暗澹の現実 3
「ゼノクル隊長の仰った通り、やはり罠が……」
前方で、炎の柱が噴き上がっている。
ロキティスの作った「聖魔封じ」を搭載したリニメアーが横倒しになっていた。
動力源をやられただろうから、もう動くことはできない。
円形に張られていた「壁もどき」も消えている。
一見、普通の平地だったが、リニメアーは「沼」を踏んだ。
平らな地面のように見せかけ、実はなだらかな坂になっていたのだろう。
リニメアー前後の地面の高低差が、浮上の妨げになった瞬間、バランスを崩して沼にはまった。
そこに、地下から炎の攻撃を受けたのだ。
騎士たちが身に着けている鎧は、魔力での攻撃を防ぐ。
けれど、乗り物には、そうした防御装置は搭載されていない。
魔物が「乗り物」を狙うとの想定をしてこなかったからだ。
「怯むな! この辺りは魔物の領域だ! ここまで来れば聖魔など関係ない!」
ゼノクルは、それなりに兵たちに声をかける。
どの道「捨て駒」なので、生きようが死のうがどうでもよかった。
どちらかと言えば、死んでくれたほうが、都合がいいくらいだ。
仲間の「死」に、人は感情を揺さぶれられる。
残された部隊の者たちは、死すら厭わず突っ込んでいくに違いない。
(けど、簡単にやられ過ぎても、つまらねぇしな)
ゼノクルは、そう思いつつ、顔をしかめた。
人の体を借りていても、これだけは我慢ならない。
ものすごく獣くさいのだ。
ゼノクルの嫌いな匂いが、辺り一帯に充満している。
魔物たちが魔力を使っているせいだった。
人の生死はどうでもいいが、獣くさいことに苛々する。
鼻をこすっては、頭を振った。
(獣くさくてしかたねえ。やっぱり殺しちまおう)
クヴァットは、獣くさいのが大嫌いなのだ。
もう少し遊ぶつもりだったが、こう獣くさくては遊びに集中できない。
どうせ人は、魔物を殺しに来ている。
息苦しさを解消させるためにも、数減らしは必要だった。
「全員、ホバーレを捨て、態勢を立て直せ! 少数で動くな。集団を形成しろ!」
ゼノクル自身は、最も小さい部隊の先頭にいる。
ほかとは違い、中型のリニメアーが後ろについていた。
正直、ゼノクルには「聖魔封じ」など無意味だ。
人の体を借りていても、ゼノクルがクヴァットだと気づかない聖魔はいない。
もちろん聖魔に同胞意識などないので、クヴァットを気遣うはずもなかった。
面白そうだと思えば、近寄って来る。
だが、クヴァットに精神干渉をする聖魔はいないのだ。
魔人の王に、自分たちの力は通用しないと、わかっている。
(突っかかってくる奴がいたら面白えと思ったんだが、さすがにいねぇか)
そのくらいの気概を見せろ、と、理不尽なことを考えていた。
せっかく用意した舞台なので、面白味が増すのは大歓迎というところ。
しかし、聖魔も無駄に死にたくはないと思っている。
クヴァットに、人も魔物も聖魔も関係ないと知っているのだ。
自分たちまで、クヴァットの娯楽の「餌」にされかねない。
それを恐れ、遠巻きにしている。
雰囲気で、聖魔の存在を感知しているが、近づいて来るものはいなかった。
獣くさいのも理由のひとつかもしれない。
思うと、なおさらに苛々する。
「魔力感知の情報を共有した! そこに向かって、一斉射撃しろ!」
ゼノクルの指示に、騎士たちの士気が上がるのを感じた。
ゼノクルを守って近くにいる騎士も、声を上げている。
人というのは、簡単なものだ。
言葉や態度だけで、十分、操れる。
(そういや、ラフロも言ってたな。精神干渉して操るのはつまんねぇってよ)
人が自らの意思で選択をするから「尊い」のだと、ラフロは言っていた。
その「尊い」の意味はわからないが、面白いということだろうと思っている。
壁ができる以前は、精神干渉も使っていたが、今以上に簡単に過ぎた。
百年も経つうち、次第につまらないことが増えていたのも覚えている。
(思い通りになり過ぎるってのも、面白味に欠けるんだぜ? そこんとこ、お前はわかっちゃいねぇんだよ、ロッシー)
ただでさえ、獣くさくて苛々しているのに。
「ゼノクル隊長!! あれは、べ、別動隊でしょうか?!」
「いや……俺は聞いてねえ……どういうことだ? あれはどこの部隊だ、おい?」
「わ、わかりません! ですが、小型のリニメアーを使っております!」
ゼノクルは、考えるそぶりを見せる。
当初、大型のリニメアー4台、合計1万5千人で、出征するはずだった。
なのに、最終的に、ロキティスは大型3台と中型1台しか完成しなかったと言い出したのだ。
大型なら半径5百メートル圏内に「聖魔封じ」が張れる。
4,5千人はかかえこめる広さだ。
中型は、その半分にもならない。
かかえられる兵も、2千人におよばなかった。
(このくらいのほうが、動き易くていいけどな)
周りからは、守りが薄くなると反対されたが、ゼノクルが押し切っている。
足手まといが5千人もいたのでは、身動きが取りにくいからだ。
魔人クヴァットに人の「護衛」など必要ないのだし。
だいたい、娯楽の本筋自体、人と魔物の小競り合いではない。
クヴァットの「遊び場」は、別にある。
そのためにこそ、ちょいちょい連絡を入れて来るロキティスに、その都度、少しずつ不安を煽っていたのだ。
本人も気づかないほどの小さな疑念の種を撒き続けてきた。
予想通り。
だから、ロキティスは面白くない。
つまらない玩具に成り下がっている。
自らを「賢い」と思っている者は、自分の判断を疑おうとしないものだ。
危ない橋を渡っていることにも、その橋板をすっかり踏み抜いていることにも、気づかずにいる。
「ゼノクル隊長!!」
副官が大声を上げた。
右横と後方にいた大型のリニメアーが大きく傾いている。
その側では、大きな水柱が上がっていた。
さっき魔物が作った亀裂から噴き上げているようだ。
(はっはあ! やるじゃねぇか! 楽しくなってきやがったぜ!)
内心、わくわくしていたが、声にも表情にも出さないよう気をつける。
あちこちで、ホバーレも吹き飛ばされているのだ。
地面に叩きつけられている騎士もいた。
前方でも、沼地に落ちて、もがいている騎士の姿が見える。
重厚な装備が逆に仇になったらしい。
沼地からは湯気が立っており、相当な熱を持っていると察せられた。
装備を身に着けている騎士では、這い上がる前に熱でやられてしまう。
ホバーレに乗っていれば、ホバーレを狙われ、足を取られる。
かと言って、降りれば降りたで、周りから攻められる。
装備など関係ない。
地面に足をつけた場所、そこが狙われるのだ。
装備は、人の体を守ってはくれるが、それしかできないとも言える。
加熱された沼や、噴き上がる水の中では、役に立たなかった。
なにしろ、直接に、人の体を狙うものではないのだから、防御が効かない。
しかも、魔物のほうが、圧倒的に移動速度が速いのだ。
(逃げても無駄だな、こりゃあ。そんじゃ、次の手)
ニッと、口の端を吊り上げて、ゼノクルは嗤う。
聖魔には、基本的に「魔物は人より強い」との認識があった。
なので、人が蹴散らされているのを見ても動揺はしない。
むしろ、当然と思える。
「全員、散開!! 各々、走れ! 突っ走って、魔物の国に突撃せよ!!」
号令に、騎士たちがバラけ始める。
集団で銃撃戦に持ち込むほうが、分があったかもしれない。
けれど、それでは面白くないのだ。
獣くさいのだって、おさまらない。
「仲間の死を無駄にするな! 魔物など恐れることはない! 我らは、皇帝陛下の名の元にある! 1匹でも多く魔物を撃ち殺せっ!!」
ゼノクルの声が響き渡るや、騎士たちが雄叫びを上げ、突撃を始める。
総数としては負けていても、こちらのほうが有利だった。
てんでにバラバラな動きをする相手に、守るほうは大変だ。
1人を倒している間に、別の者が国に入るかもしれない。
手こずれば、それだけ被害は拡大する。
(まぁ、要するに、あれだ。嫌がらせ? 人にとっちゃ、女子供も関係ねぇしな)
魔物は魔物だ。
人ではない生き物としてしか認識しない。
殺すのに躊躇したりもしないだろう。
仲間が近くでやられれば、それだけ使命感も強くなる。
それが「人」というものなのだ。
ゼノクルは、軽く肩をすくめた。
そこそこの戦績は残せそうだが、死人も多数。
その「責任」は取ってもらわなければならない。
「俺も出る。さっきの別動隊のせいで、隊列が乱れちまった。あれは裏切り者だ。追わなけりゃならねえ。これ以上、犠牲を出すわけにはいかねぇからな」
「では、私たちも同行いたします!」
「そうですとも! 隊長お1人を行かせるわけには……っ……」
「いや、これは俺の責任だ。お前らは、ほかの奴らを支援しろ。助けられそうなら助けてやれ。1時間だ。それ以上は粘るな」
「ですが……っ……」
「全員、無駄死にさせたくねぇんだよ。わかれ。いいな、1時間で撤退だ」
ホバーレの操縦レバーを握る。
これから起きることは、自分だけの「娯楽」なのだ。
足手まといはいらない。
「俺は裏切り者を連れて戻る。それまで、魔物を狩れ!」
「かしこまりました!」
「奴らに思い知らせてやります!」
うなずいて、ゼノクルはホバーレを加速させる。
口元が、にやついてしかたがなかった。
(お前のぜんまいは、とうに切れちまってんだよ。終わりだ、ロッシー)