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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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納得すれども割り切れず 1

 フィッツは、家の戸口を正面にして座っている。

 右の膝を立て、その上に右腕を乗せていた。

 左膝は横にして床に置いている。

 胡坐を崩したような格好だ。

 

 熱源を確認する装置で、隣にいるカサンドラが眠っていると認識していた。

 周囲に危険がないのも確認している。

 (おさ)たちは、それぞれの領地に帰り、夜は静かだ。

 なのに、どうにも落ち着かない。

 

 カサンドラの「怪我」に気づかなかったからではなかった。

 彼女が、それを隠していたからだ。

 ほかに気になることもある。

 それを訊けずにいることが、フィッツ自身、引っ掛かっていた。

 

(姫様が隠しておられるのは、怪我だけではない)

 

 隠すには、隠すなりの理由がある。

 自分が問い(ただ)す立場にないのも、自覚していた。

 なにか「そうしなければならない」理由があるのだ。

 わかっているはずなのに、ともすれば訊きたくなる。

 

 怪我を隠していたのは、なぜなのか。

 

 信用されていない、というのが、最も近い理由だと思えた。

 カサンドラは作戦中「信じている」と言ってくれたが、結果が伴わなかったのであれば、逆に信用を失ったはずだ。

 現に、彼女は、フィッツに話していないことがある。

 

 ベンジャミン・サレス。

 

 皇帝の(そば)にはいなかった。

 その上、皇帝は、フィッツの身に覚えがない話をしている。

 適当に話を合わせたが、内容はフィッツのあずかり知らないことだ。

 とはいえ、その言葉の節々から、推測はできた。

 

 おそらくベンジャミン・サレスは「壊されて」いる。

 

 どの程度だったかはともかく、それができるのはカサンドラだけだ。

 皇宮にいた当時、あの力は使わない、と言っていた彼女が使ったとするならば、相当に追い詰められた状況であったことが、うかがい知れる。

 どうしても使わざるを得ないような、なにかがあった。

 

 しかし、なぜベンジャミンだったのかが、わからない。

 ベンジャミンは皇帝の側近だ。

 皇帝の意思に反するような真似をするとは思えなかった。

 カサンドラに良い感情をいだいていなかったとしても、皇帝が望む限りにおいてカサンドラはベンジャミンの守るべき対象となる。

 

(姫様は私とはぐれてから、ラーザに向かったと言っていた。そこをアトゥリノの兵に囲まれ、壁を越えて逃げたのだと)

 

 その後、魔獣に襲われていたところを、ザイードに助けられたのだという。

 以来、魔物の国で暮らしていると聞かされていた。

 

(姫様を助けるという名目で、ロキティス・アトゥリノが魔物の国の襲撃を企て、結果として、敗北に終わった。ロキティスを(そそのか)したのは魔人だろうが……)

 

 もしかすると、ベンジャミンはロキティスに唆されたのかもしれない。

 どんなに腕が立つ者であれ、騎士は騎士なのだ。

 謀略とは離れたところにいる。

 だいたい、あの皇帝の側にいれば、戦略や知略を行使する必要すらない。

 

(しかし……彼が皇帝を裏切るなど有り得るだろうか……)

 

 皇宮のボロ小屋に、皇太子だったティトーヴァとともに、ベンジャミンもついて来ていた。

 思い返してみても、ベンジャミンの忠誠心に偽りはなかったと断言できる。

 それでも、現実は現実だ。

 ベンジャミンは、カサンドラによって壊された。

 

(なぜ姫様は話してくださらないのか。過ぎたことを話しても無意味だが……)

 

 自分がいなかった時間を、彼女は、どう過ごして来たのだろう。

 もっと細かく状況を訊いておきたい気持ちがなくならない。

 こんな感覚は、ティニカとしては不要だ。

 過ぎたことより、これから起きることに備えるべきだった。

 フィッツは、軽く頭を横に振る。

 

(話さないというのが、姫様の意思だ。私が訊くべきことではないな)

 

 事実は、カサンドラだけが知っているが、訊くことはできない。

 いくら推測の域を広げても、事実にはならないのだ。

 フィッツの思いたい「真実」を、事実と誤認したくはなかった。

 それでは、カサンドラの嫌う「馬鹿」と同じになる。

 

 カラ。

 

 小さな音に、少しだけ体を緊張させた。

 立ち上がって身構えるほどではない。

 カサンドラの部屋とは反対にある、ザイードの部屋の戸が開いたとわかっている。

 

「お前は、いつ寝ておるのだ」

「それなりに」

「さようか。動けるのであればよい」

 

 ザイードが、フィッツの隣に座ってきた。

 フィッツは、戸口から視線を外さずにいる。

 侵入者がいれば、すぐに対処できるように、だ。

 ここで暮らすようになってから、1度もないが、それはともかく。

 

「キャスは、よう寝ておるか?」

「睡眠の深さで言えば、熟睡されておられますよ」

「眠れるようになったのだな」

「元々、姫様は、よく眠るかたです」

「人の国ではどうか知らぬが、ガリダで暮らしておる間、深い眠りについたことはなかったのだ。小さな物音でも目を覚ましておった。話し声でキャスが目を覚ますのではないかと思うてな。誰ぞと話す時には、外に出ておったものぞ」

 

 フィッツは、もう1度、カサンドラの様子を確認した。

 やはり眠っていると判断する。

 こうして話しているが、起きる気配はない。

 皇宮でも、こんなふうだったので、今まで気にしたことはなかった。

 

「環境が変わったことによるものでしょうか」

「かもしれぬな。人の国では、お前が(そば)についておったのだろう?」

「もちろんです。向こうは、ここより危険でしたからね。直接、命を害されることこそありませんでしたが、頻繁に毒を盛られていました」

「ここでは、キャスに、さような真似をするものはおらぬ」

「わかっています」

 

 魔物は、人に比べると、裏表が少ないと言える。

 内心を隠そうとしても瞳孔や尾などに動きが出てしまうせいかもしれない。

 ザイードのように上手く抑制できるものは多くなかった。

 どうせ隠せないのなら、隠そうとすること自体に意味がなくなる。

 なので、隠す意識が薄くなるのではないかと、推測していた。

 

「前に、人の国で良い暮らしぶりではなかったと言うておったな。キャスは、王族とやらではないのか? ラーザという国の……長のようなものだと思うておるが、なぜ良い暮らしもできず、毒を盛られるような暮らしをしておったのだ?」

「いろいろと事情があるのですよ」

「それは、キャスが中間種であるゆえか?」

 

 わずかだが、フィッツの心が揺れる。

 人は魔力を認識できず、外見から「中間種」かどうかの判断はできない。

 彼女の体には、魔力を隠す装置が埋め込まれていたので、問題はなかった。

 それでも、カサンドラの髪と目の色はめずらしくて、注意を引く。

 帝国にいた頃、色を変えていたのは、少しの疑念もいだかせないためだ。

 

 しかし、魔物は魔力が見える。

 壁から出るため、地下牢に行く前、カサンドラは魔力を隠す装置を壊していた。

 ザイードには、彼女の魔力が、はっきりと見えているはずだ。

 きっとフィッツの知らないことも知っている。

 

 フィッツが、女王から聞かされたのは、カサンドラが魔力を持っていることと、出自だけだった。

 それだって、詳細は知らずにいる。

 前皇帝キリヴァンとの婚姻が決まったあとで、男に乱暴されてできた子だとしか教えられていない。

 

 その男が、どこの誰なのか。

 どういう経緯だったのか。

 フィッツは訊いてもいなかった。

 カサンドラを守るうえでは、関係のない情報だったからだ。

 

「姫様が魔力を持っていると、人の国で知っている者はいません。ですから、そのことで差別を受けたということではありませんよ」

「そう言えば、お前の家系の者が、魔力を隠す機械を作ったのであったな」

「エガルベから聞いたのですね」

「ジュポナで、余に、同様のものを譲ってくれたのだ。壊してしもうたが、あれは見事なものであった」

 

 実のところ、ジュポナの件も、ざっくりとしか話は聞かされていなかった。

 同行したザイードのほうが、よく知っている。

 今後のためにも、訊いておくべきだろうか。

 カサンドラが話さないことを、ほかのものから聞いてよいものだろうか。

 フィッツの中に、逡巡が生まれる。

 

(迷うなど……あってはならない。ティニカは、そのために……)

 

 様々な訓練を受けさせるのだ。

 ヴェスキル王族のため、継承者のため、常に「最善」を選択するには、迷いなどあってはならないものとされていた。

 迷えば「最善」を見失い、(あるじ)を危険に(さら)す。

 

「キャスは、ジュポナに行ったことを悔やんでおろうな」

「なぜです? 情報が必要だったのですから、当然の判断ではないですか」

 

 もちろん自分が側にいれば、彼女自ら赴く必要はなかった。

 とはいえ、いなかったのだから、しかたがない。

 人の国が攻めてくると想定した以上、少しでも多くの情報を手に入れるために、カサンドラは戻らざるを得なかったのだ。

 

 それは、正しい判断であり、悔やむことではない。

 実際、最初の衝突で人を退(しりぞ)けられたのは、ジュポナで手にした情報と装置により有利に事を運べたからだ。

 と、フィッツは思うのだが、ザイードは首を横に振っている。

 見なくても、その気配が伝わっていた。

 

「間違っていたと結論しておるのではない。悔やんでおるのだ、フィッツ」

「間違っていなかったのであれば、悔やむことなどないはずです」

「お前や余のように、キャスは割り切れぬのさ。自分のとった行動が、ジュポナの同胞に犠牲を強いたのではないかと思うておる」

「ラーザの民は、姫様のために命を賭すことを犠牲とは思いません」

「たとえそうであったとしても、だ。割り切れぬと言うたであろう」

 

 フィッツは、ほんのわずかだが「割り切れない」思いを感じ取っていた。

 ゆらゆら揺れる紫紅の瞳を思い出す。

 気にしなくていい、問題はない、大丈夫だと言っても、彼女は不安そうにする。

 完全に理解したとは言い難いが、その瞳に「割り切れなさ」がある気がした。

 

「お前とて同じぞ。余ほど割り切れてはおらぬ」

「割り切るもなにも、私は、そういう判断はしません」

「しておるではないか。己の練った策が完璧であれば、キャスの手が傷つくことはなかったと悔いておろう? キャスが策を成功と見做(みな)しても、お前にとっての策は失敗であったのではないか? 誰に、なにを言われても割り切れはすまい」

 

 ザイードの言葉に、フィッツは返す言葉がない。

 自分の策が「最善」ではなかったとの思いが、消せずにいたからだ。


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