表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
229/300

会心の一手 1

 フィッツのことは気にかかる。

 だが、フィッツの「時間稼ぎ」を無駄にはできない。

 画面には、ナニャたちの逃げている姿が映っていた。

 

「真っ直ぐ走らないでっ! 追いつかれる!」

 

 思わず、叫ぶ。

 アヴィオとナニャは、別々の通信機を使用していたが、キャスは、両手にそれを持っていた。

 代わる代わる通信している時間がないからだ。

 

 コルコとイホラの魔物たちが、ジグザグに交錯しながら画面に映りこむ。

 真っ直ぐに走るなという、キャスの言葉が伝わったようだ。

 だが、その後ろを小さな黒い点が追っていた。

 曲がりくねった軌道を取りながらも、標的を見失わずにいる。

 

「しつこい……っ……」

 

 このままでは捉えられてしまう。

 焦って、キャスは視線を動かした。

 フィッツに、どうすべきか聞きたかったのだ。

 しかし、フィッツの姿は見えない。

 

 ちょうどティトーヴァの背中が映る。

 廊下に設置された装置からは、中枢部が見えない。

 室内で、なにが起きているのか、わからなかった。

 

(フィッツも手一杯だよね。向こうには、あいつと魔人がいるんだから)

 

 声をかければ、フィッツは、こっちにも意識をはらわなければならなくなる。

 ティトーヴァは、フィッツにして「強い」と言わしめた相手だ。

 ジュポナで、その強さを目の当たりにもしている。

 一瞬の隙が命取りになるかもしれない。

 ジュポナの時とは違い、ティトーヴァも手加減はしないだろう。

 

 すぐに視線を戻した。

 直後、遅れを取っていたコルコの1体が足に銃弾を受けて倒れる。

 ほかの魔物たちも、まだ追われていた。

 

「ミネリネ! アヴィオたちの後方、倒れてるコルコを癒して!」

「すぐに動かすわ」

 

 画面に、ふわっとファニの姿が現れる。

 キャスの心臓が、ばくばくと早鐘を打っていた。

 指示はしたものの、ファニまで狙われることになる可能性もあるのだ。

 危険なことをさせている自覚はある。

 

 キャスは、視線を画面のあちこちに走らせた。

 ファニのほうに銃弾は向かっていないようだ。

 とはいえ、ほかの魔物たちは、銃弾を、まったく振り切れていない。

 どこまで追って来るのか。

 

(……追尾ってことは、なにかを基準にして追って来てるはず……体温、とか? でも、それならファニは? ていうか、倒れたコルコは、もう狙われてない?)

 

 いくつか別の方向に飛んで行った弾もあった。

 そして、銃弾の数も減ってはいない。

 むしろ、増えていると言える。

 なのに、倒れたコルコやファニを無視しているように見えたのだ。

 

「ミネリネ、処置が終わったら引き上げて! アヴィオ!」

「私のほうは引き上げさせたわよ」

「このまま走り続けるのは……」

「アヴィオ、弾に当たったコルコに合流しないように伝えて! 早く!」

 

 狙われているのは「群れ」だった。

 撃ち倒したと判断されたものは、狙われていないと感じる。

 それで、気づいたのだ。

 

「ナニャ、みんなで風を起こして、周りに砂煙を上げて!」

「承知」

 

 賭けになるかもしれない。

 即座にあがった砂煙で、キャスも画面上で魔物たちの姿が捉えられなくなった。

 ただし「こちら」には、通信がある。

 

「誰か、その辺りの上空、見えるっ?」

「見えている。なにか……四角いものが、いくつか」

「ナニャ、それ、落とせない?!」

 

 無人の偵察機。

 おそらく、そういうものに違いない。

 そこから送られる「群れ」の映像を敵兵は見ている。

 その映像を元に、追尾弾を誘導しているのだろう。

 偵察機は、個体別に追えるほど多くないと推測できた。

 だから、倒れたコルコやファニは狙われなかったのだ。

 

「私が風で低空まで落とす。アヴィオ」

「落ちて来たところを狙えというわけだな」

「それを落とせば、追尾されなくなると思います」

 

 少しだけ安堵し、キャスの口調が戻っていた。

 とはいえ、映像が確認できないので、安心してはいない。

 壁からは離れたのに、まだ追ってくるほどなのだ。

 どこまで狙われるかは不明だった。

 

(それに……砂煙で視界が取れないとなったら、長距離で乱射してくるかも……)

 

 フィッツを撃ったのが「超長距離」と称される銃。

 あれは、1キロ以上の射程がある。

 十発しか装填できず、撃ち終えたら次に撃てるようになるまでは1時間。

 ただ、あの時と違い、銃が1挺とは限らない。

 

 ジグザグに走っていたため、まだ射程から出ているか判然としなかった。

 また不安感が襲ってくる。

 砂煙の中、赤い炎が上がっていた。

 相手は、映像が切れたあと、どんな判断をしてくるか。

 

(あいつのことはフィッツが足止めしてるから、指示は出せないよね。だったら、私と同じようなこと考えてくるんじゃない?)

 

 自分など、所詮、素人だ。

 フィッツのように、策に長けてはいない。

 知識も少なく、最善を選ぶほど選択肢も持っていなかった。

 だが、それは向こうも同じなのではないか。

 

 魔物に対する知識なんてないはずだ。

 ティトーヴァのように全体を指揮するのに慣れている者もいないだろう。

 人の国は、魔物の国と同じく、この2百年、戦をしていない。

 統率する指揮官はいても、策を講じられる者がいるとは思えなかった。

 

「空に浮いてたやつは、全部、落としたぞ!」

「このまま、真っ直ぐ走って逃げればいいのか、キャス?」

「みなさんは、できるだけ速く、そこから離れてください!」

 

 砂煙は、まだ消えない。

 画面の中で、ひとつだけ映像が見えるものがある。

 撃ち倒されたコルコは、映像装置を受け持っていたものだった。

 倒れた時に、装置が落ちたのだろう。

 あの倒れたコルコが映っていた。

 合流しないよう、その場に待機させたため、集団から取り残された状態だ。

 

(体を起こしたら危ない。でも、ずっとあそこにいさせるわけにも……)

 

 予測通り、銃弾が長い尾を引いて直線距離で飛んで来ていた。

 標的が定まっていないせいで、単なる乱射と化している。

 前に行く、アヴィオたちには、まだ当たっていない。

 それでも危険区域を抜けてはいないのだ。

 最も近い場所にいるコルコには当たる確率が高い。

 

(撃ち尽くすまで待つ……? でも、それまでに人間が追って来たら……?)

 

 人が壁から離れた場所まで追ってくるとは考えにくかった。

 その証拠に、長距離用の銃を使っている。

 だとしても、最悪の事態は起こり得るのだ。

 人が壁際での攻撃を諦め、危険を承知で追って来れば、取り残されたコルコは、確実に捕まる。

 

「キャス様!」

 

 判断を迷っていたキャスの耳に、馴染みのできた声が響いた。

 

「キサラ?! なんで、ここにっ?」

 

 アヴィオたちのほうに意識が向いていて、ダイスたちの画面は見ていなかったのだ。

 ちらっと見れば、画面に映る景色が変わっている。

 そして、なぜかガリダたちの姿が見えない。

 

「ダイスが、どうしてもって言って聞かないものですから。おかげで、ガリダは、途中から自力で帰ることになってしまいました」

「ダイスが……」

「こっちが苦戦している気がしたら動くようにと、フィッツ様に言われていたらしいのですが……どうなのですか?」

 

 なにもなければ、予定通り事を進めればいい。

 なにかあったかどうかは、ダイスに判断させる。

 かなり漠然とした指示だが、フィッツはダイスの「勘」を信用したのだろう。

 頭を使うのは苦手だとしても、ダイスには、その場での判断力や決断力があった。

 

「近くまで来てるなら、アヴィオたちを拾ってくれると助かります!」

「わかりました。あの砂煙のほうですね」

 

 ダイスたちの速度なら、一気に射程を抜けられる。

 アヴィオやナニャたちの集団は、これで追撃から逃れられるはずだ。

 残る問題は、取り残されたコルコのみ。

 しかし、そちらは、まだまだ射程内で、危険に過ぎる。

 

「あっ!! ダイスっ!!」

 

 キサラの声で、わかった。

 ダイスは、耳もいいが、鼻もいい。

 おそらく、遠くにある魔力の匂いに感づいたのだ。

 取り残されたコルコのほうに向かっているに違いない。

 

「キサラ! ダイスに体を低くするように言ってください! 弾が飛んで来てるので!」

「言うだけ言っておきます。本能で動いている時のダイスは止められませんけど」

 

 驚くほど、キサラは落ち着いている。

 ダイスを信頼しているのが、ありありと感じられた。

 大丈夫と言うフィッツを、キャスが迷いなく信じられた時と似ている。

 

「キャス、ルーポと合流した。我らは、このまま退却する」

「ダイスの奴……無茶しやがる……と言っても、奴に頼るしか手がないが……」

「とにかく、みなさんは、ルーポと一緒に、こちらに帰って来てください」

「私が先導します」

 

 アヴィオたちは、キサラに任せておくことにする。

 画面に、ダイスが映りこんで来た。

 コルコを、ひょいっとくわえ、背中に落とす。

 キサラから伝言が伝わったのか、低い姿勢で駆け出した。

 

「ミネリネ、待機しててください。もし……ダイスが撃たれたら……」

「わかっているわ。致命傷を負わなければいいのだけれど。尾がちぎれでもしたらダイスも困るわよねぇ。キサラに愛想を振りまけなくなるもの」

 

 冗談とも本気ともつかないような口調だ。

 ザイードが尾や脚を失った時、ラフロから「ファニでも癒せない」と言われた。

 ファニは「癒す」ことはできても「治す」ことはできないのだ。

 それができるのは、聖者ラフロだけだと予感している。

 尾を拾って帰れれば、フィッツが「施術」できるかもしれないが、この状況では無理だろう。

 

「……ダイス様は、速うござりまする……」

「速いのもあるけど……」

 

 ダイスのつけている装置から送られてくる映像を見つめた。

 画面中に、黒い銃弾が走っていく。

 つまり、ダイスの体スレスレを弾がかすめている、ということだ。

 全力疾走中でも、ダイスは弾を()けている。

 

「さすが、ルーポの(おさ)だね、ダイス……」

「お褒めの言葉をありがとうございます、キャス様」

「あ……いやぁ、キサラから褒められたほうがダイスは喜ぶと思いますよ」

 

 ダイスが集団に追いついていた。

 銃弾は、もうとどかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ