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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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確信の確認 1

 

「ほら、着いたぞ」

 

 言われて、フィッツはダイスの背から、ひょいっと降りた。

 朝食後、渋々といった様子でガリダに現れたダイスの背に乗り、約2時間。

 周囲には、半分に切った球を、ぽんっと伏せて地面に置いたような形の家が並んでいる。

 ルーポの領地に到着したのだ。

 

「お前、平気そうだな」

「なにがでしょう?」

「オレの速度。キャスは苦しそうだったから、かなりゆっくり走ったんだぞ?」

「あの速度で、姫様を乗せて走ったのですか?」

 

 フィッツの眉が、ついっと吊り上がった。

 ダイスの走りには、かなりの速度があり、それに比例した風圧を受ける。

 フィッツとて、まるきり平気だったわけではない。

 いくつもの施術を受け、訓練した身体なので耐えられただけだ。

 

「ほんのちょっとだ! ザイードに毛を引っ張られたからな」

「姫様を乗せる時は、気をつけていただかないと困ります。私とは、根本的に体の造りが違うのですよ」

「わかったって」

 

 どうだか、と思う。

 性格は悪くなさそうだが、細かな気配りができるようにも感じられない。

 アヴィオのように敵意ともとれる感情をあからさまにぶつけてこないだけマシとは言えるものの、自覚がないのが始末に悪いのだ。

 

(無自覚というのは、治る見込みが、ほとんどない、というのと同義だからな)

 

 フィッツの「警告」を、どこまで本気にしているのか。

 大雑把な性格なので、すぐに忘れてしまう気がする。

 であれば、カサンドラをダイスに「乗せない」ことが肝要だ。

 

「ダイス、そのかたが、お客様なの?」

「キ、キサラ……っ……」

 

 ダイスが、ぴょんっと飛び跳ねるようにして、振り向く。

 ダイスよりも、ひと回りほど小さい狼型の魔物が近づいて来た。

 灰色が濃い毛並みをしている。

 ダイスの輝くばかりの銀色と比べると、濁った色のように見えた。

 

「な、なんで、お前……」

「お客様なら、ご挨拶するのが当然でしょう?」

「け、けど……わざわざ来なくても……」

「私は、ルーポ族の長の妻だと思っていたけれど、違うのかしら」

 

 ぴしゃんと言われ、ダイスが耳を寝かせている。

 尾も地面につくほど下がっていた。

 フィッツは、この「灰色」に、いかにダイスが弱いかを悟る。

 と、同時に心の中で、首をひねっていた。

 

(雌……いや、女性が強い種族は、確かイホラだったはずだが……)

 

 歴代女王が残してきた魔物の国の情報は、資料はなく口伝(くでん)により教えられる。

 ティニカにミスがあるとは考えにくいが、聞き取り間違いや、伝え間違いがないとは言い切れない。

 世代を経ることで、特色が変わることもある。

 

 少なくとも、ダイスは「妻」に弱い。

 それは、確実だ。

 完全に、尾を押さえられている。

 

「本日は、ルーポ領地の地図を作るために来ました。ガリダにおられる……カサンドラ様の従僕、フィッツと申します」

「カサンドラ……?」

「ああ、キャスのことだ。こいつは、なんでか、そう呼ぶんだよな」

「私は、お仕えする身ですから、愛称で呼ぶなど考えられません」

「人ってのは、ややこしいんだよ、キサラ」

 

 ダイスが、そわそわしながら「灰色」の周りをウロウロしていた。

 が、まったく相手にされていない。

 つんっと鼻を突き出すようにしてから「灰色」が頭を下げる。

 それが、いい意味での挨拶なのかは不明だ。

 挨拶の仕方までは、女王の情報にはない。

 

「では、領地をご案内いたします」

「それは、オレがする! お前は、子供らの世話があるだろ!」

「従姉妹たちに任せてきました」

「い、いや、でも、ほら……」

「お客様の相手をするには、あなたは雑過ぎます。昨日の集まりのことを聞いても判然としないことばかり。次の戦に備えなければならないというのに、そのような状態で、どうしますか」

 

 ちろっと、恨めしげにダイスに横目でにらまれた。

 尾にさわられたことを「灰色」には隠しているらしい。

 だから「判然としない」話になったのだろう。

 とはいえ、それは、ダイスが上手くやれなかったのが悪いのだ。

 

「どうやら、あなたのほうが適任のようですね」

「おい! キサラにさわったら、嚙み殺すぞ!」

「さわりませんよ。確かに美しい毛色ですが、見るだけで十分です」

「お、お、お前なあっ! 見るのも駄目だ! キサラはオレの(つがい)……っ……」

「ダイス! いいかげんにしなさい! あなたが心もとないからでしょう!」

 

 パシッという音が響く。

 ダイスを「灰色」が尾で()(ぱた)いたのだ。

 途端、ダイスが体を縮こまらせる。

 フィッツは、ルーポ族の「序列」を重視することにした。

 

「キサラさん、よろしくお願いいたします」

 

 ダイスは、フィッツに文句を言いたそうだったが、口は開かない。

 キサラに小さくにらまれただけで、大人しくなった。

 やはり「序列」は大事なのだ。

 魔物にとってのそれは、人で言う身分以上のものがある。

 

「では、まいりましょう」

 

 キサラが、ひょいっと人型に変化した。

 隣で、ダイスも慌てて人型になっている。

 間に割り込みたかったようだが、ひとにらみでキサラに牽制されてしまった。

 結果、左からダイスキサラ、フィッツの横並びで歩き出す。

 

「この辺りは、もうすぐ雪が深くなるそうですね」

「はい。体がすっぽり埋まるくらいになります。ですが、我らは身軽なので、動けなくなるということはございません」

「ほかの種族も、そうであれば、ここを避難地区にしたかったのですよ」

「人は寒さが苦手なのでしょうか?」

「いえ、防寒はできますが、移動ができないのです」

 

 キサラは、納得顔でうなずいていた。

 ダイスの関心は、キサラに向けられていて、話を聞いているのかいないのか。

 どちらにせよ、キサラが「上手く」やるに違いない。

 ダイスの扱いかたを、とてもよく心得ている。

 

 領地を歩きながら、フィッツは地形や建屋などを地図に加えていた。

 しばらくすると、家が並んでいる区域を外れたらしい。

 冬枯れした木々が見えて来る。

 元々、ルーポの領地は森で、居住区は、その中心にあるのだ。

 

「ルーポの魔力攻撃で、亀裂は、どのくらいの深度まで入るのですか?」

 

 キサラが、隣に寄り添って、いや、へばりついているダイスに視線を投げた。

 すぐにフィッツのほうに顔を向け、わずかばかり自慢そうに言う。

 

「たいていは、3百メートル程度なのですが、ダイスであれば、5百メートルは、ゆうに越えるでしょう」

「ザイードよりは少ねぇけど、オレも魔力は大きいほうなんだぜ?」

 

 キサラに褒められたからだろう、ダイスが胸を張っていた。

 すっかり機嫌が良くなっているのだから、呆れる。

 ルーポ族との関係維持には、キサラと友好的な関係が必要不可欠だと判断した。

 

「幅は、どのくらいになります?」

「距離にもよるけど、3~5メートルくらいだろ? な、キサラ?」

「そうね。距離が長いと幅が狭くなるものね」

「短い距離であれば、広い幅にすることも可能なのでしょうか」

「できなかねぇが、誰でもってわけじゃねぇな」

 

 ダイスは、できるものを思い浮かべているのか、視線を上にしている。

 その間に、できるものとできないものがいる理由を、キサラが説明。

 なかなかバランスのいい「番」だ。

 

「そもそも魔力攻撃は、攻撃するためのものです。なるべく自分から離れた場所で亀裂に落とすのが効果的と教えられてきました。ですから、たとえ幅が狭くとも、素早く遠くまで亀裂を入れるように訓練するのです」

「亀裂は、それほど素早く入れられるものなのですか?」

「そうでなければ逃げられてしまいますからね。一瞬です。普通のもので5キロ、ダイスなら十キロは距離を稼ぎます」

 

 それはそれで大した攻撃だと思う。

 人が地面に足をつけてさえいれば、かなりの打撃を与えられたはずだ。

 かつての魔物は、人が「乗り物」を使うことを知らなかった。

 それゆえの敗北だと言える。

 

「うーん……たぶん、距離が半分だと、オレなら20メートルくらい幅を作れるんじゃねぇかと思う。ちょっと力加減しただけで、いつもの倍以上になったしな」

「ああ、コルコに頼まれて、前にそういうことをしたわね」

「岩を落としたいとかなんとか……あれは十キロも距離はなかったぞ」

「その代わり、幅が十メートル以上あったのは確かよ。岩が簡単に落ちたから」

 

 2頭の会話に、フィッツは頭の中で計算していた。

 壁ギリギリから使えば、距離は5キロで間に合う。

 幅20メートル、深さ5百メートルの亀裂が生じさせることができれば上出来だ。

 しかも、亀裂ができるのは一瞬だというのだから、さらに都合がいい。

 

「百頭の確保をお願いします」

「百頭か。キサラ、どう思う?」

「鍛錬すれば、難しい数ではありません」

「だってよ。ほかの奴らは、いいとこ十メートルだぜ?」

「かまいません」

 

 ダイスと同じにならないとの計算の上で「百頭」という数字を弾いている。

 それでも、横並びに一斉に攻撃すれば、1キロ幅の亀裂を作れるのだ。

 フィッツの思い浮かべた、魔物の国に最も近いリュドサイオにある軍の施設を「埋める」には、十分と言える。

 

(あの施設を使いものにならなくすれば、ミサイルの発射は防げる)

 

 現時点での飛距離の関係から、魔物の国にミサイルを着弾させられる発射地点は限られていた。

 当然、そこにある施設に兵を置き、ミサイルも格納しているはずだ。

 なおかつ、亀裂ができると、発射台の設置自体が困難になる。

 

(リュドサイオの東の端。街もない場所だ)

 

 施設内外の兵たちは死ぬだろうが、民に犠牲は出ない。

 これなら、カサンドラも納得してくれるだろう。

 フィッツの中で、リュドサイオの地形を変えることに躊躇(ためら)いなどなかった。

 気にしているのは、カサンドラの意思だけだ。

 

「お! ここだ!」

 

 なにか重要な場所なのかと、辺りを見回す。

 だが、枯れ木の並ぶ風景に変わりはない。

 夏場であれば緑の葉が生い茂るのだろうが、今は寒々としているだけだ。

 ほかとなにが違うのかと観察しているフィッツに、ダイスが得意げに言う。

 

「ここはな、オレがキサラに248回目の求愛をした場所なんだよ」


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