暗澹の現実 1
人の作った機械に頼らなければならないのは、不本意ではある。
だが、自分たちの戦いかたでは「太刀打ちできない」のだ。
もっと相手を知り、自分たちにできることを学び、増やしていけば、いずれは、機械に頼らずにすむ日も来るだろう。
(今はまだ……いずれ、では間に合わぬ)
イホラを通じ、ミネリネから連絡が入ったのが数時間前だ。
人が、人の国を出たのは、夜のことらしい。
移動はガリダよりも遅く、イホラたちが「のろのろ」していたと言っていたと、ミネリネに聞いている。
その乗り物は、ザイードもジュポナで見ていた。
ザイードの周りをウロウロしていただけなので、速いかどうかわからなかったが、それについては、キャスに教えられている。
速くても、1時間に30キロ進む程度らしい。
(奴らが選んだのは、リュドサイオの尾の先から出て、北西……やはり魔獣のおる北東を避けておるようだ)
距離としては、4,5百キロ。
最も近いイホラに到着するまでには、12時間前後。
この時期、魔獣は動きが鈍る。
それを知らないのか、知ってはいても万が一を恐れているのか。
ともかく最短距離は取らず、少し西寄りに迂回しているようだ。
ザイードたちが「誘導」する予定の場所には近い。
「奴ら、動き出すみてぇだ」
人間たちは、百キロほど手前で動きを止めていた。
いったん休息を取り、一気に攻めて来る気なのだ。
すでに夜は明けている。
少し気障りではあるが、耳につけている「通信装置」で、各長に連絡した。
「敵は、4つの隊に分かれておる。離れ離れにさせぬよう、囲みをかけよ」
魔獣を狩る時と同じく、周りから追い込みをかけるのだ。
その役目はダイスだった。
ルーポのものたちが、土を盛り上げ、進行の邪魔をする。
特定の方向に進むよう、邪魔をする場所も決めてあった。
「おう! そんじゃ、行ってくるぜ!」
「直前を狙うのだぞ? 先走っては……」
「わかってるって! 土を巻き上げるだけなんて、ガキの遊びみたいなもんだ」
「ダイス! これは遊びでは……っ……」
「みんな、オレに続けー!」
わあっと声がして、耳がキーンっとなる。
ダイスは馬鹿ではない、とザイードは自分に言い聞かせた。
何度も練習をしたという話も聞いている。
それが練習だったのか、遊びだったのかは定かではないが、それはともかく。
「シュザ、そちらはどうか?」
「ダイス様が、上手く誘導してくだされば問題ありませぬ」
「見た目も整うておるのだな?」
「ナニャ様とイホラのものたちの風の扱いは、素晴らしきものです。風で砂を運び沼地を平地のように隠してくださいました」
誘導先には、多くの「沼地」を作っている。
小さいものから大きなもの、浅いもの、深いものと様々だ。
複数のガリダで力を合わせれば、沼地を作るのに半時もかからない。
だが、沼地を隠すという発想はなかった。
(キャスは、沼地は、フロやプール?みたいだと言うておったか。体を洗うたり、遊び場という意味らしいが、間違ってはおらぬな)
沼地の用途は、キャスの言った通りだ。
そのため領地内では隠す必要がない。
キャスから「落とし穴」にしたいと言われ、なるほど「罠」だと思った。
小動物を捕まえるのに、ガリダも「落とし穴」を使う。
人間相手に、そうした「罠」を仕掛けるという考えがなかっただけだ。
キャスの提案に、ナニャがイホラでなんとかできそうだと請け負ってくれた。
シュザの報告からすると、上手くいっているようだと、安心する。
ラシッドも、シュザと一緒にいるのだろうが、通信装置は、あずけていない。
自分の代わりに現場の主導をするには、やはりシュザのほうが適任なのだ。
どうこう言っても、ラシッドは、まだ子供。
本来は、領地内に残らせたかったのだが、ラシッドが言うことを聞かなかった。
勝手に姿をくらませられると厄介なので、しかたなく同行を許している。
ラシッドになにかあったら、と考えなくはないのだけれども。
「アヴィオ……そちらはどうか?」
「どうもこうも……このあと泥まみれになるかと思うと憂鬱だ……」
「外は見えぬのだな?」
「見えるわけがないだろう。泥の中にいるんだ。今は、体に膜を張っているから、泥まみれにならずにすんでいるがな」
「こちらの合図で、攻撃してもらわねばならぬ」
「……泥の中から攻撃……悪くはない手だが……最悪な気分だ……」
コルコたちは、大小の沼地に潜んでいる。
沼に「乗り物」がはまったら、その床面を攻撃するのだ。
コルコは炎を扱うため、熱を読む力があった。
キャス曰く「熱の高い場所」を狙うのが効果的とのこと。
「足止めは面で行い、攻撃は点で行う。良い策だ」
「それは、俺も認めている……力自体はともかく……キャスは役に立つ」
「考えを改めたのならばよい」
「ザイード……」
アヴィオの声が、小さくなった。
通信状態が悪くなったわけではない。
「知らずに生きていくことにならずにすんで、良かったと思っているんだ」
「そうだの」
「この先、何回、人が来ても、俺は角を折ることはしない。絶対にな」
「ならば、死なぬようにいたせ。お前がおらぬと戦力が落ちる」
言って、通信を切る。
アヴィオの覚悟を感じていた。
人との争いに、なんらかの決着がついたら、アヴィオは祖父の「交渉」について種族のものたちに打ち明けるつもりなのだ。
罪を犯したものの身内として裁かれるとしても。
そうならなければいいと思うが、こればかりはザイードが口出しできることではなかった。
種族の中で判断し、決めることなのだ。
壁を造る「装置」を隠していた老体たちのことも、同じだった。
ガリダ内で話し合う日はくる。
「皆、用意はできておる」
「……こちらも、準備できました」
「これは、あやつを見ておるのと同じものか?」
「似たようなものですね」
ザイードは、キャスと一緒に、ガリダに残っていた。
いつもは長が集まる場所としている家を使っているのだ。
周辺には、複数のガリダが守りについている。
キャスの傍には、ノノマもいた。
「映像が、じっとしておりませぬ」
「ファニたちに頼んで、装置だけ投げて来てもらったんだよね。だから、家に設置した時みたいに安定しないんだよ」
シャノンの映像より、数は多い。
だが、画面が乱れたり、動いたりしている。
その中から、まともに見える映像を、キャスは探しているらしかった。
何度も画面を切り替えている。
「ええと……ちょっと遠いけど、これとこれは安定してる……寄せに切り替えて、ピントを合わせてっと……」
「先ほどと比べて見易うなってござりまする」
「これが限界だね。解析装置が上手く使えてたら良かったんだけど、ごめん、全然わからなくてさ」
「なにを言う。遠くの状況がわかるだけでも上出来ぞ」
「さようにござりまする。我らだけでは、どうなっておるか、その場に行かねば、わからぬところにござりました」
イホラが読めるのは「空気」だけだ。
実際の状況を映像で見せることはできない。
そもそも、戦場とここは、離れ過ぎている。
魔力での会話では伝わらないのだ。
通信装置によって意思の伝達ができたり、映像で状況把握ができたりするのは、キャスの知識によるものが大きい。
「キャス様、砂煙にござりまする!」
「来た……予定の場所まで、もうすぐです、ザイード」
ノノマの尾が、小刻みに横振れしている。
さすがに緊張しているようだ。
「ダイス、始めよ」
言った瞬間、キャスがザイードに、パッと視線を向ける。
気づいて、即座に言葉を付け足した。
「銃だ、ダイス! 撃たれぬように気をつけよ!」
「逃げ足は、こっちのほうが速いだろ? ガリダは心配性だな」
「過信はいたすな! 油断もならぬ! 余の鱗でさえ撃ち抜かれたのだぞ!」
「わかってるって」
ザイードの心臓も、鼓動を速めてくる。
これほど落ち着かない気分になったのは、初めてだった。
ダイスには、キサラがいる。
5頭の子もいるのだ。
「やはり、余も向こうに……」
「駄目です、ザイード」
「キャス……」
「駄目なんです、ザイード……気持ちはわかりますが……今回は、ただの偵察なんですよ? このあと、もっと……大軍が来るんです……」
ザイードは床に座り直し、両手を握りしめた。
自分の全力を出せば、蹴散らせる自信はある。
ジュポナで見た「壁」より、今回のものは「薄い」と感じていたからだ。
灰色ではあっても、中が透けて見えている。
ザイードの見た「壁」は、中など見えなかった。
画面に、ルーポたちが映し出される。
ダイスも、そこにいた。
円形の「壁」の中には、大きな「乗り物」がある。
その周りを小型の「乗り物」に乗った人間が取り囲んでいた。
「あれが壁を造ってる装置ですね……あの中から外には出られませんが……」
身をもって知った「銃」というものの威力。
魔力を出しきっていたザイードでさえ、繰り返し攻撃を受けて、最後には、鱗を貫かれたのだ。
ダイスたちには素早さはあっても、体を守る硬い鱗はない。
人間たちの進行を阻み、土が、あちこちで盛り上がっている。
砂煙も上がり、画面が乱れた。
それでも、今のところ、順調に「誘導」できている。
たかが土の山であっても、それが20センチを越えると前進はできない。
キャスの言った通りだ。
「あと少しだ、ダイスよ……」