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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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知識の乗算 2

 キャスは、休むように言われ、ノノマと別の家に来ていた。

 寝具も用意されていたが、ガリダのものとは、だいぶ違う。

 

(ブランケットの固まりって感じ。鳥の巣というか)

 

 毛糸のような太い繊維で編まれたと思しきブランケット風の分厚い布が、鳥の巣のように、円形に整えられていた。

 ダイスなら、くるんっと丸まって眠るのだろうが、キャスやノノマからすると、体を伸ばしても十分に眠れる大きさだ。

 

 その中で、キャスは足を伸ばし、座っている。

 上掛けもガリダの「布団」風なものではなく、こちらもブランケット風。

 生地が分厚いので暖かいが、それなりに重い。

 その上掛けを引きずり、体に巻きつけていた。

 

 同じ領地でも、ガリダより少し気温が低いのだ。

 そして、ルーポはガリダよりも寒さに強いのだろう。

 室内に暖を取るものはない。

 ガリダでは「火鉢」のようなものがあり、夜通し火を焚いている。

 

 聞くところによると、イホラは湯を使って暖を取っているそうだ。

 おそらく「湯たんぽ」のようなものだろうと、想像している。

 コルコは、どうしているのか知らない。

 ザイードと和解はしたらしいが、キャスとの交流はなかった。

 

(ファニは、寒暖なんて気にしないって言ってたっけ)

 

 長の集まりで、ミネリネにガリダに来てもらえるよう、ザイードに頼んでいた。

 目を直してもらうためだ。

 その時に、そんな話をしている。

 魔物の国は帝国より北に位置しているため、全体的に寒いのだ。

 

「キャス様、寒うございましょう? もっと上掛けを借りて来まするか?」

「大丈夫だよ、ノノマ。これだけで十分」

 

 あまり重ねると、ブランケットに押し潰されかねない。

 息苦しくて、よけいに眠れそうにない気がする。

 そもそも、気が張っていて、眠気が来ないこともあった。

 シャノンのことが気がかりだし、ほかにも考えることが、たくさんある。

 

「私は、一般人だからなぁ。戦ったことなんてないし、力になれるか、心配だよ。機械にも(うと)いしさ。技術があっても使いこなせなきゃ意味ないよね」

「それは、私も同じにござりまする。今の魔物は、戦を知らぬものばかりにござりますゆえ、気になさることはござりませぬ」

 

 ノノマも体を起こし、座っていた。

 自分より年下だが、しっかりしている。

 これから戦になるというのに、怯えた様子はない。

 とはいえ、キャス自身、自分の死を恐れてはいなかった。

 どこか遠くに感じている。

 

「最初は、そんなに大勢では来られないと思うんだよね」

「大群ではない、ということにござりまするか?」

 

 うん、とキャスはうなずいた。

 ザイードが言った「負けられない」との言葉を思い出している。

 

「前の時とは状況が違うから、いきなり全軍で来るってことはないよ」

「それは、壁があることを言うておられるのですね」

「帝国ができる前なんだけど、壁がなかった頃は、人同士の小競り合いも多かったみたいでさ。それって、たぶん聖魔が関係してるんだと思う」

 

 壁ができるまで、聖魔は人の国でやりたい放題できていた。

 そのため、人が魔物の国へ出かけて行くのを放置していたのだろう。

 魔物の国は、聖魔にとっては魅力的ではない。

 わざわざ出向いて行く価値はなかったのだ。

 

「でも、今は壁があるから中に入れないじゃん? 人が出て来れば、纏わりついて来るに決まってる。久しぶりに遊べるって喜んで寄って来るんじゃないかな」

「人も、それはわかっておるのでござりましょう?」

「まぁね。当然、聖魔対策の装備を準備してるだろうけど、そこが問題。だって、試験ができないんだから。使ってみなきゃ効果がわからないなんてさ。危な過ぎて全軍を動かすなんて真似できっこない。下手(へた)すれば全滅だし」

「では、まずは様子見となりましょうか?」

「だね。それでも、最低1万人は送り出して来る」

 

 ノノマが、驚いた顔でキャスを見ている。

 その表情に、苦笑いを浮かべてみせた。

 魔物の国で戦える総数は、約4万なのだ。

 たかが「様子見」で、1万が動くとなれば驚くのも無理はない。

 

「人は、数が多い」

 

 それは圧倒的だ。

 魔物のように自然の摂理の中で生きてはいないし、元々の「個」が弱過ぎる。

 仮に、1対1で戦うのなら、魔物には絶対に勝てない生き物だった。

 だからこそ、技術に頼り、集団で戦う。

 

 人は技術を手にした時から「自然の(ことわり)」を捨てたのだ。

 

 キャスは、ポケットの中の、ひし形を意識した。

 魔物も家を造ったり、布を編んだり、火鉢を使ったりする。

 生きて行くために「道具」を必要としているのだ。

 だが、人のそれは、度を越している。

 

(快適さや便利さだけを目的としてたって、事故は起きるしね。あとにならなきゃ是非がわからないものもある。ラーザの人たちが、罪の意識を感じてるのも、そういうことなんだろうなぁ……けど、それもズレてるんだよ、本当はね……)

 

 人が魔物の国にしたことに対し、ラーザの民が罪悪感をいだくのを間違いだとは思っていない。

 むしろ、当時の責任を、今の人たちも背負おうとすることは、同じ過ちをしないために必要だと感じる。

 

 とはいえ、ラーザは「ティニカ」を許しているのだ。

 あたり前に受け入れ、それが「普通」になっている。

 悪いことだとは、まったく思っていないし、罪の意識もない。

 

 それは、ロキティスのしていることと、なにが違うのか。

 

 別の世界から来た彼女にとっては、同じだ。

 人が人を作るのも、人が中間種を作るのも。

 

 ティニカが存在していたから、フィッツと出会えた。

 だからと言って、ティニカに感謝はできない。

 フィッツに「意思」が芽生えなれば、彼女の気持ちは、この世界に来た時のままだったはずだ。

 もしかすると、この世界の()(よう)を知って、その重さに耐えきれず、フィッツを置き去りにした可能性すらある。

 

 捨て駒。

 

 ティニカにとって、自らの作った者たちは、ヴェスキルの継承者を守り、世話をさせるための存在に過ぎない。

 ヴェスキルの血を繋ぐため命を懸けさせる、ただの「捨て駒」なのだ。

 ロキティスの、中間種を扱う意識と同じ。

 

(フィッツは捨て駒なんかじゃない。代わりのきく人じゃない)

 

 けれど、ティニカも、そしてラーザの民ですら、フィッツは「そういう者」だと思っている。

 少なくとも、魔物たちは同胞の血を「使われた」ことに憤っていた。

 ロキティスが中間種を作ったことを許してはいない。

 

(誰も……誰もさ……フィッツには……謝ってくれないんだね……)

 

 この世界には、ただの1人もフィッツに悪いことをしたと思う者はいないのだ。

 だから、フィッツに「ごめんなさい」をする者も、いない。

 命を賭すのが当然だと、死すらも受け流されている。

 

 『今は、そちらのかたが警護をされておられるのですか?』

 

 アイシャは、フィッツの死に気づいていたはずだ。

 なのに、なにを訊くこともなく、悼む言葉さえなかった。

 そして、ティニカは次の「フィッツ」を作ろうとしている。

 

「人はさ、ノノマ……人は、人を殺すんだよ……」

「キャス様……」

「1万の兵の中で、捨て駒にされる人もいる。装備なしで壁の外に出されて、囮に使われるんだ。そんなふうに……人は人を殺すんだよ、ノノマ」

 

 言いながら、キャスは不安に囚われていた。

 なにかもっと酷いことが待っているような恐怖がある。

 以前、キャスは、ザイードに言った。

 

 『人は前に進もうとする生き物でもあるからですよ』

 

 今まで通りなら「捨て駒」で聖魔を引きつけ、その間に主力が動く。

 戦車試合の際、ティトーヴァも平然と「戦略」だと言っていたのだ。

 そういう手段に、いかに抵抗感がないかが、わかる。

 だが、もし人が「前に進んで」いたら。

 

 キャスは、強く「フィッツの魂」を握りしめた。

 自分の隣には、フィッツがいてくれるのだ。

 言葉を交わすことはできなくても、いつだって、ありありと思い出せる。

 

(ねえ、フィッツ。なんかおかしいんだよ。なにか引っ掛かってるんだ)

 

 それが、なんなのか判然としない。

 もどかしさに顔をしかめた時だ。

 思い出の中のフィッツの声が聞こえる。

 

 『帝国の技術が、ラーザの劣化版に過ぎないのです』

 

 瞬間、キャスは、ハッとなった。

 どんなものであれ、帝国の技術は、ラーザを越えるものではない。

 フィッツが監視室を簡単に欺けたのも、帝国の技術が「劣化版」だったからだ。

 帝国には、銃を無力化する技術すらなかった。

 ティトーヴァが関心を示していたことからも、それは裏付けられる。

 

(壁を越える技術はできてるって、シャノンは言ってた。それは本当として……)

 

 聖魔を防ぐ技術は、今のところ「壁」しかない。

 ラーザの女王自らが造ったものだ。

 しかも、その装置自体はガリダにある。

 帝国では、どういった原理のものかすら、わかっていないだろう。

 となると、情報は皆無に等しい。

 

(魔物に聖魔の力が通用しないのは、人も知ってることだよね……でも、中間種の存在は隠してるし……そもそも中間種に聖魔の力が通じないって保障もない……ていうか、私もだけど……中間種は感覚的に人間に近い)

 

 ロキティスに作られた中間種は、魔物ではなく、人として育てられていた。

 魔力も小さく、使いかたも知らずにいる。

 虐げられてはいても、暮らしぶりは人間と同じだったに違いない。

 聖魔の精神干渉を受ける可能性は、大いにある。

 

「キャス様、大丈夫にござりまするか……?」

 

 気づけば、ノノマが瞳孔を拡縮させながら、キャスを見つめていた。

 深刻になっているキャスの感情に共感しているのだろう。

 自分の不安が、ノノマにも伝わっているのだ。

 

「今回は、今までとは違うかも……一定数の捨て駒はいたとしても、たぶん少ない」

 

 帝国の技術は、常にラーザの劣化版。

 壁も、そのひとつに成り得る。

 ロキティスのしていた「実験」は、壁越えのためだけではない

 聖魔対策の実験も中間種で行っていたのではないか、とキャスは思っていた。


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