表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
179/300

暗澹の現実 3

 

「ゼノクル隊長の仰った通り、やはり罠が……」

 

 前方で、炎の柱が噴き上がっている。

 ロキティスの作った「聖魔封じ」を搭載したリニメアーが横倒しになっていた。

 動力源をやられただろうから、もう動くことはできない。

 円形に張られていた「壁もどき」も消えている。

 

 一見、普通の平地(ひらち)だったが、リニメアーは「沼」を踏んだ。

 平らな地面のように見せかけ、実はなだらかな坂になっていたのだろう。

 リニメアー前後の地面の高低差が、浮上の妨げになった瞬間、バランスを崩して沼にはまった。

 そこに、地下から炎の攻撃を受けたのだ。

 

 騎士たちが身に着けている鎧は、魔力での攻撃を防ぐ。

 けれど、乗り物には、そうした防御装置は搭載されていない。

 魔物が「乗り物」を狙うとの想定をしてこなかったからだ。

 

「怯むな! この辺りは魔物の領域だ! ここまで来れば聖魔など関係ない!」

 

 ゼノクルは、それなりに兵たちに声をかける。

 どの道「捨て駒」なので、生きようが死のうがどうでもよかった。

 どちらかと言えば、死んでくれたほうが、都合がいいくらいだ。

 仲間の「死」に、人は感情を揺さぶれられる。

 残された部隊の者たちは、死すら(いと)わず突っ込んでいくに違いない。

 

(けど、簡単にやられ過ぎても、つまらねぇしな)

 

 ゼノクルは、そう思いつつ、顔をしかめた。

 人の体を借りていても、これだけは我慢ならない。

 

 ものすごく獣くさいのだ。

 

 ゼノクルの嫌いな匂いが、辺り一帯に充満している。

 魔物たちが魔力を使っているせいだった。

 人の生死はどうでもいいが、獣くさいことに苛々する。

 鼻をこすっては、頭を振った。

 

(獣くさくてしかたねえ。やっぱり殺しちまおう)

 

 クヴァットは、獣くさいのが大嫌いなのだ。

 もう少し遊ぶつもりだったが、こう獣くさくては遊びに集中できない。

 どうせ人は、魔物を殺しに来ている。

 息苦しさを解消させるためにも、数減らしは必要だった。

 

「全員、ホバーレを捨て、態勢を立て直せ! 少数で動くな。集団を形成しろ!」

 

 ゼノクル自身は、最も小さい部隊の先頭にいる。

 ほかとは違い、中型のリニメアーが後ろについていた。

 正直、ゼノクルには「聖魔封じ」など無意味だ。

 人の体を借りていても、ゼノクルがクヴァットだと気づかない聖魔はいない。

 

 もちろん聖魔に同胞意識などないので、クヴァットを気遣うはずもなかった。

 面白そうだと思えば、近寄って来る。

 だが、クヴァットに精神干渉をする聖魔はいないのだ。

 魔人の王に、自分たちの力は通用しないと、わかっている。

 

(突っかかってくる奴がいたら面白えと思ったんだが、さすがにいねぇか)

 

 そのくらいの気概を見せろ、と、理不尽なことを考えていた。

 せっかく用意した舞台なので、面白味が増すのは大歓迎というところ。

 しかし、聖魔も無駄に死にたくはないと思っている。

 クヴァットに、人も魔物も聖魔も関係ないと知っているのだ。

 

 自分たちまで、クヴァットの娯楽の「餌」にされかねない。

 

 それを恐れ、遠巻きにしている。

 雰囲気で、聖魔の存在を感知しているが、近づいて来るものはいなかった。

 獣くさいのも理由のひとつかもしれない。

 思うと、なおさらに苛々する。

 

「魔力感知の情報を共有した! そこに向かって、一斉射撃しろ!」

 

 ゼノクルの指示に、騎士たちの士気が上がるのを感じた。

 ゼノクルを守って近くにいる騎士も、声を上げている。

 人というのは、簡単なものだ。

 言葉や態度だけで、十分、操れる。

 

(そういや、ラフロも言ってたな。精神干渉して操るのはつまんねぇってよ)

 

 人が自らの意思で選択をするから「尊い」のだと、ラフロは言っていた。

 その「尊い」の意味はわからないが、面白いということだろうと思っている。

 壁ができる以前は、精神干渉も使っていたが、今以上に簡単に過ぎた。

 百年も経つうち、次第につまらないことが増えていたのも覚えている。

 

(思い通りになり過ぎるってのも、面白味に欠けるんだぜ? そこんとこ、お前はわかっちゃいねぇんだよ、ロッシー)

 

 ただでさえ、獣くさくて苛々しているのに。

 

「ゼノクル隊長!! あれは、べ、別動隊でしょうか?!」

「いや……俺は聞いてねえ……どういうことだ? あれはどこの部隊だ、おい?」

「わ、わかりません! ですが、小型のリニメアーを使っております!」

 

 ゼノクルは、考えるそぶりを見せる。

 当初、大型のリニメアー4台、合計1万5千人で、出征するはずだった。

 なのに、最終的に、ロキティスは大型3台と中型1台しか完成しなかったと言い出したのだ。

 

 大型なら半径5百メートル圏内に「聖魔封じ」が張れる。

 4,5千人はかかえこめる広さだ。

 中型は、その半分にもならない。

 かかえられる兵も、2千人におよばなかった。

 

(このくらいのほうが、動き易くていいけどな)

 

 周りからは、守りが薄くなると反対されたが、ゼノクルが押し切っている。

 足手まといが5千人もいたのでは、身動きが取りにくいからだ。

 魔人クヴァットに人の「護衛」など必要ないのだし。

 

 だいたい、娯楽の本筋自体、人と魔物の小競り合いではない。

 

 クヴァットの「遊び場」は、別にある。

 そのためにこそ、ちょいちょい連絡を入れて来るロキティスに、その都度、少しずつ不安を煽っていたのだ。

 本人も気づかないほどの小さな疑念の種を撒き続けてきた。

 

 予想通り。

 

 だから、ロキティスは面白くない。

 つまらない玩具に成り下がっている。

 自らを「賢い」と思っている者は、自分の判断を疑おうとしないものだ。

 危ない橋を渡っていることにも、その橋板をすっかり踏み抜いていることにも、気づかずにいる。

 

「ゼノクル隊長!!」

 

 副官が大声を上げた。

 右横と後方にいた大型のリニメアーが大きく傾いている。

 その側では、大きな水柱が上がっていた。

 さっき魔物が作った亀裂から噴き上げているようだ。

 

(はっはあ! やるじゃねぇか! 楽しくなってきやがったぜ!)

 

 内心、わくわくしていたが、声にも表情にも出さないよう気をつける。

 あちこちで、ホバーレも吹き飛ばされているのだ。

 地面に叩きつけられている騎士もいた。

 

 前方でも、沼地に落ちて、もがいている騎士の姿が見える。

 重厚な装備が逆に仇になったらしい。

 沼地からは湯気が立っており、相当な熱を持っていると察せられた。

 装備を身に着けている騎士では、這い上がる前に熱でやられてしまう。

 

 ホバーレに乗っていれば、ホバーレを狙われ、足を取られる。

 かと言って、降りれば降りたで、周りから攻められる。

 装備など関係ない。

 地面に足をつけた場所、そこが狙われるのだ。

 

 装備は、人の体を守ってはくれるが、それしかできないとも言える。

 加熱された沼や、噴き上がる水の中では、役に立たなかった。

 なにしろ、直接に、人の体を狙うものではないのだから、防御が効かない。

 しかも、魔物のほうが、圧倒的に移動速度が速いのだ。

 

(逃げても無駄だな、こりゃあ。そんじゃ、次の手)

 

 ニッと、口の端を吊り上げて、ゼノクルは嗤う。

 聖魔には、基本的に「魔物は人より強い」との認識があった。

 なので、人が蹴散らされているのを見ても動揺はしない。

 むしろ、当然と思える。

 

「全員、散開!! 各々(おのおの)、走れ! 突っ走って、魔物の国に突撃せよ!!」

 

 号令に、騎士たちがバラけ始める。

 集団で銃撃戦に持ち込むほうが、分があったかもしれない。

 けれど、それでは面白くないのだ。

 獣くさいのだって、おさまらない。

 

「仲間の死を無駄にするな! 魔物など恐れることはない! 我らは、皇帝陛下の名の元にある! 1匹でも多く魔物を撃ち殺せっ!!」

 

 ゼノクルの声が響き渡るや、騎士たちが雄叫びを上げ、突撃を始める。

 総数としては負けていても、こちらのほうが有利だった。

 てんでにバラバラな動きをする相手に、守るほうは大変だ。

 1人を倒している間に、別の者が国に入るかもしれない。

 手こずれば、それだけ被害は拡大する。

 

(まぁ、要するに、あれだ。嫌がらせ? 人にとっちゃ、女子供も関係ねぇしな)

 

 魔物は魔物だ。

 人ではない生き物としてしか認識しない。

 殺すのに躊躇したりもしないだろう。

 仲間が近くでやられれば、それだけ使命感も強くなる。

 

 それが「人」というものなのだ。

 

 ゼノクルは、軽く肩をすくめた。

 そこそこの戦績は残せそうだが、死人も多数。

 その「責任」は取ってもらわなければならない。

 

「俺も出る。さっきの別動隊のせいで、隊列が乱れちまった。あれは裏切り者だ。追わなけりゃならねえ。これ以上、犠牲を出すわけにはいかねぇからな」

「では、私たちも同行いたします!」

「そうですとも! 隊長お1人を行かせるわけには……っ……」

「いや、これは俺の責任だ。お前らは、ほかの奴らを支援しろ。助けられそうなら助けてやれ。1時間だ。それ以上は粘るな」

「ですが……っ……」

「全員、無駄死にさせたくねぇんだよ。わかれ。いいな、1時間で撤退だ」

 

 ホバーレの操縦レバーを握る。

 これから起きることは、自分だけの「娯楽」なのだ。

 足手まといはいらない。

 

「俺は裏切り者を連れて戻る。それまで、魔物を狩れ!」

「かしこまりました!」

「奴らに思い知らせてやります!」

 

 うなずいて、ゼノクルはホバーレを加速させる。

 口元が、にやついてしかたがなかった。

 

(お前のぜんまいは、とうに切れちまってんだよ。終わりだ、ロッシー)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ティトーヴァはほんと見えてなさすぎてわかってないくせにうるさいので鬱陶しいというかさっさと潰れればいいのにみたいな気持ちになるんですけど、ゼノクルは本当にいやになるなあ…。 何か痛い目あわせ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ