理不尽さはとめどなく 1
家の外に出てから、ザイードはダイスに連絡を入れた。
気持ちははやっているが、先に言っておくべきことがあったのだ。
「ダイス、余が、そちらにまいる」
「言いてぇことはあるけど、時間がねぇな。わかったって言っとく」
「これから、会話が一方通行となるゆえ、お前の判断で余に連絡を入れよ」
「それも、わかった」
魔物は、魔力で会話をしている。
だからと言って、声を出していないわけではない。
出したり、出さなかったり、だ。
これは気分によるもので、意識はしていなかった。
たとえば、驚いたりすると、勝手に声が出る。
聞かれたくないと思えば、声を出さずに会話する。
もちろん、誰もが魔力で会話ができるため、声を出していなくても、近くにいるものには会話が伝わってしまう。
だが、やはり気分的なものなのだ。
通信装置を使う際、最も苦労したのが、これだった。
数が限られているため、渡せる相手は限られている。
長と、種族ごとに選抜したものたちだ。
ガリダであれば、シュザに持たせている。
通信装置を使えば、魔力での会話より遠くまで連絡が取れた。
とはいえ、必ず声に出さなければならない。
魔物たちは意識して声を出しているのではなかったため、かなり練習を要している。
とくに、イホラとファニは、ほとんど声を出さずに会話をしていたからだろう、長く会話が続けられなかった。
結局、時間が足らず、長しか使いこなせていない。
変化によって体の大きさが変わったり、種族ごとで動きかたも違ったりする。
だから、さっきのダイスのように落としてしまうこともあった。
装置自体は便利な代物なのだが、魔物の性には合わないと言える。
こんな時でもなければ、持っていたとしても、使うことはなかったはずだ。
「通信装置、落とすなよ?」
「お前と一緒にするでない」
ここからダイスのいる場所まで最速で移動する。
そのためには、魔力を全開にする必要があった。
キャスが「龍」と言っていた姿になるのだ。
あの姿になると、声を出しての会話が難しくなる。
魔力での会話は問題ないが、離れていると連絡が取れない。
「すぐに行くゆえ、持ち堪えておれよ?」
「いや……こっちはいい」
「……そこを死守できるのだな?」
「するさ」
ふっと、息を吐いた。
魔物の国の手前には、各種族の精鋭を配置している。
もし、人が押して来た場合に備えていたのだ。
そこまで押されるとは思っていなかったが、キャスに言われた。
(備えあれば患いなし、であったか)
備えはして、し足りないということはない。
備えておけば心配が減るのだと言われている。
精鋭を置いていたのは、罠が上手く機能しなかった場合の備えだ。
だが、ここまで場が荒れるとは想定外だった。
ザイードは、一気に魔力を解放する。
同時に、空へと飛び立った。
目標は、罠を張っていた地点だ。
おそらく、最も苦戦している。
そこにいるのは、シュザとアヴィオ、そして、ラシッドだ。
つまり、コルコとガリダが集まっている、ということ。
(罠に落ちたのは、ひとつの部隊。それも、あの壁を積んだ乗り物のみ)
壁がなくなれば、相応に混乱すると予想していた。
実際、罠に落ちた直後、人間たちは混乱していたのだ。
慌てふためき、別の沼に足を取られる者もいた。
しかし、ある時点から、様子が変わっている。
(あの指揮を執っておる者が、兵の背を押しておる)
ザイードに、人語はわからない。
それでも、気づいている。
指揮を執っている男の声には、臆したところがなかった。
少しの迷いもない。
兵は、無意識に、その「自信」を感じ取っている。
(あの者の言葉に従うておれば間違いないと、真に思うておるのだ)
その思いが、兵からも迷いを捨てさせた。
一心に突撃してくるのは、そのせいだ。
指揮官への信頼や言葉の強さに、ある意味では引きずられている。
自らで考えるのをやめたからこそ、その心に恐怖もない。
「アヴィオ!」
空から見えたアヴィオのほうへと、降下した。
ラシッドも含め、アヴィオは、ガリダを背に庇っている。
銃弾を受けながらも、体に炎を纏っていた。
コルコが踏みとどまっているため、なんとか持ち堪えられている。
『コルコには、器用に戦ってほしいんです。銃弾は炎に弱いので、撃たれそうになったら炎で自分の身を守ってください。攻撃する時は、相手の武器を狙うのが、効果的です。とくに熱源を探して、そこを中心に』
キャスが、アヴィオにした助言だ。
そのあと、コルコたちは訓練でもしたのだろう。
言われた通りの戦いかたをしている。
守りと攻撃を切り替えながらの戦いだ。
「皆、備えよ!」
ザイードは、戦っている魔物たちに声をかける。
その場にいた魔物が、一瞬、ザイードを見上げた。
人間たちも、ザイードの姿に驚いたのか、動きを止めている。
今回は、ジュポナの時とは違い、手加減をするつもりはなかった。
魔物たちが、一斉に沼に飛び込む。
ザイードのすることを、瞬時に理解したのだ。
ざあっと雨が降り注ぐ。
暴風が吹き荒れた。
人の乗っていた乗り物が宙に浮く。
それを目掛け、雷を落とした。
大きな爆発音が、あちこちで響く。
その中を人間たちが、逃げまどっていた。
乗り物の破裂に巻き込まれているのが見える。
暴風により、思うように逃げることもできないのだ。
さらに、風を巻き上げた。
人の体自体には雷も炎も効かない。
だが、装備ごと風の渦に巻き込むことはできる。
幾筋もの風の渦が、空に向かっていた。
その中で、人は木の葉のように舞っている。
気流を、ザイードは、ふっと止めた。
途端、くるくると舞っていた人間たちが、地面に落ちていく。
強い雨が、地面を叩いていた。
その雨により、沼から泥が流れ出る。
「すまない、ザイード……ガリダが何頭かやられた」
「コルコもであろう。持ち堪えただけで十分ぞ。アヴィオ、コルコに指示いたせ」
すぐに、地面から、もうもうと湯気が上がり始めた。
コルコたちが、炎で雨や泥に熱を加えているのだ。
高熱に、人間たちが、ばたばたと倒れていく。
コルコは、そもそも炎を扱う魔物だし、ガリダも鱗により熱耐性があった。
そんな中でも、平気で立っている。
「皆、退け。ここは、もう捨ててかまわぬ。イホラたちと合流し、北西に逃げよ」
言いながら、ザイードも移動した。
ザイードの移動に伴い、雨風がついて来る。
途中で、何度か、乗り物に向けて雷を落とした。
小さな1人用の乗り物は、簡単に炎上する。
目的は燃やすことではなく、その後の爆発だ。
「ザイード、ナニャが怒ってるぞ! そんなに火を焚くなってさ」
ダイスからの連絡だった。
イホラは植物から派生した魔物だ。
炎には弱い。
ここから先は、水と風に切り替えるべきだろう。
「水を、もっと用意しろだとよ! なにする気だか知らねぇけど」
ダイスのところに、ナニャから連絡が入っているらしい。
ナニャのしようとしていることには、おおよその見当がついた。
少し心配になる。
イホラたち自身が巻き込まれかねないからだ。
けれど。
ザイードは地上を見下ろす。
そこここに、人間が倒れていた。
が、魔物たちの体も見える。
雨で流れていく赤と紫の血。
魔物にも犠牲が出ていた。
今も、人間は魔物に銃弾を浴びせている。
ナニャは怒っているのだろう。
ザイードの胸にも怒りがわきあがっていた。
咆哮し、大量の雨を降らせる。
降らせるというより「落とす」といった様相を呈していた。
その雨水が、ぐうっと集まっていく。
イホラたちが引き寄せているのだ。
高い高い水の壁。
けして、綺麗な色ではない。
濁った灰色をしている。
その水の壁が、どぉんっと音を立て、前のめりに倒れていった。
人を飲み込み、押し流していく。
1度ではない。
何度も繰り返し、水の壁が現れては倒れる。
当然だが、すでに倒れていた魔物たちも押し流されていた。
わかっていて、ナニャは、この方法を取ったのだ。
より多くの魔物を助けるために。
その光景を見たあと、ザイードは、再び上昇する。
ナニャたちとアヴィオたちが合流しているのは確認した。
生き残っている人間もいるが、ここはもう魔物が優勢になっている。
(ダイス……持ち堪えておるか?)
すぐにダイスの元へと、ザイードは飛び立った。




