思う通りにいかずとも 2
「リュドサイオがやられただとっ?」
入って来た報告に、思わず立ち上がる。
ゼノクルからの連絡を受けて、わずか1時間。
リュドサイオの施設が「落ちた」との連絡が入ったのだ。
施設は倒壊し、中で爆発も起きたらしい。
「ゼノクルは、どうなったっ? 逃がすように指示しておいたはずだ!」
「わかりません……まだ確認できていないようです」
セウテルも表情をこわばらせている。
ティトーヴァは、その姿に、冷静になるよう自分へと言い聞かせた。
全員が動揺していては、取るべき手立ても取れなくなる。
大きく息を吸い込んでから、吐き出した。
執務室のイスに深く腰をおろす。
(前回の戦いでもゼノクルは生き残った。今度も生き延びているはずだ)
爆発が起きて、まだ時間が経っていない。
現地は大混乱している。
まともな情報が入って来なくてもしかたがないのだ。
無人機を飛ばしていなければ、爆発の情報さえとどかなかっただろう。
(無人機が吹き飛ばされるほどの爆発……爆風……壁は魔力を弾くものではないのか……? 壁の内側に入って来たのであれば、近衛騎士たちが応戦したはず……)
魔物も聖魔も、人の国には入れない。
ティトーヴァは、これまで、それは「魔力」の有無だと考えてきた。
ジュポナに魔物が現れた際にも、実証されている。
なにかの装置を使ったのか、あの魔物は魔力を抑制していた。
だから、入れたのだ。
だが、魔力の抑制ができなくなったため、壁を破って出るしかなかった。
そう判断している。
(壁が魔力の有無を認識しているのは間違いない。だとすれば、奴らは壁の向こうから攻撃している。攻撃に魔力を使っていないのか? いや、そんなはずは……)
壁のこちら側に入って来たのなら、物理的な攻撃も有り得た。
魔物は、人より俊敏で、力も強いのだ。
とはいえ、銃火器には敵わない。
それを魔物も知っている。
あえて危険を冒して、壁のこちら側に来てまで戦いを挑むはずがなかった。
「アルフォンソ」
「はい、陛下。こちらの準備は整っております」
「退け」
「撤退するのですか?」
「いや、退いて戦え。壁に近づいてはならん。奴ら、壁の向こうから攻撃しているようだ。近づけばリュドサイオと同じ轍を踏む。爆発と爆風に巻き込まれないよう距離を取って、機銃掃射を浴びせるぞ」
「かしこまりました!」
なにかは不明だが、魔力以外の攻撃方法がある。
そう仮定して戦えばいい。
射程を考えれば、こちらのほうが有利なのだ。
狙われている場所もわかっている。
「帝国本土の南東、そちらの無人機を壁の外に出せ!」
セウテルに指示をし、情報管理室と連携を取らせた。
無人機は「人ではない」ため、凝った装備なしでも壁の外に出せる。
すぐに壁の向こうの映像が送られて来た。
魔物たちが、群れをなして壁に迫っている。
「アルフォンソ、距離は取ったか? 映像は見えているな? 奴らが足を止めたら狙え。恐れることはない。向こうから、こちらは見えんのだ」
「は! リュドサイオの爆発が、どの程度だったかは不明ですが、こちらは、それなりに距離を取っております。機を見て、一斉射撃いたします」
映像を見ながら、ティトーヴァはリュドサイオのことを考える。
本当に、攻撃方法が「不明」なままでいいのか。
距離を取っていれば防げるような「爆発」なのか。
恐れることはないと言ったものの、落ち着かない。
アルフォンソの緑色の瞳を思い出す。
ベンジャミンと同じ色の瞳だ。
(魔力での攻撃ではない。なにか別の……そうだ、人が使う類のものだ)
自分たちは、銃火器で相手を倒そうとしている。
銃弾は壁に認識されず、向こう側にいるものを撃ち倒せるからだ。
人ではなく、魔力でもない、無機物。
それらは壁を擦り抜ける。
ティトーヴァは、再び、イスから立ち上がった。
ベンジャミンを助けられなかった上に、その弟まで犠牲にすることはできない。
「アルフォンソ! 撃つな! 撃ってはならん!」
「しかし、陛下、奴らの動きが……」
「施設は放棄せよ! 直ちに撤退! いや、どこでもいい! なるべく低い場所に身を潜めろ! 絶対に撃ってはならんぞ、アルフォンソ!」
「か、かしこまりました!」
アルフォンソは、わけがわからなかっただろう。
だが、ティトーヴァの言葉には従うはずだ。
魔物にしてやられるのは、歯噛みしたくなるほど悔しかった。
それでも、アルフォンソの命には代えられない。
「どういうことでしょうか? 撃つな、というのは……」
「奴らは、魔力で攻撃しているというより、魔力を利用して爆発を仕掛けている」
「魔力攻撃が主たる目的ではなく、でしょうか?」
「そうだ。爆発物そのものは無機物……施設を壊滅させられるほどとなれば、おそらく動力石だろう。壁の向こうから投げ入れ、発火させればすむ。撃てば自滅だ」
「し、しかし、陛下、魔物がそのような……」
「ゼノクルが言っていたはずだぞ。知恵のある者がいると」
カサンドラの従僕。
ラーザの技術を用いることができ、知識をも備えた者だ。
動力石は加工しなければ、ただの石に過ぎない。
だが、あの男なら、それすらも可能にできる。
思い立った時、ティトーヴァは、ぞくりと体を震わせた。
「いかん……このままでは……」
「どうされたのです、陛下?」
「セウテル、親衛隊を開発施設に向かわせろ! 俺も行く!」
「開発施設も狙われていると仰るのですかっ?」
「奴らの目的は最初から開発施設だったのだ! ほかの襲撃は、こちらの兵を引きつけておくための囮だ! 失敗したとて痛くもない。損害さえ出さなければよいのだからな!」
急いで、執務室の隣の部屋で、身支度を整える。
その最中、大きな爆発音が響いた。
「アルフォンソ、無事かっ?」
「はい! 施設の防御壁はやられましたが、中はなんとか……っ……映像も途切れていません! 奴らは逃げているようです!」
「ならば、第2波は来ない。一時時に壁から出て、追尾弾を放て! ただし、けして深追いはするな!」
壁のこちら側には、まだ爆発物が浮遊している可能性が高い。
火花を散らせば、被害が拡大する恐れがあった。
アルフォンソが直接に率いている隊は、壁越えの装備を身に着けている。
外ならば、銃の発火時にも爆発することはない。
「すぐ開発施設に向かうぞ!」
セウテルと、護衛のためにとどまっていた親衛隊を引き連れて、ティトーヴァは皇宮を出た。
リュドサイオが狙われたと聞いた時、なぜ気づかなかったのかと腹が立つ。
同時に動き出していたのなら、あの男が開発施設に着く頃合いだ。
「けして逃がさん。今度こそ捕らえてやる」
ホバーレに乗り、開発施設に向かう。
施設内は広いが、狙いはわかっていた。
新しい開発をしている場所だ。
魔物の国に赴くことなく攻撃が可能となる、長距離武器の開発している。
精度が高く、飛距離も出るミサイルや無人での攻撃装置。
すでに完成している無人探査機と組み合わせれば、場所を特定しての遠隔攻撃もできるようになるはずだった。
長距離ミサイルが完成しても、無差別に撃つことはできない。
魔物の国には、カサンドラがいる。
彼女を傷つけずに攻撃をしかけるため、ティトーヴァは、精緻さにこだわった。
魔物を亡ぼしても、カサンドラを死なせてしまっては意味がないからだ。
まだ開発に着手したばかりではあるが、積み上げてきたものがある。
そうした成果が失われることは、断じて阻止しなければならない。
施設前で、ホバーレを乗り捨てた。
皇帝を守ろうと前に出ようとする騎士を制して、先頭を走る。
隣にセウテルが並んでいた。
「施設の防犯設備が機能しておりません!」
「奴には、それができるのだ。監視室も役には立たん」
ティトーヴァは、情報がアテにはならないと思い知っている。
頼れるのは、自分の目だけなのだ。
「ここから3方向に分かれる。いいか、見つけても手を出すなよ」
騎士たちに言い含めておく。
あえて言いはしなかったが、自分以外に相手ができる者がいると思えなかった。
無駄に命を落とすだけだ。
「セウテル、お前は、そっちだ。奴を包囲する」
「かしこまりました」
サッと3方向に散らばり、走り出す。
ティトーヴァは、目的の場所に直線距離となっている廊下を選んでいた。
ファツデを起動し、指先の感覚を確かめる。
生かして捕らえ、カサンドラの居場所を聞き出したい気持ちはあった。
が、殺すつもりでかからなければ、自分がやられる。
魔物の国を制圧できれば、カサンドラを救い出すのは容易だ。
そのために、邪魔な相手を消すのが先だった。
走りながら、セウテルに連絡を入れる。
「奴は、魔物を従えているかもしれん。この間、ジュポナに現れた魔物だ」
「そちらは、我々が引き受けます。この建物の中では、動きも制限されるはずですから、親衛隊全員でかかってでも、必ず仕留めます」
「魔力攻撃用の装備は、身につけているな?」
「兄に……陛下をお守りする時は、そうするよう言われておりましたので……」
「そうか。では、魔物は、お前たちに任せる」
ティトーヴァは、長い廊下に苛立っていた。
同時に、ゼノクルの機転に感謝している。
(嫌な感じがした、と言っていたが……ゼノクルは予感していたのかもしれん)
魔物が先手を取って来ることを。
いよいよ失うには惜しい人材だと思った。
そのティトーヴァの頭に、ひとつの考えが浮かぶ。




