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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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思う通りにいかずとも 1

 コルコとイホラは、ルーポとは違い、いくつかの「班」になっている。

 コルコ15、イホラ25の編成だ。

 班は5つと少ない。

 具現化はしていないが、近くにファニもいる。

 なにかあった際の救護班だった。

 

 コルコとイホラは、ルーポと違い、それほど足が速くないのだ。

 逃げるのに時間がかかる。

 対して、人間側の射程は長い。

 キャスは、それを知っている。

 記憶のないフィッツも「長距離武器」の知識は持っていた。

 

 今回は、犠牲は出さない。

 

 それが最優先事項なので、攻撃事態は失敗してもかまわないのだ。

 攻撃されたという意識を相手に植えつけたうえで、無事に逃げられれば、こちら側の勝ち。

 アヴィオにもナニャにも、そう言い聞かせてある。

 

 少数精鋭と言えど、ファニを含め総数2百以上。

 犠牲とするには、大きな数だ。

 

(向こうは装備で壁を越えられる。遠くまで追っては来ないだろうけど、壁の近くで怪我して動けなくなったら、間違いなく殺される)

 

 そのためのファニだった。

 ファニだって、具現化している時は、銃弾を受ける。

 なので、フィッツは、事前に、ファニに「弾()け」の訓練をしていた。

 それでも、まったく危険がないわけではない。

 

「ミネリネ。状況によっては、すぐ呼び戻しますから」

「あらまぁ、キャス。そんなに気を遣わなくてもよくてよ。私と、あの子たちは、繋がっているもの。上手に動かしてみせるわ」

 

 ミネリネは、少し離れた場所にいる。

 具現化して、キャスとの伝達役をしているのだ。

 ファニは、ある程度の感覚共有をしているらしい。

 が、声や映像が鮮明に送られてくるものではないようだった。

 

 たとえファニたちが前線にいても、ミネリネに見えるのは、あの蜃気楼のような景色だけなのだ。

 なので、指示は、キャスが担う。

 その指示のもと、ミネリネがファニを「動かす」ことになっている。

 言いかたに語弊はあるが、ミネリネは、ファニたちを「手足」のごとく動かせるのだという。

 

(感覚共有の大元が、ファニの(おさ)ってことなんだろうな)

 

 魔物の国に住み、半年以上が経っても、まだ知らないことのほうが多かった。

 戦争がなければ、知らずにいたことも、たくさんある。

 魔物同士は、相手を殺す可能性のある魔力での攻撃をしないからだ。

 平穏に暮らしていれば、キャスも知る必要はなかった。

 

「そっちは第2陣だから、相手も撃ってくるかもしれません。注意してください」

「彼らは足が遅いから心配だわねぇ」

 

 その通りだ。

 思って、キャスはノノマの見ている画面に視線を向ける。

 コルコたちは、班ごとにまとまっていた。

 準備ができたようだ。

 

「方角は合ってるか?」

「合っています」

 

 アヴィオの問いに、キャスは地図と突き合わせてから、答える。

 壁の向こうは見えていないが、軍の施設があった。

 標的だ。

 アヴィオたちコルコが攻撃態勢に入る。

 

「あ……ちょっと待ってください!」

「どうした、キャス? 急がなければ……」

「わかってます!」

 

 わかってはいるのだが、このまま攻撃を開始することはできない。

 キャスは、いくつも並んだ画面に視線を走らせている。

 

「なんなんだ、いったい!」

「……雨が……」

「雨? そんなものは関係ないだろう! コルコの炎なら……」

「濡れたり、周りに水気が多いと、粉が発火しないかもしれないんです!」

 

 魔力に余裕はあっても、動力石の粉は無限にあるわけではないのだ。

 発火しない状態で撒いても意味がなくなってしまう。

 施設の破壊に失敗するのはかまわなかった。

 けれど「攻撃」そのものの失敗は痛過ぎる。

 人間側に弱味を(さら)してしまうのは()けなければならない。

 

 最初は、小さな点でしかなかったものが、今は「線」になっている。

 アヴィオたちの周りを避けるようにして雨が地面に落ちていた。

 イホラが風を使っているのだろうが、範囲は狭い。

 それほど大きな雨雲ではないように見える。

 イホラの風で雲をはらってしまえる気もしたが、そちらに大きな魔力を使うのが躊躇(ためら)われた。

 

 どうしようと、思った時だ。

 黒かった画面が明るくなる。

 フィッツとザイードの姿が見えた。

 

「フィッツ!」

「姫様、こちらは予定通りに進んでいます。そちらは……」

「雨が降ってきた! 雨雲が小さいから、待ったほうがいいかな?」

 

 フィッツたちは、すでに開発施設の中に入っている。

 中枢に繋がる廊下まで来ているのだ。

 だから、映像が繋がっている。

 時間がないのは、わかっていた。

 いくら雨雲が小さくても、雨なんて、いつやむか予測がつかない。

 

「ファニなら高度に問題はないと思いますので、動力石の粉を雨雲の中に撒くよう言ってください。ああ、1袋くらいでいいですよ」

「それで雨がやむんだね?」

「いいえ、土砂降りになります」

「え…………あ、ああ、そういうこと! わかった!」

 

 一瞬、意味がわからなかったが、すぐに理解する。

 フィッツと繋がっているだけで、心が落ち着いていた。

 淡々とした口調にも、安心が広がる。

 なにがあっても大丈夫、と思える、あの感覚だ。

 

「ミネリネ、ナニャから粉を1袋受け取って、あの雨雲の中に撒けますか?」

「ええ、誰かに行かせるわ」

「よろしくお願いします。アヴィオ、ナニャたちと一緒に濡れないようにしていてください。これから、一気に雨が降ります」

「雨を短時間で降らせきる、ということだな」

「はい。その辺りは地面が渇いているので、吸収されるはずです」

 

 話している間にも、雨雲の色が変わる。

 ザアッと雨が降り始めた。

 フィッツの言った通り「土砂降り」だ。

 

「上手くいきましたか?」

「あ、うん。これも想定内?」

「可能性として、なくはない程度には考えていました」

「さすが、抜かりないね」

「動力石は、熱だけではなく、逆の働きもするものです」

 

 そう言えば、前にそんな話をしていたことがあったのを思い出す。

 戦車試合の日だった。

 フィッツが、相手の銃に使われている動力溶液の熱エネルギーを放出させたあと拡散させただとか。

 

「雲を冷やしたってこと?」

「簡単に言えば、そうなりますね」

 

 それで、なぜ雨が降るのか、原理はわからないが、聞かずにおく。

 のんびりしてはいられないからだ。

 雨が弱まっていた。

 にわか雨という言葉が、ぴったりくるほど、短時間での降雨。

 

「もうやみそう。あと数分かな。そっちは大丈夫?」

「こちらも、もう廊下に入っています」

「なにかあったら、声かけるね」

「はい、姫様」

 

 本当は、こちらのことは、自分でなんとかしたい。

 だが、雨ひとつ、自分の知識ではどうにもならなかった。

 頼るべきところは頼るべきなのだ。

 

(役立たずでいいとは思わない。でも、できないものはできないって認めないと)

 

 我を張れば、足手まといになる。

 ザイードにも言われたが、自分1人でできることなど、たかが知れているのだ。

 まずは、自分にできることを、しっかりやる。

 手のとどかないところまでやろうとしても、できないものはできないのだから。

 

「やんだ!」

 

 雨が、ぴたりとおさまっている。

 雲は広がっているが、雨が降る様子はない。

 キャスの声に、アヴィオが反応した。

 

 ぼうっと火の手が上がる。

 5つの炎が、映像から見て取れた。

 怪談話にでも出てくるような青い炎だ。

 

「ナニャ、やれ!」

 

 アヴィオに命令され、ナニャは顔をしかめる。

 が、諍い合っている場合ではない。

 文句は言わず、サッと手を上げる。

 同時に、大きな風の渦が巻き上がった。

 

 円柱形の渦が、炎にかぶさっていく。

 なのに、炎は消えない。

 壁に近い場所だった。

 向こうからは、撃ってくる気配がない。

 

「リュドサイオの時とは、違う」

「撃って来ぬようにござりまする」

 

 黙って映像を見ていたノノマも、眉をひそめている。

 風の勢いは増しており、その影響は壁の向こうまでとどいているはずだ。

 だが、銃撃はない。

 

「それなら、それでもいい」

 

 銃撃があれば、それで発火するため、より近距離での爆発となる。

 とはいえ、ルーポとは違い、こちらは銃撃をアテにはしていなかった。

 映像が、ゆらっと揺れる。

 通信を介して、爆発音が聞こえた。

 

 巨大な炎が壁の向こうにまで伸びている。

 土煙で画面が見えにくくなっていた。

 ものすごい爆風が吹き荒れているに違いない。

 

「撤退してください! もう十分です!」

 

 攻撃は「成功」したのだ。

 あとは、追われる前に逃げるだけだった。


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