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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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知識の乗算 3

 ルーポに来てから、3日目の昼。

 各種族の(おさ)と、キャス、それにノノマが、ダイスの「別宅」に集まっている。

 本来なら、ノノマは同席する立場にない。

 が、ここにはシャノンを見張る装置を置いていた。

 昼に動きがあるとは思わないが、念のため、ノノマに画面を監視させている。

 

 長たちも、その装置に興味を示していたが、集めたのは、そのためではない。

 キャスから、話したいことがあると言われ、緊急に招集したのだ。

 今日はキャスも交えて円座している。

 ザイードの横にキャスが座っていること以外、いつも通りの並びだった。

 

「私の推測では、少なくとも1万の兵が、近いうちに壁を越えて来ます」

「1万?! そいつは、どっから出た数字だ、キャス?!」

 

 ダイスが、体を前のめりにしている。

 室内は、ナニャの部屋より広かったが、ダイスは変化(へんげ)していた。

 長が集まる場では、そうするのが癖になっているのかもしれない。

 当然だが、ザイードはガリダ姿だ。

 

「帝国には、いくつかの部隊があるんですけど……その中で、偵察に動くとすれば近衛騎士団になるはずです。ええと、ほかの2つは動かしにくいって言うか……」

「ひとつは親衛隊という部隊があるが、その者らは、皇帝を守る役目があるゆえ、簡単には動けぬのだ」

「あとひとつが主力か。それを動かすとなれば大がかりになる」

 

 ザイードは資料を基にして言ったのだが、ナニャは、自分なりに推測して語っているのだろう。

 人の襲来で大きな犠牲を強いられたこともあり、新しい情報や知識に、ほかの種族の長よりもナニャは積極的だった。

 ザイードを呼びつけ、しばしば話し合ってもいる。

 

「数で言えば、親衛隊が2万、近衛騎士団が5万、帝国騎士団は……20万以上の軍勢です。ただ、今回は試験と偵察も兼ねたものに過ぎないので、それほど戦力を投入するとは考えにくいんです」

「それでも、1万かよ……人ってのは、本当に数が多いんだな」

「少なく見積もって、という話ではないのか?」

 

 アヴィオが低い声で言う。

 前回の話し合いで、コルコが「参戦」することが決まった。

 だが、キャスに「なにができる」かについては、まだ疑いを残している。

 

「そうですね。最低でも近衛騎士団の5分の1……ただ、半数もは割かないと思うので2万を越えることはないですよ」

 

 アヴィオの視線にも、キャスは怯んでいなかった。

 しっかりと返事をしている。

 湿地帯で、アヴィオと対面した時とは、雰囲気が異なっていた。

 それほど深刻な事態だと、ザイードは察している。

 

「魔物と違って人は聖魔を恐れてます。なので、効果のわからない状態で、多くの戦力を割くような無謀な真似はできませんよ」

「あいつらの、なにが怖いのかわからねぇけど、人にとっちゃ脅威なんだな」

「奴らが、我らに加勢することはないだろうが、人の足枷にはなる」

 

 ダイスとナニャの言葉にも、キャスの表情は硬いままだ。

 聖魔の脅威が、脅威にならないような対策を人は講じようとしている。

 それが、どういうものなのか、キャスは予測がついているらしい。

 

「聖魔を封じる手立てを、人は見つけたのであろう?」

「具体的にはわかりません。でも……壁と似たようなものを作っているはずです。なにを原理としているかはともかく、一定の領域には聖魔の力が及ばないような、そういう機械じゃないかと……」

「それじゃあ、俺たちも弾かれるんじゃないのか?」

 

 アヴィオが、いよいよ声を低くした。

 自分たちの力が通用しないとの危惧が先に立っている。

 壁と似たもので守られているとすれば、そう考えるのも不思議はなかった。

 ほかの長たちも、同様に表情を曇らせている。

 

「確かに、その可能性がないとは言えません。ただ、壁を壊す必要はないんです」

「どういうことだ? 壁を壊さねぇと、こっちの攻撃も当たらねぇだろ?」

「直接、壁を壊さなくてもいいって話ですよ。壁を作る装置を壊せばいいんです」

「その機械が使えなければ、壁を作ることもできない」

 

 ナニャの言葉に、キャスがうなずいた。

 だが、いまひとつ、ザイードはわからずにいる。

 装置を壊せばいいというのは、理解できた。

 キャスが聖魔の国で「壁を壊せ」と言われたのと同じ理屈だ。

 

 キャスの力で壁は壊せない。

 だとしても、ガリダにある「装置」を壊せば、必然的に壁は壊れる。

 壁は、機械により作り出されるものなので、大元を断ってしまえばいいのだ。

 

「しかし、壁があっては、その装置自体を壊せぬのではないか?」

 

 ザイードが気にしているのは、そこだった。

 ガリダにある装置は、壁からは離れている。

 装置自体を守るものは、なにもないと言えた。

 けれど、壁とともに進軍して来るとなると、装置を壊すことすらできないのではなかろうか。

 

「機械って、そんなに強靭なものでもないんですよね。ちょっとしたことでも壊れますし、1ヶ所でも正常に動かなくなれば使いものにならなくなったりするので」

「周りから攻めればよいのだな?」

「そういうことです」

「どういうことだ?」

 

 ダイスが首をかしげている。

 その姿に、ナニャだけではなく、アヴィオまでもが呆れ顔をしていた。

 装置を見つめているノノマも、微妙な表情を浮かべている。

 会話に入ってくることはないが、聞こえてはいるのだ。

 なにか言いたそうにしつつも、黙っていた。

 

「ルーポの動きが肝心になるというのに、お前がそんなことでどうする」

「え? オレたちにどうしろってんだ? 囮になるってなら、まぁ、ちょうどいいかもしれねぇけどな」

「そうじゃない。お前は、資料を読んでいないのか?」

「まったくだわ。ザイードの苦労が報われないわねえ」

 

 一斉に否定され、ダイスは、きょときょとしている。

 ザイードは、大きく溜め息をついてから、説明した。

 

「前に、キャスが言うておったはずだ。人は乗り物を使うとな。ルーポには、その足止めができよう。動けぬようになれば、抜かりも出て来る」

「おお……そういうことか」

「どこから来るかが、最大の問題なんですけど……」

「それは、我らに任せてほしい。些細な空気の揺らぎでも、捉えることができる」

「どのくらいまで判別できそうですか?」

「2,3百キロ程度だ」

 

 キャスが、驚いたように、少し目をしばたたかせる。

 それから、小さくうなずいた。

 やるべきことに集中している時の目には、光が宿っている。

 いつも、こんなふうであればいい。

 そう思うと同時に、戦が終わったあとのことが心配になった。

 

 すべきことがなくなったら、キャスはどうなるのか。

 

 自分と結ばれることはないとしても、ガリダにいてほしいと思う。

 そして、できれば、自分の(そば)で生き続けてほしかった。

 

「お前、なにか考えはあるんだろうな」

 

 アヴィオのきつい言いかたに、少し苛とする。

 キャスは味方であり、魔物の力になろうとしているのだ。

 優しくしろとは言わないまでも、わきまえというものは必要だと感じる。

 が、ザイードがアヴィオを(とが)める前に、キャスが明確な答えを返した。

 

「まず、ルーポに、特定の場所に誘導するように仕向けてもらいます」

「ああ、例のアレだな。土を盛り上げるってやつ」

「そうです。行く手を阻んで、進行方向を変えさせるんですよ」

「その先に罠を仕掛ける、か?」

「仕掛けるのは地下。そうであろう、キャス」

 

 ザイードは、実際に見た壁と、資料の内容から、その結論に至っている。

 空から見た壁は灰色をしていて、どこまでも続いていた。

 穴を空けられたのも一瞬だ。

 それほど強固なものだった。

 

 にもかかわらず、人の国には「魔物」が囚われている。

 弾き出されることもなく、死ぬことさえなく、生きていたのだ。

 そのため、ロキティスに利用されることになった。

 つまり「壁」の影響を受けない場所がある、ということになる。

 

「あの光景からすれば、壁の作用する範囲は地上のみ。地下には及ばぬのだ」

「私も、そう考えています」

「壁は、このルーポの家と似ておる。中におれば安全であろうが、床下から攻撃をされれば防ぐことはできぬはずだ」

「オレの家を貶すんじゃねぇよ……でも、まぁ、それはそうだ。穴でも掘られたら床が抜けるのは間違いねぇからな」

 

 あとは、どういう「罠」にするか、だ。

 より効果的に攻める必要がある。

 だが、多くの手を使うことはできない。

 今回は、あくまでも「偵察」だと、キャスは言っている。

 2度、3度があると想定し、次に使える手段を残しておかなければならない。

 

「では、ガリダが沼を作るといたそう」

「沼、ですか?」

「地下が弱点であると、なるべくなら悟られぬほうがよい。沼地に誘導したと見せかければ、少しは混乱させられるのではないか?」

 

 ガリダは、ほかの種族よりも先に生じた魔物だ。

 そのせいなのか、扱える魔力の種類が、個々によってまちまちだった。

 コルコのように炎を扱えるものもいれば、イホラのように風や水を扱えるものもいるし、もちろんルーポのように土を扱えるものもいる。

 

「うまく組み合わせて使えば、簡単に沼地を作れるのだ」

「あ……それで……」

 

 キャスが、なにか思いついたように、ごくわずかに笑みを浮かべた。

 その表情に、胸が、とくりと音を立てる。

 たとえ幻想の中にいたとしても、キャスは生きているのだ。

 その命がキャスのものではなくとも、感情だけはキャス自身のものだと感じる。

 

「ガリダには、やたら沼地が多いからな」

「体を洗うのに適しておるゆえ、わざわざ作っておるのだぞ」

「毛が泥まみれになるなんて、ゾッとする。キャスも大変だろうぜ」

「泥落としは、ちゃんとしておりまする!」

 

 耐えきれなくなったのか、ノノマが口を挟んできた。

 その勢いに、ダイスが、きゅっと首をすくめる。

 深刻な話をしていても、ダイスが絡むと、どうも気が抜けるのだ。

 悪いことではないのだけれど、それはともかく。

 

「そ、それじゃあ、沼地でいきましょう……ところで……」

 

 キャスが、視線をアヴィオに向けた。

 気づいて、アヴィオも目を細める。

 

「コルコは沼の中で動けますか? 息ができないとかだと困るので」

「いや、それは問題ないが……」

「そうですか。なら、沼にひそんでもらいます」

 

 キャスの、きっぱりとした言いざまに、アヴィオが気圧されていた。

 これで少しはキャスに対する態度も変わるはずだ。

 ザイードは、心の中で小さく溜め息をつく。

 

(キャスは、どんどん遠うなる。余がおらぬでも、独りで戦えておるのだ)


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