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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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暗澹の現実 4

 

「ダイス、戻っておるか?!」

「おう! ファニの手前まで戻って来てるぞ!」

「そこから国の境に地割れを作れ!」

 

 ザイードが、ダイスに指示を出している。

 その言葉に、キャスは、びくっとなった。

 

「そんなことしたら……ナニャとアヴィオが戻って来られなくなる……」

 

 もちろん、ナニャとアヴィオだけではない。

 その地割れの向こうで戦っている魔物たち全員が避難できなくなるのだ。

 コルコもいるし、イホラも、そしてシュザだって、ガリダだっている。

 画面で見ていたので、わかっていた。

 

 すでに「犠牲」が出ている。

 

 騎士たちは、魔力感知の情報を得ているのだ。

 いったん情報として探知された魔物は追尾される。

 監視室と似た仕組みだった。

 魔力感知により魔物は番号が振られ、位置情報が騎士に伝えられている。

 だから、物陰に潜んでいても見つかってしまうのだ。

 

「国に入るのを許せば、多くの犠牲が出る」

 

 ザイードの言う通りだ、と思う。

 もちろん戦えないものたちは、避難させていた。

 とはいえ、人が押し入って来て、バラバラに動かれると、捕まえにくい。

 捕まえようとして、逆に撃ち殺される可能性もある。

 

 国の中では、魔力攻撃もしづらい。

 人を直接には狙えないため、どうしても周りを攻撃することになる。

 そうなれば、家や農地を破壊せずにはいられないのだ。

 火を使っても焼け野原になるだろうし、水を使っても洪水に巻き込む。

 

(偵察のはずなのに……ここまで攻撃的になるなんて……)

 

 魔物より人のほうが、多く犠牲を出している。

 なのに、止まらない。

 止まろうとしない。

 駆り立てられるようにして、魔物の国に迫って来ていた。

 

 元々、魔物の国の近くは戦場になるはずではなかったのだ。

 そのため、映像用の装置も用意しておらず、状況が見えない。

 ダイスとミネリネからの連絡だけが頼りだった。

 

「ナニャとアヴィオ……シュザにも伝えた。ダイス、やれ」

「わかった。ここに残ってるルーポでやる」

 

 通信具の向こうから、地響きが聞こえてくる。

 ダイスたちが、地割れを起こしたのだ。

 さっき見たのと同じように、地面に亀裂が入っているに違いない。

 が、すぐにダイスの焦った声が飛び込んできた。

 

「駄目だ! 奴ら、止まらねえ! 亀裂を飛び越えて来やがるっ! なんなんだ、あいつら?! 落ちてる奴もいるってのに……っ……」

 

 その言葉に、キャスは、ゾッとする。

 通信具の向こうから微かに「人語」が聞こえてくるからだ。

 口々に、自らの「使命」を叫んでいる。

 

 『帝国のために』『皇帝陛下の名を汚すな』『仲間の死を無にはしない』

 

 魔物たちは、彼らがなにを叫んでいるのか、わからない。

 なぜ無謀な真似を率先してするのかも理解できないはずだ。

 実際、騎士たちは正気を失っている。

 ひたすら魔物の国に突撃することしか考えていないのだ。

 

 魔物を殺すために。

 

 最初から「殺すこと」が目的であったとは思えない。

 突然、目的が変わったように感じた。

 このままでは、押し切られる。

 あとのことを考えて戦力を温存しておきたかったが、もうそうはいかない。

 

「ザイード」

 

 すくっと、キャスは立ち上がった。

 早く対処しなければ、国の中だけではなく、外で戦っている魔物たちの犠牲も、増えるいっぽうだ。

 せめて、人が魔物の国に入ってくるのだけは阻止しなければならない。

 

 ザイードか、自分か。

 

 どちらかが救援に向かうべきだ。

 一瞬だけ考えて、結論する。

 

「ザイードが、ダイスのところに行ってください」

「そなたは、どうする?」

「ここに残って、状況判断と情報の集約をします」

「わかった……ノノマ」

「心得ておりまする」

 

 うなずいて、ザイードが立ち上がった。

 キャスの頭を撫で、体を返す。

 

(あんなに叫び回られてちゃ、声が消されて私の力は発揮できない可能性が高い。それに……問題は、そこだけじゃないから……)

 

 キャスは、ザイードに嘘をついたのだ。

 騎士たちが魔物の国に突撃を開始し、ザイードは(おさ)たちとの連絡に気を取られていて、画面は見ていなかった。

 けれど、キャスは見ている。

 画面上に、第5の部隊が横切るのを。

 

 かなり小規模と言える部隊ではあった。

 別動隊なのか、ほかの4つの部隊とは、まったく違う動きをしていたのだ。

 まるで、先に来ていた部隊が囮であったかのように思えた。

 それも有り得る。

 

「ノノマは、ここで戦況を、みんなに伝えて」

 

 耳から通信装置を外し、ノノマに渡した。

 ノノマが、瞳孔を拡縮させている。

 戸惑っているのだ。

 

「私は、避難してるガリダの様子を見てくる」

「それであれば、私が……」

「場合によっては、避難場所を変えるかもしれないんだ。その判断もしないといけないからさ。ちょっとだけ、ここを頼むよ」

「かしこまりましてござりまする……お早目にお戻りくださりませ……」

「すぐ戻る。それまで、ここをお願いね」

 

 こくりと、でも不安そうにうなずくノノマに、うなずき返す。

 ノノマにも嘘をついた。

 キャスは、避難場所に行くつもりはない。

 湿地帯のほうに向かうのだ。

 

(あそこだけは死守しないと……壁を壊させるわけにはいかない)

 

 あの場所を知られているとは考えられなかった。

 だが、偶然に見つけられてしまうこともある。

 いずれにせよ、あの第5の部隊は、ガリダのほうへと向かって来ていた。

 相手だって、正面突破が難しいことくらいはわかっているはずだ。

 であれば、北西の方向から攻めて来る。

 

 北西、すなわち湿地帯の方面だ。

 

 相手の移動速度を加味しても、距離的には、キャスのほうが近い。

 先回りをして、短時間でケリをつけると決めていた。

 人間相手なら、力が使える。

 少人数であれば、即座に無力化できるのだ。

 魔物たちの犠牲を思い、覚悟をしている。

 

 人を壊すことを躊躇(ためら)っている時間はない。

 

 キャスは、湿地帯の中を、必死で走った。

 老体たちの家が集まる場所の手前で足を止める。

 老体たちも、避難させているため、仮に戦闘になったとしても、問題はない。

 ただし、戦闘になった場合、自分が殺される可能性がある。

 相手を無力化する前に死んでしまっては、意味がないのだ。

 

 不意に、ぶわっと風が吹く。

 視界に小型のドームが見えた。

 聖魔を封じる装置で作られた「壁」だ。

 本物の壁ほど灰色が濃くなく、中が透けて見える。

 

(リニメアーとかいうやつだよね……中に何人も乗れるっていう……)

 

 資料の中には、帝国の乗り物の一覧もあった。

 1人用のホバーレも、実は速度や用途により種類があったのだ。

 今回、使われていたホバーレは、戦車試合のものより、さらに戦闘用に特化したタイプだった。

 

 そして、複数人数の移動用として使われるのがリニメアーだ。

 大型、中型、小型の3種類がある。

 これは、小型タイブだろう。

 先に見た2種類と比べて、遥かに小さい。

 

(……なんで騎士がついてないの? リニメアーの中にいる?)

 

 移動してきたのは、リニメアーだけだった。

 ほかの部隊のように、周りをホバーレが飛び回っている様子がない。

 キャスは、物陰に潜み、様子を窺う。

 力を使うにしても、中にいる者たちが出て来てからになるのだ。

 それまで、見つかるわけにはいかなかった。

 

「全員、降りろ。さっさとしないかっ!」

 

 声には、聞き覚えがある。

 上からものを言う嫌な言いかたに、性格の悪さが滲み出ていた。

 

 ロキティス・アトゥリノ。

 

 呼吸を整え、できるだけ気配を消しながら、声のほうを見てみる。

 その背中しか見えなかったものの、ロキティスだとわかった。

 周りに、フード姿たちがいたからだ。

 中間種たちを連れていたので、騎士を同行していないのだろう。

 

(でも、なんで、あいつが……? こんなところまで来るような奴じゃないのに)

 

 ロキティスは自己保身の塊のような人物だと、キャスは認識している。

 中間種まで連れて、こんなところまで来るのが、どれほど危険なことか。

 判断できないような者ではないはずなのだ。

 

(どうする? 中間種にも、それなりに効果はあるけど、完全に無力化できるか、わからない……ロキティスだけなら……え……)

 

 急に、頭が真っ白になる。

 ロキティスは、リニメアーから中間種たちをおろしていた。

 ドアは開きっぱなしになっている。

 その向こうに、人影が見えた。

 

「こいつらは、もうほとんど使いものにはならないのだぞ! 早く帰らなければ、僕が聖魔に捕まるじゃないか! さっさと探せ! 探して連れて来い!」

 

 ロキティスは、なにを言っているのか。

 どうして、リニメアーの中に、知った顔があるのか。

 理解できず、キャスは茫然となっている。

 

(なんで……なんで……ルジェロとトルフィノが……あの中に……いるの……?)


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