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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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等価の対極 1

 魔物に攻撃された日から、1ヶ月。

 帝国本土の施設は、復旧が進んでいる。

 開発施設は、中枢機関の制御が移管されていたため、情報ともども無事だった。

 罪人ではあるが、それだけはロキティスの用心深さに感謝している。

 

 問題は、リュドサイオだ。

 完全に地形が変わってしまった。

 魔物の国側にせり出していた三角の部分が切り取られたような形になっている。

 その辺りが、地下5百メートルにもおよび陥没しているのだ。

 

 施設は完全に倒壊。

 中にいた兵ごと陥没した穴の底に埋まっている。

 この1ヶ月で、手をつけられた場所は、ほんのわずかだった。

 もとより崩れ易い土地柄だ。

 大掛かりなことをすれば、別の場所に影響が出る。

 

 連鎖的にリュドサイオ本土にも被害を出しかねないので、調査をしながら地道に作業を進めるしかない。

 今のところ取り戻せたのは、発射台と、その近辺にいた者の遺体だけだ。

 複数あった格納庫の中でも、最も深い場所に造られていたため、格納庫そのものに耐久性があり、壁や天井が抜けていなかった。

 だから、土に埋まりながらも、そのまま残っていたのだ。

 

(あれから1ヶ月。そろそろ動かなければならん)

 

 ティトーヴァは執務室にいる。

 1ヶ月前とは違い、その机に雑多な書類はない。

 机の前に、セウテルが立っている。

 かなり落ち着きを取り戻していた。

 

 ゼノクルの葬儀は、半月前、帝国で行われている。

 案の定、リュドサイオ側から反対の声が上がった。

 それだけではなく、帝国本土の貴族たちからも、異議が唱えられたのだ。

 

(セウテルは、本気で兄を敬愛していた。縁者どもは知らずにいたようだがな)

 

 ティトーヴァは、まず帝国本土の貴族を、片端から粛清した。

 ゼノクルの葬儀に対し、簡単に意義を唱えた貴族たち。

 従わなかったからではなく、自分を皇帝として認めていないと判断したのだ。

 皇命に逆らっているとの意識もないなど言語道断。

 

 叛逆者として家長は死罪、爵位を剥奪した上、家族や縁者は属国に放逐させた。

 抵抗を示した家は、家族どころか使用人もろとも皆殺しにしている。

 ティトーヴァは、彼らに釈明もさせず、なんの猶予も与えなかった。

 

 皇命に異を唱える者は帝国民ではない。

 

 その、ひと言で大鉈を振るったのだ。

 ティトーヴァ自らが、親衛隊と近衛騎士隊を率いた。

 帝国騎士団は、アルフォンソに言いつけ、各属国の抑止に向かわせた。

 

 帝国騎士団の高位騎士には、貴族出身の者が多い。

 粛清となれば、黙って見過ごしにできない者もいただろう。

 要は、邪魔をしそうな者たちを、追いはらっておいたのだ。

 情報統制は親衛隊が行っていたので、粛清については帝国騎士団の耳に入らないようにもしていた。

 

 親衛隊は、そもそも「皇帝」直下となっている。

 人員は、前皇帝の頃と、ほとんど同じ。

 隊長であるセウテルへの思い入れの強い者が多かった。

 ゼノクルの死を、直接、目にした者もいる。

 

 近衛騎士隊は、ティトーヴァが皇太子の頃からのつきあいだ。

 ともに訓練をした仲でもあった。

 そして、こちらもベンジャミンが指揮を執れなくなって以降、ゼノクルの指揮下にあったと言える。

 ゼノクルを慕っていた者も多かった。

 

 どちらに所属する騎士であれ、ゼノクルの葬儀に反対を示す貴族に、良い感情を持っているはずがない。

 ティトーヴァの「粛清」との言葉に、全員がうなずいている。

 反論を唱えるような貴族たちは、帝国に対しての忠誠心も低かったのだ。

 

(父上は、それも見越しておられたのだな)

 

 粛清対象の貴族から、親衛隊に選ばれた騎士はいなかった。

 近衛騎士隊には、わずかにいたが、彼らは少しの迷いもなく家名を捨てている。

 先発隊として魔物の国と戦い、ゼノクルに救われた者もいたからだ。

 たった1人の人間が、大勢の騎士たちの心を動かした。

 

 自分も、同じだとティトーヴァは思う。

 ゼノクルの死がなければ、これほどのことはできなかった。

 

 結果、帝国本土の粛清に費やした期間は3日。

 50ほどあった貴族の家のうち、3分の1が消えている。

 葬儀について議題に上げた時には、すでに決めていたのだ。

 異論を口にする貴族を粛清すると。

 

 その次が、リュドサイオだった。

 

 帝国で行われた大規模な粛清後、ティトーヴァが直接に出向いている。

 忠誠心を問い、皇命に逆らった罪を命で(あがな)えと、現国王に迫ったのだ。

 同行したセウテルは、無言を貫いた。

 父親の擁護など一切せず、むしろ、当然という顔で立っていたのを覚えている。

 

 セウテルは、15歳まで、周囲の評価と己の力が同等だと思っていたらしい。

 が、ゼノクルが剣と銃を扱う姿を偶然に見てしまい、愕然としたという。

 

 『ならばと、1度だけチェスの相手をしていただいたことがあるのですが、あっという間に、負けてしまいました。武力でも知力でも、兄上は私などより、優秀であったのです。ですが、それをひけらかすことなく、常に隠しておられました』

 

 出自のこともあったし、無用な諍いを()けるためだったのだろうと、セウテルは話していた。

 ゼノクルに物事の全体を俯瞰して考える「器」があったことは、ティトーヴァも知っている。

 

(良い兄弟であったのだ。互いに互いを思いやれるような……)

 

 貴族や王族というのは、とかく近親者であっても諍い合うものだ。

 後継者問題で身内を殺す者さえいる。

 だが、ゼノクルとセウテルは違った。

 互いを妬んだり、恨んだりせず、異なる立場で帝国を支えようとした。

 

「リュドサイオは、どうだ?」

「叔父を後見としたことで安定しております、陛下」

「お前の末弟は、18歳とまだ若いからな」

 

 ティトーヴァは、リュドサイオという国は見ていても、個別で人を判断するには至っていない。

 セウテルが、その末弟を推したため、その意見を取り入れている。

 セウテルの父の兄を後見人としたのも、セウテルの提案だ。

 

「叔父は、陰ながらではありますが、兄上を支援しておりました。父にも、葬儀のことでは意見をしていたようです。父は聞く耳を持たなかったでしょうが」

「民からの反発はないか? 結果的にはリュドサイオの領地が減ったも同然だ」

 

 地形が変わった辺りは、軍の施設があり、民家はない。

 だが、領土全体で見れば、土地が減ったことにはなる。

 

「税の変動がなかったためでしょう。民からの反発はありません。陛下が、兄上の葬儀を帝国で行ってくださったので、風向きも変わっております」

「今さらだが、ゼノクルの評価を高められたのだな」

「私としては腹立たしくもありますが……半ば英雄扱いされております」

「死してなお(とが)められるよりはいい。が、まぁ、俺もお前と似たようなものだ」

 

 魔物から帝国を守ったと、ゼノクルは英雄扱いされているのだろう。

 生きている間は嘲り罵っていたくせにと思うと、その身勝手さに辟易する。

 しかし、自分も同じだと、自嘲してもいた。

 ゼノクルが生きているうちに、動いておくべきだったのだ。

 

 現状、帝国は安定を取り戻しつつある。

 リュドサイオもだが、アトゥリノにも新たな王を据え、体制を整えた。

 アトゥリノの新たな王は、傍系から選んだ。

 ティトーヴァの叔父には、7人もの王子がいたが、ロキティスの罪状を鑑みて、同じ家系の者を選ぶことはしなかった。

 

 どうせ(ろく)でもない奴ばかりに決まっている。

 

 叔父は帝位簒奪(さんだつ)を企てていたし、その叔父は娘に毒殺され、息子は叛逆。

 一連の流れからも、傍系からの王としたことに、民は納得していた。

 アトゥリノの財が取り上げられることさえなければ、誰でも良かったのかもしれないが、それはともかく。

 

(国という意味で考えれば、デルーニャが賢かったことになるな)

 

 日和見のデルーニャ。

 そう呼ばれても平気でいられる面の皮の厚さ。

 直轄国の2つが問題を起こす中、デルーニャは平和を維持している。

 外でなにが起きようと関りがないとばかりだ。

 

 アトゥリノとリュドサイオがどうなろうが、デルーニャは知らん顔をしている。

 落ち着いた頃を見計らい、また日和るのだろう。

 有利不利の差が明確であれば、有利なほうにつく。

 それ以外は、見て見ぬ振り。

 

 結局、それが、1番、賢いやりかたなのかもしれない。

 実際、デルーニャには、大きな影響は出ていないのだ。

 ゼノクルの葬儀についても、デルーニャは「皇命」だと正しく受け止めていた。

 異議を唱える者たちの中、デルーニャの国王は黙っていたのだから。

 

「……どうした? なんだと?!」

 

 室内に、セウテルの声が響く。

 緊急の連絡が入ったらしい。

 顔色が変わっている。

 

 また魔物が攻めて来たのかと、ティトーヴァの体に緊張が走った。

 こちらには打つ手がないが、魔物側は、いくらでも攻撃を仕掛けられるのだ。

 ティトーヴァからすれば、無差別の攻撃をしてこないのが不思議なくらいだった。

 思うティトーヴァに、セウテルが、パッと顔を剥ける。

 

「陛下、ただいま、サレス卿が目を覚まされたそうにございます!」

「ベンジーが……っ……」

「はい、医療室より連絡がまいりました!」

 

 ゆらっと、イスから立ち上がった。

 一瞬、止まっていた思考が動き始める。

 最近はなくなっていた喜びが胸に広がった。

 

「行くぞ、セウテル」

 

 言うなり、駆け出す。

 後ろをセウテルと、数人の親衛隊が走っていた。

 1年近く瞬きひとつしなかったベンジャミン。

 見舞いに行くたび、心が痛んだ。

 

 医療管理棟に駆け込み、その勢いのまま、医療室に飛び込む。

 多くのアトゥリノ兵が、未だ目覚めず、ベッドに横たわっていた。

 その中で、ただ1人、体を起こしている者がいる。

 

「ベンジー……っ……!」

 

 ベンジャミンの銀色の長い髪が揺れた。

 緑の瞳にも「感情」がある。

 ティトーヴァは駆け寄り、友人の体を抱きしめた。

 

「良かった……本当に良かった……お前が戻って来て……」


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