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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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理不尽さはとめどなく 1

 家の外に出てから、ザイードはダイスに連絡を入れた。

 気持ちははやっているが、先に言っておくべきことがあったのだ。

 

「ダイス、余が、そちらにまいる」

「言いてぇことはあるけど、時間がねぇな。わかったって言っとく」

「これから、会話が一方通行となるゆえ、お前の判断で余に連絡を入れよ」

「それも、わかった」

 

 魔物は、魔力で会話をしている。

 だからと言って、声を出していないわけではない。

 出したり、出さなかったり、だ。

 これは気分によるもので、意識はしていなかった。

 

 たとえば、驚いたりすると、勝手に声が出る。

 聞かれたくないと思えば、声を出さずに会話する。

 もちろん、誰もが魔力で会話ができるため、声を出していなくても、近くにいるものには会話が伝わってしまう。

 だが、やはり気分的なものなのだ。

 

 通信装置を使う際、最も苦労したのが、これだった。

 数が限られているため、渡せる相手は限られている。

 (おさ)と、種族ごとに選抜したものたちだ。

 ガリダであれば、シュザに持たせている。

 

 通信装置を使えば、魔力での会話より遠くまで連絡が取れた。

 とはいえ、必ず声に出さなければならない。

 魔物たちは意識して声を出しているのではなかったため、かなり練習を要している。

 とくに、イホラとファニは、ほとんど声を出さずに会話をしていたからだろう、長く会話が続けられなかった。

 結局、時間が足らず、長しか使いこなせていない。

 

 変化(へんげ)によって体の大きさが変わったり、種族ごとで動きかたも違ったりする。

 だから、さっきのダイスのように落としてしまうこともあった。

 装置自体は便利な代物なのだが、魔物の性には合わないと言える。

 こんな時でもなければ、持っていたとしても、使うことはなかったはずだ。

 

「通信装置、落とすなよ?」

「お前と一緒にするでない」

 

 ここからダイスのいる場所まで最速で移動する。

 そのためには、魔力を全開にする必要があった。

 キャスが「龍」と言っていた姿になるのだ。

 あの姿になると、声を出しての会話が難しくなる。

 魔力での会話は問題ないが、離れていると連絡が取れない。

 

「すぐに行くゆえ、持ち(こた)えておれよ?」

「いや……こっちはいい」

「……そこを死守できるのだな?」

「するさ」

 

 ふっと、息を吐いた。

 魔物の国の手前には、各種族の精鋭を配置している。

 もし、人が押して来た場合に備えていたのだ。

 そこまで押されるとは思っていなかったが、キャスに言われた。

 

(備えあれば(うれ)いなし、であったか)

 

 備えはして、し足りないということはない。

 備えておけば心配が減るのだと言われている。

 精鋭を置いていたのは、罠が上手く機能しなかった場合の備えだ。

 だが、ここまで場が荒れるとは想定外だった。

 

 ザイードは、一気に魔力を解放する。

 同時に、空へと飛び立った。

 目標は、罠を張っていた地点だ。

 おそらく、最も苦戦している。

 

 そこにいるのは、シュザとアヴィオ、そして、ラシッドだ。

 つまり、コルコとガリダが集まっている、ということ。

 

(罠に落ちたのは、ひとつの部隊。それも、あの壁を積んだ乗り物のみ)

 

 壁がなくなれば、相応に混乱すると予想していた。

 実際、罠に落ちた直後、人間たちは混乱していたのだ。

 慌てふためき、別の沼に足を取られる者もいた。

 しかし、ある時点から、様子が変わっている。

 

(あの指揮を執っておる者が、兵の背を押しておる)

 

 ザイードに、人語はわからない。

 それでも、気づいている。

 指揮を執っている男の声には、臆したところがなかった。

 少しの迷いもない。

 兵は、無意識に、その「自信」を感じ取っている。

 

(あの者の言葉に従うておれば間違いないと、真に思うておるのだ)

 

 その思いが、兵からも迷いを捨てさせた。

 一心に突撃してくるのは、そのせいだ。

 指揮官への信頼や言葉の強さに、ある意味では引きずられている。

 自らで考えるのをやめたからこそ、その心に恐怖もない。

 

「アヴィオ!」

 

 空から見えたアヴィオのほうへと、降下した。

 ラシッドも含め、アヴィオは、ガリダを背に庇っている。

 銃弾を受けながらも、体に炎を纏っていた。

 コルコが踏みとどまっているため、なんとか持ち(こた)えられている。

 

 『コルコには、器用に戦ってほしいんです。銃弾は炎に弱いので、撃たれそうになったら炎で自分の身を守ってください。攻撃する時は、相手の武器を狙うのが、効果的です。とくに熱源を探して、そこを中心に』

 

 キャスが、アヴィオにした助言だ。

 そのあと、コルコたちは訓練でもしたのだろう。

 言われた通りの戦いかたをしている。

 守りと攻撃を切り替えながらの戦いだ。

 

「皆、備えよ!」

 

 ザイードは、戦っている魔物たちに声をかける。

 その場にいた魔物が、一瞬、ザイードを見上げた。

 人間たちも、ザイードの姿に驚いたのか、動きを止めている。

 今回は、ジュポナの時とは違い、手加減をするつもりはなかった。

 

 魔物たちが、一斉に沼に飛び込む。

 ザイードのすることを、瞬時に理解したのだ。

 ざあっと雨が降り注ぐ。

 暴風が吹き荒れた。

 

 人の乗っていた乗り物が宙に浮く。

 それを目掛け、雷を落とした。

 大きな爆発音が、あちこちで響く。

 その中を人間たちが、逃げまどっていた。

 

 乗り物の破裂に巻き込まれているのが見える。

 暴風により、思うように逃げることもできないのだ。

 さらに、風を巻き上げた。

 人の体自体には雷も炎も効かない。

 だが、装備ごと風の渦に巻き込むことはできる。

 

 幾筋もの風の渦が、空に向かっていた。

 その中で、人は木の葉のように舞っている。

 気流を、ザイードは、ふっと止めた。

 途端、くるくると舞っていた人間たちが、地面に落ちていく。

 

 強い雨が、地面を叩いていた。

 その雨により、沼から泥が流れ出る。

 

「すまない、ザイード……ガリダが何頭かやられた」

「コルコもであろう。持ち堪えただけで十分ぞ。アヴィオ、コルコに指示いたせ」

 

 すぐに、地面から、もうもうと湯気が上がり始めた。

 コルコたちが、炎で雨や泥に熱を加えているのだ。

 高熱に、人間たちが、ばたばたと倒れていく。

 コルコは、そもそも炎を扱う魔物だし、ガリダも鱗により熱耐性があった。

 そんな中でも、平気で立っている。

 

「皆、退()け。ここは、もう捨ててかまわぬ。イホラたちと合流し、北西に逃げよ」

 

 言いながら、ザイードも移動した。

 ザイードの移動に伴い、雨風がついて来る。

 途中で、何度か、乗り物に向けて雷を落とした。

 小さな1人用の乗り物は、簡単に炎上する。

 目的は燃やすことではなく、その後の爆発だ。

 

「ザイード、ナニャが怒ってるぞ! そんなに火を焚くなってさ」

 

 ダイスからの連絡だった。

 イホラは植物から派生した魔物だ。

 炎には弱い。

 ここから先は、水と風に切り替えるべきだろう。

 

「水を、もっと用意しろだとよ! なにする気だか知らねぇけど」

 

 ダイスのところに、ナニャから連絡が入っているらしい。

 ナニャのしようとしていることには、おおよその見当がついた。

 少し心配になる。

 イホラたち自身が巻き込まれかねないからだ。

 

 けれど。

 

 ザイードは地上を見下ろす。

 そこここに、人間が倒れていた。

 が、魔物たちの体も見える。

 

 雨で流れていく赤と紫の血。

 

 魔物にも犠牲が出ていた。

 今も、人間は魔物に銃弾を浴びせている。

 ナニャは怒っているのだろう。

 ザイードの胸にも怒りがわきあがっていた。

 

 咆哮し、大量の雨を降らせる。

 降らせるというより「落とす」といった様相を呈していた。

 その雨水が、ぐうっと集まっていく。

 イホラたちが引き寄せているのだ。

 

 高い高い水の壁。

 

 けして、綺麗な色ではない。

 濁った灰色をしている。

 その水の壁が、どぉんっと音を立て、前のめりに倒れていった。

 人を飲み込み、押し流していく。

 

 1度ではない。

 何度も繰り返し、水の壁が現れては倒れる。

 当然だが、すでに倒れていた魔物たちも押し流されていた。

 わかっていて、ナニャは、この方法を取ったのだ。

 

 より多くの魔物を助けるために。

 

 その光景を見たあと、ザイードは、再び上昇する。

 ナニャたちとアヴィオたちが合流しているのは確認した。

 生き残っている人間もいるが、ここはもう魔物が優勢になっている。

 

(ダイス……持ち堪えておるか?)

 

 すぐにダイスの元へと、ザイードは飛び立った。


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