つもりで実現できはせず 1
思った通り、カサンドラは率直な性格をしている。
言葉遣いも変え、言いたいことを言っていた。
あんなふうに自分の間違いを、ずばっと指摘されたのは初めてだ。
カサンドラに言ったように、耳には痛かった。
だが、清々しい気分になっている。
「殿下、本当によろしいのですか?」
「ドアは直させたのだろうな?」
「それは手配しておきましたが、そうではなく……」
ベンジャミンの言いたいことは、わかっていた。
皇太子に対しての侮辱を許せないと感じているのだ。
ベンジャミンは忠誠心に厚い。
上下の関係となりはしたが、友でもある。
「彼女は、俺に本音で語る。それが良いのだ。皇太子妃としての資質がある」
「そうでしょうか? あのような乱れた言葉遣いはすべきではありません」
「それは、どうとでもなるさ。忘れたのか、ベンジー。彼女は、言葉の使い分けができるのだぞ。俺と2人だけの時なら、なんら問題ないだろう?」
「しかし……」
「あまりクドクド言うと、お前も締め出すことになる。それでもいいのか?」
ベンジャミンが口を閉じた。
納得はしていないのだろうが、締め出されるのは本意ではないのだ。
ベンジャミンは、ティトーヴァの警護を誰よりも重視している。
ティトーヴァも弱くはないのだが、信頼のおける者に背中を託して戦うほうが、楽なのは間違いない。
「なぁ、ベンジー。俺は、常に皇太子でなければならない。それはわかっている。だが、気兼ねのないつきあいをしたいとも思う」
「それができる相手はカ……妃殿下だけだと仰りたいのですね」
「そうだ。カサンドラは俺の妻となる。隣にいる相手に懐を見せられるのは、心地良いではないか」
母はティトーヴァを放り出して死に、父はティトーヴァを認めずにいた。
そういう中で、今もって「愛」には否定的だ。
だとしても、カサンドラは特別な存在に成り得ると感じる。
彼女の前では、皇太子でいなくてもいい。
皇太子だからといって、カサンドラは容赦などしないのだから。
「あれは平民の言葉でしょうか?」
「おそらくな。馴染みのない言葉遣いだったが、面白いものだ」
「殿下が、そう仰るのなら我慢いたしましょう。私は少しも面白いとは思いませんでしたが、しかたありません」
本当に、しかたなさそうに、ベンジャミンが溜め息をついた。
渋い顔をしている姿に、笑ってみせる。
「そうだ、しかたがないと諦めろ。俺は、彼女が気に入った」
母親同士のことは、自分たちには関係ない。
カサンドラは、カサンドラなのだ。
もとより母親とは切り離して考えるのが筋だった。
親子であっても別人格だと、ティトーヴァは知っている。
父である皇帝とは、永遠に分かり合える気がしない。
自分も父とは別の価値観を持っているのだ。
カサンドラとフェリシアを同一視していたこと自体が間違いだった。
見た目だって似ていないし。
元ラーザ国出身の者は、薄金色の瞳に茶色の髪の者が多い。
アトゥリノに銀や青の瞳の者が多いのと同じだ。
リュドサイオには、セウテルのように水色が多かった。
それらの特徴により、だいたいの出身地がわかる。
「そういえば……カサンドラの従僕は元ラーザの国の者だな」
「はい。確か、フィッツと呼ばれていたかと存じます」
「フィッツか……あの者だけで、彼女を警護できるとは思えん。すぐに警備を強化しろ。アトゥリノの国王は、ディオンヌを皇后にと考えているはずだからな」
ティトーヴァは、これまでディオンヌに優しく接してきたし、守ってもきた。
だが、一線は引いていたつもりだ。
従姉妹として扱い、皇太子妃の話などは、いっさいしていない。
それには、ディオンヌの父であり、アトゥリノの国王でもある、ティトーヴァの叔父が関係している。
叔父は、強固な後ろ盾と言えなくもないが、危険な存在でもあった。
叔父が帝位に欲を持っているのは、わかっている。
いつ簒奪を目論むか知れない相手なのだ。
ただでさえ、3つの王国の序列1位であるアトゥリノに、これ以上の力を持たせたくなかった。
だから、ディオンヌを従姉妹以上には扱わずにいたのだ。
とはいえ、叔父は条件なしに、ティトーヴァを帝位につかせる気はないだろう。
ディオンヌを皇后として隣に置き、自らは後見人としての立場を手にいれる。
そうして、様々なことに口出しをするつもりなのだ。
もしくは、ティトーヴァを殺して、帝位を簒奪するか。
いずれにせよ、カサンドラが狙われることは、容易に想定できる。
「俺が無関心だったから今まで無事でいられたのだろうが……いや、ディオンヌのしていたことを思えば、無事とは言い切れんな」
吹けば飛びそうなボロボロの小屋。
まともな食事ができていたのかさえ、わからない。
服も、メイドより質素なものだった。
ただ、ドレス姿のカサンドラより、なぜか魅力的に見えた。
彼女は、今までどのような暮らしをしていたのだろう。
日々を、どんなふうに過ごしていたのかが、気になる。
ティトーヴァは「本物の」カサンドラを、ほとんど知らない。
ドレスや宝飾品には興味がなさそうだ、とは思うが、それだけだ。
(フィッツ……あの従僕は、ずっと彼女とともに暮らしているのか)
薄金色の瞳の男。
元ラーザ国の民であることからも、カサンドラに信頼されているに違いない。
なんだか胸がざわつく。
いったい、いつから彼女の傍にいたのかも気になった。
カサンドラが自分に無関心なのは、フィッツの存在があるからだろうか。
もし2人が「恋人関係」にあったら。
ひどく不愉快な気分になる。
カサンドラは、自分の婚約者なのだ。
仮に「恋人関係」だったとしても、フィッツは、ただの情夫という扱いになる。
皇族や貴族の女性が情夫を持つのは、めずらしくはない。
夫も側室だの愛妾だのを囲い、場合によっては子を成すこともあるからだ。
ただし、血筋の問題で女性側が不義により血筋にそぐわない子を成せば「姦淫」という重い罪が課される。
それでも、子ができさえしなければ、問題にされることはなかった。
が、しかし、どうにも気に食わない。
ティトーヴァは、真面目な顔でベンジャミンに問うてみる。
「カサンドラと、あの男は親密な仲だと思うか?」
「それは有り得ません、殿下」
「なぜだ? 俺と婚約する以前からのつきあいなのだろう?」
「そのようですが、有り得ないのですよ」
やけにベンジャミンが、はっきりと言い切ってきた。
カサンドラの実情を、ベンジャミンは以前から知っていたことを思い出す。
事前に、なんらかの情報を持っていたようだ。
「理由を教えろ」
「ディオンヌ王女様付きのメイドに、ハンナという者がおります。その者が、奴に誘いをかけたらしいのですが、あっさりと断られたそうです」
「それこそ、カサンドラと恋仲だからではないのか?」
「いいえ、殿下。奴の生殖機能が用を成さないからです」
一瞬、言葉の意味がつかめなかった。
しばしの間のあと、理解が追いついてくる。
途端、スッと肩から力が抜けた。
「そうか。ならば、情夫にはなれんな」
「なれませんね」
情夫を許すべきかどうか。
わずかにも悩んで損をした。
「王女様は、お綺麗な体で、正式な妃殿下となられるでしょう」
「そういう言いかたはよせ。俺が彼女に望んでいるのは、そういうことではない」
はずだ。
たぶん。
おそらく。
なにか変な葛藤が、ティトーヴァの胸にうずまく。
さっき戻ったばかりだというのに、すぐにも、あのボロ小屋に行きたくなった。
カサンドラとの距離を縮めたいと、気が急いている。
せめて「無関心」の枠から外れたい。
(不思議なものだ。期待されるのが煩わしいと感じていたが、実際に無関心になられると、関心を買いたくなる。本物の彼女は……凛としていて、美しい……)
おどおどしながら、期待した目つきでティトーヴァを見ていたカサンドラなど、吹き飛んでいた。
あれは「偽りの姿」だったのだと、ティトーヴァは結論づけている。
(彼女は、俺の婚約者……つまり、俺のものだ。それは、カサンドラも認めざるを得ないだろう)
皇命には誰も逆らえないのだ。
皇太子であるがゆえに、そう考えてしまう。
カサンドラとの関係を修復する時間は、たっぷりあるのだ、と。




