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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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読みつ読まれつ 4

 湿地帯から戻って家に着いた頃には、クタクタになっていた。

 時間的には、まだ夕方だが、お腹もぺこぺこだ。

 辿り着くまでに、あれほど時間がかかるとは思っていなかった。

 なので「お弁当」を用意しておらず、昼抜きになっている。

 

「キャス、ちと早いが食事にいたそう。食べたら、そなたは休むがよい」

 

 戸口の向こうからノノマの声が聞こえていたが、入っては来なかったようだ。

 食事だけザイードに渡し、帰ったのだろう。

 帰りが遅かったため、疲れているはずだと気遣ってくれたのかもしれない。

 ノノマは、気立てが良く、気も利く女の子なのだ。

 

(見た目も可愛いし、シュザはライバル多くて大変だろうなぁ)

 

 シュザの気持ちは丸わかりだが、ノノマは相手にしていなさそうだった。

 軽くあしらっていて、シュザを特別に思っている様子はない。

 一緒にいるのは、よく見かけるものの「つきあっている」感はないのだ。

 そんなことを思う自分が、不思議になる。

 

 自分も含めて、恋愛になど興味はなかった。

 フィッツへの好意を意識するまで、恋愛に意味を感じられずにいたからだ。

 もとより人と深く関わるのも嫌だったし、誰かに夢中になって振り回されるなど考えられもしなかった。

 

(一緒にいて楽しいとか嬉しいとか思うようになるなんて、びっくりだよ)

 

 自分自身が恋をしたので、周りの「恋愛」にも、興味を持つようになったのかもしれない。

 はっきり言って、未だに、フィッツに恋をした理由は、わからずにいる。

 なにしろ、最初は「少々、頭のイカレた男」だと思っていたのだ。

 しかたなく一緒にいただけで、どうしても一緒にいたいとは感じていなかった。

 

(よくわかんないよね。そういうもんなのかな、恋愛って)

 

 どこが好きなのかとか、どういうふうに好きになったのかとか。

 考えれば色々あるのだけれど、すべて後付けのような気もする。

 なにか、そうした「理屈」では表現できない気持ちなのだ。

 フィッツだから好きになった、というのが、1番しっくりくる。

 

(カサンドラだから一緒にいてくれてるだけなんだ、とか怒ったりしてさ)

 

 フィッツが特別なのだと明確に自覚したのは、あの時だった。

 ティニカとして(そば)にいてくれていることに、彼女は傷ついたのだ。

 期待をしなければ裏切りも落胆もない。

 けれど、特別な存在を相手にすると、期待せずにもいられない。

 

 恋とは、そうものなのだろう。

 

 良くも悪くも、自分に変化(へんか)をもたらすものでもあった。

 楽しいこともあれば落ち込むこともあり、嬉しいこともあれば悲しいこともある。

 

 『姫様は、私にたくさんの感情をくれました』

 

 それは、彼女にとっても同じことだ。

 フィッツは、いくつもの新しい感情をくれた。

 初めて知ったことも、たくさんある。

 

 だから、今が寂しい。

 

 考えながら、黙々と口を動かした。

 どんなに寂しくても、この記憶を失いたくない。

 ならば、生きていなければならないのだ。

 生きるためには、食事も睡眠も必要だった。

 

「そう言えば……」

「いかがした?」

 

 木のスプーンを手に、床に置かれた皿を見つめる。

 キャスは、食事にこだわりがない。

 魚より肉のほうが好きではあるが、美食家ではないのだ。

 ガリダに来てからも、出されたものを、淡々と口にしている。

 

「ルーポでもそうだったんですけど、最近、保存食っぽい食事だなと思って」

「冬場は獲物が少なくなるのでな。干し肉や、(いぶ)した魚が増えるのだが……あまり口に合わぬのであれば、別のものを用意いたす」

「あ、いえ、そういうことじゃ……」

 

 しみじみと「冬」なのだな、と思った。

 人の国を出たのは夏。

 それから、半年以上が経とうとしている。

 気づいて、あれ?という気持ちが広がった。

 

 食事の手を止め、書き物机に駆け寄る。

 置いてあった書類を手にして、素早く見直した。

 それを持って、食事の席に戻る。

 

「これなんですけど……」

「昔、人が来ておった時のことだの」

 

 各種族に残されていた書物やガリダの老体たちから話を聞き、改めてザイードがまとめ直したものだ。

 そこに、キャスが自分の読める文字を書き足している。

 

「1番最初の襲来は、春先。その次は夏。これは1回ずつ。それから、秋……」

「秋は、人の襲来が増える時期であったようだ」

「たぶん、動き易かったからだと思います」

「夏場は暑うなるゆえ、動きが鈍ることもあろうな。人の装備は重そうであった」

 

 ジュポナで、ザイードは騎士を見たのだ。

 資料に書かれていた、兜や鎧といったものが、どういうものか知っている。

 キャスも同じ意見だった。

 軽量化はされているにしても、暑さで動きが鈍るのは()けられなかったはずだ。

 

「しかし、春先は増えておらぬな。秋と、なにが違う? 確かに寒さは厳しいが、装備の重厚さからすると、夏ほど動きにくいとは思えぬ」

「たぶん……雪、じゃないでしょうか」

「雪? ガリダも雪には弱い種族ゆえ、わからぬでもないが……」

「ザイード、この辺りで雪は、どのくらい積もります?」

「そうさの……多い時は、膝あたりまで積もる。ルーポは、もっと雪深うなるが、奴らは雪なぞものともせぬのだ」

 

 膝あたりまで積もれば十分過ぎる。

 ホバーレは、10センチほどしか浮けないのだ。

 しかも、バランスを維持するのが難しい。

 戦車試合で、アイシャの乗ったホバーレは味方に蹴られ、横倒しになっている。

 

(あいつが言ってたっけ……ホバーレの動力は推進用と浮上用の2つ。浮上用は、高速の気流で、地面に圧力をかけてるとかなんとか……)

 

 その「地面」に雪が積もっていても、圧力をかけられるのだろうか。

 想像でしかないが、新雪上では、浮上できなさそうに思える。

 仮に、浮上できたとしても、雪が深くなれば、移動は困難になりそうだ。

 だから、冬から春先は避けたと考えれば、秋に回数が増えていることにも理屈がつけられる。

 

「だったら……まずい……」

「どういうことだ?」

「あと、どれくらいで雪が降りますか?」

「もう半月も経たずに降り始めよう」

「雪が降る前に、人が来ます」

 

 ザイードの瞳孔が、きゅうっと狭まった。

 今日、洞に行った時、キャスは、今にも人が来るような焦燥感に襲われている。

 もう気のせいだとは思えなくなっていた。

 

 ノノマに申し訳ないので、急いで食事をすませる。

 ザイードも、かきこむようにして、皿を空にしていた。

 休んでなどいられない。

 すぐに動く必要がある。

 

「ナニャ、聞こえますか?!」

 

 ルーポに集まった(おさ)に、キャスは通信装置を渡していた。

 使いかたというほどのものはない。

 設置して、動力を入れておけばいいだけだ。

 声が伝わっては困る場合は、切っておくようにと説明してある。

 

「聞こえている。なにかあったのか?」

「近々、人が来ます。2,3日もないかもしれません」

「わかった。見張りの警戒を強めておく。キャス……我らは、国の外に、見張りを置く。そうすれば、もっと早く人の動きが読める」

「危険です! 向こうには、魔力を感知する機械があるんですよ?!」

「だとしても、だ。到着するまでには間があるのだろう?」

「それは……そうですが……」

「今回の策では、先手を取るのが、重要となる。違うか?」

 

 ナニャの声は落ち着いていた。

 ふう…と、息を吐く。

 

「だったら、人の国側に沿って横並びに見張りを立ててください。ファニに協力を依頼します。見つけたら連絡はファニに任せて、すぐに撤退でお願いします」

「わかった。無駄に戦力を失うのも損だからな」

「必ず、ファニと(つい)で動いてくださいね」

 

 ナニャとの通信を切ると、ザイードがキャスの動きに合わせてミネリネと連絡を取っていた。

 すでに話はついているようだ。

 ファニは、ほかの種族よりも移動に利がある。

 どうやらイホラに向かってくれたらしい。

 

「あやつの情報は、偽であったか」

「なんとなく、そうじゃないかとは感じてたんですけどね」

 

 ダイスからは、毎日のように連絡が入っていた。

 シャノンの動向についての話だ。

 数日がかりで、通信妨害装置の使いかたを、ダイスと、その身内に教えたのは、ザイードだった。

 自分たちがガリダに帰った途端、通信が通るようになれば怪しまれるからだ。

 

「あやつは、己が見られておると気づいておらぬようだと、ダイスは言うておった。あやつ自身はそうかもしれぬが、裏におる者は感づいておるのだな」

「そうみたいですね。逆に、シャノンを使って、こっちに偽の情報を流してたってことですから」

 

 それも想定していたことではある。

 簡単に騙される相手ではない、という不安はあったのだ。

 

「ロキティスを隠れ蓑にすることも、シャノンが私たちに騙されてることも、なんとも思ってないんですよ」

「そうだの。知れば、あやつの行動に不審さが出るゆえ、あえて黙っておるのだ」

 

 キャスは、その「裏にいる者」が誰なのかを考える。

 可能性の低いほうから除外することにした。

 フィッツがしていた手法だ。

 

「皇帝は違う……あいつは、見たいものしか見ない奴だけど、中間種を使ったりはしない……建国の歴史を、表沙汰にもできない立場だし……ロキティスも違う……シャノンが捕まった時点で見捨ててるはず……シャノン……中間種……」

 

 ロキティスがシャノンを「作った」のは間違いない。

 だが、シャノンはロキティスの手から離れている。

 とすると、ロキティス以外に中間種の存在を認知している者がいるのだ。

 それをロキティスが許すだろうか。

 自己保身の権化のようなロキティスが。

 

「……あの人……なわけないよね……だって……あの人は……」

 

 忠のリュドサイオ。

 

 そう呼ばれる国の王子が、皇帝を裏切るような真似をするとは思えなかった。

 だが、ロキティスがシャノンを「譲る」とすれば、その人物しか残らない。

 

「……リュドサイオの第1王子……ゼノクル・リュドサイオ……?」


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