらずに生きてきたのに、魔物とは関わっちゃってるよなぁ。仲間意識がどういう感じかわからないけど……そういうのじゃなくて、身内?って感じ?)

 

 元の世界よりも帝国よりも、魔物の国は居心地がいい。

 そんなが、それぞれに生きているからかもしれなかった。

 ダイスのように、すぐ近寄ってくるものもいれば、アヴィオのように噛みついてくるものもいる。

 喧嘩もするし、険悪な雰囲気になったりもするが、それでも断絶はしない。

 

(助け合わないと生きていけないもんね)

 

 魔物の長たちは、集まっては口喧嘩をしつつも、対話していた。

 人間だって、基本的には、そういうものだと思う。

 

 誰かを傷つけるために、言葉を覚えたわけではないだろうに。

 

 思うと、とても残念だ。

 子供の頃、世界は、もっと単純だった。

 上手く言葉が操れないからこそ、伝えようと必死だった気がする。

 大人になるにつれ、世界は複雑になり、遠ざかっていった。

 

 魔物の国は、単純で自分に近い場所にあった世界に似ている。

 言葉が、まだ「想いを伝える」ものとして残されているからだろう。

 

「フィッツは、ああいう人なので……危ないことしそうだったら叱ってください。止めてください。それから……守ってあげてください。お願いします」

 

 キャスは、ザイードに頭を下げる。

 自分には手のとどかない場所でも、ほかの誰かの手はとどくかもしれない。

 その手を借りることは、2人だけの世界から出ることに繋がる。

 だとしても、世界が広がれば、選べる道も増えるのだ。

 

 できないことも、できるようになる。

 

 頭を上げると、ザイードが、ふっと笑った。

 ギザギザの歯が垣間見える。

 

「それはよいのだがな、時に、キャスよ」

「はい」

「そなた、銃の腕は上がったのか?」

「え……あ~……いやぁ……まだまだ、です」

「己の手に負えぬ心配なぞしておるより、できることをいたせ」

「……ですよね……」

 

 キャスは、苦笑いを浮かべた。

 ザイードは優しいが、厳しい。

 それが、心地よく感じる。

 

 フィッツに話すのは苦しくてつらかった。

 けれど、話して良かった、と思う。

 作戦どうこうではなく、ひとつの区切りがつけられたように感じるのだ。

 フィッツを喪って以来、初めて心が落ち着きを取り戻していた。

 

 ティニカのフィッツは、少々、頭のイカれた男だが。

 

(絶対の味方。それが、フィッツ。フィザルド・ティニカ)


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