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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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思想の差異 2

 家の建て増しが終わったのは、フィッツが手掛け始めて15日ほどだった。

 その間もフィッツは、キャスが過ごし易い空間を残しつつ作業してくれている。

 隣にあった納屋は、平気でぶっ壊していたが、それはともかく。

 

(十分、広くなったと思うけど、地下が造れないって言ってたよなぁ)

 

 ガリダの領地には、沼地が多い。

 考えなくとも地盤が緩いことは明白だ。

 コンクリートで地盤を固めでもしない限り、地下室なんて作れるはずもない。

 

(フィッツならコンクリートくらい造っちゃいそうだよね。とは言っても、たとえコンクリートが造れたとしても、それはそれで危険っていう気がするし)

 

 土地や建物に詳しいわけではないが、なんとなく危ないと感じる。

 あの「ティニカの隠れ家」でさえ地下から攻め落とされたのだ。

 沼地であれば、地面には、たっぷり水がしみこんでいるだろう。

 コンクリートで、変に水脈を塞いでしまったりすれば、別の場所が地盤沈下することも有り得る。

 

 なんてことは、フィッツも考えたに違いない。

 自分でも思いつくようなことを、フィッツが思いつけないはずがなかった。

 だから、造るのを、早々(はやばや)と断念したのだ。

 

 資材が運ばれて来るや、黙々と1人で作業。

 ガリダたちは手伝うと言ったらしいが、それをフィッツは断っている。

 キャスは、そんなフィッツの姿を、ただ見ていた。

 

 あの戦から、1ヶ月弱。

 

 魔物の国は、落ち着きを取り戻している。

 人との差を、ここでもキャスは感じた。

 簡単ではなかったはずだ、とは思う。

 けれど、魔物たちは「死」を受け入れていた。

 

 しかたがなかったと諦めているわけではない。

 国を守るための尊い犠牲だともしていない。

 悲しくないとか、平気だとかいうのとも違う。

 それでも、その存在が消えてしまったことを受け入れ、記憶を語り合っていた。

 

 そして、生き残った自分たちを責めたりもしないのだ。

 

 キャスの中には、いろんな後悔がある。

 拭いきれない罪悪感もいだいていた。

 元の世界で死ぬ間際には、未練も後悔もなかったのに、今は後悔ばかりだ。

 悔やんでも取り返しがつかないとわかっていても、悔やむ。

 

 あの時、無理をして人の国に戻っていなければ、アイシャの祖父や父を巻き込むことはなかったのだろうか、とか。

 

 おそらく結果は同じだ。

 ロキティスは、そもそも魔物の国を襲撃するつもりでいた。

 そのために聖魔封じは必須であり、仮にラーザの民を利用するしか手がなかったのだとすれば、キャスが、なにをしてもしなくても結果は変わらなかっただろう。

 

 そう思いはすれど、割り切れなさがある。

 なぜなら、ラフロとの取引を拒否したのは、自分の我儘に過ぎなかったからだ。

 フィッツを再び死なせなくない、という思いしかなかった。

 

 けれど、もしフィッツを生き返らせていたなら、より良い選択をしてくれたかもしれない、と考えてしまう。

 壁を壊してなお、最善を選べた可能性があったのではないか。

 実際、取引に対する決断をくだしたあと、フィッツを生き返らせたほうが戦争を有利にできたはずだ、とは思っていたのだから。

 

 フィッツのいない中、自分で選択し、決断せざるを得なかった。

 考えが至らないことも多かった。

 自分の精一杯と、フィッツの精一杯とでは、大違いだと、わかってもいる。

 だから、思ってしまうのだ。

 

 結局、フィッツが生き返ることになるのなら、あの時と今と。

 

 どちらを選ぶのが「最適」であったのかと、複雑な心境になる。

 今のフィッツは、以前のフィッツとは違うのだ。

 たぶん、ラフロも言っていた、あの「魂」が砕かれたからだと推測している。

 散り散りになった記憶や思い出や感情を、自分は拾い損ねた。

 薄金色のひし形を砕かれる前、すなわちラフロとの取引をして、フィッツを取り戻していれば、こんなことにはなっていない。

 

(こんなグダグダ考えてるから……よけい気まずいっていうかさ……)

 

 建て増し作業を横目にしながらも、フィッツに、あまり声をかけられずにいる。

 声をかけても、どこかぎこちなくなる。

 勝手と言わざるを得ないが、複雑な感情が、キャスを縛りつけていた。

 思ったように言葉が出なかったり、行動できなかったりするのだ。

 

 キャスは、フィッツがいなかった間に起きた出来事を、おおまかに話している。

 その中で、恐れていたというか、予想通りの反応があった。

 

 ラーザの民3百人の死。

 

 ただし、3百人というのは、ゼノクルの言葉でわかった数字だ。

 遺体を確認できたのは、2百人もいない。

 沼地以外にあった2台のリニメアーからは、ほとんど見つからなかった。

 亀裂から噴き上げた水で横倒しになったリニメアーはドアが破損しており、遺体は流されてしまったのか、半数も残っていなかったのだ。

 

 そして、アイシャの祖父と父の乗っていた小型のリニメアーは、ゼノクルが逃亡に使っている。

 遺体ごと乗り逃げられてしまったので、あの時、垣間見たのが最期になった。

 中にアイシャの姿がなかったのは確認できていたけれども。

 

 そのラーザの民の死を告げた際のフィッツの反応が、予想通りだったのだ。

 ある意味では、キャスの期待に沿うものではなかった。

 もちろん、それだって、しかたがないと、わかっている。

 

 フィッツは「アイシャを知らない」のだ。

 

 アイシャと出会ったのは、戦車試合の日だった。

 けれど、知り合ったのは、隠し通路を抜けた先にあった狩猟地の森の中。

 森狩り中に現れたアイシャはエガルペの騎士だと名乗り、囮になってくれたのだ。

 

 それ以降、2人の逃亡に同行し、手を貸してくれている。

 とはいえ、フィッツの記憶は、皇宮の地下室で途切れていた。

 戦車試合で助けたバレスタンの女性騎士がエガルペだったと知っても、それほど感情の変化は見受けられなかったのだ。

 

 一緒に過ごした日々がないフィッツにとっては、アイシャがどういう人物であるかもわからない。

 ネセリックの坑道で別れる頃には信頼関係ができていたように感じたが、それも当然に消えていた。

 

 『ラーザの民であれば姫様のなさったことに同意していたはずです。なにも気に病まれることはありません。むしろラーザの民であるにもかかわらず、姫様の身を危険に(さら)したことを恥じるべきですね』

 

 ラーザの民の死を話したキャスに、フィッツは、そんなふうに言っている。

 予想通りと言えば、予想通りだ。

 ティニカのフィッツであれば、なんら不思議ではない。

 だが、キャスは、別の反応を期待していたのを自覚している。

 

 心の隅で、ほんの少し。

 

 ラーザの民の死を悼み、自分の後悔や罪悪感をわかってほしかったのだ。

 一も二もなく、当然のように受け流されたのが悲しかった。

 自分の中途半端な力が招いたことなのに。

 

 そういう、あれこれがあり、キャスの心境は複雑になっている。

 簡単にできていたはずのことが、とても難しく感じられた。

 フィッツに変化を望まないのなら、迂闊に距離を縮める真似もできないし。

 

(でも、私は自分勝手なんだよなぁ……戦争が終わったら、フィッツと、のんびりできるのかとか……考えてるんだからさ……我ながら、人でなし体質だと思うよ)

 

 魔物にも人にも、そしてラーザの民さえも犠牲にしておいて、のうのうと先々の幸せについて考えている。

 なのに、人の国でティニカに匿ってもらうとの選択もせずにいるのだから、偽善もいいところだ。

 

 フィッツが大事で死なせたくないのなら、魔物の国から手を引くべきだった。

 ここにいる限り、人との戦争は()けられず、危険が伴う。

 わかっているのに、手を引けない。

 

 最も大事なものはなにか。

 

 それを決めきれずにいる。

 心ではフィッツだと決めていても、やはり割り切れなかった。

 親しくなった魔物たちの顔が浮かんでくるからだ。

 自分たちが逃げてしまったら、彼らはどうなるのだろうか、と。

 

 『あなたは、やり直したいとは思いませんか?』

 

 本物の「カサンドラ」から聞かれたことだった。

 今なら、この世界に来た日だと答えるかもしれない。

 

(坑道でも、ティニカの隠れ家でも……2度目だったら、もっと上手くやれるはずだもんね。できるもんなら、そうしたいけど)

 

 純血種ではない自分には、そこまでの力はない気がする。

 ラフロは「私の力を直接に与えなければできないこと」だと言っていた。

 そして、生き戻りの力を与えたはずなのに、その力はフェリシアではなく、その娘のカサンドラに宿ったのだ。

 なんでも思う通り、ということにはならない。

 

 元の世界には持たなかった未練や後悔を感じ、同じく元の世界では求めなかった「やり直しの人生」を求めている。

 これが「生きる」ということなら、生きるというのは、なんとしんどいことか。

 淡々と生き、苦痛もなく死ねたであろう、あの一瞬が、自分にとっての、最初で最後の「ラッキー」だったのだ。

 

(おかしいよね。そのラッキーな時点じゃなくて、この世界に来た最初の日に戻りたいだなんてさ……フィッツを知らなかった頃には戻りたくないってことか……)

 

 フィッツを知った今となっては、もう「ラッキー」ではなくなっている。

 その記憶をかかえたままでは、未練も後悔もなく死ねないからだ。

 フィッツが死んだ日に感じた多くの未練や後悔が、自分の死にも重なってくる。

 

 もう1度、好きだと言っておけば良かった、とか。

 きっと思うに違いない。

 

 今のキャスには、どんなに苦痛のない「死」でも、幸運には成り得なかった。

 フィッツと出会わなければ良かった、とは思えないからだ。

 生きるのが苦しかったりしんどかったりしても。

 やり直しの人生が選べたとしても。

 

 フィッツと出会う人生を選び、生きる道を進むことだけは確かだった。

 なのに、そのフィッツを相手に、ぎこちなくなっているのだから、自分の曖昧さ加減に、嫌気がさす。

 振り切ってしまいたいのに、振り切れない。

 フィッツが生き返ってからずっと、キャスは、複雑な心境に振り回されている。

 

「キャスよ、そろそろ行くが、用意はできておるか?」

 

 ザイードが顔を覗かせ、つきかけた溜め息を飲み込んだ。

 建て増し後、元ザイードの部屋がキャスの部屋となり、元キャスの部屋の半分がフィッツの部屋、残りの半分と納屋だった場所にザイードの部屋ができている。

 そのため、ザイードは以前のように簡単に、ひょいと顔を出さなくなった。

 間に、フィッツの部屋を挟んでいるからだ。

 

(ザイードが下心なんて持つはずないのに。過保護なとこは変わってないんだね)


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