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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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既知の信頼 2

 最近のフィッツは、ガリダのこともあってなのか、忙しくしているようだ。

 以前もそうだったが、生き返ってからも、ティニカのフィッツとして、いっそう使命をまっとうしてきた。

 キャスを1人にすることはほとんどなかったし、ザイードやノノマが一緒だったとしても、必ず近くにいたのだ。

 

 なのに、使者が来て以降、フィッツの姿が見えないことも、しばしばある。

 たいていは、ザイードがいるので、1人ではない。

 開発施設で戦った経験から、ザイードを信頼するようになったのだろう。

 任せても大丈夫だと判断し、フィッツ自身がしなければならないことに専念しているのだと思っていた。

 

(距離を保てるっていう意味では悪くはないんだけどさ。あえて、2人で話すってなると、逆に緊張するなぁ……)

 

 フィッツに、ちゃんと話をする。

 そう決めたはいいが、なんと部屋にフィッツがいなかった。

 ザイードに訊いたところ、あの建屋で、なにか作業をしているらしい。

 夕食とお風呂をすませ、まあまあ夜が更けている。

 湯冷めしないよう、羽織りというか綿入れのようなものを引っ掛けて、キャスは建屋に向かっていた。

 

(なんかフィッツと2人って、久しぶりな気がする。前に話したのって使者が来る前だったっけ。ベンジーを壊したってところまでは話したんだよね)

 

 なにから、どういうふうに話すか、一応、考えている。

 だが、考えた通りに話せるかは、わからずにいた。

 なにしろ「フィッツが死んだ」という話をするのだ。

 どうしても、心が揺れる。

 

(事実だけを話す……私の感情は、いらない。フィッツがわかってくれなくても、怒ったり泣いたりしちゃ駄目だ。冷静に、冷静に……)

 

 自分に言い聞かせながら歩いた。

 フィッツの反応は、だいたい予測がついている。

 予測通りであれば傷つきはしても、驚くことはないはずだ。

 あとは、自分の感情を抑制すれば、必要な情報を伝えられる。

 

「よし……」

 

 建屋の戸に手をかけて、一気に開いた。

 開く前から気づいていたかのように、フィッツがキャスのほうに体を向けている。

 正座をして、すぐに頭を下げてきた。

 

「邪魔して、ごめん」

「いえ、領地内の監視場所を選定していただけで、たいしたことはしていません」

「じゃあ、ちょっと話があるんだけど、いいかな」

「もちろんです、姫様」

 

 室内に入り、フィッツの前に、キャスも正座して座る。

 両手を膝に、いざ。

 

「あのさ……ええと……なにから話せばいいかな……」

 

 急に、心臓がバクバクしてきて、考えてきたことを忘れた。

 焦りから、思わず、うつむく。

 自分の両手を見つめ、深呼吸をした。

 

「大事なお話なのですね。姫様、ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

 その言葉に、ハッとする。

 頭に、その時の光景が広がっていた。

 

 皇宮を逃げる時に通った地下通路。

 

 狭くて、閉所恐怖症でもないのに息苦しくなったのだ。

 圧迫感に耐えていたキャスに、フィッツは、同じことを言った。

 ゆっくりで大丈夫だ、と。

 

 それでも漠然とした不安をいだきつつ、フィッツから皇宮の監視システムの話を聞いていたのを覚えている。

 2年以上も前から備えていた、という話だ。

 聞きながら、1年後の天気がわからないから、毎日、傘を持ち歩いているみたいだなと、思った。

 

 ふと自分の声が聞こえてくる。

 

 『あのさぁ、フィッツ』

 『はい、姫様』

 『手、繋いで』

 『はい、姫様』

 

 そうだ、と記憶が落ちてきた。

 あの時、初めてフィッツと手を繋いだ。

 ちゃんと暖かくて、ぬくもりを持った人間なのだと感じた。

 フィッツは機械の代わりもできるけれど機械ではない、と思ったのだ。

 

 『あーあ、私のほうが置き去りにされちゃいそうだよ』

 『それはあり得ません』

 

 あり得ないと言ったのに。

 

 ぐっと、胸が詰まった。

 記憶に心が押し潰されそうになる。

 なのに、話さなければならないのだ、そのことを。

 

「……フィッツは……1度……フィッツは……死んだんだよ……」

 

 ぎゅうっと、胸が痛くなった。

 苦しくて、涙が出そうになる。

 けれど、泣いたら、ちゃんと話せない。

 必死で、あふれそうになる感情に蓋をする。

 

「ラーザで、ベンジーに撃たれて……」

「そうでしたか」

「…………フィッツは、命懸けで……私を守ってくれた。だから……私は、生きてここに来られたんだよね……黙ってて、ごめん……」

 

 結局、順序立てて話すことはできなかった。

 先延ばしにすると話せなくなりそうで、結論から先に言ってしまったのだ。

 感情が揺れて揺れてしかたがない。

 フィッツの反応は、予想通りだった。

 

 まるで他人事(ひとごと)のように受け止めている。

 

 ティニカのフィッツにとって「カサンドラ」を守るのは当たり前。

 命懸けだったことにも、大きな意味はない。

 使命を果たしたという程度のことなのだ。

 それが悲しくて、キャスは顔をあげられなかった。

 フィッツの淡々とした口調と無表情に、今は耐えられそうにない。

 

「姫様が謝られることはありませんよ。当然のことです」

「うん……そうなんだけど……黙ってたのは間違いだったと思うから」

「ですが、姫様が、私に再び命を与えてくださったのではないですか?」

「……うん……でも、お礼は言わないでほしいんだ……意識してたわけじゃなくて結果論に過ぎないし……私の身勝手みたいなものでしかないし……」

 

 胸の奥が、ズキズキと傷む。

 フィッツの顔は見られないし、話せているのが不思議なほど息が苦しい。

 本当には、今すぐにでも立ち去りたかった。

 感情にまかせて、逃げたくなる。

 

「姫様は、聖者との中間種だったのですね」

「そうだよ。でも……意識的に力を使えるわけじゃないんだよね……」

 

 あの時は、自分が死ぬのだと思っていた。

 その前に、もう1度だけ、フィッツに会いたいと願ったのだ。

 元の世界での死とは異なり、未練や後悔が残っていた。

 

「ありがとうございます、姫様」

「だから……っ……お礼はいいって……っ!」

 

 自分は、フィッツが生き返ることを望んではいなかった。

 再び喪うことを恐れ、取引を拒否したのを忘れてはいない。

 それは、自分の心を守った、ということだ。

 

「本当に、私の力だったのかも……わからないしさ。聖者との中間種だから、そうかもしれないって思ってるだけで……」

 

 フィッツの魂を閉じ込めていた「ひし形」は砕けて散った。

 その散り散りになった欠片をかき集めるようにして、フィッツは戻って来た。

 自分の呼びかけに応えるために。

 

「私が、生き返らせたんじゃないよ……フィッツが、生き返ってくれたんだよ……また……私を助けるために……」

 

 話しているうちに、自分の身勝手さを思い知る。

 いつもいつも、フィッツを振り回してばかりだ。

 

 最善を選べなくなる危険にも気づかず、フィッツが変わることに喜んで。

 あげくフィッツが死んでからは、その死に怯えてばかりいて。

 なのに、結局、自分が死にかけたらフィッツを頼って。

 生き返っても、まだ怯えて、だんまりを決め込み、逃げ続けて。

 

「だから……お礼なんて……言わないでよ、フィッツ……」

 

 キャスは、大きく息を吸い込む。

 これ以上の身勝手は許されない。

 自分の気持ちをわかってほしいなんて、我儘に過ぎるのだ。

 

 ティニカのフィッツ。

 

 それでいい、と思う。

 自分の恋をしたフィッツは「死んだ」のだ。

 目の前にいるフィッツは、別の人。

 これだけ身勝手を通してきたのだから、もうなにも望むべきではない。

 

 キャスは、軽く頭を振った。

 ようやく顔を上げる。

 無表情な「いつもの」フィッツを見つめた。

 

「えっと、どこまで話したっけ……」

「私が、ベンジャミン・サレスに殺されたというところまでです」

「そう、それでね。ベンジーは、私を狙ってたんだよ」

「ティトーヴァ・ヴァルキアの意思に反して、ですね」

「詳しくは私もわからないけど、ロキティスに(そそのか)されてたみたい。そのロキティス自身は、ゼノクルに唆されてたんだけどさ」

「ティトーヴァ・ヴァルキアの姫様に対する執着心を心配するよう仕向けられたのかもしれません」

「どういうこと?」

「当時、ティトーヴァ・ヴァルキアは皇太子でした。姫様のためなら帝位を捨てる可能性もあったので、彼は、それを心配したのでしょう」

 

 フィッツの口調は、淡々としている。

 自らの「死」を聞かされても、感情に揺らぎはないようだった。

 まったく、なんとも思っていない。

 心は痛むが、キャスは、それを受け入れることにする。

 

「でもさ、それってベンジーが勝手に動いたってことだよね」

「確実に、独断ですね。しかし、なぜロキティス・アトゥリノは、彼を唆す必要があったのでしょう?」

「それは、よくわからない。ロキティスが、私を殺したがってたのは、間違いないけどね。ディオンヌを使って、私を殺そうとしたけど、失敗したから、ベンジーを使おうとしたのかも」

 

 あの坑道で、フィッツはキャスのためにディオンヌに(ひざまず)いた。

 そういう数々の記憶と思い出を、キャスは封印する。

 どれもが行き止まりに進む道だったのだと、そう思ったからだ。


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