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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
最終章 彼女の会話はとめどない
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複雑な日々があるばかり 3

 キャスは、ザイードに曖昧に笑ってみせる。

 フィッツの中で自分が「カサンドラ」に戻っているのを、日々、実感していた。

 魔物の国では、キャスを「カサンドラ」と呼ぶものはいない。

 なので、キャスも、自分が「カサンドラ」だと意識せずにいられたのだ。

 

 しかし、彼女は未だ「カサンドラ・ヴェスキル」に縛られている。

 

 そう思わざるを得ない。

 毎日、フィッツが、彼女を「姫様」と呼ぶからだ。

 フィッツは、キャスであろうが「ヴェスキルの王女様」として扱う。

 しかたがないことなのだが、正直、しんどい。

 

 もっと気楽に生きなよ。

 

 以前、そう言おうとしてやめたことがある。

 フィッツには、わからないと、わかっていたのだ。

 今も同じだった。

 

 もっと普通に接してよ。

 

 言いたいけれど、言えない。

 フィッツにはわからないと、わかっている。

 今のフィッツには。

 

(そりゃあ、わかってほしいことはあるけどさ……同じ道には行けないし……)

 

 少なくとも、今は駄目だ。

 人との争いごとに決着がつき、平和な毎日がおくれるようになるまでは、なにも変えてはいけない。

 

「あのさぁ、もう何回も言ってるんだけど、私を守って死ぬとか、そういうことはしないでほしいんだよね。ザイードもですよ」

「できません」

「う、うむ……」

 

 フィッツの明確な答えに、ザイードの曖昧な答え。

 どちらにも、イラッとした。

 

「死んじゃったら、守りたくても守れなくなるんだってば! 次なんてなくなるんだからね! 生きてなきゃ、できないことがたくさんあるんだよ?!」

「鋭意、努力します」

「全力で努力して! ザイードもですよ!」

「う、うむ……承知した……」

 

 まったく、と溜め息をつく。

 フィッツを抱きしめ、自分がどれほど彼を守りたいと思ったか。

 自分の(そば)にいてほしいと、どんなにか願ったか。

 

 ミサイルが落ちてくる直前、死を覚悟して、キャスは思ったのだ。

 生きていればできたこともあったかもしれない、と。

 死んでしまったら本当になにもできなくなるのだ、と。

 

「……どんなに守りたいものがあっても……生きてないと、なにもできない」

 

 魔物の国を守って、意味のある死を迎えたいと考えていた自分が、こんなことを言うなんて、と自嘲する。

 あげく、その理由となっていたフィッツが生き返ったので死ぬ理由もなくなってしまった。

 

(フィッツと……今度こそ2人で生き残って……のんびり暮らせるようになれば、変われるかな。また……キャスって呼んでくれるフィッツとさ……一緒にいられるようになれるのかな……それは、ちょっと欲をかき過ぎか……)

 

 今のフィッツでもいい。

 生きていて、一緒にいられるのなら、それでもいいのだ。

 ただ、フィッツが死ぬような目にさえ合わなければ。

 あの「ティニカの隠れ家」にいた時のように、平穏な時間を過ごせれば。

 

(でも、そんなの先の話だよね。今は目先のことを考えないとだよ)

 

 取引を拒否してまで、フィッツを生き返らせなかった。

 それは、また喪うのが怖かったからだ。

 とはいえ、フィッツは、こうして生き返っている。

 2度と死なせたくない。

 

 それでも、フィッツは自分を守ろうとする。

 だからこそ、自分も安易に「死」を考えてはならないのだ。

 

(私が……自分のこと大事にしないとって思う日がくるとはなぁ……)

 

 キャスの身に危険が迫れば、フィッツは躊躇(ためら)いなく命を賭す。

 ザイードもザイードで「死ぬ時は死ぬ」などと言って、守ることをやめない。

 この「守護者」たちを守るためには、自分が危険な目に合わないようにするのが最も有効なのだ。

 

「とは言っても……なにから手をつければいいのかなぁ……」

 

 ミサイルの直撃は免れたものの、あちこちで被害は出ている。

 命を落としたものも、少なからずいるのだ。

 はっきりした数までは、まだ調べている最中(さいちゅう)だが、人側の被害のほうが大きいのは確かだった。

 

「まず建て増しが最優先ですね」

「は……?」

「姫様に快適な暮らしをおくっていただくことが、なにより優先されます」

「いやいや……フィッツ……今の状況わかってるよね?」

 

 フィッツが、わかっていないわけがない。

 およそ自分なんかより、よほど頭がいいのだ。

 

「余も、この者に同意いたす」

「は……?」

「ガリダの被害については、シュザにまとめさせておる。どこの種族も、まだ落ちついておらぬしな。(おさ)を集めるのも、もう少し先となろう」

「被害状況が把握できなければ、残存戦力の見通しも立ちません」

「そうだの。態勢を立て直すには、それなりの時を要する。が、それは向こうとて同じこと。すぐにすぐ攻撃されることはなかろうて」

「長の言う通り、帝国内も混乱しているはずですからね」

 

 キャス抜きで、フィッツとザイードは話を進めている。

 さっきまで意思の疎通などできていなさそうだったのに、今後のことに関しては会話が成立していた。

 なんだか自分だけが焦っているみたいな気がしてくる。

 会話の内容を聞けば、なるほど、とは思うのだけれど、それはともかく。

 

「でも、最優先が建て増しってことはないんじゃない?」

「いいえ、姫様。最優先です」

「この先、忙しなくなるかもしれぬゆえな。どの道、建て増しするのなれば、早うすませておくことだ」

「で、でも、別に今だって……」

 

 キャスは、口を閉じた。

 フィッツもザイードも、自分の身を案じ「建て増し」案を進めようとしている。

 さっき「自分を大事に」と考えたばかりでもあった。

 

「……わかった。わかりました。建て増しが最優先でいいです」

 

 キャスは、本当は、ガリダの現状を確かめたいと思っている。

 フィッツに助けられたあと、ざっと状況を話してからザイードの元に戻った。

 そして、被害の出ていた場所には行っている。

 ファニ以外の魔物たちの、多くの遺体が並んでいた。

 

 最初に、ノノマやシュザの無事を確認している。

 ちょうど各種族の身内が集まり始めていた。

 その光景に、キャスは胸苦しさを感じたが、近づくことはできずにいた。

 それぞれの悲しみを考えると、立ち入れなかったのだ。

 

 キャスの親しくしていた魔物は、ごく少数。

 全員に同じだけの感情を向けることはできない。

 ノノマやシュザもそうだが、ダイスやナニャといった親しくしていたものたちの無事に、ホッとしていた自分を覚えている。

 

 生き残ったことに罪悪感をいだく必要はないのだろう。

 だが、生死を分けた結果を前にすると、親しいものたちの無事に、安堵している自分に苛立ちを感じた。

 

 この世界に来て、フィッツの死を経験し、命というものへの認識が、変わりつつあるのは自覚している。

 だとしても、単なる「数値」としての「死」にしてしまうような、後ろめたさがあったのだ。

 だから、不用意に「確認」になど行ってはいけないと思い、この5日、家に引きこもっている。

 

「それじゃ、建て増しは、フィッツに任せるよ」

「わかりました。ところで、姫様のメイドは、どこに?」

「メイド? いるわけないじゃん」

「いえ、いたはずです」

「ノノマのことではないか?」

「いや、ノノマ、メイドじゃないし」

「ですが、姫様の身の回りのことをしていると言っていましたよ」

 

 フィッツは、魔物と会話ができる。

 情報収集も欠かさない。

 キャスの知らない間に、近くにいるガリダたちと話をしていたようだ。

 

「それは、私がお世話になってるだけだよ。ここに、そういう習慣はないからね」

「ですが、裕福な魔物の場合、働き手を雇うこともあるはずですが」

「そうさな。さようなことはもなくはないが、余は、誰のことも雇うてはおらぬ」

「ノノマは、好意で食事を持って来てくれたりしてるんだから、メイド扱いなんてしないでよ?」

「わかりました。では、今後、食事の支度などは、私がします」

 

 皇宮のボロ小屋で過ごしていた時は、フィッツが、身の回りのことすべてをしてくれていた。

 思えば、それが「当然」なのかもしれない。

 今のフィッツは、カサンドラの「従僕」なのだから。

 

 『新しい場所で暮らすには、まず食料の調達をどうするかと考えていました』

 『でも、住むところも見つけないとだし、色々、大変じゃん。2人で力を合わせていかないとさ』

 

 そんな会話が思い出される。

 胸が、きゅっと苦しくなった。

 壁を越え、新しい場所で、2人で暮らしていく。

 そんな未来を思い描いていた。

 

 キャスは、頭を軽く横に振り、感傷を振りはらう。

 いちいち思い出を振り返っていたら、また幻想に引きずり込まれるだけだ。

 あんなふうに話せていたフィッツは、もういない。

 目の前にいるフィッツだけが、フィッツなのだ。

 少々、頭のおかしな男ではあるが。

 

 生きている。

 

 幻想に取り込まれないよう現実という命綱にしがみついていなければならない。

 幻想の中で生きるのを選ぶなら、2人で逃げてしまえばいいということになる。

 フィッツの言うように、人の国に戻り、ティニカに匿ってもらえばいいのだ。

 けれど、それはしたくない。

 できなくなっている。

 

 名も顔も知らない魔物たち。

 彼らが必死で戦う姿を見た。

 大事なものを守ろうとして、戦いに臨んだ結果を知っている。

 

 皇宮にいた頃のように、自分が逃げられさえすればいい、とは考えられない。

 距離を置いてきたつもりでいたが、親しくなり過ぎたのだ。

 

 この世界はもう、彼女の「生きる」世界だった。


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