確信の確認 4
朝から、フィッツとザイードは出かけて行った。
コルコの領地で「連携」の訓練をするのだそうだ。
キャスは、ノノマと留守番をしている。
実のところ、家の周りにも、複数のガリダが立っていた。
その中には、シュザもいる。
(シュザの気持ちはわかってるんだから、入れてあげてもいいと思うんだよなぁ)
しかし、答えは「否」だった。
フィッツがいない間、家に「男」は厳禁らしい。
なので、今はノノマとキャスの部屋にいる。
一緒に昼食をすませたところだ。
「キャス様、あのかたは、お強いのでござりまするか? 知恵はあるようにござりまするが……体も細うて……あ! 寒さには強うござりまするね!」
ノノマの言葉に苦笑する。
フィッツは、けして体格がいいとは言えない。
帝国でも、ティトーヴァのほうが、体はがっちりしていた。
ガリダからすれば、なおさら「ひょろり」として見えるだろう。
さりとて、ガリダは寒さに弱いのだ。
フィッツの軽装は、感心すべき点となっている。
領地内を歩いていても、目立つこと、この上ない。
みんな、ほう!と驚いて、フィッツを見ていた。
(カレンダー的に言えば、3月初旬。日本だと春先、って言っても、この辺りじゃ冬真っ只中って感じだもんね。1月に半袖で街中を歩いてるようなもんだよ)
長たちを除き、魔物たちは、フィッツを常に遠巻きにしている。
フィッツも、とくに気にする様子はなかった。
用がある時には話しかけ、魔物たちも、それに応じる。
たいていは、そんな調子だ。
「ノノマは、フィッツが怖い? 苦手?」
「と、いうわけでもござりませぬが……話しかけてよいものやら……わからぬのでござりまする。たぶん……話しかけても嫌な顔はされぬ気はいたしまするが……」
「しないよ、フィッツは。普通に話すんじゃないかな」
こくこくと、ノノマがうなずく。
だが、逡巡している様子が見て取れた。
なにか躊躇いがあるようだ。
「考えてることがわからないから、戸惑っちゃうよね」
「さようにござりまする! 我らに親近感があるわけでなし、敵対心があるわけでなし。見下しておるようにも感じられませぬ。かと言うて、あの中間種のような、胡散臭さもござりませぬし……あのかたには、なにも見えぬのでござりまする」
「フィッツはさ、少々、頭のイカれた男なんだよ」
「いかれ……」
キャスは、こめかみに人差し指で、くるくると円を描いてみせる。
「考えかたが独特っていうか、頭がおかしい」
「頭がおかしいのでござりまするか……」
「求愛って意味じゃなく、私のことしか考えてないんだよ。普通は、自分のことも考えるよね? でも、フィッツは違う。本当の本当に、私のことしか考えてない」
「……キャス様は、お嫌なのでござりまするか?」
「嫌ではないよ」
首を横に振って、溜め息をついた。
フィッツが傍にいて、世話をされるのは嫌ではない。
存在だけで安心するし、近くにいてほしいとも思う。
「ただ、まぁ……ちょっと残念かな」
「残念、とは?」
「今のフィッツは機械に似たところがある。自分の意思で、私の傍にいるわけじゃないんだよなぁ。そう決められてるから、そうする、って感じ」
贅沢なことを言っている、と思った。
喪った相手が生き返ることなんて、通常、起こり得ることではないのだ。
命を取り戻しただけでも「奇跡」だと言える。
以前と同じ「心」がなかろうと、生きていることに感謝すべきだった。
「キャス様、私はシュザを好いております」
「ぇえっ?」
急な話題の転換に、思わず、のけぞるほど驚く。
が、ノノマは、しんみりとした雰囲気を醸し出していた。
まるで失恋でもしたかのように、うつむいている姿に、戸惑う。
「い、いや、でも、ほら、シュザはノノマに夢中じゃん? 両想いだよね?」
さっきのキャスと同じように、ノノマが首を横に振り、溜め息をついた。
非常に悩ましげな表情を浮かべている。
「シュザは奥手で、幼い頃から知っておる私以外の女と話したことがありませぬ」
「え……シュザは薬師だし、薬の調合を頼む女の子もいるでしょ?」
「おりまするが、自分では対応せぬのでござりまする。どのような薬が必要かは、シュザの弟や妹が聞き、届けるのもまた同じ。幼い頃は、私の後ろに隠れており、前に出たことは、1度としてござりませぬ」
「そんなに人み……いや、内気だったなんて思わなかったなぁ。私とは普通に話してるからさ。ガリダの女の子が苦手ってこと?」
「いえ、魔物の女を前にすると奥手になるのでござりまする」
キャスは魔力を持っているので、人ではない。
が、魔物の国にいる魔物と同種でもない。
聖魔との中間種だった。
血統で言えば、ルーポとの中間種だったシャノンのほうが「魔物の国」属性だ。
「ゆえに、私自身が好まれておるのか、私しかおらぬゆえ私なのか、わからぬのでござりまする。結果が同じでも、これは残念なことにござりましょう?」
「……確かに……選択肢がなかったからかもって思うのは、ちょっと……」
そして、それをシュザに問い質したところで、明確な答えは得られない。
なにしろシュザには、現実に、選択肢がないのだ。
言葉で言うなら、いくらでも言える。
とはいえ、シュザには態度で示しようもない。
「なんか……お互いに残念だね」
「はい……残念にござりまする」
少し冷めてしまったお茶を、キャスとノノマはすする。
その湯呑を、とんっと、ノノマが床に置いた。
「ですが、キャス様。諦めるか、状況が変わるのを待つかは己で決められまする。私は、シュザとの根競べと思うておるのでござりまする」
「じゃあ、長生きしないと。ノノマもシュザも」
「キャス様も」
大きくうなずくノノマに、キャスは微笑む。
今は、フィッツを変えることはできない。
ティニカの教えを守り「最善」を尽くせるフィッツでなければならないのだ。
だとしても、状況は変わる。
いつかは変わる。
以前のフィッツとは違ったとしても、自分との関係は変わるかもしれない。
自分の意思を持てるフィッツになる可能性は、ゼロではないのだ。
その時、自分の元に残る選択を、フィッツがしてくれるかはともかく。
「根競べか。こりゃあ、長生きしなきゃいけなくなりそうだ」
言って、笑った時だった。
ゆらっと空気が揺れる。
「あれ? ミネリネ?」
言葉の力で、何度かファニを呼び集めたからか、なんとなくミネリネが近づくとわかるようになっていた。
思った通り、ミネリネが姿を現す。
「キャス、ザイードが、あなたの配下と力比べをしているのだけれど、あれは予定していたことなのかしら? ちょっと熱が入り過ぎている気がするのよねえ」
「は……? 聞いてないけど? どういうこと?」
「あらまぁ、そうなの? 殺し合いをする気がないのはわかっているわ。でもね、この後、私の出番が来るかもしれなくてよ?」
つまり、それほど苛烈に「力比べ」をしている、ということだ。
もちろん、それぞれの力を見極める必要はあるだろう。
人の国に「先制攻撃」をするのだから、失敗は許されない。
今がチャンスの「今」は、長くは続かないのだ。
人の対応能力を、キャスは甘く見てはいなかった。
「けど、そこまでしなくても……」
正直、ザイードとフィッツは「対」になって行動してほしいと思っている。
フィッツが、ラフロやゼノクルの中にいる魔人に狙われる可能性があるからだ。
ザイードに聖魔を寄せつけないようにしてもらえれば、安心できる。
ザイードも、そうすると言っていた。
(ペアを組む相手と連携練習するならわかる。それが、なんで力比べ??)
しかも、ミネリネの「癒し」が必要になるほどだなんて、相当だ。
お互い殺さない程度の、だが「本気」で戦っていることになる。
「ミネリネ様、その様子を見ることはできぬのでござりまするか?」
「ぼんやりでよければ、見えなくはないわよ? キャスの持っていた機械ほど綺麗には見えないけれど」
「それでかまいません。見せてもらえますか?」
ふわふわふわっと室内の空気が揺らいでいた。
蜃気楼のような景色が、ミネリネの前に現れる。
かなりぼやけてはいるものの、ザイードが「龍」化しているのがわかった。
フィッツの周りに、金色の筋が見えている。
「雷……雨も降ってるし……風もすごい……」
フィッツの半袖シャツの袖も裾も、風に煽られていた。
体にぺったり張りついているようにも見えるので、雨に打たれているのだろう。
ジュポナの時とは、明らかに違う。
ザイードは手加減をしていない。
「えっ?! なんでっ?」
「な、なにがでござりまするか?!」
「ファツデ……? そんなはず……ちぎられてる……強度がない?」
ティトーヴァだけが使えると聞いていた「ファツデ」という名の武器。
それと似たものを、フィッツは使っていた。
だが、ティトーヴァのものとは違い、強度が弱いらしい。
ザイードの尾の、ひと振りで引きちぎられている。
次々とザイードの体に纏わりついているのは、ワイヤーというより糸に見えた。
「ザイード様の体に雷が……っ……」
金色の光が、ザイードの体に落ちている。
ただし、ザイードには、なんのダメージにもなっていないようだ。
さらに多くの金色の光、そして、炎が噴き上がる。
その炎と風が、フィッツの体を浮き上がらせた。
「フィッツっ!!」
あの夏の日まで、キャスはフィッツに「なにか起きる」とは考えていなかった。
どこかで「フィッツなら大丈夫」だと思っていた。
けれど、それは違っていたのだ。
浮き上がったフィッツの体に、金色の光が集中する。
背筋が凍り、ぶるぶると体が震えた。
その光景に、キャスは悟る。
「キャス様……っ……」
「キャス?!」
フィッツが雷を受け流し、地面に降り立った。
が、その姿を見る前に、キャスは意識を失う。




