表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
205/300

思想の差異 1

 しゃり、しゃり。

 

 小さな音が部屋に響いている。

 ゼノクルは大きな枕を背もたれにして、ベッドの上で足を伸ばして座っていた。

 その膝には、シャノンを乗せている。

 小さな音は、シャノンがクッキーを齧る音だ。

 

 中間種の存在は表沙汰にできないため、シャノンはゼノクルの寝室にいた。

 誰かが入って来る時には、ゼノクルの許可が必要だ。

 声をかけられたら、シャノンは隠れている。

 ロキティスの「躾」のおかげで、気配を消すのにも慣れていた。

 

 もちろん、わずかな魔力を使い、耳や尾を隠すことはできる。

 それなら人に見られても、ゼノクルが少女を囲っているくらいにしか思われずにすむのは、わかっていた。

 が、しかし、ゼノクルもとい魔人クヴァットは、獣くさいのが大嫌いなのだ。

 魔力なんて絶対に使わせたくない。

 

 半分ほど齧られたクッキーを、シャノンから取り上げた。

 それを、自分の口に放り込む。

 

「た、食べかけ、です」

 

 ちらっと、シャノンが、ベッド脇の小テーブルに視線を投げた。

 そこは、ゼノクルの手のとどく位置だ。

 皿があり、クッキーが山積みになっている。

 食べかけの物を、わざわざ食べなくても、と思っているに違いない。

 シャノンの尾が、不思議そうに、くるんくるんと緩く輪を描いていた。

 

「毒味だよ、毒味」

「ど、毒が、入っているかも?」

 

 警戒するように、シャノンが瞳孔を狭める。

 毒味をさせられたことに不満はないらしい。

 こういうところが、気に入っている。

 シャノンは、ゼノクルのすることに従順なのだ。

 そして、無駄な知恵がないので、裏読みもしない。

 

「あのな、俺がお前に毒の入ったもんを食わせるわけねぇだろ。冗談だっての」

「そ、そうですか……それなら、良かった、です」

「ロッシーは、毒にも神経質だったよな。あいつは、そういう奴だった」

「食べる前に、毒の検知をかけさせて、ました」

「それだけじゃねぇさ。小型の毒検知機まで持ち歩いてたんだぜ?」

 

 皇宮で出される飲食物は、事前に毒検知がかけられている。

 にもかかわらず、ロキティスは運ばれている途中に混入されるのを恐れていた。

 そこまでしてもなお、料理には手をつけず、飲み物にしか口をつけないような男だったのだ。

 

「あいつ、生きちゃあいるだろうが、今頃は死にたがってるだろうぜ」

 

 シャノンにクッキーを渡してやりながら、ゼノクルは軽く肩をすくめる。

 ロキティスを恐れなくなったからか、シャノンは平然とクッキーを齧っていた。

 ロキティスが生きていようが死んでいようが、興味はないらしい。

 実のところ、ゼノクルも、ロキティスの生死に興味などなかったのだが、それはともかく。

 

「皇帝もセウテルも怒り狂ってたからな。セウテルの奴は、全力で親衛隊の特権を使ってるはずだ。ああ、ひでえ。ひでえことになっちまったよなあ」

 

 ははっと、軽く笑う。

 現実に酷い目に合っているロキティスよりも、ゼノクルへの「兄弟愛」から激怒していたセウテルが面白かったのだ。

 使ってみると、存外、楽しめた。

 今まで「面白くない」と思っていた駒だったので、なおさら良い気分になる。

 

「ま、もうどうでもいいやな。ロッシーは、お前を虐めてたツケでもはらってりゃいいのさ。あとは、あの小娘だな」

 

 ぴんっと、シャノンの耳が立っていた。

 クッキーを食べる口も止まっている。

 その手から、半分になったクッキーを取り上げて、また口に放り込んだ。

 反対の手で、シャノンの頭を撫でる。

 

「あの小娘には、ずいぶんと傷めつけられたからよ」

「そ、そんなに、痛く、なかった、です」

「その割には、ぴいぴい泣いてたじゃねぇか」

「……ご主人様の、足を引っ張ってました、から……」

 

 言葉に、がしっとシャノンの顎を掴んだ。

 大きな青い瞳が見開かれ、瞳孔も拡がっている。

 その目を見て、ゼノクルは目を細めた。

 

「お前が、俺の役に立ってるかどうかは、俺が決めることだ。足を引っ張ってるかどうかってのも、俺が決める。お前が決めることじゃあねえ」

 

 シャノンは、ゼノクルに疑いのない眼差しを向けている。

 殺されるとの考えがないわけではない。

 それでもいいと、命をあずけているのだ。

 驚いて拡がっていた瞳孔は普通の縦長に戻り、尾も、ゆらゆら揺れている。

 

 スッと顎から手を離し、新しいクッキーを渡してやった。

 やはり、シャノンは、なんの疑いもない瞳で、それを受け取る。

 そして、顎を掴まれたことなど忘れたみたいに、しゃりしゃり食べ始めた。

 その姿を見つつ、ゼノクルは両腕を頭の後ろで組み、天井を見上げる。

 

「シャノン、俺は魔人だ」

「は、はい……あの白いかたが、言ってました、ね」

「この体は借り物で、ガタが来りゃ俺は国に帰る。そん時は、お前も連れてくぞ」

「はい。ご主人様と……一緒にいるのが、いいです」

 

 ゼノクル、もといクヴァットが「あの小娘」に、散々な目に合わされた時、相方であるラフロが治療のため、地上に来た。

 その会話の中で、仕えている(あるじ)が「魔人」だと、シャノンは知ったはずだ。

 が、シャノンの態度は、まったく変わらなかった。

 

(ラフロ、ちょっと欲しそうにしてたよな)

 

 ラフロにしてはめずらしく、ほんのちょっぴりだが関心を示していたのだ。

 その気持ちはわかる。

 中間種とはいえ、シャノンは「人」として育てられた。

 魔物であればいざ知らず、聖魔を怖がらない「人間」はいない。

 

 さりとて、シャノンは、ラフロの玩具には成り得ないだろう。

 いかんせん、頭が、それほどよろしくない。

 取引などと言われても、首をかしげるに決まっていた。

 

「お前は、それでいいんだ。俺の言う通りにしてりゃ間違いはねえ」

 

 シャノンは、クッキーをしゃりしゃりしながら、うなずく。

 最初に、手をかけた甲斐があった。

 実に、忠実で素直、そして「聖魔」を怖がらない。

 ロキティスにカサンドラと、シャノンの怖がる対象は、むしろ「人」なのだ。

 

「そういや、俺が皇宮で、ひと芝居ぶち上げてる間に、上手くやったな」

「秘密の、施設のこと、ですか?」

 

 シャノンの表情が、少し曇った。

 ゼノクルに引き取られる前まで行われていた「実験」などを思い出したらしい。

 耳が、横に、へたっとなっている。

 怖いというより、嫌な感覚が記憶として残っているのだろう。

 

 手を伸ばし、シャノンの頭を撫でてやる。

 ゼノクル自ら切り揃えた銀髪も、見違えるほど綺麗になった。

 サラサラのツヤツヤだ。

 そのことに満足する。

 

「ちゃんと研究者どもを、リュドサイオまで連れて来たじゃねぇか」

「私を知ってる、人たちばかり、だったから……」

 

 皇宮で、ロキティスの罪を暴いている間、シャノンを「古巣」へと向かわせた。

 そこにいた研究者たちに「ロキティス捕縛」を伝えさせたのだ。

 彼らは、シャノンがゼノクルに「贈られた」のを知っている。

 今後はゼノクルが後ろ盾になると言った、と話せばついて来ると見込んでいた。

 

 ロキティスが捕まったとなれば、次が誰になるかは想像するまでもない。

 手がけていた研究や開発が、いかに許されざることだったか。

 自覚があるからこそ、頼れる相手などいなかっただろう。

 ロキティスの「友」であり、中間種を「飼っている」ゼノクル以外は。

 

(あれから7日。アトゥリノ中が、騎士であふれてんだろうぜ)

 

 ロキティスの罪を訴えれば、帝国本土が動く。

 皇帝の勅命を受けたアルフォンソが、帝国騎士団を率い、アトゥリノを捜索しているはずだ。

 そうなると予測していたため、先にシャノンを動かした。

 その頃は、ロキティスの所業に皇宮は大混乱、警備が手薄になるのは目に見えていたので。

 

「俺は、ロッシーみたいに、どうでもいいことに、金は使わねぇ主義なんだ」

 

 というより、ゼノクルは、リュドサイオの第1王子にしては「貧乏」と言える。

 弟のセウテルとは、桁が違うほど資産は少ない。

 なので、どうでもいいことに金を使う余裕なんてないのだ。

 

「お前の薬ができたら、あいつらは捨てる」

 

 ゼノクルには、彼らを匿うとの考えはなかった。

 用がすんだら始末すると、はなから決めている。

 そのことで、少しだけ迷っていた。

 施設は残しておきたいのだが、自分の関与が露見する危険がある。

 

(状況次第で決めるとすっか。にしても、わざわざリュドサイオ領土に施設を作るなんざ、どういう了見なんだかな。直轄国同士で、喧嘩でもする気だったのか? 俺に知られてねぇと思ってたとこは、笑えるけどよ)

 

 ゼノクルは鼻が利く。

 獣くさいのが大嫌いでもあった。

 おまけに、1人で出歩こうが、誰も気にしない(うと)まれ王子だ。

 リュドサイオの領地内をぶらついていても、声をかけてくる者はいない。

 

 ロキティスに会いに行った帰り、中間種の匂いに気づき、それを追ったことで、施設を見つけている。

 ゼノクルも聞かされていなかった、研究や開発のための施設だ。

 ジュポナの国境を越え、リュドサイオ側にある。

 

 ロキティスは、勝手に「他国」の領地に、そんなものを造った。

 中には、薬品や食糧などが数多く備蓄されている。

 つまり、ゼノクルは、単にアトゥリノから逃げる手配をしてやっただけなのだ。

 そして、それも一時的なものに過ぎない。

 備蓄品が尽きる前に、十分な量の薬は確保できるだろう。

 

「しばらくは、のんびり過ごそうぜ」

 

 シャノンの手から、また齧りかけのクッキーを取り上げて食べる。

 ゼノクルは、自ら「謹慎」していた。

 理由は「兵を無駄死にさせたから」だ。

 自分が謹慎でもしなければ周りの貴族を抑えられないと、あたかも皇帝のためのように言って、皇帝とセウテルを説得している。

 

 実際には「休暇」みたいなものだった。

 リュドサイオは気楽でいい。

 気持ちの悪い弟にまとわりつかれることもないし。

 

「またすぐに楽しいことが始まるさ」

 

 ゼノクルの頭に、薄金色の髪と目の男が浮かぶ。

 簡単にミサイルを相打ちさせた男だ。

 けれど、その力に感心しているのではなかった。

 

(あいつは、ティニカだ。意思のないティニカ)

 

 だいぶ傷んできているし、この体は「捨て時」かもしれない。

 そう、ゼノクルは思っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ