表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
236/300

残される者の心はいかばかり 4

 ぱちっと開いた目が、薄い灰色の天井を映している。

 上半身を起こすと、かけられていた上掛けが、するりと膝まで落ちた。

 首に手をあて、少し傾けてみる。

 気になるほどの異常はない。

 

「まだ、全然、馴染んでねぇわ」

 

 独り言ではなかった。

 ちゃんと話しかける相手がいる。

 

 ぴくぴくっと動いている三角の耳に、ひょこんと立てられた細い尾。

 

 寝ていたベッドの端から見えていた。

 じわっと顔を出した相手に、にっと笑ってみせる。

 

「よくやった、シャノン」

「ご、ご主人様……っ……」

 

 ぴょこんっと、シャノンがベッドに飛び乗って来た。

 抱きついてくるシャノンの頭を撫でてやる。

 ポケットから、オレンジが1個、ぽとりと落ちた。

 出掛けに持ち出したものだろう。

 2個は食べてしまったらしい。

 

「ちょうど喉が渇いてんだ。そいつを食わせてくれ」

「は、はい」

 

 ベッドの上に転がっていたオレンジを手にして、シャノンが皮を剥き始めた。

 リュドサイオの寝室にいた時と同じく、枕を背にあて、寄りかかる。

 周りは病人ばかりだ。

 なにを気にすることもない。

 

「ど、どうぞ」

 

 開けた口に、オレンジを、そっと入れるシャノンが面白かった。

 ここを出たら、満足するまで食べさせてやろう、と思う。

 なにしろ、シャノンは、よく働いてくれたのだ。

 おかげで、まだ人の国にいられる。

 

「お前は、本当に怖がらねぇな」

「怖がる……?」

「姿が変わっても、おかまいなしだ」

「ご、ご主人様、ですから??」

「まぁ、そうなんだけどよ」

 

 シャノンの手から残ったオレンジを取り上げ、逆にシャノンの口元に運ぶ。

 まったく思うところはないらしく、シャノンは、それを口に入れた。

 

 魔人、クヴァット。

 

 ゼノクルは死んでも、クヴァットは死んでいない。

 ゼノクルの死は、予定していたことだったからだ。

 そのために、シャノンに別行動させていた。

 

「皇帝を守って死ぬ。騎士の鑑じゃねぇの、ゼノクル・リュドサイオ」

 

 ククッと嗤う。

 使い勝手のいい体だったが、固執する必要はなかった。

 この部屋には、使える体が山ほどある。

 中でも、最も「有益」な体を、クヴァットは選んでいた。

 

 前髪をつまんでから、ぱらっと落とす。

 銀色の長い髪、見えなくても緑の瞳だと知っていた。

 よくよく銀髪、緑目に縁があるようだ。

 好んでいるわけではないが、それはともかく。

 

 ベンジャミン・サレス。

 

 それが、この体の持つ名だ。

 死んではいないものの、まったく「意思」が感じられない。

 自我さえないらしかった。

 抵抗もされず、すんなり体に入り込んでいる。

 

「か、壁が消えると、わかってたんです、か?」

「わかってたさ」

 

 シャノンが不思議そうに、目をしばたたかせていた。

 が、クヴァットからすれば、不思議でもなんでもない。

 行き当たりばったりで、ゼノクルは死を迎えたのではないのだ。

 こればかりは、ある意味、予定調和と言える。

 

「フィッツの体が借りられりゃ、それもいいと思っちゃいたが、あの魔物がいたんじゃ、そいつは欲をかき過ぎってもんだ」

「ガリダの、(おさ)……?」

「俺がいるって知ってりゃ、魔物を護衛につけるだろ? けどな、壁を越えられんのは、あいつだけなんだよ。それにな、あいつは壁に“弾き出される”ってことがねえ」


 ジュポナで、クヴァットは、それを目にしていた。

 魔力を解放していたにもかかわらず、あの魔物は「壁の内側」にいたのだ。

 だからこそ、壁をぶち破って逃げる必要があった。

 

 おそらく魔力の種類が原因ではないかと思っている。

 大きさだけなら、クヴァットもラフロも負けてはいない。

 違うのは、あの魔物が「自然を操れる」ところだ。

 それが、壁になんらかの影響を与えているのだろう。


「弾き出されねぇのはともかく、むしろ、閉じ込められちまう。となれば、当然、壁は開く」

 

 ティトーヴァ・ヴァルキアは、頭のいい男だ。

 開発施設が狙われていることくらい、すぐに気づく。

 ゼノクルで時間稼ぎをして、皇帝を待った。

 なぜなら、魔物に魔力を使わせなければならなかったからだ。

 

「ジュポナじゃ壁をぶち壊して逃げたが、あんなこたぁ何度もできるもんじゃねえ。前にラフロが言ってたんだよな。壁を造ってる機械が魔物の国にあるってよ」

 

 フィッツは、カサンドラを危険に(さら)すことはしない。

 なぜ、ジュポナにカサンドラと魔物を行かせたのかは知らないが、帝都の中枢に送り込むような真似はしないはずだ。

 今回、開発施設を叩きに来るのは、フィッツと魔物だと予測していた。

 

「皇帝の攻撃に対抗するには、あいつも魔力抑制を解かざるを得なくなる。あいつらを逃がすために、王女様が壁を開いてくださると信じてたぜ、俺は」

 

 ラフロと取引をしてまで、魔物を助けた女だ。

 大事な従僕も一緒なのだから、見捨てるとは考えられない。

 ならば、壁を開く「一瞬」がある。

 思っていたよりも、手こずっていたようだが、それも都合が良かった。

 

「ラフロ、なんか言ってたか?」

「騎士らしくするのは窮屈だろうに、と言って、ました」

「まったくだぜ。しかも、こいつのことを、俺は、ほとんど知らねぇしな」

「で、でも、ご主人様は楽しむはずだから心配ない、と……」

「ラフロらしい言いぐさだな。俺を、よくわかってる」

 

 20年かけて、クヴァットは、ゼノクルという人物を作り上げてきた。

 ゼノクルの取る行動は、周囲から疑われる余地はなかったのだ。

 が、ベンジャミン・サレスのことを、クヴァットは、あまり知らない。

 ベンジャミンらしくない行動を取り、疑われる可能性も考える必要がある。

 皇帝とは信頼関係もあることだし。

 

 とはいえ、そういう危機感もなければ、つまらない。

 そう思うのが、魔人だった。

 とくに、クヴァットは。

 

「ま、当面、そんな心配はしなくてもいい。ゼノクルを失って傷心の皇帝の元に、旧友が戻ってくる。感動的な話じゃねぇか」

 

 多少、ベンジャミンの行動に不自然なところがあったとしても、疑われることはないだろう。

 ベンジャミンは1年近く、生きている死人状態だったのだ。

 息を吹き返したからと言って、たちまち元通りにならなくてもしかたがない。

 微妙な部分は「記憶が混乱している」とでも言えば、納得させられる。

 

 ティトーヴァ・ヴァルキアは、頭のいい男だった。

 だが、聖魔を知らなさ過ぎた。

 そして、見たいものを見たいようにしか見ない性格をしている。

 ベンジャミンに対する後悔や罪悪感が、なおさら、それを後押しするだろう。

 

「これで、壁が消せることもわかったしな」

 

 それが魔物の国にあり、カサンドラが操れることも実証できた。

 ほとんど確信はしていたものの、ほんの少し「賭け」でもあったのだ。

 仮に、カサンドラが操れなければ、壁を消すことはできなかった。

 そうなると、人の国にラフロは呼べない。

 結果、ゼノクルが死んだら、クヴァットは聖魔の国に帰るしかなくなる。

 

 予測通り、壁を消してくれたので、シャノンはラフロを呼べた。

 そして、ラフロが力を使い、ベンジャミンの体にクヴァットを引き込めたのだ。

 

 シャノンは、クヴァットと繋がっているので。

 

 クヴァットはゼノクルの死とともに、その体を離れ、シャノンを通り道にして、ベンジャミンの体に入った。

 壁が消える瞬間がなければ、成せなかったことだ。

 

「お前は、本当に、良く出来た玩具だ」

 

 頭を撫でると、シャノンが嬉しそうに尾を揺らせる。

 クヴァットに対する恐怖心など、まるで感じられない。

 外見すら、どうでもいいのだ。

 シャノンの「ご主人様」は、魔人クヴァットだけ。

 

「これで皇帝を(そそのか)し易くなったし、もうちょっと遊べるな」

「もうちょっと……?」

「壁をぶっ壊して、人と魔物の殺し合い。そんでよ、聖魔も人の国に、また入れるようになるってわけだ」

「ご主人様は、魔人に、戻るの、ですか?」

「そうだな。人と魔物の国がぐちゃぐちゃになったら、国に戻るとすっか」

 

 シャノンの瞳が、ゆらっと揺れる。

 耳が、へたっと横に倒れていた。

 ベッドの上に残されたオレンジの皮をつまんで、放り投げる。

 

「物覚えが悪ィんだよ、お前は」

 

 少し乱れているシャノンの銀髪を撫でて、整えてやった。

 へたっている耳をつまんで持ち上げる。

 

「俺のもんは、俺のもんだ。置いてくつもりはねえ」

「せ、聖魔の国に、連れて行って、くれるん、ですか?」

「前から、そう言ってんだろ? 幕をおろしたら、しばらく国に戻って、のんびり過ごす。そン時に、お前がいねぇと、つまらねぇしよ。当然、連れてくさ」

 

 くるんくるんっと、尾が輪を描いて揺れている。

 耳も、元通り、ぴんっと立ち上がっていた。

 目に分かり易く、嘘のないシャノンの感情に、気分が良くなる。

 それだけでも、手元に置いておく価値があった。

 

「人の国に出入りが自由になりゃ、誰かにオレンジを持って来させるか」

 

 聖魔には仲間意識などなく、ほとんどが個で動く。

 だが、壁を壊したら、その分の「報酬」を要求するのは、当たり前。

 魔人の王であるクヴァットに逆らえるほどの聖魔もいない。

 遊びに行くついでに、果物を取って来るくらいのことはするはずだ。

 

「終幕が近いってのは寂しいが、残りの舞台を楽しもうぜ、シャノン」

「はい、ご主人様」

 

 うなずくシャノンを膝に乗せ、この体でなにをしようかと考える。

 ゼノクルほど長持ちはしないだろうが、ゼノクルより使い(みち)があった。

 が、しかし。

 

(そういや、こいつにも弟がいたっけ。セウテルほど気持ち悪くなけりゃいいが)

 

 人や魔物の持つ、同族意識が、聖魔には理解できない。

 なので、体を「借りる」なら、天涯孤独とも言えるフィッツが良かったと思う。

 アルフォンソがセウテル並みに気持ち悪かったらと考え、少しだけ憂鬱になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ、今度はベンジャミンですか。せっかくゼノクルを倒したと思ったのに、またしてもラフロのせいで…。 なかなかキャスとフィッツの思うようには行きませんね。 クヴァットがベンジャミンの中に入っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ