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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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探り探られ 1

 魔物の国は、ざわついている。

 なにしろ帝国から「使者」が来たのだ。

 昨日の昼に連絡が入ってから、ガリダも、その話でもちきりになっている。

 

「え? 行かないの?」

「行きません」

 

 ザイードの部屋に、今夜はキャスとフィッツ、それにノノマとシュザがいた。

 シュザは、使者の第一報を受けたからか、気になっているらしい。

 追加で入ってきた情報を、ファニ経由でイホラから受け取っていた。

 それによると、今度の中間種は「(つの)」があるという。

 

(コルコとの中間種ってことだよね。アヴィオは複雑だろうな……)

 

 コルコだけは、ほかの種族とは事情が異なる。

 コルコの中間種は、すなわちアヴィオの血統なのだ。

 アヴィオの祖父が交渉により差し出したのは身内だった。

 ほかの種族のように、誰彼構わず(さら)われたのではない。

 

「行かないって、なんで?」

「顔が割れるからであろう」

(おさ)を隠すということにござりまするか?」

「なぜ、さようなことをせねばならぬのです?」

 

 キャスは、ザイードの言葉に、なるほどと思っている。

 が、ノノマとシュザは、わからなかったようだ。

 人型に変化(へんげ)した姿で、首をかしげていた。

 全員が正座する中、フィッツが答える。

 

「使者を殺すつもりはないからです」

「さようなことは、考えてもおりませんでした」

 

 シュザが、いよいよわからないといった顔になった。

 使者を殺さないということは、生かして帰す、ということになる。

 使者は、その役割から通信機をつけているだろう。

 間接的にではあっても、人間側との1次交渉は、それだけで事足りる。

 つまり、生かして帰さなくても、交渉自体は成立するのだ。

 

「余には、殺さぬ理由のほうがわからぬがな」

 

 ザイードが、キャスの予測を肯定するように言った。

 殺すとの発想がなかったらしきシュザは、驚いている。

 対して、ノノマはザイードと同じ心境のようだ。

 不快と不可解が混じっているのか、軽く尾が左右に揺れている。

 

「使者を殺したら、人間は出て来なくなるよ。それを理由に、通信での交渉を要求されたくないんでしょ?」

「その通りです、姫様」

「警戒心を持たせ過ぎるのを()けるためにござりまするね」

「まぁ、そういうことだね。使者を殺すようじゃ、交渉の場で自分たちも殺されるかもしれない、だから通信でしかやりとりはしないって言われるとなぁ」

 

 殺してしまえば、相手に直接対話を避ける理由を与えてしまう。

 実際に「使者を殺した」との事実を突きつけられると、反論できなくなるのだ。

 交渉の余地がないのなら、それでもいい。

 だが、交渉の余地を残しつつ、優位に立ちたいというのが、本音だった。

 

「ですが……今は我らのほうが有利ではござりませぬか。停戦なぞせずとも良いと思えてなりませぬ。単に、同胞を返さねば攻撃すると、脅してはならぬのでござりましょうか? あちらは言うことを聞くしかござりませぬゆえ」

 

 ノノマの言うことも、わかる。

 こちらが有利なうちに、相手を制圧するのは、ひとつの手段ではあるのだ。

 とはいえ、それには大きな問題がある。

 ノノマは、人の「無慈悲さ」を知らない。

 

「ノノマさん、もし目の前に純血種のガリダがいても、そのものごと攻撃を仕掛けられますか? 確実に殺してしまうとわかっていて、ですよ?」

 

 ノノマが、狼狽(うろた)えたように、瞳孔を拡縮させている。

 隣でシュザも、オロオロしていた。

 ザイードは腕組みをし、目を伏せている。

 

「人は、さような生き物よな」

「戦争をしているのですから、卑怯もなにもないでしょう」

「そうだの。向こうも生き残るため、打てる手は打ってこねばなるまい」

「魔物と異なるのは、こちらが人質を取ったとしても、向こうは平気で見捨てる、というところです。助けられるのであれば助けるでしょうが、戦時ですからね」

 

 元の世界での戦争がどういうものであったか、キャスは知らない。

 だが、この世界で、帝国がどう判断するかは想像がつく。

 多くの帝国民を救うためなら、少数を切り捨てるという道を選ぶ。

 キャスも、そう感じていた。

 

「我らは、奴らの盾として同胞が引き出されれば攻撃を躊躇(ためら)う。奴らとて、無策で戦に臨むことはせぬ。攻撃する手立てが、まったくないわけでもない」

「おそらく壁の周りに兵を配置し、無人機で外の様子を監視しながら、遠距離での攻撃を仕掛けてきます。外には、あなたがたの同胞を立たせるかもしれません」

「それでは交渉なぞする意味がありませぬ! その策を使えば、我らを抑えこめるではございませぬか!」

「シュザ、それは交渉の余地がないと判断した時のことだよ。長期戦になるのは、向こうだって困る。いつ攻めて来るかわからない相手を待つのは大変だからさ」

 

 人質を盾にするのは、ある意味、最後の手段だ。

 そうするしかない時に限られている。

 壁の周りに兵を配置するとなると、人員も費用も莫大なものになるだろう。

 なにより長期戦になれば、兵が疲弊する。

 

 こちらにはこちらの、向こうには向こうの弱味があった。

 それでも、現状、こちらが有利なのは間違いない。

 少なくとも、帝国は本気で「停戦」を望んでいると推測できる。

 強硬策を取るよりも、時間を稼ぎ、地盤を整えたいのだ。

 

「それで、その……長が出向かぬというのは……」

 

 ノノマは、ちょっぴり、しゅんとなっている。

 考えが浅かったと、自分を恥じているのだろう。

 だが、それはしかたがないことだと思った。

 魔物と人は、2百年もの間、干渉せずに生きてきたのだ。

 互いに、相手のことを知らない。

 

(貴族は、どうだかわからないけど、普通の民の中には、魔物と上手くつきあえる人たちも、いるはずなんだよね。知らないから怖がったり、そういう相手だって、教わってるから、見下(みくだ)したりしてるだけなんだよなぁ)

 

 魔物の国も同様だ。

 ノノマやシュザは、人を知らずに生きてきた。

 なのに、憎悪だけは受け継がれていた。

 人にしても魔物にしても、幼い子供たちから意識を変えていけば、将来的には、普通につきあえるようになれるだろう。

 

(でも、現実として理想論じゃ戦争は回避できない)

 

 ティトーヴァの目標は「聖魔と魔物の絶滅」なのだ。

 そんな目標を掲げている相手に、理想論を語っても意味はない。

 むしろ、足元を見られ、つけ込まれる隙になる。

 百年後、2百年後には、どうなっているかはともかく、今は無理だ。

 

「使者を生かして帰すと、少なからず、こちらの情報が漏れます。最も知られたくないのは、長の存在なのですよ。彼らは種族の中でも大きな力を持っていますし、統率力もあります。知られれば、相手は、長を狙ってくるでしょう」

「この間の攻撃で、ダイスはともかく、アヴィオとナニャは大丈夫かな?」

 

 追尾弾では、無人の偵察機が使われていた。

 映像に撮られていたはずだ。

 その不安を、フィッツが軽く否定する。

 

「問題ありません。実際に指揮を執っていたのは、彼らではなく姫様でしたから。ティトーヴァ・ヴァルキアなら、指揮官が別にいたことに気づきますよ」

「なんか褒めてるみたいだね」

「褒めてはいません。事実です」

「余も、フィッツに同感ぞ。あの皇帝であれば気づくであろうな」

 

 キャスは、ティトーヴァの評価の高さに、顔をしかめた。

 頭はいいのかもしれないが、人格は評価できないからだ。

 無駄に意志が強いのも、いただけない。

 フィッツを敵認定していることもある。

 

(元はと言えば、私のせいだっていうのはわかってる。私が、あいつの興味を引くようなことをしたのがいけなかったんだ。でも、もうちょっと聞く耳を持っててもいいんじゃないの? あんな調子だから、魔人に騙されるんだよ、コロっと……)

 

 ゼノクルは、ティトーヴァの性格を利用し、上手く立ち回っていたのだろう。

 罪は、すべてロキティスにかぶせ、ティトーヴァも、それを信じた。

 あげく、ゼノクルが死んだので、フィッツへの憎しみを強めているに違いない。

 思うと、嫌な気分になる。

 

(フィッツもザイードも、あいつが頭いいって言うけどさ。魔人のほうが1枚上手(うわて)だったってことじゃん。まぁ、その魔人はやっつけたんだから、いいか)

 

 限りなくゼロに等しいが、停戦中に、ティトーヴァが変わる可能性もあるのだ。

 それに、変わらないまでも、フィッツへの憎しみを軽減することはできる。

 停戦中、何度か話し合いの機会は持たれるだろうし、時期を見計らって、自分が話すことも考えていた。

 今は、そんな気持ちにはなれないし、本当は顔も見たくないが、しかたない。

 フィッツを守るためだ。

 

「皇帝というのは、あの金色髪の者のことにござりまするか?」

「そうだよ、ノノマ」

 

 ノノマは、開発施設でのことを見ている。

 フィッツたちが戦っている姿も、時々、見えていた。

 

「フィッツ様の使うておった武器と、似たものを使うておったような……それほど手強い者にござりましたか」

「魔人がおらねば、仕留められておったかもしれぬがな」

「どちらかを選ぶ必要があったので、しかたがありません」

「お前でも、魔人の動きは読めぬか」

「情報が、ほとんどないので」

 

 その言葉に、少し引っ掛かりを感じる。

 魔物の国に来たゼノクルには、かなりのダメージを与えた。

 なのに、開発施設に現れたゼノクルは、元気だったのだ。

 

「あのさ、本当にゼノクルは死んでた? 生きてるってことはないよね?」

「間違いなく殺しました」

「余も見ておったが、あれは死んでおる。魔力が消えるのも確認したのでな」

「そっか……なら、いいや」

「なにか気になることでも?」

「うーん、あいつには聖者がついてるから、少しでも息があれば、元に戻ってるんじゃないかって思ったんだよ」

 

 聖者の力はファニの「癒し」とは異なり、あらゆる傷を「治す」ことができる。

 それが心配だった。

 

「それは、有り得ませんね。頭を撃ち抜いたので、確実に死んでいます」

「人の体がなきゃ、どうしようもないか」

 

 ラフロも、そんな感じのことを言っていたのを思い出す。

 うなずいてみせると、今度はフィッツがキャスに聞いてきた。

 

「ナニャさんには先に伝えているのですが、交渉の場に長は出ないということで、よろしいですか?」

「わかった。あれ、でも、ザイードは? もう姿を見せてるよね?」

「ザイードさんは、いいのです」

「なんでさ? ザイードは、ガリダの長なのに」

 

 ザイードは龍になれるからいいのかと思うキャスに、フィッツが軽く言う。

 

「ザイードさんは、私に使役されていると思われていますので、問題ありません」


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