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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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きみのいる空の下でも 3

 広い議会場には、各国の主要な王族や貴族たちが集まっている。

 ティトーヴァは、1段高いところに座っていた。

 玉座を挟み、左右に何列もの机が並んでいる。

 議場内の人数は、数百人におよぶだろう。

 

 発言権が強いのは、帝国の上位貴族、その次が直轄国の王族だ。

 属国の王族は、当地している直轄国の意思に倣うに違いない。

 それぞれが、今回の出征に対して「思うところ」がある。

 

 アトゥリノの席には、ロキティスの弟、第4王子が座っていた。

 元アトゥリノ国王だった、ティトーヴァの叔父が可愛がっていたのを覚えている。

 ロキティスは、第1王子だったが、最近はめっきり影が薄くなっていたのだ。

 主要な会議などに、叔父は、いつも第4王子を伴っていた。

 ロキティスが出席できたのは、娯楽の行事くらいだ。

 

(そうしたことを恨みに思っていたのか……? ロキティスを放置して、手を差し伸べてやらなかったのは事実だが、帝国を裏切るほどとは……)

 

 ゼノクルの話は、かなり衝撃的だった。

 そのため、今現在、臣下たちには明かしていない。

 ゼノクルも戻っていないため、詳細が不明なのだ。

 ロキティスに不満をいだいていたとしても、アトゥリノの国王ではある。

 言葉だけでは、アトゥリノは納得しない。

 

 加えて、ゼノクルの存在があった。

 リュドサイオでのゼノクルの評価は低いのだ。

 低いというより、最早、評価に値しないとされている。

 ゼノクルの母親が、リュドサイオ国民を殺害していたのも事実だった。

 そのため、ゼノクルへの不信感は根深いものがある。

 

 リュドサイオの出席者は、セウテルの風貌を持つリュドサイオ国王だ。

 面白くなさそうな表情を浮かべている。

 ゼノクルが「評価」されるのが気に食わないのだ。

 ティトーヴァの父、前皇帝キリヴァンが、セウテルを親衛隊長に任命した際は、目に涙を浮かべるほど喜んでいた。

 その差を見れば、リュドサイオ国王の、ゼノクルへの疎み具合がわかる。

 

「陛下、あのような武器の存在を、我々は存じませんでしたが、それについては、どのようなお考えだったのでしょうか」

 

 アトゥリノの王子が、各国の意見を取りまとめるように言い出した。

 地対空ミサイルは、帝国本土で開発していた武器だ。

 帝国騎士団を率いているアルフォンソと、親衛隊、それに、情報統括部の上層部にしか知らせていない。

 

 とはいえ、帝国騎士団の前隊長ルディカーン・ホルトレには教えていなかった。

 ルディカーンは、アトゥリノ出身だったからだ。

 対して、アルフォンソは侯爵家とはいえ、帝国直属の貴族だった。

 しかも、半分はサレス公爵家の血を受け継いでいる。

 公爵は認知していないが、周知の事実なのだ。

 

「それについては、私がご説明いたします」

 

 アルフォンソが、ティトーヴァの横に立った。

 はっきりとした口調で、自分の立場を明確にしている。

 若かろうが、侯爵だろうが、アルフォンソは帝国騎士団の隊長だ。

 それは、ルティエが、大きな軍閥となっていることを意味する。

 

「皆様もご存知の通り、帝国は、魔物により攻撃を受けました。陛下自らが防衛に出られ、ようやく撃退することができたのです。それほどの魔物が、再び現れれば帝都のみならず、各国でも被害が出ることは予想に容易いでしょう」

「しかし、魔物は、この2百年間、人の国に近づきさえしませんでした。偶発的に現れただけのことではないのですか?」

「そのような希望的観測に基づいた防衛など意味がありません」

 

 アルフォンソに、ぴしりと言われ、アトゥリノの第4王子が顔をしかめる。

 周囲の重臣たちも、苦々しい表情を浮かべていた。

 ティトーヴァもそうだが、アルフォンソは、もっと若い。

 そうした若い者の言葉を、年上の者たちは受け入れ難く感じている。

 

「だがね、ルティエ卿。今回の出征では、費用も人材も、相当に投入したはずだ。にもかかわらず、あのような大掛かりな武器まで使用する必要があったのかを問いたいのだよ。そもそも、あそこは、我がリュドサイオ領地だ。なんの通達もなく、武器を持ち込まれたのでは、不信に繋がってもいたしかたないのではないかね」

 

 リュドサイオの国王が、明らかな非難の言葉を口にした。

 隣でセウテルは無表情を貫いているが、両手を握りしめている。

 ゼノクルは、どんなに疎まれていても、リュドサイオの第1王子なのだ。

 そのゼノクルが命懸けで戦ったというのに、父親は息子を非難している。

 ティトーヴァは、父が生きていた頃の自分とゼノクルを重ねていた。

 

 ラーザ侵攻後、父はティトーヴァを冷たくあしらっている。

 今にして思えば、褒められたことではないが、当時は、そうは思っていない。

 褒めてもらえないまでも、非難じみた言葉を投げつけられたことに傷ついた。

 だから、ゼノクルを気の毒に感じる。

 

「配慮に欠けていたことは認めますが、時間がなかったのです。戦況が悪く……」

「それは指揮官の責任でしょう、ルティエ卿」

 

 またアトゥリノだ。

 ティトーヴァは、だんだんに苛々してきた。

 いったい誰のせいで、戦況が悪くなったと思っているのか。

 責任の所在が明らかになれば、アトゥリノは、この場にもいられないはずだ。

 なにしろ、身内しかも「国王」が、叛逆したのだから。

 

「ゼノクル殿下は、できうる限りのことをなさいました」

「我が息子を擁護してくださるのは、ありがたいが、そういう温情は不要ですよ。あれが、戦いかたなど知っているとは思えません。戦果を挙げようとして、無駄に兵を死なせた、というところ……」

 

 バーンっ!

 

 リュドサイオ国王は口を半開きにしたまま、扉のほうを見る。

 議場内の者たちも、一斉に視線を向けていた。

 ふう…と、ティトーヴァは息をつく。

 そして、立ち上がった。

 

「戻ったか! ゼノクル!」

 

 つかつかと歩いてきたゼノクルが、ティトーヴァの前で跪く。

 装備はボロボロで、あちこちに血がついていた。

 その姿に、ハッとしたようにリュドサイオ国王が怒鳴る。

 

「貴様! そのような姿で陛下の前に出て来るとは!」

「黙れ!! ゼノクルから話を聞くために、俺はここにいるのだ! 聞きたくない奴は、外に出ていろっ!! 今後、俺の許しなく口を挟むな!」

 

 ティトーヴァの怒声に、周りが黙り込んだ。

 誰もかれもが不満そうな顔をしている。

 腹が立ったが、それどころではない。

 階段を降り、ゼノクルの前にしゃがみこんで、手を取った。

 後ろから、セウテルとアルフォンソも駆けて来る。

 

「無事で、なによりだ、ゼノクル」

「勿体ない、お言葉にございます、陛下……ですが、兵を失ったのは事実」

 

 ふんっという、嘲る声は、リュドサイオ国王のものだ。

 ゼノクルの父親であり、リュドサイオ国王でなければ、切り刻んでいる。

 戦場を知りもしない者に、ゼノクルを責める資格などない。

 

「お前が尽力したことは、わかっている」

「私の力不足にございました……しかしながら……」

 

 ちらっと、ゼノクルが背後を振り返った。

 近衛騎士たちが、1人の男を引きずってくる。

 

「な……なにをしている! アトゥリノの国王になんという……っ……」

 

 アトゥリノの第4王子が立ち上がっていた。

 周囲もざわついている。

 議場に引きずりこまれたのは、ロキティス・アトゥリノだ。

 すっかり薄汚れた身なりになっている。

 金色の髪も、ぐしゃぐしゃだった。

 

「陛下、裏切り者を連れ帰りました」

「裏切り者とは、どういうことです?!」

「この者が帝国を裏切り、魔物と結託し、我らの邪魔をしたのです!」

 

 言ったのは、ゼノクルではない。

 ロキティスを引っ張ってきた近衛騎士の者だ。

 上下の関係など忘れているのだろう。

 戦場で多くの仲間を失った原因が目の前にいる男であれば、怒りを抑えられなくてもしかたがない。

 

「な、なにを……っ……ゼノクル・リュドサイオの責任を、我らアトゥリノに押しつけようと言うのかっ! リュドサイオ国王、これはどういうことです?!」

「ゼノクル! いい加減なことを言って、己の罪から逃れるつもりか?! お前のせいで、リュドサイオが恥知らずとの誹りを受けることになるのだぞ!」

 

 ゼノクルは、じっと黙っている。

 アトゥリノだけならともかく、自らの父からも非難されているのに、だ。

 ゼノクルが説明しても、言い訳としか捉えてもらえないと知っている。

 

「では、これを見ろ! これを見ても、こいつが裏切り者でないと言えるかっ?」

 

 近衛騎士たちは、怒り心頭といった様子で、なにかを放り投げた。

 黒い四角形をした装置だ。

 パッと、それが光る。

 議場に映像が流れた。

 

「これは……これが、ゼノクルの言っていた……」

「聖魔封じの装置にございます、陛下……中にいるのは……ラーザの民です」

 

 ううっという声が、そこここから聞こえてくる。

 ゼノクルの言った「惨い」状態が、映し出されていた。

 正視できない者も大勢いる。

 口を押さえ、議場を飛び出して行く者もいた。

 

「これを、ロキティスが作ったのだな……その上、戦場にいた……」

「ゼノクル隊長が、十匹もの中間種を仕留めていなければ、我々も足止めをされ、撤退することもできなかったでしょう。その中間種も、こいつが作ったのです!」

 

 近衛騎士の副官と思しき者の声が、議場に響き渡る。

 ロキティスが、のろのろと顔を上げた。

 瞳には生気がなく、虚ろだが、周囲を見回している。

 

「ゼ、ゼノ……きみも……きみだって中間種を飼っているだろう? 僕が、きみに贈ったのだから! 僕が裏切り者だと言うのなら、きみだって……っ……」

「ロッシー……いや、ロキティス・アトゥリノ……お前に憎まれても、俺は陛下に忠義を尽くすのみ……」

「ゼノ! そうじゃない! 僕ときみは同類だ、そうだろうっ? ゼノっ!」

「俺は……陛下に、お仕えできればいい。それだけだった。王位なんてな……いらなかったんだよ、ロッシー……俺の友……」

 

 ロキティスを見ようとはせず、肩を落とし、ゼノクルはうつむいている。

 ティトーヴァは立ち上がり、近衛騎士たちに指示をした。

 

「この者を投獄しろ! 勝手に死なないように轡を噛ませておけ!」

「かしこまりました! さあ、来いっ! この……隊長まで裏切りやがって!」

 

 ロキティスが喚いていたが、誰も相手にはしない。

 ティトーヴァも聞いていなかった。

 あんなものを見せられて、ロキティスを擁護する者などいるはずがない。

 

「陛下、あの者は、ほかにも中間種を隠しているに違いありません」

「アルフォンソ、アトゥリノ領地を隈なく探せ。帝国内で裏切り者を生かしておくわけにはいかん。それとともに、ラーザの民については保護しろ」

 

 もうアトゥリノもリュドサイオも、なにも言わずにいる。

 肩を落としているゼノクルに、セウテルが気づかわしげに声をかけていた。

 その声だけが、議場に響いている。


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