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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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戦果の収拾 1

 人の国に奇襲をかけた翌日。

 いつものごとく、ガリダの建屋に(おさ)たちは集まっている。

 並びも同じだ。

 ザイードは、キャスの後ろに立つフィッツに視線を投げたが、座る様子はない。

 

 なぜフィッツが立っているのか、理解している魔物はいないだろう、と思う。

 みんな、訊きはしないが、心の中で、首をかしげているに違いない。

 だが、これといった決まりもないので、無理に座らせる気もなかった。

 座りたくなったら、勝手に座ればいいだけのことだ。

 

 ザイードは、ひと通り、長たちの顔に視線を向ける。

 今日は、それぞれの前に、すでに茶が置かれていた。

 部屋の隅には、ノノマが「お茶出し」要員として、ちょこんと座っている。

 集まりの前に、キャスに頼まれ、ザイードが認めたのだ。

 ノノマもやりたがったので。

 

「今回は、皆、犠牲はない、ということでよいか?」

「一応、言っとくと、ルーポは、皆、ぴんぴんしてるぜ?」

「コルコは1体、負傷したが、ファニに癒してもらったからな。問題はない」

「イホラも、全員、無事だ」

「私たちは、いつも通り、なんともないわ」

 

 ザイードは、各自の答えに、うなずいてみせる。

 帰りが遅くなったものの、ガリダにも犠牲は出ていない。

 傷ひとつ負わず、帰って来ている。

 アヴィオたちのように、追撃されることはなかったからだ。

 

「向こうは、どのような状況か、わかるか、フィッツ」

 

 ザイードの背に乗っていたフィッツは、帰り際に「戦果」を確認していた。

 帝都から抜ける際、真東ではなく、北東の方角に進路を取ったのだ。

 眼下に、赤い炎が広がっているのを、ザイードも見つけている。

 その中で、建物も崩れていた。

 

「姫様、ご報告よろしいですか?」

「あ、うん。自由に話していいよ」

「では、報告いたします」

 

 全員の視線が、フィッツに集まる。

 ザイード以外、人型を取っているため、少し見上げる格好になっていた。

 フィッツは、逆に全員を見渡す状態だ。

 とはいえ、フィッツに自慢げなところはない。

 

「リュドサイオの施設は、完全に崩壊」

 

 ダイスの尾が、ふわふわっと小さく浮き上がった。

 抑えようとしているらしいが、喜びがあふれている。

 大きな仕事をやりきったのだから、当然だ。

 あとでキサラに自慢するダイスの姿が、簡単に想像できる。

 

「あの辺りは、もう使いものになりません。ミサイルも、ほぼ消失」

「ほぼ、というのは、どういう意味だ?」

「すべてのミサイルを、リュドサイオの施設に移動させてはいないのですよ。格納する場所もありませんし、帝国本土の守りも薄くなりますからね。魔物と戦争中に他国から攻撃を受けることも考慮しておかなければならないのです」

「身内にも、そこまで警戒してるっていうのか?」

「帝国は、多くの小国の集合体に過ぎません。他国は、所詮、他国。武力で頭を押さえられているだけのことです。その力が弱まれば、バラバラになっても、おかしくはありませんね」

 

 ダイスは興味がなさそうにしているが、ナニャとアヴィオは渋い顔をしている。

 魔物も同種族の「群れ」を大事にするところがあった。

 コルコが当初、人との戦に難色を示したのも、それが理由だ。

 群れを危険に(さら)したくない、というのは理解できる。

 

 壁ができる前、アヴィオの祖父が人と交渉をしたのも、コルコという群れを守るためだった。

 けして、人を利するためではない。

 ましてや、群れを優先し、同胞を攻撃するようなことは、けしてしない。

 国がなくなれば、コルコだって困る。

 

(元々の策は、それが狙いであったか。無差別に攻撃をし、民の恐怖を煽り、その怒りの矛先を帝国に向けさせる。守ってもくれぬ者に、頭を押さえつけられておる理由はないからの。さすれば、帝国は内側から崩れる)

 

 手っ取り早い方法であり、こちら側の犠牲は、ほとんど出なかったはずだ。

 なにしろ、人は、限られた者しか壁の外には出られない。

 壁の向こう側から無差別に攻撃されても、逃げ場がないと言える。

 守ってくれと帝国に訴えたところで、現状、帝国には守る手段がない。

 

 魔物が攻めて来るとの考えなく過ごした2百年。

 

 人の最大の強みである「技術」が、最大の弱味になる。

 キャスからも聞いていたが、開発には「時間が必要」なのだ。

 これまで、人にとっての外敵は「聖魔」であり、魔物ではなかった。

 そのため、魔物に対する有効な防衛手段はなく、今から開発をしていたのでは、到底、間に合わない。

 

 対して、魔物は、ちょっとした技術があれば事足りる。

 実際、フィッツが用意した通信や爆発物があれば、十分だった。

 壁があろうと関係なく、攻撃することができる。

 壁から出られない人間よりも、ずっと有利に立ち回れるのだ。

 

 そして、なにより結束が強い。

 

 帝国は、足元の心もとない崖に作られた家同然。

 足場を切り崩してしまえば、一気に落ちる。

 フィッツは、短期間で帝国を亡ぼすつもりだった。

 それは、きっとキャスのため、だ。

 

(だが、人の国にはキャスの同胞もおる……フィッツの同胞でもあるはずだが)

 

 フィッツは「ラーザの民」を同胞とは捉えていないかのような思考をしている。

 元来、人とは、そういうものなのか。

 帝国しかり、フィッツしかり。

 キャスは異なる考えを持っているが、それは中間種だからだろうか。

 

「それと、発射台は、最地下に格納されていたようですので、もしかすると使える状態で残っているかもしれません」

「発射台?」

 

 眉をひそめるナニャに、フィッツが軽くうなずいた。

 たいした問題ではないと捉えているようだ。

 

「移動式の発射台です。ミサイルを撃ち出すための装置ですね」

「なら、それを使って、残ったミサイルが撃ちこまれるってことになるんじゃないのか? すぐに、やり返されたんじゃ意味ないだろ!」

「そりゃあ、ねぇな。絶対にない」

「わかりもしないくせに、口を挟むな、ダイス!」

「うるせぇなぁ。お前は見てねぇから、わかんねぇんだよ、アヴィオ」

 

 ダイスは不機嫌そうに、尾をバサバサと揺らせている。

 その尾を、アヴィオが不快そのものといった顔をして、手ではらっていた。

 

「これを、見ろ」

「あ…………」

 

 ダイスが、懐から、キャスの作った地図の複製版を取り出す。

 小さな声を上げたのは、キャスだった。

 なにやら顔を、手で押さえている。

 

「帝国は、魚みたいな形してるよな。そんでもって、俺らが攻撃したのは、ここ」

 

 ダイスが指で、尾の上側の端を指さした。

 魔物の国との最短距離が取れる位置だ。

 

「俺らは、こっからここまで亀裂を作った。いいか、幅1キロ、距離5キロ、深さ5百メートルだ。つまり、この尾の先っちょは、もうねぇんだよ」

「幅が1キロじゃ……」

「お前さぁ、フィッツの話、ちゃんと聞いてたか? 断層っての? それを見分けられるって言ってただろ」

「詳しくは省略しますが、人の国が、あのような形になったことには意味があるのです。とくに、あの付近には、浅い場所に、断層がいくつもありました。もとより地面がズレ易い地形だったということですね」

「俺らの作った亀裂と、地下で起きた爆発。そのせいで、大きく地面がズレたってことだよな? なんだったっけ……れん、れん……」

「連鎖反応です」

 

 ザイードも、上空から見た景色だった。

 確かに、地形が変わっていた気がする。

 煙と炎で、よく見えなかったが、黒々とした空間があったのだ。

 ズレにより、地面に大きな歪みが出来ていたのかもしれない。

 

「結構、遠くまで音が響いてたんだぜ? だから、その発射台ってのを置ける場所なんかなくなっちまってるさ。ミサイルは、あの辺からしかとどかねぇんだろ? だったら、すぐにやり返されることはない。そうだな、フィッツ」

「仰る通りです」

 

 フィッツに肯定され、ダイスの機嫌が良くなったようだ。

 尾の揺れが、緩やかなものに変わっている。

 そのせいで、よけいにアヴィオの顔にかかっているが、それはともかく。

 

「それに、さっきも話した通り、他国への牽制のために、帝国は、ミサイルを温存せざるを得ません。とどかないとわかっているものを、あえてリュドサイオに送ることはしないでしょう」

「てことだ、わかったか。アヴィオ」

 

 なぜかダイスが得意げに言った。

 いつも「馬鹿」だと思われているので、言い返せて、よほど気分がいいらしい。

 その様子に、ザイードは苦笑いをもらす。

 人に先手を打てたのが、内心では、皆、嬉しいのだ。

 

 ここで気を緩めてはいけないと、感情を抑制していても、うっすら浮かれた空気が漂っている。

 ザイードにも、そういう気持ちがなくはない。

 

 長く、魔物は人には太刀打ちできないと思ってきた。

 虐げられてもしかたがないと諦めていたところもある。

 魔物が絶滅したとしても、それは自然淘汰なのだと。

 だが、違った。

 

(戦いかた次第。我らは、無知に過ぎたのだ。相手を知ろうともせず戦いに臨み、敗北した。壁がない時代であれば、人の国に行くこともできたというに)

 

 とはいえ、過去を嘆いても意味はない。

 それを教訓に、これからのことを考えるのだ。

 ちらっと、隣に座るキャスを見る。

 紫紺の髪に、紫紅の瞳の美しい女だ。

 

(ずっと、ここにおってほしいが……そうもゆかぬのだ……)

 

 キャスは中間種だが、人に近い。

 魔物よりも早く命が尽きる。

 キャスの命は、せいぜいあと50年ほどだろう。

 ザイードの残された命からすれば、3分の1程度。

 

 長い時間の中、変わらないようでいて、なにもかもが少しずつ変わっている。

 人との関わりかたがどうなるにしても、いずれキャスのいない日が来るのだ。

 少しだけフィッツを羨ましいと感じた。

 キャスと同じ時を生き、同じ頃に逝けることを。

 

「帝国本土の施設では、かろうじて施設内の損傷は免れたようですが、室外に設置された動力源の供給施設は壊滅状態と考えられます。動力源が誘発されて爆発した可能性が高いので」

「施設を破壊し切れなかったが、十分だったと?」

「十分以上の成果ですよ、ナニャさん」

 

 フィッツは、ザイードの感傷には無関心なのか、気づいてもいない。

 平坦な口調で、言う。

 

「追尾弾と長距離銃を使わせたのです。これ以上の成果はないと言えますね」




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