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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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有限の幻想 3

 これは、まずい。

 緊急事態だ。

 

(こいつの体が壊れちまう。もうちっとだけ使いてぇんだよ、この体)

 

 体が壊れれば「ゼノクル」は死ぬ。

 が、クヴァットは死なない。

 ただし、だ。

 体を捨てる際、一瞬だけ実体化しなければならなかった。

 

 聖魔の体は、あってないようなものだ。

 それでも「ない」わけでもない。

 実体化せず、空気のように纏わりついて、囁くことはできる。

 たいていの聖魔は、そうやって精神干渉していた。

 

 だが「個」としての体はあるため、時々は実体化する必要がある。

 聖魔が、今でも生じる種だからだ。

 長期間、実体化せずにいると、消滅する。

 そして、別の「個体」が生じる。

 

 これは、聖魔にとっては「鎖」のようなものだった。

 個を維持するためには、どうしても体がいるのだろう。

 切り離すことはできない。

 そのため人の体に出入りする時には、自らの「個」としての体を現わさなければならなかった。

 

 その一瞬が命取り。

 

 周りを多くの魔物に取り囲まれている。

 魔人を、人の武器で殺すことはできないが、魔物の魔力攻撃は強烈だ。

 たとえ魔人の王でさえも、消し飛ばすことができる。

 

(いや……ちょっと待てよ。あの魔物……ザイードっつったか。あいつには、もう魔力は残ってねえ。ほかの奴らの魔力は、攻撃する性質のもんじゃねぇんだな)

 

 最初の時は膝を撃たれたカサンドラを、魔物は癒していた。

 今回は、ザイードという魔物を治療している。

 対して、ゼノクルに攻撃してくる気配はない。

 攻撃手段を持っているのなら、クヴァットごとゼノクルは殺されていたはずだ。

 

 クヴァットは、なんとしても「この体」で、人の国に帰りたかった。

 せっかく、ここまで築き上げてきたものを手放すのは惜しい。

 聖魔にとって20年なんて、たいした時間でもないが、人にとっては違う。

 やり直しになるのはともかく、時間をかければ、使えない「駒」ばかりになる。

 それこそ「くたばって」しまうからだ。

 

 緊急事態であっても、クヴァットの考えていることは、ひとつ。

 3百年を通して、最も楽しい「娯楽」を続ける。

 それだけだった。

 クヴァットの「娯楽欲」は、まだ満たされていない。

 

 魔人は「娯楽」に、手は抜かないのだ。

 どんな緊急事態も窮地も、魔人にとっては楽しみのひとつ。

 その摂理のせいで、うっかり魔物に消し飛ばされたものも多い。

 どの種も似たようなものだが「摂理」には逆らえないのだ。

 

 人は、感情を(ことわり)とする。

 だから「自死」なんてことをするのだ。

 魔物は「自死」などしない。

 

 魔物は、自然を理とする。

 だから「共生」なんてものを重視する。

 人は「同胞」でも平気で殺すのに。

 

 聖魔は「欲」を理とする。

 だから「知りたがる」し、「欲しがる」のだ。

 感情なんてものに振り回されたりはせず、ほかのなにとも共生したりもしない。

 人と魔物には似たところもあるが、聖魔は根本が違う。

 

「俺の可愛いシャノンは、今頃、一生懸命、走ってるだろうよ」

 

 口から血を垂れ流しながら、ククっと笑う。

 こういうことだって、滅多にないことだ。

 楽しまなければ、魔人に非ず、というところ。

 

「どこに行かせたの?」

「教えたって、助けちゃくれねぇんだろ? 知るか」

 

 わざと、そっぽを向き、血の混じった唾を、ペッと吐く。

 同時に、体を、わずかに傾けた。

 脇腹につけておいた小さな装置が働き、ちくっと針を刺す。

 正直、中にクヴァットがいなければ、ゼノクルはとっくに死んでいた。

 死ぬだけの血を吐いている。

 

 が、体につけておいた装置のおかげで、かなり血を戻すことができていた。

 出征前、セウテルに用意させた物のうちのひとつだ。

 そのせいで「命懸け」だと、いよいよ勘違いされてつき纏われたのだが、それはともかく。

 

「あんたから聞かなくても探せるから、いいけどね」

 

 カサンドラの声は、ひどく冷たかった。

 当然ではあるが、なにもかもを振り切っているという感じがする。

 温情なんて、ひと欠片も残っていなさそうだ。

 

(シャノンの通信装置か。あれを追ってんだな)

 

 シャノンの首には、ロキティスの仕込んだ追跡兼通信装置が埋め込まれている。

 ジュポナから持ち帰った物の中に、通信装置があったのは、わかっていた。

 つまり、追跡用の装置などもあった、ということだ。

 ラーザの技術は、帝国より水準が高い。

 きっとシャノンの居場所は「点」でつきとめられてしまうに違いない。

 

「時間稼ぎは、十分した」

「時間稼ぎだと?」

 

 ザイードという魔物が、クヴァットの顔を真上から覗き込んでくる。

 ニッと、笑ってやった。

 血を流し込む装置は、同時に体力を回復させる薬も与えてくれるのだ。

 だいぶ動けるようになっていると感じたが、まだクヴァットは動かない。

 

「なんで、俺が、お前に無駄な取引を持ち掛けたり、長話してたと思う? 俺は、獣くせぇのが嫌いなんだぜ? 殺せるってなりゃ、とっとと殺すさ」

「時間稼ぎをするために、余を殺さずにおったと言うか?」

「まぁ、そんなとこだ。死んでくれても良かったんだけどよ。お前は硬えからな。簡単にくだばるとは思っちゃいなかった」

 

 ゼノクルとして皇宮に連絡を入れてから、4時間が経とうとしている。

 きっちりではないが、そろそろ頃合いではあった。

 これで、はっきりするはずだ。

 

 セウテルが「使える」駒なのかどうか。

 

 思った時、耳に、ぷつっという音の振動があった。

 通信回線が開いたのだ。

 

「兄上! 準備、整ってございます! 兄上! ご無事ですかっ?」

「お前ってやつは……」

 

 うるさいし、気持ち悪いんだよ。

 

 言いたくなったが、やめておく。

 セウテルにとって、この体は、兄ゼノクルなのだ。

 ゼノクルらしく振る舞わなければならない。

 娯楽のためにも。

 

「俺の位置はわかってるだろ? すぐに、やれ」

「兄上は……退避……退避なさって……」

「いいから、やれっ!! 王女様はご無事だ! 陛下に……っ……」

 

 がんっと頭を蹴られた。

 とても痛い。

 耳につけてあった通信装置が、吹っ飛ばされている。

 

「ザイード、それ、壊して」

 

 地面に落ちた通信装置を、ザイードという魔物が摘まみ上げた。

 くしゅっと、指先で押し潰している。

 ゼノクルは、それを見ながら、笑った。

 

「あ~らら、お前、そんなことしていいのかよ? 後悔するぜ?」

「また、それ? そういうのを、ワンパターンって言うんだよ」

「へえ、そうかい。なら、俺は、そのワンパターンが好きなんだろうな」

 

 カサンドラも含め、ゼノクルを中心に輪を描いて立っている。

 逃がさないように取り囲んでいるのだろう。

 とはいえ、そんなことをしても無駄なのだ。

 自分を見下ろしているものたちを見上げ、再び、空を指さす。

 

「シャノンはなぁ、こことは逆、北東に向かってるだろ?」

「そのようだね」

「けど、そいつぁ、シャノンだけじゃねぇんだ。俺も北東に向かってる」

「なに言ってんのか、意味がわからないんだけど?」

「お前らは、シャノンの装置を追ってるんだよな?」

 

 ゼノクルの位置は、セウテルが常に把握できるようにしていた。

 だが、シャノンのように「装置」を埋め込んでいたのではない。

 体に、取りつけていただけだ。

 それを、シャノンに渡し、走らせている。

 

「セウテルに言ってた、あんたの位置って……」

「そ。シャノンと同じ位置になってるはずだ」

「なんで、そんな……」

 

 そこで、ようやくカサンドラが、ゼノクルの指す空を見上げた。

 まだ見えては来ないだろう。

 着弾までは5分かかる。

 

「人間てのは本当にすげえよな。自分らを守るためには、なんだってやりやがる。防衛ってのは、つまり攻撃するってことだろ? 守るだけじゃ、守れねぇからな」

「ここに……爆弾でも落とすつもり……?」

「爆弾ねえ。そんな名前じゃなかったが、たぶん、そんな感じ? 地対空ミサイルってんだよ。覚えときな、小娘」

 

 カサンドラの喉が、小さく上下していた。

 その「地対空ミサイル」がなにかを知っているらしい。

 帝国でも、わずかな者しか知らない名だというのに。

 

「あんただって、死ぬんだよ?」

「セウテルは、俺を死なせねぇために、ここに撃ち込んで来る。必ずな」

 

 ゼノクルの位置は、北東。

 シャノンの走っている方角だ。

 北西のこんなところにいるとは思ってもいない。

 だからこそ、ここを狙う。

 

(300キロ程度じゃな。ここくらいしか狙えねぇっての)

 

 飛空距離は、およそ300キロ。

 帝国の技術では、それ以上の長距離を飛ばすことはできない。

 そもそも、このミサイルは、外敵とされる聖魔対策のひとつで、万が一、聖魔が壁を越えてきた時用にと作られた。

 が、周辺諸国への抑止力として使う名目もある。

 要は、魔物の国を狙うためのものではなく、長距離飛行は必要なかったのだ。

 

「光が……飛んで来てる……」

 

 つぶやいたカサンドラに、ゼノクルは嗤いながら言う。

 

「後悔するっつっただろうが、小娘!」


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