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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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思う通りにいかずとも 3

 

「フィッツ、後ろ!!」

 

 声に、フィッツは振り向く。

 ドア付近に、1人の男が立っていた。

 装備は身に着けておらず、黒い騎士服。

 近衛騎士隊に与えられているものだ。

 

 暗い灰色の髪と薄い緑色の瞳。

 

 フィッツとザイードを見ても、恐れる様子はない。

 魔力抑制をしており、ザイードは人型に変化(へんげ)もしている。

 外見からすると、脅威になりそうもない2人組だと思われてもおかしくはない。

 だが、そんな2人組が開発施設の中枢にいるのが、そもそも不自然なのだ。

 近衛騎士であれば、即座に剣なり銃なりを抜く。

 なにもせずにいるのが、それこそ不自然だった。

 

「よう、カサンドラの従僕。名は、フィッツだったか。元気してるみてぇだな」

 

 言いながら、ゆっくりとした足取りで歩いて来る。

 隣にいるザイードの緊張が伝わっていた。

 

 ゼノクル・リュドサイオ。

 

 中には、魔人がいる。

 カサンドラが、ギリギリまで追い詰めたらしいが、ミサイルのせいで取り逃がすことになった。

 そのミサイル自体、ゼノクルの計略だったに違いない。

 

「予定通り、余が、この者の相手をする」

 

 ザイードが視線をゼノクルに向けたまま、そう言う。

 開発施設を破壊するには、フィッツの知識が必要なのだ。

 しかも、フィッツは、魔人に対して大きな弱点がある。

 魔物であるザイードが相手をするのが、妥当だった。

 そのためにこそ、ザイードを連れて来てもいる。

 

「お任せします。私には対処するすべがありませんからね」

 

 どういう方法を使うのかはわからない。

 とはいえ、いつ体を乗っ取られるかもわからないフィッツが戦うのは、あまりに危険に過ぎる。

 フィッツは、無事にカサンドラの元に帰らなければならないのだ。

 

「おいおい、俺はフィッツに用があるんだぜ? 魔物の相手なんざしたくもねえ。獣くせえんだよ、そいつは」

「あなたの都合など知りませんよ」

 

 ザイードから離れ、室内に置かれた機械にさわる。

 帝国の技術は、確実に進歩していた。

 それでも、ラーザの技術にはおよばない。

 簡単に、制御装置の中に入り込んだ。

 

「フィッツ……大丈夫? ここからだと、フィッツが見えないんだよ」

「平気です。ザイードさんがいますので。私は、施設の破壊活動に着手しました」

「わかった。それなら、しばらく黙ってるね」

 

 カサンドラの声に、なぜか心が暖かくなる。

 よくわからない感覚だった。

 主が、配下の失敗を懸念して声をかけてきたに過ぎないし、心配されることは、「恥」でもある。

 なのに、気持ちが高揚しているのだ。

 

(姫様の期待に応えたいからか……まぁ、そんなところだろう)

 

 自分の奇妙な感覚に、そう結論づけ、フィッツは操作に集中する。

 後ろでの会話は、当然に聞こえてくるのだが、無視した。

 

「近づくんじゃねぇよ。魔力抑制は完璧らしいが、俺は鼻が利き過ぎるんだよな。獣くせぇもんは獣くせえんだ。苛々してくるぜ」

「余は魔物ゆえにな。それほど嫌なのであれば、息ができぬようにしてやる」

 

 ザイードは、魔物だ。

 魔力とは無関係に、素の力で、人を超える。

 フィッツに360度の眼はなかったが、空気の動きを肌で感じていた。

 ザイードが、ゼノクルに仕掛けたのだろう。

 

 俊敏さで、人が魔物に勝てるはずはない。

 たとえ、中に魔人がいようと、体は人なのだ。

 魔力の使えないザイードと互角に戦うことさえ難しい。

 きっと隙を見て、自分を狙ってくる。

 

(さっさと、始末をつけてしまわなければな)

 

 制御装置の中をいじり、奥深くまで侵入していく。

 少しばかり複雑だった。

 帝国の技術の面倒なところは「回りくどい」ところだ。

 単純なことを、あえて複雑にしているせいで、むしろ、性能が落ちている。

 

「おっと、危ねえ。けど、お前も、魔力は使えねぇんだろ? 魔力攻撃して来ねぇ魔物は、俺の敵じゃねぇっての」

「では、銃を撃ってみよ」

「銃弾の無駄遣いをする気はねぇさ」

 

 何度も金属音が響いていた。

 ザイードの攻撃を、ゼノクルが剣で弾いているらしい。

 フィッツは、その争いには無関心でいる。

 が、不意に、体が痺れた。

 

 頭に激しい痛みを感じる。

 額から汗が流れた。

 意識を保っているのが精一杯で、装置を操れない。

 

「この体のいいとこはな、ほんのちょっとなら壁が見逃してくれるってとこだ」

 

 どうやらゼノクル、いや魔人が、なにか攻撃を仕掛けて来たようだ。

 フィッツは、左右に小さく頭を振る。

 膝が崩れそうになるのを堪え、再び、制御装置に意識を集中させた。

 

(ほんのちょっと……ということは、何度も使える攻撃ではないはずだ)

 

 外に出られなくなる可能性があるため、ザイードは魔力攻撃をせずにいる。

 そもそも魔力を使えば、帝国の監視室に捉えられてしまうのだ。

 ゼノクルも、それは同じだろう。

 自らが「魔人」だと暴露するも同然の行為を繰り返せはしない。

 

(しかも、奴は人の体。魔力の行使を繰り返せば、体が持たないだろう)

 

 人は、3種の中で、唯一、魔力を持たない生き物だった。

 外側からの魔力攻撃は装備で弾けても、内側から放たれる魔力に耐えられるとは考えにくい。

 フィッツは、2度目の攻撃はないと判断する。

 

「ごめん、フィッツ……でも、なんか、おかしい。あいつは、ザイードに敵わないこと、わかってるはずじゃん? なのに、なんで1人で出てきたの?」

 

 素早く制御装置を操りつつ、カサンドラの言葉についても考えていた。

 この体を乗っ取るためではあっただろうけれども。

 

「ザイードさん、そいつは時間稼ぎをしています。殺してください」

 

 ザイードを引きつけながら、この体を乗っ取るのは不可能に近い。

 なのに、ゼノクルは、体が壊れるかもしれない危険な真似をしている。

 繰り返し使えない攻撃だというのに、だ。

 それは、フィッツの行動を制限するために違いない。

 

「簡単に殺されるわけにゃいかねぇんだよ。こっからが面白いところじゃねぇか」

「面白がっておるのは、お前だけぞ!」

「俺は、俺が楽しめりゃ、それでいいのさ」

 

 金属音とともに、衝撃音も加わっている。

 ゼノクルの、小さな呻き声を、聴覚が捉えていた。

 おそらくザイードに吹っ飛ばされたのだ。

 制御装置の中でも、機械に破損が生じていることが報告されている。

 

 あと少し。

 いくつかの情報は、すでに手を加えた。

 フィッツは、動力の供給源を追っている。

 そこに仕掛けを作れれば、この中枢部の装置を破壊できるのだ。

 

 ほかの施設のように爆発させる必要はない。

 目的は、開発を遅延させること。

 施設が使いものにならなくなれば、必然的に、開発は止まる。

 復旧するのには年単位での時間を要するだろう。

 

「この体は、もうちょっと使わなけりゃならねえ。ここも、大事な遊び場だしな。壊されちゃ困る。て、ことでよ」

 

 バンッと、なにかが壊れる音がした。

 瞬間、フィッツは制御装置から弾き出される。

 指先に、ビリビリとした痺れを感じた。

 

「はっはあ! ロッシーの言ってた通りだぜ! あいつも、なかなか役に立つ」

 

 ゼノクルを警戒しながら、ザイードが振り向く。

 フィッツは無表情で、その目を見返した。

 

「ロッシーは神経質な男でな。動力源にさわられるのを、ことのほか怖がってた。万が一ってのがあるって言ってたっけ。それで緊急事態に備えてたわけだ」

「正当な権利なく供給元にさわろうとすると遮断される仕組みですか」

「さぁな。詳しいことは知らねえ。ただ、ロッシーが、さわれなくするって言ってたんでね。なんか仕掛けでもしてんだろうって思ってよ」

「賭けが好きなのですね、魔人というのは」

「予定調和ってのが嫌いなだけさ。つまらねぇだろ?」

 

 フィッツは、制御装置に手を置いた。

 が、もう反応はしない。

 別の場所に制御が移されてしまったようだ。

 ここにある機械は、ここにある装置では動かなくされている。

 

 そして、時間がない。

 

 ゼノクルが口の端を吊り上げて、嗤った。

 その酷薄な笑みが、すうっと消える。

 

「来たぜ? さぁ、どうする?」

 

 フィッツも気づいていた。

 廊下の向こうから、足音が響いている。

 

「フィッツ! あいつが来てる! それと、ナニャたちが追尾弾で追われてる!」

「では、撤退して……」

 

 しかたがない。

 ここまでだ。

 最善とは言えない結果に、フィッツは嫌な気分になる。

 

 カサンドラに役立たずだと思われるのではないか。

 置き去りにはしないと言ってくれたが、またカサンドラを見失うのではないか。

 

 そんな思いがよぎったのだ。

 フィッツの中には「自分は置いて行かれたのだ」との気持ちがあった。

 

(ここを撤退して、コルコたちと合流しても、犠牲を出す可能性が高い。こちらで指揮官を押さえておくほうが有効だ。ティトーヴァ・ヴァルキアは、手強い)

 

 コルコたちを逃がす方法は、別にある。

 それをティトーヴァに悟らせないことのほうが重要だと判断を切り替えた。

 

「姫様、皇帝を、こちらに足止めします」

「なにする気? もういいよ、帰って来て!」

「皇帝が指揮を執れなければ、そちらは動き易くなるでしょう。ほんの少し時間を稼ぐだけのことです」

「……本当に、少しだけだよ……信じてるからね、フィッツ」

 

 胸にぬくもりが広がっていく。

 信じている、という言葉が、フィッツには、なにより嬉しかった。


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