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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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感性の法則にて 2

 キャスのところまではとどいていないが、床の板敷に割れ目が入っている。

 ダイスが魔力を使ったようだ。

 みんな、驚いて茶を飲む手を止めていた。

 茶を運んできたノノマとシュザも、おかわりを注ぐ手を止めている。

 

 ザイードだけが、尾を左右に小さく振りつつ、ダイスへと歩み寄っていた。

 近くには、フィッツもいる。

 ダイスがフィッツに、ちょっかいをかけていることに気づいていたが、持ち前の好奇心を発揮しているのだろうと、放っておいたのだ。

 キャスも、すんすんされたことがあったので。

 

 あまり冷たくあしらわなければいいなと思っていたのだが、案外、普通に話している様子だったため、なおさら放っておいた。

 魔物たちの中で、フィッツが孤立するのは望ましくない。

 さっきのように、一触即発といった雰囲気になるのは()けたかった。

 

 フィッツが気にしなくても、キャスは気にする。

 だから、様子見をしていたのだけれども。

 

「なにやってんの、フィッツ」

 

 キャスも、ザイードの後を追って、フィッツとダイスに駆け寄った。

 ダイスは、床に体を落とし、両の前脚を前に投げ出して、へたっとなっている。

 まさに、くぅんっといった感じだ。

 大きな目が、心なし潤んでいる。

 

「尾を調べていました」

「尾? なんで?」

「ルーポは、尾で亀裂を作ります。その構造を知っておきたかったので」

「それは……まぁ……必要な、ことであろう、な……」

 

 ザイードが、なにやら微妙な顔つきをしていた。

 振り向くと、ほかの長たちも、曖昧な表情を浮かべている。

 笑いたそうな、同情しているような。

 けれど、やはり笑うのを耐えているような。

 

「お前ら、こいつは容赦ねぇぞ! 次は、お前らの番だからな!」

 

 ダイスの言葉に、全員が、ハッとしたような顔をした。

 同時に、そわそわし始める。

 ザイードまでもが、なぜか尾をフィッツから遠ざけるように高く掲げた。

 それぞれに体を隠そうとしている。

 

「お、俺は断る! 絶対に、お断りだ!」

 

 アヴィオが怒鳴った。

 隠しようもないのに、両手で角を掴んでいる。

 いったい何事かと、キャスは、きょろきょろと視線をさまよわせた。

 ミネリネは、ほとんど透明化しているし、いつもは足を横にしているナニャも、居心地が悪そうに正座をしている。

 

「な、なに……? どうしたんですか……?」

 

 そろりといったふうに訊いたキャスに、ザイードが視線をそらせた。

 それから、細く薄く口を開く。

 

「……我らの魔力というのは、本能と結びついておるのだ」

 

 キャスは、自分の魔力を意識したことがない。

 だが、言われてみれば、そんな気もする。

 無意識にでも使えるのは、本能的な部分に繋がっているからだと考えれば不思議ではないのだ。

 

「生き物にとって生存というのは、非常に強い本能なのですよ、姫様」

「まぁ……そうだろうけど…………あ……」

 

 反射的に、ダイスを見た。

 ダイスが情けない顔で、耳をへたらせている。

 

「ちょ……フィッツ……知ってたんだよね?」

「知っていました」

 

 それがなにか?という顔ができるのが、フィッツなのだ。

 平然としているフィッツを見ていると、ダイスが気の毒になってくる。

 

(そりゃあ、みんな、嫌がるよ……あ、いや、でもなぁ……)

 

「あのねぇ、みんなは、私とは違うんだよ? 私は、四六時中、見られてたしさ、フィッツに見られてないとこなんてないわけだけど……」

「なんと……っ……?!」

 

 皇宮にいた頃は、あまりに自然になっていたので、うっかり口が滑っていた。

 あの時のフィッツは、360度の眼を持っていて、見られているといった意識もなかったのだ。

 少々、頭のイカれたフィッツに、慣れていたこともある。

 

(そう言えば……アイシャもびっくりしてた、っていうか、怒ってたっけ……)

 

 指摘された時の、フィッツの狼狽ぶりを思い出して、寂しい気持ちになった。

 フィッツには「普通」を教えないほうがいいのだ。

 それも、フィッツを変える要素のひとつだったのだから。

 

「人の国で、私が暮らしてた場所は、いろいろと危険なこともあったので、用心のために見張っていただけです。フィッツには下心なんてありませんし……」

 

 自分の言葉に、自分で傷つく。

 馬鹿な話だ、と思った。

 が、それを助長するように、フィッツがうなずいている。

 

「当然です。私は、姫様をお守りする立場。下心などいだくはずがありません」

「……わかってるよ……フィッツに下心なんてない。ないない、絶対にないっ」

 

 ザイードが、驚きに、ぱかりと開いていた口を、ゆっくりと閉じた。

 瞳孔は、少しだけ狭められている。

 なにか思案している時の顔だ。

 

「あの、フィッツ様!」

 

 すくっと立ち上がったノノマが、こっちに駆けて来る。

 ノノマは、フィッツが苦手らしかった。

 怖がっているというよりは、なにか気後れした様子を見せるのだ。

 こうしてノノマから話しかける姿は、初めて見る。

 

「我らの攻撃方法は、じゃ、弱点にも成り得るところにござりまする。そ、それを知らねばならぬ、り、理由があるのでござりましょう?」

「たとえば、ルーポ族は、耳がちぎれても戦えますが、尾がなければ戦えません。そして、おそらく、ちぎれた尾は、ファニでも癒すことができない」

 

 ちらっと、フィッツが同意を求めるように、視線をミネリネに投げた。

 ミネリネは黙ってうなずく。

 ラフロも、そんなようなことを言っていた。

 あの時のザイードは、脚と尾がちぎれていたのだ。

 

「で、では、フィッツ様は、それができるのでござりまするか?」

「構造がわかっていれば、たいていの部位はくっつけられますね」

 

(フィッツ、言いかた……部位って……)

 

 言葉を選ばないフィッツのこだわりのなさに、がっくりきそうになる。

 が、ノノマは気にしていない。

 瞳孔を拡縮させながら、前のめりになっていた。

 

「そういう技術を持っておられると?」

「技術というより施術をするだけですよ。切り落とされた指をくっつけることは、人の国でも、よくあることですし」

 

 いや、よくあること、というのは言い過ぎだ。

 とはいえ、確かに「ないことはない」と言える。

 

「で、では……私の尾も……」

「駄目! ノノマは、駄目だよ、女の子なんだから!」

「さようにございます!」

 

 割り込んできたのは、シュザだ。

 全身が緑の鱗で覆われているので、正直、顔色はわからない。

 だが、言うなれば「真っ青になっている」状態であることは、わかる。

 下心の有る無しに関わらず、好きな相手の「本能」に関わる部分にさわられたくない、という気持ちは理解できた。

 

「私は、どなたでもかまいませんよ? 基本は同じでしょうから」

「なれば、私が!」

 

 シュザが、おそらく「真っ青な顔」で、ずいっと前に進み出る。

 命でもとられるのかというほどの、決死の覚悟が漂っていた。

 そんなシュザにも、フィッツの表情は微動だにしない。

 相変わらずの無表情。

 

(でもなぁ、いざって時に、くっつけられるっていうのは……先々の暮らしにも、影響があるだろうし……不便ってだけじゃないもんね)

 

 会話や変化(へんげ)はできても、いろんなことができなくなる。

 ルーポであれば、家が造れなくなったりするはずだ。

 なにより、精神的に大きなショックを受けるのは間違いない。

 治せる手段があるのなら、手に入れておくべきだろう。

 

「な、ならば、俺は、後日、別の奴を来させる。選り抜きの奴をな」

「私も、そうしよう」

「私たちには必要なさそうだけれど、調べたいことはあるのでしょうし……誰か、こちらに寄越すことにしておくわ」

 

 アヴィオ、ナニャ、ミネリネが口をそろえて言った。

 誰でもいいのなら、自分たちでなくてもいいと、判断したようだ。

 

 早い話、逃げた。

 

「この……っ……お前ら、ズリぃぞ! なに逃げてんだよ!」

「逃げるだなんて、おかしなことを言うわねぇ。その者が、誰でもいいと言うから私より適任がいると考えただけじゃないの」

「ミネリネの言う通りだ。いかに下心がなくとも、私の性別は女。その者も少しは気を遣うかもしれない。どちらかといえば、男のほうが、気兼ねがないはずだ」

「いや、逆に、そいつだって男だ。どうせさわるのなら、男より女と思うかもしれないだろう。コルコは広く募り、行きたがるものを行かせることにする」

 

 みんな、それぞれに言い訳をしているが、間違いなく「逃げた」のだ。

 ともあれ、種族の(おさ)が言うのだから、その判断を尊重する。

 最初に「被害」にあったダイスは気の毒ではあるけれども。

 

「そもそも、お前のは自業自得だ、ダイス」

「どういう意味だ、ナニャ! オレは、こいつに話しかけただけだぞ!」

「それそれ、それよぉ」

「どれだ?」

下手(へた)に好奇心を振り回すから痛い目に合う、と言っているんだよ」

 

 ナニャもミネリネもアヴィオも、こういう時は息ぴったりだ。

 完全に、ダイスの旗色が悪くなっている。

 わかっているのか、ダイスも低く唸るばかり。

 言い返す言葉もないらしい。

 

「あ…………」

 

 キャスは、ノノマの手を掴む。

 相手が誰であろうと、フィッツは容赦しない。

 必要な情報を手に入れるまでは、ほどほどでやめる、なんて手加減もしない。

 

「ちょっと外に出てよっか」

「かしこまりましてござりまする」

 

 ノノマは、きょとんとした顔をしつつも、キャスについてきた。

 家を出たところで、中からシュザの悲痛な叫びが。

 

(一応……私たちが外に出るまでは、待ってくれたんだ……フィッツ……)


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