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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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暗澹の現実 2

 ザイードのつぶやくような声が聞こえた時だった。

 人間たちが、一斉に動きを止める。

 まるで、こちらの「罠」に気づいているかのようだ。

 

 すぐにダイスから連絡が入った。

 体をザイードにぴったりと寄せ、耳をすませる。

 

「どうするよ? あいつら、動かなくなっちまったぞ?」

「気づかれておるのかもしれぬ。深追いはするでない」

 

 ザイードが、ちらっとキャスに視線を投げてきた。

 うなずき返し、ダイスにも、様子を見たほうがいい、と言おうとしたのだが。

 

「いや、ここで動き続けてねぇと、それこそ気づかれちまうだろ」

「よさぬか、ダイス!」

「まぁ、見てろって! 上手くやるさ」

「ダイス! いかん! 待て、ダイス!!」

 

 ぷつっと、通信が切れる。

 映像の中、ダイスが尾で地面を叩いた。

 地割れが起こる。

 が、当然だが、まったく影響はない。

 

「なにやって……っ……あれは効果がないって言ったのに……っ……」

 

 ザイードに魔力全開で龍になり、飛んで行ってもらっても、間に合わないとわかっていた。

 人間たちが、銃をダイスに向けている。

 ダイスは、周りのルーポたちに指示を出していた。

 銃撃を躱させては、尾を振り上げている。

 そのたびに、あちこちで地割れと、土の山ができていた。

 

 が、人間のほうも、ダイスが主導していると気づいているようだ。

 ほかのルーポは狙わず、ダイスだけを狙っている。

 銃弾が集中して浴びせられていた。

 おそらくダイスも「故意」に敵を引きつけているのだ。

 ギリギリで()けてはいるが、このままでは避けきれなくなる。

 

「退け! ダイス! 逃げよ……っ……」

 

 その言葉はとどかなかった。

 ダイスの体から紫の血が飛び散る。

 そして、その体は、自らの作った地割れの中へと落ちて行った。

 ザイードもノノマも、そしてキャスも、言葉を失う。

 

 室内が、静かになっていた。

 どくどくと、心臓が音を立てている。

 目の前の光景に言葉が出なかった。

 

 ダイスは、どうなったのか。

 

 地面にできた亀裂に落ちたため、姿は見えなくなっている。

 紫の血が飛び散るのも、目に焼きついていた。

 ぎゅうっと心臓が苦しくなる。

 自分の考えが浅かったのだ。

 

 相手は、シャノンを逆手にとってくるような奴だった。

 ルーポの動きから「誘導」に気づかれたに違いない。

 必死で、次の手を考える。

 画面を、じっと眺めた。

 

(ダイスは、でたらめに土を巻き上げてたわけじゃない……)

 

 無作為に見えたが、一定方向への道は残されている。

 ダイスが地割れを起こしたのは「誘導」先よりも後ろだ。

 亀裂はあるものの、それは移動の妨げにはならない。

 対して、土の山は進行を妨げている。

 

 人間側の取れる手段は「誘導」と分かっていても先に進むか。

 それとも、後退するか。

 2つにひとつ。

 

 部隊は、全部で4つに分かれていた。

 3つは、ほぼ同じ大きさで、ひとつだけ小さい。

 3つの部隊は、5千人規模だと推測している。

 1つの部隊を取り囲む「壁」が半径5百メートルほどだった。

 

 その3つの部隊で、残るひとつを守っているらしい。

 つまり、そのひとつが「司令塔」なのだ。

 半径2百メートルあるかなしか。

 中にいるのも、2千人前後だろう。

 

「あ……あちらのひとつが……動き出しましてござります……」

 

 3つ部隊の内、ひとつが移動を始めていた。

 誘導先の方向だ。

 もちろん、そちらにしか進めないのだけれども。

 

「……捨て駒だよ……あの部隊がどうなるか見るつもりなんだ……」

 

 領域での「聖魔封じ」を、予測はしていた。

 だが、帝国の技術はラーザほどではないし、簡単に造れるものでもない。

 実際に、「本物の装置」を見て、それは確信している。

 だから、こんなふうに複数の部隊編成をしてくるとは思わずにいた。

 

 1万の兵がいたとしても、1割は捨て駒。

 残りが、ひとつの軍勢として動くと考えていたのだ。

 確かに、まさに目の前で、5千人が捨て駒にされかけていた。

 だとしても、まだ1万人以上の戦力が、相手には残っている。

 

 4つの部隊を、同時に罠にかけられなければ意味がない。

 

 罠が待っているとわかっていて前に進むなど有り得なかった。

 ならば、後退して、別のルートから進行を続けるはずだ。

 現実に、映像の中で、残った3つの部隊は、じりじりと後退し始めている。

 進んでいる部隊が「罠」にかかるのを見越しているのだろう。

 

「罠だってわかってるのに、やっぱり行かせるんだね……」

「我らの戦力を削ぐためでもあろう」

「……そっちに手を取らせておけば、後退しても追撃されないから……」

「挟み打ちにされるのは、避けたかろうしな」

 

 もちろん退路は断つつもりだった。

 けれど、それは「罠」が成功してのことだ。

 壁の無力化が成功していないのに、別動隊を動かすべきなのか。

 とはいえ、このままルートの変更を許してしまうと、被害が大きくなる。

 

「ダイス様が、命懸けで地割れを引き起こしたというに……人どもは、なんら気にしておりませぬ……」

 

 ノノマが、苦渋に満ちた声でつぶやいた。

 キャスも、後退する部隊を映像越しに見つめる。

 亀裂など無視して、その上を移動していた。

 浮いているのだから、地面が割れていても影響などないのだ。

 

『ミネリネ、いいですか?』

「戦況が良くないみたいだわねえ」

 

 キャスが力を使った途端、ミネリネが現れる。

 当然、ファニも、ぞろぞろと姿を現していた。

 家に入りきれず、外までファニだらけだ。

 

「亀裂の中に落ちたルーポを探してもらえますか? 怪我をしていたら……」

「わかっているわ。癒せばいいのでしょう? でも、連れては帰れないわよ?」

「かまいません。動けるようになれば、それでいいので」

「すぐ行ってみるわ。皆、ぐずぐずしないの」

 

 しゅっと、ミネリネが消える。

 ファニも、次々と消えて行った。

 

「ザイード、ダイスに声をかけてみてください。死んだとは限りません」

 

 銃で撃たれたのは間違いない。

 撃たれどころによっては、命を落としていることも有り得る。

 が、逆に、生きている可能性もあるのだ。

 亀裂の深さにもよるが、手や脚をかけられる場所もある。

 ルーポは身軽なのが特徴だった。

 

「ダイス! これ、ダイス! 返事をせぬか! 死んでおるのか、ダイス!」

 

 返事はない。

 繰り返し、ザイードが呼びかけるも、言葉は返ってこなかった。

 深く気持ちが沈む。

 自分の浅知恵が、ダイスを死なせることになってしまったのだ。

 

「……ミネリネ。ほかのルーポはどうなっておる?」

「亀裂に挟まっているわねえ。でも、ほとんどは生きていてよ。もう少しすれば、動けるようになるはず……あらあら……」

「いかがした?」

「ダイスを見つけたわ。なぁに、うるさいわねえ……」

 

 ミネリネの声が、ザイードの通信装置を通して、薄っすら聞こえている。

 思わず、ザイードの耳に、自分の耳を寄せた。

 ノノマも近づいて来ている。

 

「亀裂に落ちた時、通信装置が耳から外れてしまったのですって」

「そ、そうであったか……して、怪我は?」

「放っておいたら死ぬんじゃないかしら」

「す、すぐ治療してあげて!」

 

 関心なさげなミネリネに、言葉が口からついて出た。

 それでも、生きていたことに、安堵が広がる。

 

「死にぞこないのくせに、なにを言っているの? 早く、お逃げなさいな……え? いやぁよ……ちょっと……っ……」

「……ら、貸せっ! お前は、すぐ帰れるだろ!」

「もういいわ! 助けてあげたのに、恩知らずだわね!」

 

 ぷつっと通信が切れた。

 なにが起きたのか、よくわからないでいると、ミネリネが姿を現す。

 怒っているようで、体が半分、透けていた。

 

「ど、どうしたの?」

「ひどいのよ、あの毛むくじゃらときたら……」

 

 言っているそばから、ダイスの声が響く。

 

「おう! どうだ、上手くやっただろ?!」

「お前……死んだかと思うたではないか!!」

「死ねるわけねぇだろ。キサラを、ほかの男に取られてたまるか」

 

 はあ…と、横でノノマが大きく息をついた。

 いかにも「悼んで損をした」という顔をしている。

 だが、ともかくも生きていてよかった、と思った。

 

「キャス、オレは上手くやった。そうだろ?」

「……無茶し過ぎですよ、ダイス……上手くやってくれたことは認めますけど……」

「ザイードは、オレを馬鹿だと思ってるんだぜ? だから心配する」

「ダイスのことが大好きだからです」

「お、そうか? みんな、オレのこと大好きだからな」

「ふざけておらず、さっさと逃げよ!」

 

 その意見には賛成だ。

 ほかのルーポにも逃げてもらわなければならない。

 

「これから、イホラの別動隊に頼んで亀裂に水を流してもらいます。だから……」

「ついでに水を噴き上げるように言っといてくれよ」

「は……? それは、どういう……」

「そうすりゃ、わざわざ壁をよじ登らなくてもすむだろ?」

「でも……水で噴き上げるって……」

「平気平気、オレらは泳ぎも得意なんだ。ナニャに聞いてみろよ、嫌な顔するぞ」

 

 なんとなく想像がつくような、つかないような。

 深刻な状況なのに、ダイスが絡むと、どうにも場が和んでしまう。

 気を緩めている場合ではないのだが、ダイスに怒る気にもなれなかった。

 ダイスは平気そうに言っているものの、命懸けだったのは確かなのだ。

 

「わかりました。そのほうが効果も大きいでしょうしね」


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