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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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知識の乗算 1

 ザイードは、ダイスとダイスの「別宅」にいる。

 キャスは、ノノマと一緒に、ほかの家に移動した。

 今夜のシャノンは、もう動かないと予測している。

 なので、休みを取るように言ったのだ。

 

 ザイードとダイスは、2,3日睡眠をとらなくても問題はない。

 食事さえしっかりとれば、魔力で補える。

 ノノマは、まだそういう魔力の使いかたはできないのだ。

 平たく言えば、経験不足。

 キャスは言うまでもない。

 

「お前は、そんなだから女が寄りつかねぇんだぞ」

 

 唐突に、ダイスに言われる。

 とはいえ、常々、言われているので気にせずにいた。

 自分に、女が寄りつかないことくらい知っている。

 弟のラシッドを含め、言われ慣れているし。

 

「いいのかよ?」

「なにがだ?」

「あのなあ、お前が、キャスに惚れてることはわかってんだ。なのに、求愛もしてねぇんだろ? それでいいのかって言ってんだよ」

 

 すぱーんっと言われ、ザイードは言葉をなくした。

 ダイスは、ふんっとばかりに、尾を揺らせる。

 喜んでいる時とは違い、ゆっくりと左右に振っていた。

 フサッフサッと、尾が小さな音を立てている。

 

「そりゃあな、キャスは、お前に気がねぇさ。シュザがノノマと番になるほうが、有り得る話だ。振り向かせるには、まぁ、時間はかかるだろうぜ」

 

 ダイスの口調には、からかうような調子はなかった。

 らしくもなく「真面目」に話しているのだ。

 それが、ザイードの心をえぐっている。

 上手く隠していたつもりでいたので、キャスへの想いを見抜かれたことだけで、心に打撃を受けていた。

 

「けどな、なんもせずに諦めるってのは、いただけねぇぞ。駄目なら駄目でもいいじゃねぇか。キャスに番ができるまでなら、何回でも求愛できるんだ。断られても死ぬわけじゃあるまいし」

 

 ザイードは、ダイスから視線を外して、うつむく。

 尾が、ぺたりと床に落ちていた。

 

「……キャスには、想い人がおる……」

 

 というより、その相手しかキャスの心にはいないのだ。

 どんな誰からの求愛も受けるはずがない。

 死すらも、心変わりの理由には成り得ていなかった。

 キャスの隣は、その者のいるべき場所なのだ。

 

「余は……魔物ゆえ……人にはなれぬ……」

「当たり前だろ。なんだ、お前、人になりてぇのか?」

「そのようなことは思うておらぬ! 思うては……おらぬが……」

 

 ダイスの視線から逃げるように、顔をそむける。

 キャスに出会うまで、変化(へんげ)することすら()けてきた。

 魔物であり、ガリダであるのを誇りに思っている。

 そもそも変化自体、少々、自然の摂理から外れているのではないか、との思いもあったのだ。

 

「人の(ことわり)は……わからぬ……わかってやれぬのだ」

「そりゃそうだ。オレたちは、魔物だからな。人のことなんかわかりゃしねぇし、わかる必要もねぇだろ」

「しかし、キャスは人ぞ? 人の理の中で生きておる」

「だったら、なんだ? わからねぇから、なんだってんだよ」

 

 生きる「理」が違うというのは、種族の違いよりも大きい。

 その行動や感情の意味そのものがわからないのだから、どうすればいいのかが、わからなくなる。

 たとえば、怒っているとしても(なだ)める方法がわからない。

 悲しんでいても、慰める言葉が見つけられない。

 なにかにつけ、相手の心に寄り添うことができないのだ。

 

「オレなんか未だにキサラの考えてることなんか、ちぃっともわかんねぇぜ?」

 

 キサラというのは、ダイスの(つがい)の名だった。

 ダイスは、こんなふうでも、実はルーポ族の中では好まれる男だ。

 百歳を越える前から、大勢の女から求愛を受けていたのを知っている。

 それらを、ダイスは、すべて断っていた。

 

「なにゆえ、お前は、キサラを選んだのだ?」

 

 キサラは、正直、それほど魅力的な女ではない。

 ルーポが美しいとしている基準で言えば、毛並みも普通だし、尾は長過ぎる。

 逆に鼻は短く、体は痩せていて、どちらかといえば貧相だ。

 ダイスがキサラに求愛をしたことに、ルーポだけではなく、魔物の国のものたち全員が首をかしげたほどだった。

 誰もが「似合いの番」だとは思わなかったと言える。

 

「オレがキサラを選んだんじゃねぇよ。求愛したのは、オレだ。キサラが、オレを選んでくれたのさ」

「そうだの……」

「お前が考えてるように、だ。キサラには断られ続けてた。ええと、114歳から20年で、確か……586回は断られたな」

 

 よく心が折れなかったものだ、と思った。

 単純に言って、10日に1回は求愛し、断られていたことになる。

 それでもダイスは求愛し続けた。

 結果、今では5頭の子をもうけている。

 

 この「別宅」を作ったのも、キサラとの時間を確保するためだとか。

 子供たちはここで過ごさせ、従兄弟たちに世話を頼む。

 その間が、ダイスとキサラの時間なのだ。

 泥だらけになりながら、ダイスが、この家を作っている姿を、ザイードは呆れた目で見ていたのを覚えている。

 

「オレは、キサラに惚れてたから受け入れてもらえるんなら、理由なんかなんでも良かった。訊いたこともねぇし、なんで587回目で承諾してくれたんだか、今もわかりゃしねぇまんまだ。急にすげえ怒るし、かと思や、甘えてきたりして、意味わかんねぇことばっかりなんだぜ?」

「よくそれでやっていけておるな」

 

 ダイスの、フサッフサッと揺れていた尾が動きを止めた。

 後ろ脚で、耳の後ろを掻いている。

 

「そりゃ、キサラの考えてることはわからなくても、オレがキサラに惚れてるってのが、わかってるからだ」

「だが、キサラの心がわからぬでは、いつ番を外れると言われるかわからぬのではないか? お前に不満をいだいておるかもしれぬであろうが」

 

 きょとん。

 

 ダイスが、ゆっくりと首をかしげた。

 まさしく「意味がわからない」という顔をしている。

 

「さように考えたことはないのか?」

「ない」

「キサラの心もわからぬのにか?」

「だって、オレ、努力してるし」

「なに?」

 

 また、ダイスの尾が、フサッフサッと揺れ始めた。

 床の上で、軽く重ねた両の前脚に顎を乗せている。

 

「番になったら、それで終わりじゃねぇんだぞ。そっからのほうが、大変なんだ。子ができるのはいいことだが、キサラの注意をオレに向けるために、オレはかなり努力してる。番になっても、オレがキサラに惚れてるってのは変わらねぇのさ」

 

 初めて、ダイスが「大人」に見えた。

 言っていることは、少し子供じみている気はしたが、芯が通っている。

 番になる前も、なったあとも、ダイスの心に変わりはない。

 たとえキサラの心がわからなくても、己の心はわかっている。

 だから、努力をし続けているのだと。

 

「お前に、オレの真似をしろとは言わねぇよ。けど、たかだか1回や2回、断られても、死にやしねぇってことだ」

「……お前は、キサラの心が別のところにあっても、平気か?」

 

 586回も断ったのには理由があったに違いない。

 ダイスが好みではなかったとか、ほかに想う相手がいたとか。

 根負けしてダイスと番になったとしても、心がダイスにあるかはわからない。

 実際、ダイスはキサラがなにを考えているのかわからないと言っている。

 

「平気だね。そんでも、キサラはオレの番だ。オレを選んでくれたってのが、大事なんだ。それ以外は、どうでもいい」

「お前は、単純よな」

「そんなもんだろ。お前は難しく考え過ぎてんだよ、ザイード」

 

 ダイスに「真面目」に説教をされる日がくるとは思わなかった。

 けれど、やはり、ダイスほどには思いきり良くはなれない。

 断られるのが怖いというより、キャスとの関係にヒビが入るのが嫌なのだ。

 今でさえ距離があるのに、ますます遠ざけられてしまう。

 

「人と戦うんだぜ?」

 

 ダイスの口調は変わらない。

 なのに、やけに重く感じた。

 

「求愛を断られても死にやしねぇが、戦で死ぬことはあるんだぞ。そん時になってからじゃ遅えんだ。言いたくても言えなくなっちまうんだからな」

 

 キャスに想いを伝えないまま、死ぬことになるかもしれない。

 自分は後悔するのだろうか。

 ザイードには、わからなかった。

 

「言うておけばよかったと思うかもしれぬが……まずは死なぬようにせねばな」

「まったく……そんなんだから女が寄りつかねぇんだよ」

 

 話が最初に戻る。

 ふと、気になった。

 

「それほど、余は分かり易いのであろうか?」

「気づいてねぇのは、キャスだけだろうぜ」

「…………さようか……」

 

 ダイスが、呆れたように溜め息をつく。

 ぱたっと、ダイスの尾が床に落ちた。

 

「自然の摂理だ、ザイード」

「それは魔物の理だが……」

「わかんねぇのかよ。家はいくらでもあったのに、お前は、自分の家に、キャスを連れて帰ったんだ。自分の家にな」

 

 指摘され、初めて「あ」と気づく。

 そこは、ザイードの領域。

 当然だが、室内のものはすべて「ザイードのもの」だ。

 

「もう1回、言っとく」

 

 ザイードは、すっかりしょげていた。

 最初から、キャスはザイードにとって特別だったのだ。

 魔物で言う「ピンと来た相手」だった。

 

「そんなことだから、お前には女が寄りつかねぇんだよ」

 

 ダイスの言葉が耳に痛い。

 自分の心でさえもわかっていない未熟者だと、ダイスは言っているのだ。


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